【4】ジーノ村の村長 サイクス
ユランは宿の部屋で一人、考え事に耽っていた。
考えるのは、リリア・リアーネの事だ。
リリア・リアーネは、グレン・リアーネの実妹で、回帰前のユランの仲間──最後を共にしたシリウス・リアーネと同一人物。
しかし、ユランはシリウスと出会った際、彼女ががリリアと同一人物だとは気づかなかった。
回帰前の世界で、ユランはリリアとリアーネ家の屋敷で会っているのだが……その事自体をよく覚えていなかったのだ。
その時期のユランは、ジーノ村の事件があった直後だったため、心を閉ざして外部との接触を絶っていた時期でもあった。
さらに、呪いの影響を受けていたシリウス──リリアは、外見が様変わりしており、ユランがリリアの事を覚えていたとしても、気付く事はなかっただろう……。
だが、昼間に、貴族街にあったリアーネ家の屋敷だと思われる場所を訪問した際……曖昧だったはずのリリアの記憶が、ユランの頭の中に唐突に蘇ってきた。
覚えていないと思い込んでいたが、潜在意識の奥底で……リリアの悲し気な笑顔が、脳裏に焼き付いて離れなかったのだ。
リアーネ家のテラスで見た少女……あれがリリアだとしたら、その容姿は、
腰まで伸びた、輝く様な金色の髪、
吸い込まれそうなほど美しいブルーの瞳、
透き通る様な白い肌、
幼さを感じさせながらも、すれ違えば誰もが振り返ってしまいそうなほど整った顔立ち、
遠目からでもわかるほど、見目麗しかった。
ユランの記憶の中の少女──リリア・リアーネの当時の姿そのままだった。
だが、どうしてもユランの記憶の中のシリウス・リアーネとリリアの特徴がかけ離れ過ぎており、二人の姿がうまく重ならなかった。
コン コン──……
ユランが物思いに耽っていると、唐突に、部屋の扉がノックされる。
ユランが、「はい」と短く返事を返すと、部屋の外から──
「まだ起きていたか……。少し良いかな?」
と、ミュンの父親──ジーノ村の村長が声をかけてきた。
ユランは、「大丈夫です、入って下さい」と村長の入室を促す。
ユランは、村長が尋ねてきた理由が、先程まで繰り広げられていたミュンとリネアの喧嘩のせいではないかと勘繰っていた……。
*
「よーし! 用意できた部屋は3つ……。やっぱりここは、私とユランくんが同じ部屋だね!」
ユランたちが、城下町の散策から宿屋に戻ると、すでに宿泊の手続きは終了しており──
用意できた部屋が3部屋だけだったと村長から伝えられると、ミュンが突然、そんな事を言い出した。
10歳の子供がいう事だ、普段ならば村長も笑って許可を出すところだが……村長は最近の愛娘の行動に不安を募らせていた。
──好きな男ができるのは仕方ない事だが、ミュンはまだ10歳だ。
10歳の少女の言動にしては『些か、ませ過ぎているのでは?』と感じていた。
それに、ミュンのユランに対する態度は、親の村長から見ても、邪な感情が混ざっている様な気がしてならない。
村長は、最近のミュンの様子に、『子供らしい純真さや、清らかさが全く感じられない』と嘆いていた。
それは、リネアにも言える事なのだが……。
そこには──
「ユランくん大好き!」
と曇りなき目で語っていた純真無垢な娘は──もういなかった。
村長が、娘にどう注意したものかと頭を悩ませていると──
ミュンのトンデモ発言を受けて、リネアが、
「いや……。それはおかしいよ。普通ここは、私とユランくんが一部屋ずつで、ミュンと村長さんが同じ部屋なんじゃない?」
と提案した。
こちらはまだ良識がある方で……常識的な提案をするリネアと娘を比べてしまい、村長は思わずため息をついてしまった。
リネアはリネアで、ただ、表立って気持ちを表現するタイプではないだけで、やっている事はミュンと大差ないのだが……村長はその事に気付かない。
「ミュン。リネアの言う通りだ。リネアとユランには『聖剣鑑定』を受けると言う事で、王国から補助金が出ているんだ。だから、交通費や宿泊代もかかってないし、この二人が一部屋ずつ使うのは当然なんだよ……。と言うより、元々そうするつもりだったしな」
リネアの発言のおかげて、その場が上手く纏まりそうだと思った矢先──
「は? それってただの建前でしょ? 別に必ずそうしなきゃダメって事じゃなくない? 好き合ってる者同士が同じ部屋になるのは当然じゃないの? 私の言ってること間違ってる?」
ミュンは捲し立てる様に言った。
負けじとリネアも──
「そもそも前提が間違ってると思う。別に、ユランくんはミュンの事、そんなに好きじゃないよ? 勘違いで巻き込んだら、ユランくんが可哀想……」
と言い放つ。
「………………は? ちょっと言ってる意味が解らないんだけど……。もしかして、喧嘩売ってる?」
「喧嘩なんか売らないよ……。ただ、気持ちの押し付けは良くないって言いたかっただけだよ? やっぱり、ミュンってなんか重い。ユランくん可哀想……」
二人の会話は収集が付かなくなり、遂に口喧嘩を始めてしまう。
村長は戦慄した。
(子供の会話なのか、これが……?)
……結局、当初の予定通り、ユランとリネアが一部屋ずつ、ミュンと村長が同じ部屋という割り当てとなった。
*
二人の口喧嘩を思い出してユランは頰を掻き、苦笑いする。
勝手に当事者にされ、口喧嘩の火種にされている訳だが……ユランはコレが意外に嫌ではなかった。
だが、ユランは二人のやり取りを見て──
(人に好かれるのは良い事だ。二人は共通の友人である私が、〝自分以外の誰か〟と仲良くしている事に嫉妬しているのだろう。子供特有の独占欲ってやつだな……可愛いものだ)
などと見当違いな事を考えていた。
村長はベッドに腰掛けていたユランの前の──備え付けのダイニングテーブルの椅子に腰掛ける。
そして、ユランをじっと見つめる。
──どうやら、真剣な話の様だった。
「まずは、お前に礼を言いたい。魔族の襲撃から、村を……村の皆んなを守ってくれてありがとう。なかなか礼を言えず、一ヶ月近く経ってしまったな」
村長は深々と頭を下げる。
「アレは本来、私がやらなきゃならん事だった……。最悪、『ソドムの腕輪』を使ってでも戦うつもりだったが、どういう訳か、家に空き巣が入ったらしく──盗まれてしまってな……すまない」
頭を下げ続ける村長に、ユランは慌てて──
「こちらこそ、謝らないといけない事があります」
と言い、上着の胸ポケットから、布に包まれた『ソドムの腕輪』を取り出し、村長に差し出した。
「お前が持っていたのか……。何でそんなものを……って! まさか着けたりしてないだろうな!?」
村長は慌てて立ち上がったかと思うと、ユランの身体を触り、無事を確認する。
「着けてたら、僕はここには居ません……。でしょう?」
ユランがそう言うと、村長は長い息を吐いて──ユランから腕輪を受け取った後、椅子に座り直す。
「知っていたのか? 腕輪の能力の事……」
「すみません。勝手に持ち出して……」
「偶然……ではないよな?」
「はい。僕はこの腕輪の効果も……そして、使ったらどうなるのかも知っていました」
「前にお前にも見せた事はあったが、効果は説明してないはずだ。コレは我が家の家宝……。詳しい説明も一族の者にしか伝えていない……。ミュンから聞いたのか?」
「……違います。以前から知っていたんです」
ユランは俯き、話しにくそうに言葉を濁している。
村長はそんなユランの様子を見て、訝し気な視線を向けると、言った。
「お前は……何者なんだ?」
ユランは、村長の質問にドキリとする。
村人の前で、あんな大立ち回りを演じてしてしまったのだ……。
今まで、詳細を聞かれなかったのが不思議なくらいだ。
『魔貴族』襲来の際、明らかに異常な戦闘能力を発揮したユラン。
ユランが普通の少年でない事ぐらい、誰が見てもわかる事だろう。
戦うと決めた時点で、話さざるを得ないと覚悟していた。
回帰者であること、
ジーノ村が滅ぶはずであったこと、
信じてもらえるとは思えないが、隠し通す事も無理な話だろう。
嘘をついて誤魔化すことも考えたが、ユランの子供らしからぬ戦いぶりを知られてしまったのだから……誤魔化しようのない事だった。
「僕……いや、私は……。二度目の人生を歩んでいるんです」
ユランは、静かに事実を語り始めた……。
*
「そうか……」
ユランの話を聞き、村長は考え込む様に目を閉じ、椅子の背凭れに深く身を委ねた。
そして、しばらくした後、口を開く。
「お前の話を聞いて、一つ言える事は……。お前、私よりも年上だったのか……」
「……は? こんな話、信じるんですか?」
ユランは自分で話しておきながら、村長の反応が信じられなかった。
「実際に、お前が『魔貴族』を倒したところを見てるからな……。それに、そもそも、お前の歳で『抜剣術』を扱うなんて絶対に不可能な話だ……。信じざるを得ん」
「そうかもしれませんが……。そんなに簡単に信じるなんて」
「お前も逆の立場だったらわかるよ。それだけ異常な事だ。まあ、お前の話を聞けば納得だがな……」
「私は、ただ、村を……。ミュンを救いたかっただけなんです。ただ、必死だった。過去に取りこぼしたものを拾い上げたかった……」
ユランが搾り出す様に言うと、村長はユランの肩に手を置き、諭す様に言った。
「私やミュンが……そしてジーノ村の皆んなが、今も無事でいられるのは全部お前のおかげだ。感謝してもしきれん」
誰かに認めてもらおうと思ってやった事ではない。
まして、褒めてもらおうと思ってやった事でもない……。
ユランは村長の話を受け、目頭が熱くなる思いだった。
自分のやった事が報われる気分だった。
*
「これからは、何かあったら気軽に相談すると良い。子供の身体では、やり難い事もあるだろう」
「ありがとうございます……。非常に助かります」
ユランは、この人に話して良かったと本気で思った。
勇気のいる決断だったが、得たものは大きい。
スッ──
村長が、布に包まれたままの『ソドムの腕輪』をユランに向かって差し出す。
「え?」
差し出された意味が解らず、ユランは戸惑った。
「コレはお前に持っていてもらいたい。押し付ける様で悪いが……。コレを村に置いておけば、禍を招きかねん。実際、『魔貴族』はそれ目当てで村に来たわけだしな……。だが、コレのために魔族がアレだけの事をしでかしたんだ……。おいそれと手放す事もできない……。正直、対処に困る代物だ」
村長の言う通り、こんな物を所持していても百害あって一利なしだ。
(この腕輪は、魔族にとってどんな意味があるのだろうか?)
ユランは、『ソドムの腕輪』を繁々と眺めた。
「私も、破壊を試みましたが、コレには特殊な力が宿っている様で……破壊は不可能でした。しばらくお預かりして、破壊する方法がないか探ってみます」
ユランは腕輪を受け取り、懐に仕舞い込む。
それを見て、村長が言った。
「それにしても、驚いたぞ。『魔貴族』に腕輪を持ってくる様に指示されて、戻ってきてみれば、『魔貴族』が討伐される瞬間だったからな……。正直言って、胸が空く思いだったが」
「私は、回帰前の世界の『ジーノ村襲撃事件報告書』で、『ソドムの腕輪』の事を知りました。その特性や効果も……。さらに、『シエル・アーヴァイン供述調書』の内容から、村長が『魔貴族』に腕輪を要求された事も知りました。なので、腕輪を予め盗み出しておく事で、村長の足止めをしたかったのです」
「……ん? どう言う事なんだ?」
「あー……。気を悪くしないで欲しいのですが……。えっと……」
「いいから言え。何を言われても怒らん」
「……足手纏いでしたから。さらに、変に腕輪を使われでもしたら、面倒でしたので」
「怒らんとは言ったが……もう少し言い方を考えろ」
「すみません……」
しばらく、そんな話をしていると、村長は思い出したかの様に言った。
「そう言えば、何で『魔貴族』を倒した手柄をシエル先生……。いや、あのクソ女に譲ったんだ?」
村長は、シエルとゼンが。ミュンにした仕打ちを知っている。
事件の後、ミュンが話したらしい。
村長の二人に対する態度はかなり辛辣だ。
シエルとゼンは、あの事件の最中、村からこっそり逃げ出していた。
ユランはこの二人を拘束していたが、二人は、ユランが拘束に使ったロープ代わりの布を、ミュンたちの目を盗んで切断し、逃げ仰せたのだった。
しかし、事件解決を風の噂で知り、あろう事が、『全て自分たちが解決した』と聖剣教会に報告したのだ。
これは、回帰前でも同じだったが、聖剣教会は疑いもせずにこの話を信じた。
回帰前も、そして現世でも、ジーノ村の在籍名簿の中で、『魔貴族』を討伐出来そうな人間が他いなかったためだ。
腐っても元聖剣士という事なのだろうが……それを理解した上で手柄を横取りしようとしたのなら、シエルたちの狡賢さには、然しものユランも舌を巻く思いだ。
シエルとゼンが手柄を横取りした事を知った村長は、教会に抗議しようとしたが、ユランがそれを止めた。
「譲ったと言うよりは、押し付けたと言うのが正解に近いですね」
「と言うと?」
「私には、これから解決せねばならない事が山ほどあります。今はまだ、過度な評価は邪魔になるだけですからね……。まあ、私がやったなどとは、聖剣教会も信じないでしょうが……。私は、聖剣が……」
「ああ、そう言う事か! 多分、お前の聖剣は『貴級聖剣』以上なのは間違いないもんな。つまり、『強力な聖剣持ちならあるいは……』と聖剣教会が勘繰ってしまうと不味い訳だな」
「そう言う事です。後で聖剣士としての……貴族としての地位は必要になると思いますが、今じゃない。今、動きづらくなる事は避けたいんです」
「しかし、明日の『聖剣鑑定』で、お前の聖剣の事は知られてしまうんじゃないのか?」
「平民出の『貴級聖剣』は稀ですから、騒がれる事はあるかもしれませんが、それだけです。少し前にミュンという前例もありますしね……。それよりも必要のない実績がついてくる事が問題です」
「必要のない実績?」
「『貴級聖剣の少年、わずか10歳にして魔貴族を討伐する』……。そんな事が判明すれば、私は英雄の様に扱われ、どこに行っても人の目に晒されることになります。動きにくくなるでしょうし、困るんですよ」
「それで、クソ女に手柄を押し付けたわけか」
「ええ、良くも悪くも、この国……いや、この世界は聖剣を中心に回っている。地位や名誉すらも聖剣の等級で決定されてしまう。強力な聖剣を持つ者の言葉は、無条件に信じられてしまうんです」
「いやいや、確かにそうだが……。お前、自分の聖剣が『貴級聖剣』だって事を前提に考えてないか? お前の聖剣が『皇級』や『神級』だったら、それこそとんでもない騒ぎになるだろう? そうなったら、どの道同じじゃないか」
「それはあり得ません。私には王家の血は流れていないので、『皇級』は絶対にあり得ませんし、『神級』は1000年に一度現れるか現れないかのレベルなんです。確率的にあり得ませんよ」
*
「すっかり話し込んでしまったな……」
村長はそう言うと、椅子から立ち上がる。
スッ
そして、村長は右手を差し出した。
「コレからは協力者だ。お前の事は皆んなには秘密にしておく……。村人たちには上手いこと誤魔化しておこう」
ギュッ
ユランは村長の右手を握り、コクリと頷く。
「ありがとうござます。それから、一つお願いがあるんですが……」
「何だ?」
「私は、王都にしばらく滞在したいと思っています。滞在先などは、自分で何とかしようと思っていますが……両親への説明をお願いしたいのと……それから、」
ユランが言い淀んでいると、村長は察した様に─家
「ミュンとリネアだな……」
深いため息を吐いた。
「まあ、何とかしてみよう……」
かなり自信無さげな声だったが、二人ともユランが言ったところで絶対に聞き入れないだろう。
『ユランが残るなら自分たちも』と言い出すに決まっている。
それに、ユランの場合は、なんだかんだ言って二人に押し切られてしまう可能性が高い。
──実は、ユランはかなり押しに弱いタイプの人間だった。
「おっと、そうだ。私のことはこれから村長ではなく、サイクスと呼んでくれ」
村長──サイクスは、部屋から出る前に、思い出したかの様にユランにそう言った。
「流石にそれは……」
「だって、ほぼ同い年だろ? いや……若干そっちが上か?」
「精神年齢の話でしょう? 呼び捨てにしていたら、流石に違和感がすごいと思いますよ?」
「まあ、それもそうか。なら、サイクスさんでいいぞ」
「なぜ、名前で呼ばせたがるのかわかりませんが……。はぁ、わかりましたよ」
ユランがそう返すと、サイクスは満足げに部屋を出て行った。




