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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第二章 〜リリア・リアーネの物語〜
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【8】城下町の二人

 「ふふふ……。何だか、凄く悪い子になった気分ですわ」

 

 ユランに突然連れ出され、最初は戸惑っていたリリアだったが、貴族街を出る頃にはすっかり落ち着いた様子だった。


 今では、ユランの隣で、物珍しさからかコロコロと表情を変え、楽しげに笑っている。


 リリアは、『もう、家を飛び出してしまったのだから仕方ない』と、吹っ切れたらしく──現状を楽しむ事に決めた様だった。


 「(わたくし)、あんな風に抱っこされたのは初めてで……。何だか新鮮な気分になりました」


 リリアは、ユランに抱かれて屋敷を飛び出したときの事を思い出し、ほんのり頬を朱色に染める。


 リリアを落とさない様に、その身体を力強く抱き抱えるユランの腕……。


 そこからは、力強さだけでなく、リリアを想うユランの優しさが感じられた。


 「何だか、こんな事を言うのは変かもしれませんけど……。リーンが〝物語の中の騎士様〟に見えましたわ……」


 リリアは、顔に手を当て、夢見心地だ。


 「塔に幽閉されてしまったお姫様を救い出す、騎士様のよう……。この場合、私は、お、お姫様と言う事になるのかしら……? まあ……。困ってしまいますわ……」


 リリアは、身体をモジモジとさせながらも、少しの緊張から、ユランの手を強く握る。

 

 ──今は深夜の時間帯。


 こんな時間に外に遊びに行くなど、リリアにとって初めての体験だった。

 

 ……いや、まともに城下町に遊びに行く事すら、リリアにとっては初めての経験だ。


 リリアは、すぐにでも走り出したい衝動に駆られるが、強く握ったユランの手を決して離そうとしない。

 

 ──リリアにとって全ての事が新鮮で、その目に映るもの全てが輝いて見えた。


 ぐー……


 突然、お腹の鳴る音がユランの耳に届く。


 ──ユランのものではないので、音の主は隣にいるリリアに違いない。


 「あ、あぁぁぁぁぁ……。これは、違うんですぅぅ……。本日は、お昼から食事を摂っていなかったからぁ……」


 リリアは、火が出そうなくらい顔を真っ赤にして、両手で顔を覆ってしゃがみ込んでしまう。


 咄嗟にそんな行動を取ったため、ユランの手も離している。


 「はははっ……」


 ユランは、そんなリリアの様子を見て可笑しくなり、思わず笑い声を漏らしてしまった。


 「な、何で笑うんですかぁ……。仕方ないの……。だってぇ……お父様の指示だったんですものぉ……」

 

 ユランは、リリアの言葉を聞き、不用意に笑ってしまった事を後悔した。


 (この()は、今までどれだけの事を我慢させられてきたんだ……)

 

 スッ──……


 ユランは、しゃがみ込んでしまったリリアに右手を差し出す。


 「リーン……?」


 リリアは、ユランの行動の意図がわからず、首を傾げながら、上目遣いでユランを見上げた。


 「行こう! まだ開いてる店があるはずだ!」


 ──笑顔で差し出されるユランの右手。


 リリアは目を細め、ユランの笑顔を眩しそうに見上げ──


 「リーン……。やっぱり、貴方は私の騎士様ですわ」

 

 ユランの手を取った。


         *


 アーネスト王国の城下町は様々な区画に分かれており、時間帯によってそれぞれの区画が見せる顔も違う。


 平民街や貴族街と言った人々が主に生活している生活区は、夜が更けると早々に寝静まる。

 

 しかし、労働者たちが集まる歓楽街などの地区は、深夜になっても賑わいを見せる場所が多い。


 この地区には、酒場や屋台など──夜間まで働く労働者をターゲットにした店も多く、別名、眠らない街とも言われていた。


 普通ならば、ユランやリリアの様な『年端も行かない子供』が深夜の歓楽街を歩いていれば、警備隊に声をかけられてもおかしくない。


 しかし、アーネスト王国の王都は治安も良く、さらに子供の夜間労働も禁止されていないため、ユランたち以外にも歓楽街を歩く子供はチラホラと見受けられた。


 『常識の範囲内で、各々が子供に無理をさせない程度に労働を課すこと』


 と言うアバウトな法律であるが……当然、子供の意思は尊重され、拒否する子供を無理矢理労働させれば罪に問われる。


 しかも、状況によってはかなり重い罪に問われることもある……。


 「おじさん、これ二つ!」


 ユランは屋台の前で、店主に銅貨を数枚渡し、それと交換で商品を受け取る。


 ユランが購入したのは、動物の肉を串に刺して焼いただけのシンプルな料理だ。


 肉にかけてあるタレが炎で炙られて、屋台の周辺に香ばしい匂いを漂わせていた。


 屋台の店主はユランたちの年齢など特に気にする事もなく、商売に専念している。


 ──王都の歓楽街とはそう言う場所なのだ。


 ぐー……


 串焼きの香ばしい匂いに釣られ、再びリリアのお腹が可愛く講義の声を上げる。


 ユランが、片方の串焼きを差し出すと、リリアはわずかに頬を染め、ソッポを向くき──


 「……ありがとう」


 と、お礼を言った後、素直に受け取った。


         *


 リリアは、屋台に売っている平凡な食べ物を──


 『こんなに美味しいもの、初めて食べましたわ』


 と絶賛していた。


 その後も、二人は何件かの屋台を巡る。


 食べ物以外にも様々な屋台があり、リリアの好奇心は刺激されっぱなしだ。


 リリアは、屋台を巡りながら、


 『楽しい』


 『夢みたい』


 などと、幼い子供の様に笑いながらはしゃいでいた。


 その笑顔が、心から楽しそうで──ユランは、『リリアを無理矢理にでも連れ出して良かった』と心から思う。


 そして、ユランはリリアの笑顔に釣られて、自身も、自然と笑みが溢れてしまうのだった……。

 

         *


 歓楽街を一通り巡った後、二人は歓楽街の外れにある広場まで来ていた。


 そこは、公園の様になっている開けた場所で、小高い丘から満点の星空が見渡せる。


 辺りに街灯などがない場所であるが、月明かりに照らされた丘の上は妙に明るく、お互いの顔がよく見えた。


 「……綺麗な星空ですわね」


 二人は丘の上に並んで腰掛け、夜空を見上げる。


 ──思えばユラン自身も、これほどゆったりとした時間を過ごすのは本当に久しぶりだった。

 

 ユランは、回帰前は勿論、回帰後にもずっと気を張って過ごしてきたため、適度に力を抜く事を忘れていた様な気がする。


 リリアは、ユランの方に向き直り、言った。


 「(わたくし)、こんなに楽しかったのは人生で初めてですわ……。リーン、本当にありがとう」


 リリアは無理矢理、笑顔をつくろうとして──


 ぽろ……ぽろ……ぽろ……


 リリアの瞳から大粒の涙が溢れ、頬を伝う。


 ──リリアは、それを拭おうともせず、俯き、下を向いた。


 「私は、これからも籠の鳥として暮らし、一生を終えるのでしょう……。でも、リーンとの楽しい思い出があれば、私は……幸せに過ごせるはずですわ」

 

 ……少しも幸せそうじゃない顔で、リリアは『幸せ』だと言う。


 「大丈夫なんです……。慣れているんです……。ずっと、そうだったんです……。でも、幸せを知ってしまった私は……。これから、耐えられるんでしょうか……?」


 自由に街を巡る。


 そんな当たり前で些細な事が、心から〝幸せ〟だと語るリリア。


 今のユランが彼女にしてあげられる事は、その場凌ぎの幸せを与えることだけだった。

 

 「リリア……」


 ユランはリリアに向かい、手を伸ばす。


 ──それが、その場凌ぎの優しさでしか無いと知りながら。


 しかし──


 「でも、私はリリア……。リリア・リアーネなんです。きっと、最後まで……」


 そう言ったリリアは、もう、涙を流していなかった。


 リリアは、自分が虐げられ、人間扱いされない事に慣れすぎてしまった。


 心の切り替えが、上手くなりすぎてしまった。


 自分の本心を、心の奥底にしまい込む事に……。


 「帰りましょう……。夢はいつか覚めるんです……。ならば、せめて目覚めは私の思う通りに……。最後まで、エスコートして下さいますよね?」


 リリアが、ユランの伸ばした手に自らの手を重ねる。


 ユランは、その手を黙って握り返す。


 ユランは考えていた。


 この孤独が、彼女(リリア)をシリウスにしてしまったのだろうか。


 回帰前の世界で、グレンを失った民衆は、リリアに〝グレンの代わり〟を求めた。


 リリアはそのとき、自分で選択する事など出来なかったはずだ。


 周りの期待に応えなくてはと焦り、遂には呪いの剣『ブラッドソード』にまで手を出し……自ら崩壊へと進んでいく。


 ユランは、リリアをシリウスにしないためにも、やはり〝グレン・リアーネを救わねばならない〟と新たに決意を固める。


 ──リリアにグレンの代わりなどさせてはならない。


 「リーン……。きっと、いつかまた、私に会いに来て下さいませ……。ずっとお待ちしておりますわ……。いつまでも……。いつまでも……」

 

 リリアは、ユランの手を握り、今生の別を惜しむ様に──


 寂しげに笑うのだった……。

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