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【20】開戦、そして……

 『さて、役者も揃ったところですし、そろそろ始めましょうか』


 『魔貴族』がそう言うと、子供たちを囲んでいた魔物の内の一体が、前に出る。

 

 広場に集められた子供たちは全部で30人ほど……その30人が、互いに抱き合い、身を寄せ合う様にして震えていた。


 魔物は子供たちの中から、適当に一人を選ぶと、無造作に片腕を掴んで持ち上げる。

 

 持ち上げられた少年──ミゲルの身体が宙に浮た。

 

 ミゲルは恐怖で悲鳴を上げるが、魔物がそんなミゲルの様子など気にする様子もなく、腕を掴んだままで『魔貴族』の下まで歩いていく。


 そして、魔物はミゲルを持ち上げたまま、『魔貴族』の前までやってくると──ミゲルの両腕を、その丸太の様な両手で、左右に広げる様に持ち替える。


 ミゲルの身体は、ちょうど、磔台に上がった罪人の様な格好になった。


 『さて、先ずは余興と行きましょう』

 

 『魔貴族』は、目の前で魔物に拘束されているミゲルの顔を一瞥し、ニコリと微笑んだ。


 ミゲルが父親や母親に助けを求める声が、中央広場全体に木霊する。


 そんなミゲルの姿を見て、『魔貴族』は残忍な笑みを浮かべ──


 『アナタは最初の生贄に選ばれました』


 などと言った。

 

 『魔貴族』の言葉が〝合図〟だったのか、ミゲルの両腕が魔物の手によって、ゆっくりと左右に引っ張られていく。


 ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり……時間をかけて、左右に引っ張られて行く。


 ミゲルが痛みに耐えきれず、「ぎゃ」っと、声にならない短い悲鳴をあげた。

 

 そして、それを見ていた『魔貴族』は、笑顔のままで、こう言った。


 『苦労して集めた子供達ですが、まあ一人くらいは良いでしょう』


 『魔貴族』は、死への恐怖と苦痛に歪むミゲルの顔を眺めて、楽し気に笑う。

 

 ミゲルの反応に満足したのか、『魔貴族』はミゲルの腕を掴んでいた魔物に視線を送り……〝最後の一押し〟となる指示を出した。


 しかし──


 「やめてぇぇぇ!」

 

 突然、中央広場の外れの方にある小屋から、悲鳴の様な叫び声が上がる。

 

 ──叫んだのはミゲルの母親だ。

 

 自分の子供がまさに今、無惨に殺されようとしている状況に耐えきれず、声を上げた。


 ミゲルの母親は、発狂した様に叫び声を上げるが──すぐに他の大人たちに口を塞がれ、羽交締めにされる。

 

 大人たちは、『魔貴族』から、『静かにしてろ』と暗に脅しに近い指示を受けており……下手に声を上げれば、他の子供たちも即座に殺害される可能性があるからだ。


 ミゲルの母親は、口を塞がれてくぐもった悲鳴しか上げられなくなるが、それでも必死に抵抗し、涙を流しながら叫び続ける。


 そんな、ミゲルの母親の悲痛な叫びを聞き、『魔貴族』は、ミゲルの母親がそうする事をあらかじめ予想していたのか──

 

 『おやおや、静かにする様に言ってあったのに……。残念ですが、アナタは──』


 『魔貴族』はそう言いながら、小屋に閉じ込められた大人たちを揶揄う様に視線を向け──初めて〝ソノ存在〟に気付いた。


 音も無く──


 地を這うように──


 そして、矢のよう鋭く──


 疾走してくる影に。


 『……!?』


 ──その疾風の様な速度に、魔物たちは勿論、『魔貴族』も反応すら出来なかった。


 高速の影──ユランは、疾走してきた勢いのままに、ミゲルを掴んでいた魔物の右腕にサブウェポンによる一撃を叩き込む──


 ──ズンッ!

 

 ユランの放った一撃は、魔物の腕を難なく切り落とした。


 ──魔物の腕が宙を舞う。


 その腕が地面に落ちる間も開けず、ユランは飛び上がり、身体を横回転させ、その遠心力を利用した横一文字の斬撃を放つ。


 ──狙いは魔物の首元だ。


 一撃の下に、首を刈り取り──


 ズリュ……


 高弾力のゴム素材に刃を当てたような、鈍い感触が、サブウェポン越しにユランの腕に伝わる。


 容易に落とせた腕よりも、一回り以上太い魔物の首は──切断するどころか、浅い傷が一筋付いただけだった。


 十分に助走を取って放った腕への一撃とは違い、首を落とすためには、威力が明らかに足りていないのだ。


 ユランは咄嗟に狙いを変え、地面に着地した瞬間に、大柄な魔物の身体を駆け上がるように肩まで登り──そのまま魔物の肩を踏み台にして、上空に高く飛び上がる。


 そして、そのまま縦にくるくると回転して勢いを付け、その勢いを利用してミゲルを掴んでいた魔物の、もう片方の腕に斬撃を浴びせる。


 ガッ!


 斧で大木を打ちつけたときのように、乾いた音を響かせ──ユランのサブウェポンが魔物の腕にめり込む。


 ──その一撃では威力が足りず、断つまでには至らないが……

 

 その攻撃は、魔物の〝腕の腱〟を切断する事に成功しており、魔物は掴んでいたミゲルの腕を離した。


 ユランはすかさず、魔物の腕からサブウェポンを引き抜き、拘束力をなくして落下するミゲルの身体を受け止めた。


 そして、そのままミゲルの身体を肩に担ぎ──他の子供が集められている場所まで飛び退る。


 ボトッ──……


 ──それと同時に、最初に跳ね飛ばされた魔物の右腕が、力無く地面に落ちた。


         *


 見事、ミゲルを救出する事に成功したユランは、肩に担いでいたミゲルを子供たちの集団の中に降ろす。


 「ミゲル!」


 他の子供たちは、ミゲルの名前を呼び集まり、ミゲルの無事を確かめている。


 子供たちは、ミゲルを抱えて突然現れたユランの姿に、不思議そうな顔で疑問符を浮かべた。


 子供たちには、ユランの高速の動きが目視できておらず、いきなり目の前に現れた様に見えたのだ。


 『──おやおや、これは珍妙なお客様のお出ましだ』


 『魔貴族』はユランが突然乱入し、自分の眷属の腕が斬り飛ばされたのを確認しても余裕の表情を崩さない。


 それも当然の事である。


 腕を斬り飛ばされた魔物は、もう片方の腕も腱を切られ、使い物にならなくなっているが……所詮、6本ある腕の内、2本が使えなくなっただけで他4本は健在。


 戦力的には、さしたる影響もないだろう。

 

 それに、『魔貴族』の眷属たる魔物は全部で6体もいるのだし……そもそもが、魔物程度に苦戦している様では『魔貴族』の相手など到底無理な話なのだから……。


 逆に焦りを感じているのはユランの方だ。


 やはり、相手が『中級種』では、『隠剣術』を使用しても大したダメージが与えられない。


 マトモに通じたのは、十分に助走をとり、奇襲気味に仕掛けた最初の一撃だけだった。

 

 「ハーッ……ハーッ……ハーッ」

 

 ユランは肩で息をし、子供たちを背に前に出て、護る様にして立つ。

 

 「ユラン!」

 

 子供たちの集団の中から、一人の少年が声を上げる。


 大柄な少年──ガストンだ。


 「……」


 ユランはガストンの方にチラリと視線を向けるが、何も言わずに、すぐに魔物の方に視線を戻す。

 

 『見たところ、村の子供の様ですが……。実に興味深い』

 

 『魔貴族』は、品定めでもするかの様に、ユランの全身を見回す。


 『魔貴族』の目──いや、誰の目から見ても、ユランはただの少年。


 これまで見せた一連の動きが出来る様には見えなかった。


 『実に不思議ですねぇ……。アナタ、本当にこの村の子供ですか?』

 

 ユランの存在に対する単純な興味なのか、『魔貴族』は問う。


 ──ザザッ

 

 ユランは、そんな『魔貴族』の問いを完全に無視し、一瞬の内に魔貴族との間合いを詰めると、両手で持ったサブウェポンを振り上げ──


 『魔貴族』の身体を、左肩から袈裟懸けに切ろうと、サブウェポンを振り下ろした。


 ズヌッ──……

 

 ──しかし、ユランの攻撃が『魔貴族』にヒットする直前、その攻撃は〝何か〟に阻まれる。

 

 ──影だ。


 『魔貴族』の足元から伸びる、無数の影の様な漆黒の壁……


 その影の壁に、ユランの斬撃が防がれる。


 そして、ユランの攻撃を阻んだ影は、生き物の様にうねると──怪物の口のごとく広がり、そのままユランに襲いかかる。

 

 ──ユランは地面を蹴り、後ろに飛んで、影の追撃を辛くも逃れた。


 「ちっ……」


 ユランは小さく舌打ちする。


 やはり、『魔貴族』相手に『隠剣術』の一撃だけではダメージを与えられない。


 『ああ、動きは途轍もなく早い様ですが、まあ、それだけですね。アナタには私と戦う資格がない。勿論、この子たちともね……』

 

 『魔貴族』はそう言うと、右手を挙げ、天に掲げた。


 掲げた手の平が、黒いモヤの様なものに包まれ──

 

 『魔貴族』が、その右手を地面に向かって下ろすと、そのモヤは地面へと流れ、大きな塊を作った。


 そして、塊にまとわりついていたモヤが晴れると──


 そこには、地面に横たわる、首なしの魔物があった。


 既に息はない。


 『おや……? この子にアナタの相手をさせようと思ったのですが』

 

 『魔貴族』は、既に事切れている自分の眷属を見下ろす。


 ──そこには、何の感情の色も見られない。


 『魔貴族』にとって、眷属とは使い捨ての駒にすぎないし、時間をかければ新しく生み出すことも可能だ。


 当然、眷属が死亡した程度で心は動かない。


 『なるほど。もしかして、アナタがやったんですか?』

 

 『魔貴族』はニヤリと笑う。


 『この村に、私の眷属を相手にできる者は居なかったはず……。いや、この子程度の相手なら、何とかできそうなのが二人ほど居ましたね』


 『魔貴族』は、リネアやミュンが身を隠す場所……村の大人たちが閉じ込められている小屋の方へと、視線を送る。


 『この子達を目にしたら、直ぐに身を隠してしまいましたがね……』


 『魔貴族』が言った二人とは、シエルとゼンの事だ。


 その二人ならば、『抜剣術』を使えば『下級種』くらいは相手取れるだろう。


 『中級種』を目にして逃亡し、身を隠した様だったが……。


 ユランは、「やはり、身を隠している事に気づいていたか……」と嘆息する。

 

 『気付いていましたが、放置しました。問題なさそうでしたからね』


 『魔貴族』や『魔王』と言った魔族の上位種は、この世界においては絶対的な強者である。


 ゆえに、人間などの下位種が立てる作戦、対策などを浅知恵だと侮っている者が多い。


 目的の障害にならないと判断すれば、あえて放置する事もあった。


 逆にそう言う理由から、奇襲などの作戦は、それらの『魔族』に対して非常に有効に働くのだが……。


 『あそこの二人は、私の眷属に恐れをなして隠れていましたからね。森になど行っていないでしょうし……。やはり、この子を倒したのはアナタなのでしょう? この子を倒した後、主人である私を狙ってここまで来た様ですね』


 『魔貴族』はそう言って、一人で勝手に納得した様に、何度も頷く。

 

 「一つ……。質問していいか?」


 ユランは、小屋に向いていた『魔貴族』の注意をこちらに逸らす為、あえて質問した。


 小屋の陰にはリネアとミュンが身を隠している。


 『魔貴族』が気まぐれでそちらを攻撃し、二人が巻き添えを喰らったら、たまったものではない。


 「『中級種』を生み出せる力がありながら……なぜ、『下級種』を眷属として使っている?」

 

 これは、ユランがずっと疑問だった事だ。


 『魔貴族』は卑屈なくせにプライドは高く、無駄を嫌う傾向にある者が多く──さらに、自分の力を誇示したがる者が多い。


 わざわざ、全てにおいて劣る『下級種』を使うという、一見、無駄とも思える行為をし──あえて弱い眷属を使う事で、自分を弱く見せると言う……『魔貴族』らしからぬ行動をする意味がわからなかった。


 『その質問をすると言うことは、アナタは我々……『魔貴族』の事について詳しい様ですね』


 『魔貴族』は、その大きな目と口を、三日月の様に歪ませ、笑う。


 ──まるでピエロの仮面の様だ。


 『今回、〝そうなった〟のはたまたまですが……。アナタ、この子を倒して直ぐにここまで来たのでしょう? 私と戦うと言うのに、何の対策も立てず、真っ直ぐに』


 勿体ぶった様な言い方だが、その一言で、ユランにもこの『魔貴族』が何を言いたいのかがわかってきた。


 『魔貴族』は続ける。


 『森でこの子を見たとき、アナタはどう思いました? 私が当ててみましょう……。この程度の魔物の主なら、大した相手じゃなさそうだ』そう、思ったんじゃありませんか?』


 ──ユランは『魔貴族』が語る理由を聞き、納得してしまった。


 そして、この『魔貴族』特有の狡賢い発想に戦慄した。

 

 (──やはり、『魔貴族』はある意味『魔王』よりも危険な存在だ……)


 『我々の事をよく知っている者ほど、こう言う単純な手に引っかかる。無策でノコノコ現れる……。自信満々でね。私はそう言う愚か者の自信をへし折ってやるのが好きなんです』


 「最初からわかっていて、コイツをリネアにけしかけたのか?」


 『今回はたまたまだと言ったでしょう。村にアナタの様な子供がいるとは、思ってもいませんでしたからね……。まあ、上手く引っかかってくれた様ですが』


 『魔貴族』はそこまで言うと、軽く右手を挙げる。


 それを合図に、子供たちを囲んでいた『中級種』の魔物たちが『魔貴族』の近く──ユランの前まで集まってくる。


 そして、『魔貴族』とユランの間を遮る様に立ち──


 魔物とユランは対峙した。


 『お手並み拝見といきましょうか』


 『中級種』を全て倒さなければ、自分と戦う資格はない……『魔貴族』は言外にそう語っている様だった。


 今のユランにとって、この『中級種』の魔物は強敵だ。


 6体どころか、1体相手でも苦戦を強いられるだろう……。

 

 (対抗する〝切り札〟は、有るには有るが……)

 

 『隠剣術』、そして『抜剣術』以外にも、ユランがこの戦いの為に用意した切り札がある。


 しかし、この後の『魔貴族』との戦闘を考えると、その札を容易に切る事も出来なかった。


 ユランは、そんな事を考え、慎重に行動しようとするが──


 『ああ、ちなみに──アナタが負ければ、私は容赦なくここの村人を根絶やしにしますので、悪しからず』


 『魔貴族』のその言葉を聞いた瞬間、ユランは、身体の中で、激しい──復讐の炎が燃え上がるのを感じた。


 回帰前、エルフの少女ニーナに諭され、ずっと封印してきた復讐鬼としての感情が、表に顔を出した。


 ユランの表情から感情が抜け落ち、声色からも熱が失われていく……。


 「ああ、そうか……。お前たちはそう言う存在だったな……。やはり、この〝俺〟が滅ぼさなければ……」


 ──ユランは、躊躇なく切り札を切った。


 そもそも、『中級種』など、回帰前──全盛期のユランならばモノの数ではなかった。


 復讐の鬼となり、数多の『魔貴族』を単独討伐してきた彼にとって、今、足りていないのは、身体能力だけだ。


 度胸も、知識も、技術も十分に足りている。


 ──ならば、足りないモノを補えばいい。



 『アクセル』



 その言葉を唱えると、


 ユランの心臓の鼓動が加速し、


 加速した心臓が、血液を身体全体に行き渡らせる。


 全身の筋肉が限界まで強化され、身体能力が回帰前のユランと同等程度まで引き上げられる。


 「……覚悟しろ。……これから、俺がお前たちを滅ぼす……」


 抑揚のない、感情の籠っていない冷たい声で言い──ユランが地面を蹴った。

 

 フッ──……


 一瞬の出来事だ。


 地面を蹴った瞬間、ユランの姿が掻き消え──

 一番前に立っていた魔物──


 二本の腕が使えなかった魔物──


 その首が飛ぶ。


 熱したナイフでバターを切る様に、


 抵抗なく、


 一瞬のうちに切断された。


 首を切断された魔物の身体が、力無く傾き、地面に倒れ込もうとする。


 しかし、それよりも圧倒的に速く──


 二体目、


 三体目、


 四体目、


 五体目、


 六体目、


 と、次々と魔物の頭部が切断されていった。


 瞬きすらも許さない。


 一瞬の出来事だ。


 ユランは『アクセル』を使用し、『魔貴族』だけをを残して、一瞬のうちに6体の魔物全てを撃破した。


 ──しかし、その代償は大きい。


 ブチッ──……


 ユランの耳に、自身の足の腱が切断された音が──ハッキリと聞こえた。


 同時に、身体中の筋肉が断裂していく感覚も伝わる。

 

 『修復(リペア)


 ユランは痛みを感じていないか……痛がる素振りも見せず、『リペア』を唱えて、断裂した部分を繋ぐ。


 勿論、初級の回復術である『リペア』では、完全には治療できず、何とか動ける程度に回復したのみだ。


           *


 そもそも、『アクセル』とは、ユランのオリジナル技で、神聖術などによる身体強化ではない。


 その正体は、ただの自己催眠、自己暗示の類の技だ。


 回帰前の記憶のあるユランは、回帰前の自分の身体能力、それによって生じる身体の動きなど、全て克明に記憶している。


 それを自己暗示で脳内に完全再現する事によって、身体がその矛盾を修正しようと、無理矢理身体能力を引き上げる。


 いわゆるリミッター解除に近い技ではあるが、この技の素晴らしいところは、完璧に身体を騙すことができれば、際限なく能力を引き上げることができるという点だ。


 その分、身体への負担は加速する事になるが……。


 回帰前の記憶があるユランならではの技であった。

     

           *


 『おお、コレは素晴らしい速度だ……。私の目にも動きを捉える事が出来ませんでしたよ』

 

 『魔貴族』は、ユランの『アクセル』が付与された事による戦闘力の向上──そして、一瞬で全ての眷属が鏖殺されたのを見ても、余裕の色を崩さない。


 それは、ユラン自身もわかっている事だが……


 『アクセル』を使用したとしても、相手が『魔貴族』であるなら、通用しない可能性の方が高いのだ。


 現に──回帰前のユランが、『抜剣術』を使用せずに『魔貴族』を討伐できた事など一度もななく……回帰前と能力を同程度に引き上げるだけの『アクセル』では、『魔貴族』に敵う道理がない。


 併せて言うなら、『レベル6』以上の『抜剣術』を使用しての討伐実績はあるが……それ以下の『抜剣術』では、歯が立たなかった。


 絶望的な状況ではあるが──


 「……殺す」

 

 ユランの目には、すでに、憎き『魔貴族』の姿しか映っていない。


 崩壊していく身体を気にも留めず、ただ、一直線に『魔貴族』に向かって疾走する。

 

 ブゥン!


 ユランの突撃により、周辺の空気が弾けた様に、轟音を立てた。


 ユランが放った斬撃は、『魔貴族』の目にも留まらぬ速さで──正確にその首元に振り下ろされる。

 

 ──しかし、ユランの高速の斬撃は、『魔貴族』の影の盾によって難なく妨害されてしう。

 

 『無駄ですよ。私の目に捉えられなくても、私の影は自動でアナタの攻撃を防ぎますから』

        

 「……」


 それでも、ユランは無言で斬撃を繰り出し続ける──


 徐々に壊れていく身体を、『リペア』で無理矢理繋ぎ止め、無意味な攻撃を繰り返す──


 『ふん……。鬱陶しいですよ、アナタ』


 ユランの芸のない、無意味な突進を前に、『魔貴族』は途端に退屈そうな表情になる。


 そして、攻撃を防いでいた影の一部が形を変え、尚も攻撃を繰り出し続けるユランの右腕に、纏わり付いた。


 バキッ ベキッ ゴキッ


 ──影に包まれた腕から、骨が砕ける音が聞こえる。


 「……」


 ユランは、そのまま両足を影の壁につくと、右腕に纏わり付いていた影を力尽くで引き剥がした。


 ブチ ブチ ブチ


 何かが引き千切れる様な音を立てて、影がユランの腕から離れ──


 ユランはその勢いで後退し、一旦、『魔貴族』から距離を取るが……


 ユランの右手は、ダラリと、力無く垂れ下がっていた。

 

 『……修復(リペア)


 ユランは『修復』を唱え、腕を治療する。


 ユランの腕は、『修復』の効果で何とか動かせるまでには回復したが……それが精一杯だ。


 だが、ユランは壊れかけた腕の事など気にしていない様子で──サブウェポンを両手で握り直し、再び『魔貴族』に向かって斬りかかろうと腰を落とした。


 しかし──


 ガクンッ──


 ユランの右膝が折れ、地面に片膝を付く。


 ……『アクセル』の影響で、足の筋肉が断裂していた。


 『修復(リペア)


 ユランは『修復』を唱えるが──神聖術はは発動しなかった。

 

 ユランの神聖力が枯渇したのだ……。

 

 「……」

 

 ユランはそれにも構わず、足を引きずりながら『魔貴族』に向かって歩いて行く──


 戦いは遂に、最終局面を迎えようとしていた。

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