表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/145

【シエル・アーヴァイン】

 「いらっしゃいませ! おひとり様ですか?」


 「いえ、連れが先に来てるので……。シエル・アーヴァインって方なのですが」


 「アーヴァイン様でしたら、奥の個室でお待ちです。ご案内しますね」


 「ありがとうごさいます」


         *



 「お久しぶりですね、シエル先生」


 「……その呼び方やめてくれる? 私はもう先生じゃないわ」


 「そうでした。今は聖剣士、華の『ミラージュ隊』の隊員殿でしたね。流石です」


 「お世辞はいいわよ……。それより、座ったらどう?」


 「ありがとうございます。それでは、失礼して」


 「ゼン、あなた変わらないわね……。そう言う律儀なところ」


 「クセですからね、そうそう変わるものではありませんよ」


 「……ふん」


 「そういえば、昇進なさったそうですね」


 「相変わらず耳が早いのね」


 「あなたの出世には、私の人生がかかっていますからね。動きは常に気にしているんです」

 

 「わかっているわよ。まだ正式な辞令は受けていないけど、私が『ミラージュ隊』の隊長に就任したら約束通り貴方を引き上げるわ」


 「ありがとうございます。やっと私も聖剣士に戻れるのですね」


 「悪いわね、時間が掛かってしまって」


 「仕方のないことです……気にしていませんよ。それよりも、今回の昇進はジーノ村の件で?」


 「そうね。アレだけの数の魔物を倒し、『魔貴族』を退けたんだもの。昇進は当然の結果ね」


 「……はっはは。確かにそうですね。その通りです」


 「事件の後、功績が認められて直ぐに聖剣士に戻れたんだけど、事件を調査した調査員がイチャモンを付けてきてね……。褒美はお預け。まあ、大変だったわよ」


 「まさか……。バレたんですか?」


 「そんなわけないでしょう? 何のために苦労して裏工作したと思ってるのよ」


 「驚かさないで下さいよ……肝が冷えました。でも、今回めでたく功績が認められたと言う事ですね」


 「遅いくらいよ。ジーノ村の事件って10年も前よ? 調査にいつまで掛かってるんだか」


 「認められるまでに、色々苦労なさったんですね」


 「そうね……。調査官に袖の下を渡したり、ゴマスリしたりしてね」


 「そんな事を、私に話していいんですか?」


 「あなたは共犯者だもの。情報の共有は必要でしょう? 貴方が今後私の隊に来るなら、口裏を合わせておかないとね……あの調査員、ねちっこいから」


 「親しいのですか?」


 「何度か寝たけど。まあ、それだけね。私の出世の役に立ったから良いけど、調査の結果が出たから後は用無しね」


 「怖い人だ……。目的のためには手段を選ばない。昔の貴方からは考えられませんね」


 「当然よ……。惨めな思いは、もう御免だもの。上に行くためにはゴマスリだってするわよ。カラダを使う事だって厭わないわ」


 「それについては、私も同感ですね」


 「10年前、聖剣士の地位を剥奪されて、あんな田舎に左遷された時には気が狂いそうになったわよ」


 「私はそれなりに楽しかったですよ? 二度と御免ですが」


 「私だって嫌よ。ガキの相手なんて二度と御免ね」


 「はっはは、言えてます」


 「でも、あのクソ田舎での日々もいい経験だったわ……。出世する為には何でもしようって気になったもの」


         *


 「ジーノ村と言えば、忌々しいのはあのガキね」


 「誰ですか? ガストンくん?」


 「あいつはいいのよ。私に害はなかったし……。ミュンよミュン。あの、『貴級聖剣』のガキ」


 「ああ、彼女でしたか。最後の最後で貴方を怒らせた」


 「あのガキにはガッカリだったわ……。剣術の才能もありそうだったし、アイツが偉くなったら引き上げてもらうつもりだったのに」


 「当時、貴方のお気に入りでしたね」


 「あんな田舎に『貴級』持ちが出るなんて思ってもいなかったからね。少し期待してたのよ」

 

 「子供らしからぬ才能の持ち主でしたからね。生きていれば一角の人物に成っていたかも知れません」

 

 「まあ、結局は『魔貴族』にやられて死んじゃったから意味なかったんだけどね。あのガキが偉くなってれば、私の未来はもっと明るかったのに……。忌々しいガキだわ」


 「まだ上を目指す気なんですか?」


 「当たり前よ。せっかく聖剣士に戻れて、隊長になれそうなんだもの。行くとこまで行くわ。それにしても、後ろ盾がないと苦労するわよ……。これも魔族の襲撃で死んでしまったミュンのガキの所為ね」


 「酷い言い方をしますね。一時は、貴方のお気に入りだった娘に」


 「なによ? アンタだって同じ考えで、当時あのガキを贔屓してたんでしょ?」


 「はっはは……。返す言葉もありませんね」


 「それよりも、あのクソ田舎時代に一番楽しかったのは……ほら、名前なんだっけ? いつもオドオドして、成績も悪い『劣等生』の……。そう、ユランよユラン。あのガキを虐めている時だったわね」


 「そんな生徒居ましたか? 覚えていませんね……」


 「居たのよ。そう言うガキが。あのガキを虐めると、ミュンの奴も悲しそうな顔をしてたからね。それもまた楽しくて、中々やめられなかったわ」


 「当時の貴方は、ミュンさんの事を好いていると思っていましたよ」


 「好きだったわよ? 私を引き上げてくれるかもしれない存在だったもの。それ以外に価値なかったけど……。いちいち私に意見してくるとことかは、最高に鬱陶しくて大嫌いだったわね」


 「はっはは、そこまで言いますか」


 「まあ、最後は良くやってくれたわ。あのガキに寄生して出世する道は断たれたけど、死ぬ前に私に最高の贈り物を残してくれたもの」


 「アレは驚きましたね」


 「ええ。まさかあのガキが、一人で魔物を全部倒すとは思わなかったもの。『魔貴族』は流石に無理だったけどね」


 「『魔貴族』が逃走してくれて助かりましたよ。私たち二人で手に負える相手ではなかったですからね」


 「『魔貴族』様々ね……。ミュンを含め、邪魔な村人は全部片付けてくれたし、手間が省けたわ」


 「やはり、村の生き残りがいたら始末するつもりだったんですか?」


 「当然でしょ? あの事件を利用しようと考えた時点で、村の生き残りがいたら困るもの」


 「それはそうですね。私たちがした事が公になれば、私たちはお終いですから」


 「だから私たちは共犯者なのよ。発案者は私だとしてもね」

 

 「しかし、ミュンさんが全滅させた魔物を自分が討伐した事にするなんて……考えもしませんでしたよ」


 「少し違うわね……」


 「え?」


 「ミュンが退けた『魔貴族』も、よ」


 「本当に貴方は……怖い人だ。怖くて、とても頼もしい」


         *


 「私はそろそろお暇しなくては」


 「何よ、まだ来たばかりじゃない」


 「家族が待っているんです。最近、子供が産まれたばかりで……」


 「貴方って、そんな子煩悩な性格だったの?」


 「まさか、子供は女の子ですからね。大事に育てて、金持ちの変態貴族にでもくれてやるつもりです」


 「最低ね……」


 「良いんですよ。私は私で、貴方とは違う方法で上に上がろうとしているだけです」


 「はは。なによ、貴方も十分下衆じゃない」


 「褒め言葉として受け取っておきます。それでは、また」


         *


 「ありがとうございましたぁ!」


 元気のいい店員の声が、店外に出ていく私の背中を見送る。


 冬の訪れを告げる澄んだ風が、私の頬を優しく撫でた。


 今日はとても気分がいい。


 自分の功績が認められるのって、こんなに嬉しい事なのね。


 ……まあ、実際にやったのはミュンのガキだけど。


 死んでしまった者の功績を後世に残すのは、生き残った者の務めだからね。


 私が気分良く王都の街を歩いていると、後方から気配を感じた。


 私は聖剣士の花形部隊、『ミラージュ隊』の隊長になる女だ。


 不審者の気配などお見通し。


 それに、アーヴァインの姓を与えられた貴族でもある。


 貴族は命を狙われやすいこともあり、常に警戒は怠らない。


 私は、後方から追跡してくる何者かの気配をそのままに、あえて人気のない裏路地までソイツを誘導した。

 

 不審者如きが私を狙うなどとは……身の程と言うのを解らせてやらなければならない。


 裏路地に入った後、気配がした方を振り向くと、いつのまにか人が一人立っていた。


 「シエル・アーヴァインさんですね?」


 ソイツが発したのは、驚くほど冷たい声だった。


 声にまったく感情がこもっていない。


 まるで『魔族』の連中が放つ声の様な……何とも不快な声だ。


 ソイツが、無防備にフラフラと私の方に向かって歩いてくる。


 先程までは暗闇だったために、ソイツの容姿は窺い知れなかったが、月明かりが差し込む場所まで出てきたためその姿がはっきりする。


 声からして、性別は男だろうが……


 ソイツは真っ黒なローブに身を包み、頭にフードを被っているため、髪型さえ詳しくはわからない。


 それに──


 顔に装着したピエロの仮面。


 その仮面は、目と口が三日月型にくり抜かれており、常に笑っている様に見えて何とも不気味だ。


 何の装飾もないその白い仮面が、ソイツの不気味さを際立たせている。


 「私に何の用?」


 私はソイツに問う。


 ──物取りや襲撃にしては、堂々と姿を現しすぎだ。


 「ジーノ村の事件を覚えていますか?」


 短く言ったソイツの声が、あまりに冷たく、


 感情の籠っていないその声が、


 ……私の罪を咎めている様で、妙に癪に触った。


 「アンタ……何者?」

 

 私はそう言いながらサブウェポンを引き抜き、そのまま警戒体制を取る。


 相手が何者かは解らないけど、現役の聖剣士に喧嘩を売るなんて……いい度胸してるじゃない。


 コイツが何者であろうと、返り討ちにする自信はある。


 「貴方が……。貴方たちが奪ったものを……返してもらいにきました」


 ソイツは、警戒体制を取る私の事など歯牙にも掛けない様子で、歩いて、ゆっくり距離を詰めてくる。


 感情の籠っていない冷たい声はやけに通りが良く、耳元で囁かれている様に感じた。


 「何の事よ……。言い掛かりはよして」


 ソイツは……まるで、実態のない幽霊の様だ。


 フラフラとおぼつかない足取りだが、確実に一歩一歩コチラに向かってくる。


 「覚えていませんか……。でも、これで思い出しますか……?」


 ゆっくりとした速度で、私に近づいてきたソイツが──

 

 ソイツが仮面を外す。

 

 そこには──


 「ユ……ユランくん?」


 醸し出す雰囲気がそもそも違う。


 私の記憶の中のユランという少年は、いつもオドオドして俯いている気弱な少年だった。


 最後に会ったのは10年も前で……雰囲気も全然変わってるけど、面影がある。


 間違いなく、コイツは劣等生のユランだ。


 ……ジーノ村の生き残りがいたとは。


 あのとき、逃げずにちゃんと確認するべきだったわね……。


 「お久しぶりです……。シエル先生」


 抑揚のない声で、ジーノ村の亡霊──ユランは言う。


 コイツが今更、私に何の用が有ると言うのか。

 

 「私はもう、貴方の先生じゃないわ」


 私は相手が劣等生の──『下級聖剣(かくした)』のユランであると解っても、警戒体制は崩さない。

 

 ──10年前の亡霊など、信用しても碌な事にならないだろう。


 「私に何の用なの? 気味の悪い仮面まで着けて……。盗賊の真似事?」

 

 私が問うと、ユランは手に持っていた気味の悪い仮面を顔の前で持ち上げる。

 

 「ああ……。この仮面が気になりますか……? 別に、顔を隠すために着けてる訳じゃないんです……」

 

 本当に気味の悪い奴だ。


 10年前、私に虐められていたときはまだ

可愛げがあったのに。


 「だって……この仮面を着けてると──」


 ユランは仮面を下ろし、私の方に視線を向けてくる。


 今日──初めてコイツと目線が合ったような気がする。


 「──笑っているように見えるでしょ?」


 ゾクリと、背筋に悪寒が走る。


 ユランの目は黒く濁り、まるで死人のように光を失っている。


 月明かりに反射する瞳は、焦点が合わずに空を彷徨っていた。


 「あの時から……。10年前の事件の後から……。笑う事が出来なくなったんです」


 ユランは、聞いてもいないことをペラペラと話し出す。


 何の感情も籠っていない──淡々とした口調や感情が抜け落ちた様な表情が、ユランの不気味さをさらに加速させる。


 「でも……ミュンは俺の笑顔が好きだって言ってたんです……。だから……〝俺〟はいつも笑顔でいないといけないんですよ……」


 ──コイツは狂ってる。


 本当に、ジーノ村の──10年前の亡霊の様だ。


 私の罪を咎めるために、10年前からやってきた亡霊……。


 「アンタ、一体何がしたいのよ」


 「さっき言ったじゃないですか……。貴方たちが奪ったものを……取り返しに来たんです……」


 そう言うと、ユランは再び仮面を装着する。


 仮面を装着した顔は月明かりに照らされ、本当に不気味に、(いびつ)に──


 笑っている様に見えた……。

 

 ──くだらない。

 

 私を罰しようと言うの?


 劣等生のユラン如きが?


 『下級聖剣』のくせに?


 「私が……アンタから何を奪ったって言うのよ?」


 私がそう言うと、ユランは上を向き、天を仰ぎ見る様にして──言った。


 「奪ったじゃないですか……。俺から……ミュンを」


 何を言っているんだコイツは。


 ミュンのガキを殺したのは『魔貴族』なのに……とんだ逆恨みだ。


 大体、10年も前のことをいつまでもウダウダと……。


 「村人や……俺を護って死んだミュンの……その死を……貴方たちは穢したんです……」


 私は右手で聖剣の柄を握り、いつでも『抜剣』が発動できる体制を取った。


 どの道、コイツがジーノ村の生き残りならここで始末しなければならない。

 

 「俺は……。ミュンの最後の姿を覚えています……。勇敢で……強く……そして、美しかった……。彼女の功績を奪い……穢した貴方たちは……俺からミュンを奪ったと同じなんですよ……」


 くだらない。


 これ以上、コイツと話す事はないわね……。


 さっさと始末してしまおう。


 私が、今まさに『抜剣』を発動させようとした瞬間──


 「そういえば……。貴方に『贈り物』があったんです……」


 ドサッ──


 そう言うと、ユランは私の前にローブの中に隠し持っていた〝何か〟を投げて寄越した。

 

 麻の袋に入った──丸い形の()()だ。


 私の頭の中で──


 その袋を開けるな


 中身を見るな


 と、警鐘を鳴らす声が聞こえる。


 しかし、私は何かに導かれる様に、袋の口を開け──中身を見てしまった。


 「ひっ……!?」


 中身を見た私は、思わず〝ソレ〟が入った袋を取り落としてしまう。


 ソレの中身は──


 私の元同僚で、共犯者の……


 〝ゼンだったモノ〟が詰め込まれていた。


 そして、その瞬間──


 ズグッ──……


 私の胸に、小型の刃物が突き刺さる。


 サブウェポンですらない……携帯用の小型刃物だった。


 「ユ……ユラン……くん」


 ごふっ


 喉の奥から、口の中まで何かが溢れてきて、上手く喋れない。


 口の中に鉄の味が広がった……。


 「な……ぜ……?」


 私が


 私が劣等生のユランなんかに……。


 こんな奴に私の人生が奪われるのか?


 それも、武器ですらない──粗末な刃物で?


 「悔しいですか……? せっかく聖剣士に戻れたのに……。せっかく偉くなったのに……。あなたは……こんな何もない裏路地で一人寂しく死んでいくんです……。それも、俺の様な『劣等生』にやられて……。あなたの人生はそんなものなんです」


 ──悔しい


 ──悔しい


 ──殺してやる


 ──殺してやる!


 「ゆ……ゆる……さ」


 ユランは、地面に倒れ伏した私を見下ろす様に立っている。


  仮面で無理矢理作った笑顔が……私を嘲笑っている様で──


 絶対に許さない──


 死んでも許さない──


 呪ってやる──


 私は、うつ伏せに倒れたままで、何とか顔だけを上げ──私を見下ろしているユランを睨み付ける。


 少しでも私の怨嗟の念が伝わる様に。


 「とても悔しそうですね……そうです──」


 薄れゆく意識の中で、ユランの発した最後の言葉が私の耳に届いた。


 「──その顔が見たかった」


 月明かりに照らされたユランの表情は、仮面越しでもわかるくらいに歪んで見えて……


 ソレはまるで、

 

 人間の心を弄んで笑う──


 『魔族』の様に見えた……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ