表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/153

【15】私の英雄

 長身の男は、貴族の様な豪奢な装いで、黒いタキシードに似た服を着こみ、両手には白い手袋を着用していた。


 身長は190センチメートルくらいの長身で、年齢は30代前半くらいに見える。


 オールバックにした紫色の髪が、男の端正な顔立ちを際立たせていた。


 側から見れば、森に迷い込んだ貴族の男性の様に見えるが──耳まで裂けた口から覗く無数の牙が、男が普通の人間ではない事を物語っている。

 

 『また会えて嬉しいですよ』

 

 男はその感情の籠っていない声とは裏腹に、ニッコリと楽しそうな笑顔を作りながら、そこに立っていた。


 リネアは最初、突然現れた男が何者かわからず──その異様な出立に恐怖を感じ、震える声で男に問いかける。


 「だ……だれ?」


 男はリネアの言葉を受け、クックッと喉を鳴らして笑い、感情の籠っていない声で答えた。


 『──おや、覚えていないのですか?』


 男は笑顔を崩さない。


 『この子の事は覚えている様ですが……それは残念ですね』


 男はそう言って魔物の頭を撫でると、リネアを見下ろして顔を歪めて笑い、囁く様に──


 言った。


 『ピクニックは楽しかったですか?』


 ──その瞬間、リネアは男の事を思い出す。


 両親の遺体を、物の様に「片付けろ」と指示を出した男の顔を……。


 「あ……。あぁ……。あぁぁぁぁぁぁぁ!」


 リネアは、頭を激しく左右に振りながら、絶叫に近いほどの叫び声を上げる。


 ──頭を何度も地面に打ちつける。


 額から出血したが、構わずに打ちつける。


 そしてリネアは、男の顔を、魔物の姿を、その瞳の中に捉え、怨嗟の念の籠った視線を向けた。


 瞳から涙が溢れ出る。


 「おとうさん……。おかあさん……。ゆるせない……。ゆるせない……」


 そんなリネアの姿を見て、男は満足げに笑い、何度も頷く。


 『やはり、人間とはそうでなくては面白くない』


 男は、悔し涙を流し、自身を睨みつけてくるリネアの反応が、楽しくて仕方がないといった様子だ。


 男の大きく裂けた口と、細めた両目が三日月の様に歪み──ピエロの仮面の様に見えた。


 『貴方の両親の死──それは私が指示した事ではありませんが、こんなにも楽しませてくれるとは。やはり、私の眷属は優秀な様ですね』


 男は、最高の娯楽を提供した眷属──犬型の魔物の頭を何度も撫で、リネアの両親を喰い殺した事を褒め称えている。


 そして、男はリネアのすぐ側まで歩いてくると、続けた。


 『村人が信じてくれない事が悲しかったですか? 両親を侮辱された事が許せないですか? 一人きりになった事が寂しいですか? 両親の復讐ができない事が悔しいですか? ねぇ、答えてくださいよ』


 男の声に、僅かに感情の色らしいものが籠る。


 ──ソレは心の底から楽しそうで、ご褒美を与えられた子供の様に弾んだ声だった。


 「あぁぁぁぁ!」

 

 リネアは叫び、右腰に携えていた『聖剣』の柄を握る。


 『聖剣』を握った右手に力を込め、聖剣を引き抜こうと試みるが──ビクともしない。


 「抜けろ! 抜けろ! 抜けろぉ!」


 『聖剣』の柄を強く握りすぎて、手のひらの皮が破れて出血するが、リネアは構わずに握り続ける。


 だが……何度試しても、『聖剣』は微動だにしなかった。


 当然である。


 10歳の少女に『抜剣術』が扱える筈がないのだから……。

 

 「抜けてよぉ……。お父さんとお母さんの仇を取らなきゃいけないの!」


 男はリネアを見下ろし、クックと低い声で笑い、無駄な努力を嘲笑う。


 そして、リネアの耳元に顔を近づけ、囁くように言った。


 『──無駄ですよ……。それに、抜けたところで貴方に何が出来ると言うのですか?』


 男の言葉を受け、リネアは力無く両手を垂らし、肩を落とした。


 全てに絶望し、呆けたように、その表情から感情が抜け落ちる。


 そんなリネアの姿を見て、男は今日一番の楽しそうな笑顔を作り──


 『その顔が見たかった』


 と言い放った……。

          

           *


 リネアの反応に満足した男は、リネアから離れ、近くで待機していた犬型の魔物の下へと戻る。

 

 『私はそろそろ行かなくてはなりません。後は任せました』


 犬型の魔物を一撫でし、男は右手を上に挙げた。


 その直後、男の身体が、黒い靄につつまれ──


 ソレが晴れたときには……男の姿はその場から掻き消えていた。


 男がその場から居なくなると、


 ザッ ザッ ザッ


 残された黒い魔物は、ゆっくりとリネアに近付いていく……。

 

 「あ……あぁ」


 感情の行き場をなくし、呆けていたリネアだったが──目前まで近付いて来た犬型の魔物を見て、再び恐怖が蘇って来る。


 両親を喰い殺した魔物の牙が──月光に照らされて怪しい光を放つ。

 

 「まだ……死ねない……。お父さんとお母さんの仇を討つんだから……」

 

 犬型の魔物は、すでにリネアの手が届きそうなほど近くまで迫っていた。

 

 「神様……助けてください……」


 魔物の口がゆっくりと開いていく……。


 リネアは恐怖と絶望に身を震わせ、神に助けを乞う。


 ──リネアに出来ることは、涙を流して祈る事だけだったのだ。


 リネアはまだ10歳の少女。


 「両親と同じところに行ける」などと割り切り、死を受け入れる事ができる年齢ではない。


 「誰か……。誰か……たすけてぇ……」


 リネアは目を閉じる。


 迫り来る死の恐怖に耐えられず、現実から目を背けるように視界を瞼で覆った。


 刹那──


 ズドォォォン!


 何か、大きな物が地面に倒れる音が聞こえ──


 強風がリネアの身体を煽った。

 

 リネアが驚き、目を開けると、そこには──


 リネアに背を向けて立つ、クラスメイトの少年の姿があった。


 「ユラン……くん?」

 

 リネアは、自分の目の前で起きた光景が信じられなかった。


 あの、ガストンに意地悪され、自分と同じようにオドオドしていた少年が……


 頼りないけど、どこか目が離せず、ずっと気になっていたけど声をかけられなかったクラスメイトが……


 両親を喰い殺した魔物を、斬り伏せていた。


 ユランはリネアの方を振り返り、リネアを安心させるように笑顔を作る。


 その笑顔が、命懸けで自分を庇い、死んでいった母の、死ぬ間際に見せた最後の笑顔に重なった。


 そして──


 「『大丈夫、怖がらないで』」


 そう、言ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ