誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした

第一章 〜ユランの物語〜

【18】シエルとゼン、そしてミュン

　ユランは、リネアを腕に抱きながら森の中を疾走する。

　行きは鬱蒼と生い茂る樹々に阻まれ、進むにも一苦労だったが、帰りは森に通い慣れたリネアの案内もあり、驚くほど短時間で森を抜ける事が出来た。

　森を抜けると、村の外れに出る。

　ここは、リネアを追って森に侵入した場所と、ほぼほぼ同じ所だった。

　ユランは森を出た後、一旦足を止めて、抱き抱えていたリネアにケガはないかと目視で確認する。

　かなりの高速度で森を走り抜けた為、リネアの身体には、所々に小さな擦り傷ができていた。

　ユランは、リネアの身体を抱き抱えたままの姿勢で、『修復(リペア)』を使ってリネアの傷を治療する。

　「ユ、ユランくん、村が！」

　『修復』を掛け終わり、ユランが再び走り出そうとしたとき、リネアが村の方角を指差して声を上げた。

　リネアの声に釣られ、ユランが村の方角に目を向けると──

　そこには、

　轟々と燃え盛る──火柱が上がっていた。

　村の家々は激しい炎に包まれており、空を覆うほどの黒煙が上がっている。

　空を焦がし、闇夜を煌々と照らす炎は──

　ジーノ村全体の家屋を焼き払い。

　その炎が発する熱は──

　村から遠く離れたユランたちの元まで、確かに伝わってきたのだ……。

　その凄惨な光景を前に、ユランは軽く舌打ちし──

　「急ごう……」

　誰にでもなく、そう呟き、再び地面を蹴って村に向かって疾走した。

　　　　　　　　　　　＊

　ユランはジーノ村に向かって走りながら、回帰前にグレン・リアーネから聞いた話を思い出していた。

　『村の子供たちの遺体は、村の中心の広場に集まっていた様だね……。わざわざ一箇所に集めて、他の子供に見せ付ける様に一人一人殺害していったんだ……。酷い話さ』

　その話が正しければ、子供たちは一旦、広場に集められているはずだ。

　そして、グレンはこうも言っていた。

　『大人たちは一部を除いて、広場がよく見える小屋の中で殺害されていたよ。その顔は一様に絶望に、苦痛に歪んでいた……。小屋に閉じ込められ、子供たちが死んでいく様をまざまざと見せつけられたんだろう』

　グレンは拳を固く握り、苦しみに耐える様な顔でそう語っていた。

　ユランがリネアを助けたときの状況から考えて、『魔貴族』がリネアの元を去ってからそれほど時間は経っていないはずだ。

　『魔貴族』の性格上、子供を見世物にして殺すつもりなら、それなりの準備──悪趣味な演出を施す。

　ならば、先んじて〝魔物に命じて村人を殺害する〟などと言う事はしないし、広場に集めた村人を〝すぐに殺害する〟という事もないだろう。

　（まだ、十分間に合うはずだ）

　『隠剣術』で強化されたユランの脚力は、リネアを抱いたままでも十分な速度を発揮し──寸刻の内に、ユランたちはジーノ村の出入り口付近までたどり着いた。

　村の入り口を抜けると、焼け落ちた家々から舞い上がった火の粉が、ユランたちを襲い、行手を阻む。

　しかし、ユランは足を止める事なく、着ていたローブでリネアの身体を覆うと、リネアの身体を護る様にして進んだ。

　村の中を進んで行くと、炎がもたらす熱風を浴び、ユランたちの肌はチリチリと焼かれる様に痛んだ。

　──家を焼いたのは、村人たちの逃げ場をなくす為だろう。

　村に火の手が上がり、周辺を炎に囲まれたとすれば、村人たちは必然的に炎のない方向──家屋が少ない中央広場へと避難するしかない。

　『魔貴族』それを利用し、は村人たちを広場へと炙り出したのだ。

　ユランが襲い来る火の粉、熱風を跳ね除けながら進んでいくと、やがて中央広場が見えてくる。

　広場には大方の予想通り、殆どの村人が集まっている様子だった。

　広場に集まった村人は、遠目からでもわかる程に小柄な身体で……ユランは、それが村の子供たちなのだとすぐに理解した。

　そして──その子供たちを囲う様にして、大柄な六つの人影が立っている。

　そちらは逆に、大柄すぎる体躯で──人間ではないとすぐにわかった。

　「ユランくん、あれ！」

　広場の直近まで来ると、リネアが広場の方向を指差して声を上げる。

　ユランに抱き抱えられたリネアにも、中央広場の状況が理解できた様だ……。

　ユランは無言で頷き、間近に迫った中央広場までの距離を一気に詰めようとして、

　──そこで見付けてしまった。

　中央広場が見渡せる位置に建てられた小屋──

　グレンに聞いた話から察するに、おそらく、村の大人たちが閉じ込められているであろう小屋──

　その小屋の、影に隠れた〝ある三人〟の姿を……。

　　　　　　　　　　　＊

　中央広場全体を見渡せる場所に、その小屋は立っていた。

　小屋と言っても、元々は村人たちが共同で扱う道具や、祭事などで使用する備品などが納められている倉庫で、それなりの大きさがある建物だ。

　その小屋の中には、村の大人たちが詰め込まれており、完全に鮨詰め状態になっている。

　中央広場の方角にある小屋の出入り口には、大きな観音開きの扉が設置されおり──現在その扉は、外側にある鉄製の取っ手部分が捻じ曲げられ、開放できない状態にされていた。

　小屋の四方の壁に窓はなく、観音開きの扉の上部……左右の扉の上部分にのみ、小さな窓様の四角い穴が空いている。

　その四角い穴から身を乗り出す様にして、村の大人たちは、小屋の中から中央広場の様子を伺っていた。

　中央広場では、そこに集まった子供たちの周りを、〝大型の魔物６体〟が取り囲む様に立っている。

　村の大人たちは、不気味なくらいに静かだ。

　今まさに、自分たちの子供が危険な目に遭っていると言うのに、誰一人として声も上げない。

　それもそのはずで……

　村の大人たちも、最初は子供たちの危機に叫び声を上げ、子供だけは助けてもらえる様に〝ある男〟に懇願していた。

　しかし、その男──魔物たちの中心にいる『魔貴族』の男に、

　『私はショーを邪魔されるのが嫌いです。もう少ししたら目一杯、叫ばせてあげますからお待ちなさい。これ以上騒ぐ様なら……わかりますね？』

　などと言われ、子供たちを人質に取られる形になってしまい、大人たちは推し黙るしかなかったのだ。

　村の大人たちが閉じ込められている小屋の陰──中央広場からは視界に入らない死角部分に、ひっそりと隠れる様にして、広場の様子を伺う三つの人影があった。

　一人は大人にしては小柄な女、

　一人は長身の男、

　そして、もう一人は幼い女の子だ。

　小柄な女──ジーノ村の教師である『シエル』が、神妙な面持ちで、

　「ここはもう……諦めましょう」

　と、他の二人に向かって言った。

　中央広場まではそれなりに距離があるため、『魔貴族』に聞こえはしないだろうが……シエルは〝それ〟を警戒して小声で話している。

　「そうですね、いくら私たちでもアレは無理です」

　長身の男──シエルと同じくジーノ村の教師であるゼンも、シエルの言葉に同意し、隣で頷いた。

　二人の顔や身体、衣服には灰が被り、ススで薄汚れているものの、目立った外傷などはない。

　この二人は、襲撃が始まってから一度も戦闘に参加せず、ずっと隠れて様子を窺っていた。

　元聖剣士だと言うのに、戦う度胸も能力もなく……村人を見捨て、〝自分たちが逃げる機会〟を待っていたのだ。

　そんな二人の言葉を受け、

　「そ、そんな……。先生、みんなを助けないと」

　二人に同行し、シエルたちと共に身を隠していた少女──ミュンが、シエルの服の袖を掴み、そう訴えた。

　シエルはミュンの肩に手を置き、優しげな笑顔を作る。

　「ミュンさん。あそこにいる魔物たちのリーダーは『魔貴族』です。周りにいる魔物も普通の強さではないですし、戦っても勝ち目はありません」

　子供に言い聞かせる様に、優しい声色を作り、シエルは言う。

　シエルは元聖剣士とは言えども、すでにその資格を剥奪されており──さらに、『抜剣術』も『レベル２』止まりの凡才であった。

　彼女にとっては、『魔貴族』どころか、取り巻きの『上位種の魔物』ですら討伐は不可能だろう……。

　シエルの〝元聖剣士〟という肩書きですら、今となっては怪しいもので……〝まともな方法〟で手に入れた地位ではないのかも知れない。

　〝元聖剣士〟のゼンも同じだ。

　シエルと大差のない、屈折した人格と、魔物相手に逃げ回る様な低い実力……。

　どれを取っても、この二人が聖剣士であったなどと、とても信じられない話だった。

　　　　　　　　　＊

　「ミュンさんの意志は、しっかり私とゼン先生に伝わりましたよ」

　シエルは、ミュンの『村の皆んなを助けたい』と言う意志を聞かされ、優し気な声でそう言った。

　しかし、そのとき俯いていたミュンは気付いていなかった。

　──シエルの表情が変わっていることに。

　バシッ──

　無情な現実に打ち拉がれ、絶望していたミュン……シエルは、ミュンを励ますために握っていたはずの手を、無遠慮に払った……。

　「……え？」

　ミュンは、突然シエルの態度が変わった事に驚き、両目を見開き、俯いていた顔を上げる。

　そこには──

　能面の様な、感情のない顔でミュンを見る、シエルの姿があった。

　「まったく、少し優しくしていればコレだもの……。だからガキは嫌いよ」

　ミュンは、自分が今、見聞きした事が信じられなかった。

　優しかったはずのシエルが、冷め切った目でミュンを見下ろしていたのだ。

　「せっかくこっちが忠告してやっているのに、何様のつもりかしら？」

　シエルはそう言うと、ガッと、右手でミュンの左肩を掴む。

　かなりの力が込められているらしく、掴まれたミュンの肩が、ギリギリと音を立てた。

　「ミュンさん、謝ったほうがいい。シエル先生は怒ると怖いからね」

　ゼンは愉快そうに口元を歪めて笑い、小馬鹿にした様な顔でミュンを見る。

　ミュンは、シエルに掴まれた肩に痛みを感じていたが、シエルの急変に動揺し、声を上げる事すら出来なかった。

　「謝ってももう遅いわ……まあ、死にたいなら勝手にすれば？　アンタ一人で村人を救ってみなさい」

　「シ……シエルせんせい？」

　「先生じゃないわ。もう辞めるもの。それよりもアンタ言ったわよね？」

　「……え？」

　「一緒に戦えって。バカじゃないの？　何で私がこんな、クソ田舎のクソ村人を救うために戦わなきゃならないのよ。私に無駄死にしろって言うの？」

　シエルは口汚くミュンを罵り、掴んでいた肩を離すと──

　ドンッと、ミュンの胸を強く押す。

　ミュンは動揺して身体に力が入らず、後方に倒れて尻餅をついてしまう。

　「行きたいなら一人で行きなさい。一人で行って死んでくればいい。どうせマトモに戦えないんだから……。アンタみたいなガキに何ができるのよ」

　シエルの辛辣な物言いに、遂にミュンの目には涙が溢れ、へたり込んだままで立ち上がれなくなってしまう。

　ミュンは、自分が無力なことなど、誰よりもわかっていた。

　自分は子供で、『貴級聖剣』を与えられているというのに、大切な人たちも護れず、ただ、泣き崩れる事しかできない。

　──ただ、無惨に殺されていく村人を見ている事しかできない。

　「わ……わたしは……ただ……お父さんを……お母さんを……村の人を……ユランくんを救いたいだけで……」

　ミュンはしゃくり上げながら、途切れ途切れにそんな事を言う。

　『──無力は罪だ』

　自分に力があったのなら、この場を何とか出来たはずだ……。

　──ミュンは、自分の無力さを呪った。

　『貴級聖剣』なんて立派な聖剣を貰ったところで、それを使いこなせなければ意味がない。

　なまじ才能があるだけに、ミュンは自分の無力さを痛感し、それが許せなかった。

　ミュン程の才能があれば、１０年後には立派な聖剣士に成長し、この程度の修羅場なら、難なく乗り切れるほどの力を得ていただろう。

　無力さに打ちひしがれているミュンを見下ろしながら、シエルは吐き捨てる様に言う。

　「めんどくさいガキね……。ユランってあのユラン？　『劣等生』の？」

　シエルは、ユランとミュンが幼馴染であった事を思い出し、ニヤリと口の端を歪め、続けた。

　「あんなガキすぐに殺されるわ……。そうだ。アンタが助けてやったら？　助けを待ってるかもよ？」

　シエルの言葉を受け、ミュンは『ハッ』とした表情になる。

　シエルの言う通り、ユランはミュンの助けを待っているかもしれない。

　大ケガをして、動けなくなっているかもしれない。

　──まだ、生きているかもしれない。

　「行かなきゃ……」

　ミュンはそう言って立ち上がると、フラフラとおぼつかない足取りで小屋の陰から出ようとする。

　そんなミュンの姿を見てシエルは、益々小馬鹿にした様に笑い──

　「本当に行くんだ……バカなガキね」

と、吐き捨てる様に言った……。

　　　　　　　　　＊

　「シエル先生、そろそろ……」

　それまで嘲りの笑みを浮かべながら、二人のやり取りを見ていたゼンが、口を開く。

　「そうね、あのガキが囮になってくれるみたいだし、その隙に逃げましょう」

　フラフラと小屋の陰から出て行こうとするミュンを一瞥し、シエルとゼンは頷き合う。

　そして、二人が踵を返し、その場を離れようとしたとき──

　「どこに行くんですか？」

　ユランの低く、唸る様な鋭い声が、二人を引き留めた……。