【3】 神級聖剣『抜剣レベル5』
『魔王』に対抗できる唯一の戦力がシリウスなのだから……。
シリウスの攻撃が通用しないとなれば、新たに作戦を立て直さなければならない。
私は勝利を諦め、『退却』の決断を下す事にした。
人類最後の希望──シリウス・リアーネがここで死亡すれば、それは〝人類の滅亡〟と同義だ。
そんな事は許されない……。
例え、私の命がここで潰えたとしても、シリウスの命だけは繋がなければなければならない。
「シリウス、撤退だ!」
通じないと分かっていながら、無駄な攻撃を繰り返すシリウスに対し──私は叫んだ。
シリウスはチラリと私の方に視線を向けるが、首を左右に振って私の決断──『撤退』を拒否した。
このまま続けても、勝ち目がないのは明白。
私が囮になってでも、注意を引き付け、シリウスを逃さなければ……。
ニーナとアニスの遺体は回収不可能になってしまうが、それも仕方がないと割り切る。
私は二人の遺体に向かい、頭を下げてせめてもの謝罪の意を示す。
「すまない、二人とも」
これまでにも多くの仲間たちが魔族と戦い、そして非業の死を遂げてきた。
私はそれを目にし、彼らの顔、そして名を……心に刻みつけている。
しかし、あまりに多くの死を前にした事で、仲間の為に流す涙も枯れてしまい、割り切る事に慣れすぎてしまった……。
彼らの死を無駄にしないためにも、シリウスには何としても生き残ってもらわねばならない。
私はシリウスを逃す囮になる為、前に出る──
そうする事で、『鎧の魔王』の攻撃範囲に踏み込むことになるが……致し方ないだろう。
私は死を恐れない。
それも、人類の希望のためだと言うなら──尚更だ。
せめて囮くらいにはならないと、私がこの戦いに参加した意味がないからな……。
私が、そのま前へ進もうとすると──
バッ!
シリウスがこちらに顔を向け、私に向かって鋭い視線を送ってくる。
言葉はなかったが、その視線からはシリウスの「来るな!」という意思が伝わってくる。
それは、私の身を案じての行動ではないだろう。
私は、シリウスの行動の意図を計りかねていた。
私たちがシリウスの為に犠牲になり、〝死ぬ覚悟が有る〟事は彼女も納得し、理解しているはずだ。
シリウスにはまだ、この状況を打開する手立てが有ると言うのだろうか……。
「……れ、レベル5を……つ、使う」
息も絶え絶えな様子で、シリウスが言った。
レベル5……使える様になっていたのか。
私の知る限りでは、シリウスはレベル4までの『抜剣』しか使用できなかったはずだ。
レベル5が使用できると言う話は彼女から聞かされていなかった……。
その事実を私たちにも伝えていなかったと言う事は、レベル5は文字通りシリウスの奥の手なのだろう。
シリウスがレベル5の使用を宣言したのち、聖剣から再び無機質な声が響く。
『抜剣レベル5『──』を発動──連続使用のため使用可能時間が減少します──』
ボンッ!
聖剣が発する声を遮る様に──鎧の魔王から放たれた魔力の爆発がシリウスを襲う。
シリウスの身体が、再び爆煙に飲み込まれた。
──爆煙が晴れる。
『絶対防御』を発動中のため、シリウスは無傷。
『鎧の魔王』の攻撃は、今までと同じ様に無意味になるかと思われたが──
『レベル5──『反射』を発動──使用可能時間は1分です──カウント開始』
シリウスの身体が、水色の光を帯びる──
水色の光に吸収された『鎧の魔王』の魔力は、光の中で増幅し、やがて──
ズドンッ!!!
『鎧の魔王』が、シリウスに向けて放った魔力の爆発よりも──
数倍も大きい魔力の塊が──
轟音を立てながら──
『鎧の魔王』の前で爆裂した。
見たところ、シリウスのレベル5『反射』は、絶対防御で封じた攻撃を〝数倍〟にして跳ね返す効果がある様だ。
ただでさえ強力だった『鎧の魔王』の攻撃が、数倍の規模で反射し──炸裂したのだ。
そこから発生する爆煙は凄まじく、濃度の高い煙は容易に晴れる事はなかった。
私の位置からは、爆煙の影響で『鎧の魔王』の様子を伺う事はできない。
しかし、この威力ならばさしもの『鎧の魔王』も無傷ではいられないはずだ。
しばらく時間を置き、煙が晴れると──
「よし!」
私は、思わず叫び声を上げる。
『鎧の魔王』は、爆発のダメージを受けて顔面の右半分が見事に吹き飛んでいた。
明らかに致命傷だ。
私はそれを見て、シリウスの勝利を確信した。
「シリウス!」
そして、私は勝利の立役者、シリウスの下に駆け寄ろうとした──
しかし、シリウスの鋭い視線がこちらに向けられ……私は足を止めた。
戦いはシリウスの勝利で決着だ。
何故、シリウスは私を止めるのか。
私の疑問はすぐに解決……私は、シリウスの行動の意味をすぐに理解する事となった……。
「なんだ、あれは……?」
魔力の爆発で吹き飛んだはずの『鎧の魔王』の顔面の半分が──
みるみる内に再生していく。
「……は?」
まるで、時間が遡っている様だ。
……数秒も時を置かず、『鎧の魔王』の顔面は元通りに再生した。
しかし、流石に鎧までは再生しなかった様で、再生した顔面の右半分は生身が露出した状態になっている。
『鎧の魔王』が、露出した顔面をすぐに右手で隠してしまったため、私の位置からはその顔貌を窺い知る事は出来なかった。
しかし、一瞬見えた素顔は……人間のそれと変わりないように見えた。
「……な……に……どう……言う事……だ」
シリウスが、驚いた様に声を上げる。
私の位置からは確認できなかったが、近くにいたシリウスからは、『鎧の魔王』の顔がはっきりと見えていたのだろう。
シリウスは──『鎧の魔王』が再生した事よりも、その素顔を見て驚きの声を上げた様に見えた。
──シリウスがこちらに視線を向ける。
そのとき、シリウスが浮かべた表情が、一瞬だけ悲しげに見えたのは気のせいだろうか……?
シリウスはすぐにこちらから視線を外し、『鎧の魔王』に向き直る。
そして、すかさず『鎧の魔王』の顔面──露出した部分に、サブウェポンによる一撃を叩き込む。
ガキンッ!
攻撃がヒットし、金属音を響かせるが……。
やはり、シリウスの攻撃では『鎧の魔王』の身体を傷つける事は叶わなかった。
これでもう……完全に打つ手なしだ。
レベル5でもまるで相手になってない。
「シリウス、逃げろ!」
私はこれ以上はどうしようもないと悟り、声を上げ、シリウスに『撤退』を促す。
しかし、シリウスは私の声を受けても手を止めることなく、無駄な攻撃を繰り返している。
『鎧の魔王』は動かず、されるがままだ。
シリウスに対して攻撃をする事もなくなった。
攻撃を行えばシリウスに『反射』されると学習したのだろう……。
その程度の知性はある様だ。
『──使用限界まで残り10秒です』
無機質な声が──戦いの終焉を告げるカウントダウンを開始する。
5
ガキンッ!
4
ガガガッ!
3
キンッ……。
2
『……』
1
ボンッ!
カウントが切れると同時に、『鎧の魔王』が魔力の塊を放つ。
炸裂と同時に、シリウスはこちらに顔を向け「逃げろ」と口を動かした……。