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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【11】戦場のジェミニ

 アーネスト王国の王都から北へ北へ行くと、ファルシオーネと呼ばれる土地がある。


 ファルシオーネは、緑豊かな土地で、春になると大地には様々な草花が芽吹き、野生の動物も多く生息する美しい場所だ。


 アーネスト王国の領土内ではあるが、大陸の極北に位置し、王都からも遠く離れている場所ため、未だに未開拓の土地でもある。


 ファルシオーネには、ファルスの大平原という広大な面積を持つ平原地帯があり──


 今から三ヶ月ほど前、その平原地帯に突如として大型の建造物が現れた。


 『魔王』の棲家──『魔王城』だ。


 人工的な建造物とは違い、ごつごつとした岩肌が剥き出しで、継ぎ目のない壁──


 面積自体は広いものの、岩山の様に突起した岩石が、いくつも並んでいるだけの外装──

 

 それは、とても〝城〟と呼べる様な代物ではかった。


 しかし、その建造物から漂う強大な魔力が、それが『魔王』の所有物である事を証明していた。


 その『魔王城』から、南方に数十キロ離れた場所に、野営地を構える一団がいる。


 アーネスト王国の第一王女、ジェミニ・フォン・フリューゲルが率いる聖剣士団だ。


 野営地の中心……一際大きな天幕の中に、十数人の男女が集い円卓を囲んでいる。


 集まった男女は皆、口を閉ざし、一様に暗い表情だった。


 しかし、その中にあっても凛とした姿勢を崩さず、悲壮感などまるで感じさせないほど、堂々たる雰囲気の女性がいた。


 歳の頃は17、8くらいだろうか……長い金髪を、適当に引っ詰めただけの髪型だが、野暮ったさは一切感じない。


 身に着けた軽鎧は所々薄汚れてはいるものの、着崩した様子はなく、それが持ち主の性格をよく表していた。


 その女性こそ、アーネスト王国の第一王女、ジェミニだ。


 天幕内の重苦しい空気を払拭する様に、ジェミニが口を開く。


 「それで、今だに動きは無いのか?」


 ジェミニはそう言うと、自分の隣に腰掛ける男性に、鋭い視線を向ける。


 「はい。『死の魔王』の配下……死霊兵にも動きは無く、平原での睨み合いが続いている状態です」

 

 そう答えたのは、『死の魔王討伐軍』の副隊長に任命された、ロイヤルガードのカイルだ。


 カイルは、ジェミニの様子を伺いつつ、おずおずと続ける。


 「これは、撤退も視野に入れるべきかと──」


 ドガンッ!!


 ──突然、円卓が宙を舞った。


 大の男が、四人がかりで運ぶ様な重厚な代物がだ。

 

 「……へ?」


 カイルは、目の前から突然消失した円卓の行方を追い、青ざめる。


 円卓は巨大な天幕の天井に当たると、誰もいない場所に落下し──「ドゴォン!」と轟音を立てて地面にめり込んだ。


 無惨にも真っ二つになってしまった円卓を見て、カイルは慌ててジェミニへと視線を戻す。


 すると、ジェミニの短めのスカートから覗く白い足が、右足だけ僅かに上がっていた。


 ジェミニが円卓を蹴り上げたらしい。


 「──ん?」

 

 ギンッと、ジェミニがカイルを睨め付けと、その視線を受けてカイルは──


 「あ、はい。冗談はさておき、そろそろ真面目な話をしなきゃな、うん」


 と、慌てて言い直した。


 額からは、冷や汗がダラダラと流れている。

 

 『魔王』との戦いが三ヶ月以上も続き、討伐軍の面々は疲弊しきっている。

 

 『今回の魔王は大した相手ではない』と鷹を括っていた討伐軍であったが──


 蓋を開けてみれば、相手の粘り強さに大いに苦戦し、長期戦を余儀なくされていた。


 たしかに、『死の魔王』は、魔王としては新参で、『王位』に認定されている事が不思議なほどの存在だ。


 『魔王』と言うよりも、『貴族位』の魔族──『魔貴族』と読んだ方がしっくりくる相手だった。


 しかし、ジェミニたち討伐軍が〝そんな相手〟に苦戦している理由は、『死の魔王』の能力……『死霊術』にある。


 この死霊術が、ジェミニの聖剣の能力と相性が悪く、討伐隊は苦戦を強いられていた。


 『魔王』の相手は、討伐隊で唯一の『皇級聖剣』の主──ジェミニにしか勤まらない。


 討伐軍の聖剣士たちは、ジェミニを『死の魔王』の下へ導くための露払いを買って出たが、『魔王』が操る『死の軍団』に阻まれ、三ヶ月以上も前に進めていなかった……。


 「な、何か良案がある方はいませんか?」


 カイルが、円卓(今は欠席中)に集った面々に問いかける。

  

 ここに集まったのは、討伐軍の中でも部隊長などを任される重要人物──大貴族たちだ。


 過去に『魔貴族』の討伐戦にも参加した事がある、戦闘経験豊富な聖剣士ばかり……。


 そんな、歴戦の猛者たちが集う場にも関わらず、押し黙って、誰一人として口を開かない。


 カイルは慌てて否定したが、皆、『撤退』と言う選択肢が頭に浮かんでいた。


 これ以上戦いを続けてもイタズラに兵力や物資を失うだけで、いつまで経っても勝機など見出せない──


 ここに集まった面々は、そう考えていた。


 「あ、あの……」


 誰も発言しない中で、一人の聖剣士が恐る恐る手を上げる。


 まだ若い女性剣士だが、黙り込むベテラン剣士たちを見かね、勇気を出して発言する様だ。


 皆、自分よりも年下の女性剣士の勇気を讃え、期待の眼差しを向けた。


 「は、発言よろしいでしょうか……?」


 「よい、許可する」

 

 女性剣士は、決意を込めた視線をジェミニに向け、勇気ある発言をする。


 『これで、ジェミニが思い直してくれれば……』


 と、皆、一縷の望みを女性剣士に託した。


 「我々だけでは最早、消耗戦は必至。イタズラに兵士の命を散らすわけにはいきません……。ここは、援軍を──」


 ズゥン!!


 ジェミニの右足が地面を踏み砕き、地割れの様にヒビが入る。


 天幕内が、地震のように大きく揺れた。


 「…………と、カイル様が言っていました」


 「な!? 貴様!」


 ──女性剣士は簡単に仲間を売った。


         *


 「もう良い。余が先頭に立って雑魚どもを蹴散らそう」

 

 ジェミニは立ち上がり、そのまま天幕を出て行こうとする。


 「ちょ、待ってください! そんな事をしても無駄です!」


 カイルがジェミニを引き留めようと、前に回り込んで両手を広げるが──


 ドゴォ!


 「ぐはっ!」


 カイルは、ただ歩いていただけのジェミニに吹き飛ばされてしまう。


 「か、斯くなる上は!」


 ガシッ!


 カイルはそう言うと、ジェミニの腰にしがみ付いた。


 王女に対して不敬に値するが、カイルはなりふり構っていられない。


 しかし──


 ズルズル……


 カイルの制止など意に介さず、ジェミニはそのままカイルを引きずりながら歩いていく。


 「み、皆んな! ジェミニ様をお止めしろ!!」


 カイルの号令を受け、天幕に集まっていた聖剣士たちは──


 「失礼する!」


 「お待ちください!」


 などと言って、各々、ジェミニを止めようとしがみ付くが、


 ズルズル……


 抵抗虚しく、全員が引きずられて天幕の外へと放り出された。


         *


 「ジェミニ様! お考え直しください!! 二ヶ月前……それと一ヶ月前にも同じ事を言って、そのまま突撃して失敗してるじゃないですか!」


 カイルはジェミニに引きずられながら、ジェミニを止めるために必死に叫び声をあげる。


 カイルの叫びにも、ジェミニは足を止めず、前進しながら「ギロッ」とカイルを睨みつけた。


 「一カ月前の余ではない。余は常に進化しているのだ。その進化は歴史を変える」

 

 「意味が分からないですし、それは一ヶ月前にも聞きました!」


 こうなってしまったジェミニには、何を言っても無駄だ。


 ──それをわかっていた面々だったが、これ以上の無駄な戦いを避けたかったため、必死にジェミニを止める。


 そんなとき──


 「貴方は……相変わらずですね」


 呆れたように、ジェミニたちに声をかける青年の姿が現れた。


 「あっ、あなたは!」


 カイルはその青年の姿を見て、喜びのあまり号泣しそうになる。

 

 カイルはジェミニの腰から手を離し、青年にタックルするように抱きつき──そのまま縋り付ついた。


 聞き分けのない上司を持った……カイルの苦労が、垣間見える瞬間だった……。


 「ち、ちょっと……。カイルさん。少し落ち着いてください」


 青年は、いきなり縋り付いて泣き出してしまったカイルをなだめ、ジェミニを見る。


 ──ジェミニは、この世のモノとは思えない形相で青年を見ていた。


 「貴様。何をしにここへ来た……?」


 青年は、怒気を孕んだジェミニの視線を軽く受け流し、言った。

  

 「〝雑務〟を片付けに……ですかね」

 

 それは、人類最強──神人グレン・リアーネが戦場に舞い降りた瞬間だった。

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