これからの事
ユランが目覚めたのは、『魔貴族』がジーノ村に襲来した日から一週間後の朝だった。
「ここは……診療所か?」
ユランが目覚めると、そこは診療所のベッドの上で──ユランはベッドから起きあがろうとするが、身体が鉛の様に重く、動くことも出来そうになかった。
現在のジーノ村の状況を知りたかったが、ここから動けないのでは話にならない。
──ユランは、『誰か呼んでみるか?』
とも考えたが、大声を出すのも億劫だったので、大人しく休む事にした。
『アクセル』による身体へのダメージは、治療が施され、全快している様だ。
おそらく、診療所の医師か、聖剣教会の神官が呼ばれて『修復』の上級、『上位修復』などを施した治療が行われたのだろう……。
身体的には何の問題もなさそうだったが、『抜剣術』による〝魂の消耗だけは神聖術でも癒すことができない。
──〝魂〟の力が癒えるまで、当分の間、動く事は無理そうだった。
『どうせ動けないのだから』と、ユランはこれからの事について考えを巡らせる。
「まず、やっておかなければならない事をまとめよう」
……結果はまだわかっていないが、ユランの活躍によってジーノ村の未来は変わったはずだ。
「ミュン……」
幼馴染の少女の事を思い出す。
〝あの日〟、懸命に生き、村人たちのために命を賭して戦い──死んでいったミュンの姿を……。
(私は、あの日のミュンの強さに、少しは近付けたのだろうか……?)
回帰前の世界で、ユランはミュンとの最後の約束──『聖剣士になる』と言う約束を守れず、復讐の鬼と化してしまった。
最後には、傭兵に身を落とし……依頼があれば、人も魔族も容赦なく抹殺した。
(それに……。激動の時代の波に飲まれ、翻弄され、復讐に終始していたはずなのに、ついに最後まで、ジーノ村を襲った『魔貴族』……隻腕の『魔貴族』には遭遇できなかった)
ユランは、今度こそ、ミュンとした『聖剣士になる』という約束を果たそうと心に決めた……。
*
何はともあれ、ジーノ村の事件は無事に解決することができた。
しかし、ジーノ村の魔族襲撃は、これから起こる事件の中でも、解決したところで歴史が大きく変わるほどのものではない。
結局のところジーノ村の事件は、王国全体と言う規模で見れば、辺境の村で起こった小さな事件でしかないのだ。
──これからユランが対峙し、解決していかなければならないのは、歴史を変えるほど大きな事件ばかりで……
どれも、一筋縄ではいかないだろう。
「──まず、絶対に解決しなければならない出来事は……」
それは、ユランの中で既に決まっていた。
何故ならば、〝その事件〟は、発生するまでにあまり間がない上に、未来への影響が甚大な事件だからだ。
「グレン・リアーネの助命……。これだけはなんとしてもやり遂げなくてはならない」
*
グレン・リアーネとは、アーネスト王国の王都所属の聖剣士。
聖剣の中でも最高位に位置する『神級聖剣』の主──神人で、現在の時間軸で『人類最強の聖剣士』と呼ばれる男だ。
16歳と言う若さで、前人未到の『神級聖剣レベル6』に到達し、単独で王位クラスの魔族……『魔王』を討伐できる唯一の人間でもある。
ちなみに、回帰前のユランの仲間、シリウス・リアーネの実の兄でもある。
グレン・リアーネの存在は『魔族』の中でも広く知られており、知性ある『高位の魔族』に対する抑止力にもなっている。
『グレン・リアーネのいる王都には近付くな』
と言う教訓が、魔族の間に流れているくらいだ。
──回帰前、〝ある事件〟が切っ掛けで、グレン・リアーネは命を落とす事となった。
そして、グレン・リアーネの死を皮切りに、『魔族』の動きが活発化し……それに合わせる様にして、敵国の侵略なども勃発する事になってしまった。
王都に攻めてくる『魔族』。
戦争を仕掛けてくる他国。
全ての切っ掛けは、たった一人の聖剣士の死だった……。
グレン・リアーネの死により、世界のバランスが崩壊してしまったと言っても過言ではないのだ。
回帰前の世界では、グレン・リアーネの死後、それほど間を空けずに新たな『神級聖剣』の主──グレン・リアーネの妹でもある、神人シリウス・リアーネが現れた。
これにより、『世界のバランスが修正される』と、誰もが思ったが……。
言い方は悪いが、グレン・リアーネに比べてシリウス・リアーネは欠陥品だった。
『抜剣』の才能に恵まれず、神人であるにも関わらず、そのときのシリウスの『抜剣』は、レベル3が限界……。
それでは抑止力足り得ず、『魔族』や敵国の侵略の勢いが止まる事はなかった。
これを嘆いたシリウスは、呪いの剣『ブラッドソード』の力を借り、強引に『抜剣』のレベルを引き上げる選択をした。
しかし、シリウスはブラッドソードの呪いを受け、その代償で短時間しか戦えない身体になってしまう。
さらに、ブラッドソードの呪いで命を削り……そうして、強引に『抜剣レベル』を引き上げたにも関わらず、シリウスの『抜剣』は最終的に『レベル5』が限界だった。
短時間しか戦えず、『抜剣術』の才能も兄に遠く及ばない……結局、何をしようとも、シリウスは抑止力足り得なかったのだ。
──制約もなく、単独で『魔王』に挑み、いとも簡単に討伐してしまうグレン。
──それに比べ、仲間の支援無しには『魔王』と対等に戦えないシリウス。
どちらが優れているかなど、比べるまでもなかった……。
*
とにかく、グレンの死を回避できれば、回帰前に起こった悲惨な戦いを防げる可能性は高い。
グレンの死については、ユラン自身〝ある事情〟から覚えている事は少なかい。
しかし、何としても『グレン・リアーネの死』だけは回避する必要がある。
「──グレン・リアーネの助命……。まずはこれが最優先だ」
そして、それよりも後に起こる大きな事件が二つ……。
「『魔竜バル・ナーグ』の復活と『魔女アリア』の誕生……」
この二つは、後に〝厄災〟と呼ばれる〝二匹の化け物〟が起こした事件だ。
回帰前の世界では、この二匹の〝厄災〟の影響で、人類の大半が滅びてしまった。
グレンの死により、魔族や他国の侵略が激化──アーネスト王国の国力が低下していた時期に起こったため、厄災に対処できなかったと言うことも理由の一つではある。
だが……。
──何よりも、厄災の力が圧倒的すぎた。
『魔竜バル・ナーグ』については、回帰前にも使われた〝対抗策〟があるため、討伐自体は不可能ではない。
その対策があったとしても、強大な敵である事には変わらないのだが……倒せない相手ではないだろう。
しかし……『魔女アリア』はダメだ。
あまりにも強すぎて、回帰前の世界でも対処ができない──本当の意味で自然災害の様な存在だった。
唯一の救いは、『魔女アリア』が好戦的な性格ではなかったことだ。
基本的に『魔女アリア』は、〝自分を積極的に害そうとする相手〟でなければ自ら手を出してくる事はない。
しかし、『魔女アリア』が本気で牙を向き、アーネスト王国を滅ぼそうと考えたのなら……王国など一日で地図上から消滅するだろう。
アレを防ぐには『聖女アリア』の誕生──〝魔女化〟を阻止するしかない。
一度、魔女化してしまった後では、討伐は絶対に不可能だ。
おそらく、『魔女アリア』はグレン・リアーネや、回帰前のシリウス・リアーネでも対処できないほどの相手……。
──グレン・リアーネの死。
──魔竜バル・ナーグの復活。
──魔女アリアの誕生
これらの事件は全て、一つでも起こってしまえば、人類に多大な影響と被害をもたらしてしまうほどの事件だ。
「先ずは、グレン・リアーネの件から対処していこう……。それに、一度『聖剣鑑定』も受けてみなければならないだろう……」
『魔貴族』との戦いの際、発動したユランの『抜剣術』の威力は、明らかに『下級聖剣』の域を超えていた。
それに──
「私の『下級聖剣』の属性は風だったはずだ。しかし、あのとき発動した『抜剣』は雷気……雷の属性を持っていた」
どうやら、ユランの聖剣は回帰前とは別物になっている様で……それを確認するためには、『聖剣鑑定』を受けてみるより他に方法がない。
『魔貴族』を、一撃の下に消滅させた威力を考えれば、ユランの聖剣は少なくとも……『貴級聖剣』以上の等級はありそうだった。
「『貴級聖剣』以上なら、〝貴族〟の地位も与えられるだろうし、これから動きやすくなるはずだ……。まあ、『聖剣鑑定』を受けて確定するまでは、考えても仕方のない事だが」
その部分は、『聖剣鑑定』を受けてみない事には、どうにもならない。
「とにかく、今は休んで〝魂の力〟の回復に努めよう」
ユランは今後の方針をある程度決定すると、一旦、考えるのを止め、再び眠りに落ちていった……。