誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした

第一章 〜ユランの物語〜

【21】決着

　『見苦しいですね……。もう、勝負は決していると思いますが？』

　『魔貴族』の言葉を無視し、ユランは足を引きずりながら、『魔貴族』に近付いていく。

　「……お前は倒す。……絶対に。……村の人の……ミュンの仇を討つ……」

　すでに、ユランの目は虚で──その目には『魔貴族』の姿しか映っていない。

　朦朧とする意識の中で、回帰前の記憶が混同し……目の前の対象を『復讐相手(ミュンのかたき)』と認識している。

　──足は止まらない。

　このまま無防備に進めば、ユランは間違いなく『魔貴族』に惨殺されるだろう。

　しかし、今のユランは自分を顧みない。

　すでに、戦う力など残っていないのに、そんな事は気にも留めない。

　『──興醒めです。さっさと死になさい』

　『魔貴族』はそう言うと、右手を前に翳した。

　地面から伸びる影が、細い槍の様な形状に変化し──

　そして、その影の槍が、うねる様に動き、ユランに向けて放たれる。

　「……仇を。……ミュンの……仇を……」

　譫言の様に呟きながら前進するユラン。

　その身に、影の槍が迫る──

　しかし、ユランはソレを避ける素振りも見せない。

　影の槍が、まさにユランの心臓を貫こうとした、そのとき──

　「ユランくん！！」

　そう叫んだ誰かが、ユランの身体を押した。

　突然の出来事に、ユランは抵抗する事なく、身体を押され、地面に倒れる。

　だぎ、その後も、影の槍の勢いは止まらず──

　「キャ！」

　グサッと肉を貫く様な鈍い音を立てて、影の槍は〝乱入した何者か〟の右肩を掠めた。

　──幸いにも、影の槍はその乱入者の肩を掠っただけで、出血はあるものの、大事には至っていない様子だった。

　その乱入者は、槍が掠めたて出血した右肩を押さえながら、ユランの元へと歩いてくる。

　その人物とは──

　「……ミュン？　君は死んだはずじゃ？」

　ミュンだ。

　小屋の陰に隠れていたはずのミュンが、いつの間にかユランの元まで走って来ていた。

　ユランの無謀な前進を確認し、心配して走って来たのだろうか……。

　小屋からユランがいる位置まではそれなりに距離があるため、その一瞬でここまで走って来たのだとしたら、ミュンの脚力も子供離れしたものの様だ。

　ユランの意識は今だに混同していたが──ミュンの姿をその目で確認すると、直ぐにハッと正気に戻る。

　「ミュン、何故ここに来たんだ！　それにケガも……」

　ユランは咄嗟にミュンに向かって『修復』を唱えるが、神聖力不足のため発動しなかった……。

　ユランは、仕方なくミュンの肩を押さえようと手を伸ばしかけるが──

　『邪魔が入りましたね……』

　『魔貴族』の驚くほど冷たい声が、ユランの行動を静止させる。

　ユランが咄嗟に、『魔貴族』の方に視線を向けると──『魔貴族』は、心底つまらなそうな顔でユランたちを見ていた。

　『いい加減、飽きてきたので……そろそろ終わらせようと思います』

　『魔貴族』は天に向かって両手を挙げる。

　『魔貴族』の足元にあった影が、大きく広がり、三つの塊になって分離した。

　分離した影は、それぞれ──

　広場に集まった子供たちの下──

　ユランとミュンの下──

　そして、大人たちが集まっている小屋の下──

　それぞれの下で、全てを飲み込むほどに、大きく広がり──

　そして、その影は、怪物の口の様に左右からゆっくりと迫り上がっていく。

　『魔貴族』は……全てを一度に終わらせようとしていた。

　『魔貴族』が最大の攻撃を放とうとする様を確認し、ユランは静かに立ち上がる。

　片足を負傷しており、立ち上がる際に大きくふらついたが、何とか転倒せずに立ち上がる事が出来た。

　「……ユランくん」

　ミュンがユランの服の裾を掴み、不安そうな顔でユランを見る。

　ユランは優しく微笑み、「大丈夫」と短く言って、ミュンの手を解た……。

　『さあ、これで終わりです。それとも、最後の抵抗をしてみますか？』

　──ユランは覚悟を決め、構えをとる。

　サブウェポンを左手に持ち、右手で聖剣の柄を握る。

　──『抜剣術』の構えだ。

　ユランの聖剣は『下級聖剣』で、今のユランに使用できるのは『抜剣レベル１』のみ……。

　はっきり言って、ソレでは話にならないだろう。

　──ユランは目を閉じて集中する。

　回帰後に使う、初めての『抜剣術』だ……。

　「聖剣が神に与えられた『神剣』だと言うなら……。俺の想いに答えろ」

　ユランは、閉じていた両目をゆっくり開け──

　「大切なものを護るために……。村の人たちを……リネアを……そして──ミュンを護るために力を貸せ！」

　聖剣を握る右手に力を込める。

　『抜剣レベル1を発動──使用可能時間は１分です──』

　１分……。

　レベル１の発動としては短すぎる時間だ。

　今のユランではこれが限界なのだろう。

　全力で『魔貴族』に挑み、敵わないまでも一矢報いる。

　そう言う覚悟で、ユランは、『抜剣』を発動させた──……

　『──カウント開始──発動──』

　グォォォォォン！

　発動と同時に、ユランの聖剣の刃が一割ほど露出する。

　聖剣が、怪物の唸り声の様な、轟音を上げる。

　──まるで、曇天に轟く雷鳴の様だった。

　『抜剣』の効果で、ユランの身体能力が大幅に強化される。

　それは、『アクセル』や『隠剣術』を使用したときとは、比べ物にならない程に強力だった……。

　「行くぞっ！」

　ユランが声を上げ、深く腰を落とす。

　左足の負傷は『抜剣』の身体強化の恩恵により、動けるまでに回復していた。

　低く構えたユランの身体は、猫科の猛獣の様にしなやかで──まるで限界まで引き絞った弓矢の様だった。

　身体全体に力を溜め、解き放たれる瞬間を待っている。

　『なっ、何ですか、この気配は……』

　ユランの醸し出す雰囲気に、異様なものを感じ、『魔貴族』は両手を下ろすと──散らしていた影を全て中心に集め、盾を作り、慌てて防御の体制を取った。

　「ふっ！」

　溜めに溜めたた力を解放し──

　ユランが大地を蹴る──

　それは、まるで閃光だった。

　雷(いかづち)の様だった。

　眩い光を放ち、雷鳴の様な轟音を轟かせ──ユランの身体は大地を駆けた。

　何者にも捉えられない。

　何者にも阻まれない。

　圧倒的な速さ。

　『魔貴族』を護る影の盾など、到底、追い付けない。

　絶対的で──

　圧倒的──

　雷(いかづち)の竜の顎門(アギト)が、『魔貴族』を捕らえ──

　その全身を噛み砕いた。

　　　　　　　　　　＊

　『なっ！？』

　ユランの一撃を受け、『魔貴族』は声にならない叫びを上げる。

　見えないどころの話ではない。

　やられた事にすら気付かなかった。

　ゴトリと音を立てて、『魔貴族』の首が地面に落ちる。

　ユランが放った、たった一振りの斬撃で、『魔貴族』の首から下が、跡形もなく吹き飛んでいた。

　影を使っての防御も、『魔族』の強靭な肉体も……その全てを容易く打ち砕く力。

　『下級聖剣』であるはずがない。

　ユランも、自身の聖剣が放った『抜剣術』の威力が信じられず、目を白黒させていた。

　『そ、そんなバカな！　この私が……『魔貴族』たるこの私が、こんなガキに！　何なんだお前は！　なんで、わたしが、こんなめに……』

　首だけになった魔貴族は最後の断末魔を叫ぶが──すぐにその目から光が失われていき、完全に動かなくなった。

　「どうなってるんだ……？　あの威力は明らかに『下級聖剣』じゃない。『貴級聖剣』……いや、もしかしたらそれ以上かも」

　ユランが困惑していると、聖剣から無機質な声が響く。

　『カウント０──抜剣を解除します』

　抜剣が解除されると同時に、ユランの身体を──

　目眩、頭痛、吐き気、倦怠感、

　等々、あらゆる不調が襲う。

　「これは、まずい……」

　ユランは、グラついた身体を立て直そうと、力を入れて何とか踏ん張ろうとするが……壊れかけた足には力が入らず、そのまま勢いよく倒れてしまう。

　顔面に激しい痛みを感じたが、それよりも体調不良が激しすぎて、顔の痛みを気にしている余裕はない。

　ユランは、そのまま立ち上がる事が出来きず……少しずつ、意識が闇に沈んでいくのがわかった。

　薄れゆく意識の中で、ユランは走り寄って来るミュンやリネアの気配を感じる。

　（身体はガタガタだが、私は過去を変える事が出来たのだ）

　喜びの感情を表に出すより前に、ユランの意識は闇に沈んだ……。