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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【10】神人ユランは誕生せず

 「『神級』って、『神級聖剣』の事だよね? ユランくん……すごい」


 リネアが感嘆し、心底驚いた様子でユランを見る。


 その隣で、ミュンもポカンとした顔でユランを見ていた。


 サイクスは──


 「おいおい……。ユランの奴、何が『確率的にあり得ない』だ。一体、どうするつもりなんだよ」


 一人、頭を抱えていた。


 ザッ ザッ ザッ


 ──突然、教会の神官や教徒たちが別室に入ってきたかと思うと、ユランの前で頭を下げ、(ひざまず)く。


 「え? な、何??」


 ミュンたちは、教会員たちの突然の行動に戸惑いを隠せず、どう反応して良いのかわからない様子だった。


 そして、一番前に跪いていた神官が口を開く。


 「『神人』ユラン様……。貴方様は、『光の創造神ソレミア』の代行者……。我々、聖剣教会の信徒は貴方様の僕にございます……」


 恭しく頭を下げる教会員たちを見下ろしながら、ユランは黙り込む。


 「おぉ……。まさか、新たな神人誕生の瞬間に立ち会えるとは……。神よ……」


 神官の中には、歴史的瞬間に立ち会えた事に感動を抑えきれず、号泣し出す者までいた。


 皆がユランの言葉を待っていた。


 新たな神人の、〝最初の言葉〟を──


 「……えと、コレってどうやったら止まるの? 眩しいんだけど……」


 ユランは、手を離しても輝きを失わない水晶を指差し、頭を掻きながらそう言った。


 ……新たに誕生した神人の、ありがたい最初の言葉だ。


 (わかってはいるけどさぁ……。何を言えばいいのよ、実際)


 「……」


 教会員たちはポカンとした顔でユランを見上げ、しばらくの間、口を開かなくなってしまった。


         *


 「何ですと! 自分が神人である事を公表しないと言うのですか!?」


 ユランたちの聖剣鑑定を担当した神官──ノリスは、今にも血管が切れそうなほど興奮し、大声を出す。


 ユランは、神官ノリスに連れられ、教会の応接室を訪れていた。


 応接室への入室が許可されたのはユランだけで、ミュンたちは外で待機している。

 

 神人としての心得などを、教示すると言う話だったが──部屋に入って早々、ユランの発言にノリスが激怒した。


 ユランが言い出した事が、心底信じられないと言った様子だ。


 「ちょっとややこしい事情があって。せめて16──成人するまでは……」


 ノリスが大興奮している理由は、ユランが『神級聖剣』を与えられた事を秘匿とし、『貴級聖剣』の主と言う事にして欲しいと願い出たからだ。


 「ユラン様! 貴方様は自分が神人である自覚が無いのですか!!」


 先程までの恭しい態度から一変、興奮したノリスは唾が飛ぶほどの勢いでユランに詰め寄る。


 「し、神人ならグレン・リアーネ様もいますし……。特に問題ないのでは?」

 

 「なっ!?」


 ノリスはユランの物言いに絶句し、目を白黒させる。


 ──本当に血管が切れて倒れてしまいそうだ。


 「人数の問題ではありませぬ! グレン様にはグレン様の、貴方様には貴方様の聖務があるのです!!」


 「聖務って言っても、実際に従事しなければならないのは、アカデミー卒業後──聖剣士になってからですよね?」

 

 「……ぬ」


 ユランに図星を突かれ、言い淀むノリス。


 神人は、聖剣教会の信徒たちを始め、市民や貴族……いや、王国の全ての国民の信仰の象徴となるため、ノリスとしてはユランを教会の新たな旗印にしたいのだろう。

 

 しかも、ノリスがユランの聖剣鑑定を担当した事で、名目上はノリスが〝新たな神人を見出した〟事になる。

 

 ユランが公表を先延ばしにすれば、ノリスが得られる功績もしばらくお預けになってしまうのだ。


 「し、しかし……。隠す意味が分かりませぬ」


 普通に考えれば、ノリスの言う事はもっともだが……ユランが神人だと公表されれば、全ての国民がユランの存在を認知する事となる。


 未成年のうちは、聖務(聖剣士として行う公式な職務)に従事する義務は発生しない。


 しかし、何かと理由をつけて、〝信仰の対象としての活動〟を迫られる事は目に見えている。


 当然、自由に行動する事など出来なくなるだろう……。


 それでは、ジーノ村での戦果をシエルとゼンに押し付けた意味がなくなってしまう。


 いや、〝名声を得る〟と言う意味では、それを望んでいないユランにとっては、なお悪い。


 宿屋でサイクスに話した通り、いずれ貴族としての力が必要になる事もあるだろう。


 しかし、貴族としての地位ならば、『貴級聖剣のユラン』で十分なのだ。


 「正式に公表する際には──『神官様がいなければ、神人としての僕はなかった』と付け加えましょう」


 ユランは、この短時間のやり取りで、ノリスがどう言う人間かを大体理解していた。


 彼は損得勘定で物事を考える人間である。


 教会の神官としては(いささ)か俗物的すぎる気もするが、聖剣教会の教徒も、聖人然としている者ばかりではないのだろう……。


 「ぐぬぬ……。納得しかねる部分はありますが、それがユラン様の望みであるなら……致し方ありますまい」


 ノリスはそう言うと、続ける。


 「しかし、国王陛下を始め、国の中枢に位置する方々に『鑑定の結果』を隠蔽する事は不可能です。近いうちに王城より出頭命令が下るでしょう……。そのときの言い訳を考えておいて下さい」


 王城に出頭……。


 ──回帰前の世界で、ユランがシリウス隊に参加したとき、アーネスト王国はすでに崩壊しかけていた。


 二番目の厄災──『魔女アリア』の誕生。


 王族の大半は、この厄災に殺害されてしまい、生き残ったの王族は〝ただ一人〟……回帰前のユランは、その一人を除いて王族には会った事がなかった。


 よって、ユランに王族や、その周辺の人間の考え方などわかるはずがない。

 

 回帰前の知識など、役に立つ訳はないのだから……


 ノリスの言う通り、彼らを説得するための言い訳は用意しておく必要があるだろう。

 

 「王城かぁ……」


 ユランが王城に入ったのは、回帰前の『鎧の魔王』討伐隊の決起パーティに参加した際の一度だけだ。

 

 (あのときも、私は辞退しようとしたけど……ニーナに、無理矢理引っ張られて参加させられたんだったな)


 ユランは、王城という場所に僅かな懐かしさを感じ、なんとも言えない笑みを浮かべた。


 「わかりました……。出頭の件は何とかします。では当分の間、僕は『貴級聖剣のユラン』と言う事でお願いしますね」


 「──はぁぁぁあ……」


 笑顔で親指を立てるユランを、ノリスは恨めしそうな視線で睨み──諦めた様に、大きなため息を吐いた。


 「受付カウンターで等級識別証を受け取って下さい……。〝偽物〟の!」


 偽物の部分を強調して、ノリスは言う。


 ……かなり根に持っている様子だった。


         *


 「……で、この人は何をしているのかな?」

 

 ユランが応接室を出ると、一人の女性が、床に頭を擦り付けて平伏していた。


 ユランたちを小馬鹿にしていたメガネの受付嬢だ。


 「あー! ユランくぅん! お話は終わったのぉ? ミュン、ずっと待ってたんだよぉ」

 

 ぞぞっ……


 ユランの背筋に悪寒が走る。


 ユランは、一瞬、ミュンが壊れたのかと思った。


 「こいつぅ、ユランくんにぃ、謝罪したいんだってぇ! ミュン、ぶっ飛ばしてやろうと思ったんだけどぉ、取り敢えずぅ……ひれ伏させたよぉ」


 ミュンは、そう言っていきなりユランの右腕に抱きつくと、上目遣いで見上げ、人差し指を口に当てる。


 「ミュン、えらいかなぁ? 褒めてぇ〜」


 ユランは驚愕して、近くにいたリネアとサイクスを見る。


 ……二人は無言で首を左右に振った。


 「す、すみませんでした! 神人様とはいさ知らず、大変失礼な態度を!!」


 メガネの受付嬢は、絶叫に近い大声でユランに謝罪する。


 全身がプルプル震えていた。


 「えぇ〜、声が小さくなぁい? ユランくんはお怒りなのぉ…………ちゃんと謝罪しろコラ」


 最後の方だけ、ミュンの声のトーンが数段階下がる。


 かなりドスの効いた声だった。


 後にサイクスから聞いた話だが、教会に来てから溜まりに溜まったストレスが爆発し、ミュンの精神が崩壊したそうだ。


 応接室から追い出された上に、ユランたちを小馬鹿にしていた受付嬢が、目の前に現れた事がトドメになったらしい。


 その後も、受付嬢はミュンに何度も謝罪のやり直しを要求され、ついに泣き出してしまう。

 

 茫然自失状態のユランが正気を取り戻し、ミュンを止めるまで、受付嬢の悪夢は続いたのだった……。

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