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【ミュン(4)】

 子供たちが危なくなっていると言うのに、シエル先生は黙ったままだ。


 ──きっと作戦を立ているのだろう。

 

 私は、シエル先生の指示があった場合に備え、すぐに動ける様に準備しておかなければならない。

 

 きっと大丈夫。


 先生たちなら、皆んなを救ってくれる。


 シエル先生が口を開いた。



 「ここはもう……諦めましょう」


 ──え?


 シエル先生、何を言ってるの?


 私はシエル先生が言った言葉が信じられず、思わず先生の顔を覗き込む様にして凝視してしまった。


 続いて、ゼン先生も口を開き──


 「そうですね。いくら私たちでも『中級種』は無理です」


 などと言い出した。


 何で?


 あそこにはお母さんと……


 ユランくんも居るのに。


 私は、シエル先生の服の袖を掴み──


 「そ、そんな……。先生、みんなを助けないと」


 そう言うのが精一杯だった。


 シエル先生は私言葉に頷くと、肩に手を置いて微笑みながら言った。


 「ミュンさん。あそこにいる魔物たちのリーダーは『魔貴族』です。周りにいる魔物も普通の強さではないですし、戦っても勝ち目はありません」


 でも、先生たちは元聖剣士なのに。


 それでも勝てない相手なの?


 私の頭の中はぐちゃぐちゃになり、上手く考えがまとまらない。


 「それよりも、ここから逃げる事を考えなければ……。貴方や私、ゼン先生は『貴級聖剣』。選ばれた人間なんです。こんな所で死ぬわけにはいかない」


 選ばれた人間?


 それって何?


 何で逃げるの?


 私には、先生たちが言っている事が理解出来なかった……。


 「シエル先生の言う通りです。生き残れば、我々には未来がある。〝平民〟とは命の重さが違うのですよ」


 ゼン先生が言う。


 へいみんって……だれのこと?

 

 おとうさんのこと?


 おかあさんのこと?


 ゆらんくんのこと?


 むらのひとたちのこと?


 私は混乱する頭で一所懸命に考えを巡らせ、辛うじて言葉を絞り出す。

 

 「でも、このままじゃ皆んなが殺されちゃう」


 ユランくんも……。


 私が中央広場に視線を向けると、未だにグッタリとしているユランくんの姿が目に入った。


 ユランくんを助けないと……。


 「悲しいのもわかります。辛いのもわかります。でも、子供たちや村の大人たちを犠牲にしてでも、私たちは助からなければならないんです……。村人たちもそれを望むはず」


 シエル先生……。


 本当にそうなの?


 ──だって、皆んな泣いてるよ?


 怖くて泣いてる。


 シエル先生は、優し気な顔で私の方を見ている。


 優しい顔で、優しい声で──


 「私たちと一緒に逃げましょう。勿論、『魔貴族』が追ってきたら私とゼン先生が囮になります。必ず、貴方だけはここから逃しますから」


 そんな事を言う。


 私に、皆んなや先生たちを犠牲にして助かれって言うの?


 シエル先生の言葉に賛同したのか、ゼン先生も隣で頷いている。


 私にはそんな事できない。


 私が戸惑っていると、シエル先生は優しい顔で残酷な現実を突きつける。


 「戻ったところで、私やゼン先生──もちろんミュンさんにも出来る事はありません……。無駄死にになってしまいます」


 ダメなの?


 先生たちは聖剣士だったのに、皆んなを助けられないの?


 私は、何も答えられない。


 そして、皆んなを犠牲にする選択などできない……。


 私の沈黙を肯定の意だと思ったのか、シエル先生は私の手を引きらその場を離れようとする。


 でも、私はそのとき……。


 ユランくんの言葉を思い出していた。


 『聖剣士は強くて、弱い者の味方なんだ。どんな敵にも負けない強い剣士なんだよ』


 私はユランくんの夢を継ぎ、強い聖剣士になると誓った。


 ユランくんを護ると誓った。


 ──だから!


 「せ、先生……。やっぱり、私は皆んなを助けたい……。ユランくんに聞いたんですけど……『聖剣士』は弱い人を護る正義の味方なんですよね……? 私も将来、聖剣士になるなら……そんな人になりたい……。皆んなを助けたいんです」


 ──私は、強くなりたい。


         *


 「シエル先生とゼン先生も……元聖剣士なんですよね……? 私に……私に力を貸してくれませんか?」


 私の選択は、シエル先生やゼン先生の命も危険に晒してしまうだろう。

 

 でも、やっぱり私は皆んなを助けたい。


 今の私には力がない。


 実戦授業の成績が優秀だとしても、所詮私は子供だ。


 でも、元聖剣士の二人が力を貸してくれるなら……。


 私は先生たちの答えを聞くのが怖くなり、下を向き、目を瞑ってしまった……。


 断られたらどうしよう?


 そんな考えが浮かんだが、『聖剣士は正義の味方』と言うユランくんの言葉が私に勇気をくれた。


 「そうですか……。ミュンさんの意志は、しっかり私とゼン先生に伝わりましたよ」


 シエル先生がそう言ったのを聞いて、私はやっぱり『聖剣士』は正義の味方なんだと、嬉しくなった。


 ──私は目を開けて上を向く。


 俯いている場合じゃない。


 先生たちと力を合わせて、村の皆んなを助けるんだ!


 でも、


 だと言うのに、


 何でそんな顔をするんですか?


 シエル先生……。


         *


 バシッ──


 私の手が振り払われる。


 シエル先生が握ってくれた私の手……。


 私は何が起こっているのかわからずに、思わず声を漏らしてしまった。


 「……え?」


 私は振り払われた手を見つめる。



 「まったく、少し優しくしていればコレだもの……。だからガキは嫌いよ」



 シエル先生の顔が、感情を無くした様に無表情になる。


 今まで見たことがない様な、凄く冷たい視線を向けられる。


 何で?


 シエル先生……


 なんでそんな事を言うの?


 シエル先生が私の肩を強く掴む。


 肩に痛みが走った。


 「せっかくこっちが忠告してやっているのに、何様のつもりかしら?」


 ダメ……。


 ダメだよ、先生。


 先生が協力してくれないと、皆んなを救えない。


 ゼン先生。


 シエル先生が冗談を──


 「ミュンさん、謝ったほうがいい。シエル先生は怒ると怖いからね」


 ゼン先生までそんな事を言ってくる。

 

 私の言ったことが間違ってるの?


 シエル先生はそれで怒ってしまったの?


 肩が痛いよ……シエル先生……。


 「謝ってももう遅いわ……まあ、死にたいなら勝手にすれば? アンタ一人で村人を救ってみなさい」


 私一人で?


 そんな事、できるわけない。


 「シ……シエルせんせい?」


 「先生じゃないわ。もう辞めるもの。それよりもアンタ言ったわよね?」

 

 「……え?」


 「一緒に戦えって。バカじゃないの? 何で私がこんな、クソ田舎のクソ村人を救うために戦わなきゃならないのよ。私に無駄死にしろって言うの?」


 シエル先生はそう言うと、掴んでいた私の肩を強く押す。


 私は身体に力が入らず、そのまま後方に倒れて尻餅をついてしまった。


 「行きたいなら一人で行きなさい。一人で行って勝手に死んでくればいい。どうせマトモに戦えないんだから……。アンタみたいなガキに何ができるのよ」


 ひどい。


 ひどいよ、シエル先生。

 

 自分が弱いことくらい、私自身が一番わかってる。


 神様、何で私に『貴級聖剣』を与えたの?


 こんなに弱い私に……。


 「わ……わたしは……ただ……お父さんを……お母さんを……村の人を……ユランくんを救いたいだけで……」

 

 そうなのだ。


 私はただ、村の人たちを、父を、母を、そしてユランくんを救いたいだけだ。


 それが、そんなに罪深い願いなのだろうか?


 そんな私の願いを他所に、シエル先生は吐き捨てる様に言う。


 「めんどくさいガキね……。ユランってあのユラン? 『劣等生』の? あんなガキすぐに殺されるわ……。そうだ。アンタが助けてやったら? 助けを待ってるかもよ?」


 シエル先生の言葉に、私はハッとなる。


 そうだ、ユランくんは助けを待ってる。


 「行かなきゃ……」


 私が広場に向かってフラフラと歩き出すと、後方から──


 「本当に行くんだ……。バカなガキね」


 シエル先生のそんな言葉が聞こえた。


         *


 『さて、役者も揃ったところですし、そろそろ始めましょうか』


 『魔貴族』のそんな声が聞こえ、私は足を止めた。


 止めたと言うよりも、足が震えて動けなくなってしまった。


 私一人で、どうすればいいの?


 『魔貴族』の指示を受け、子供達を囲んでいた魔物の内の一体がゆっくりと動き出す。


 子供たちの集団に近付き、その中から一人を選んで捕まえると、無造作に持ち上げた。


 その子は魔物に片腕を掴まれ、持ち上げられて、身体が宙に浮いてしまっている。


 アレは私たちより一つ上の学年の少年──ミゲルだ。


 魔物が手を伸ばした際、子供たちの先頭にいたガストンがミゲルを護る様に前に出たが、巨大な魔物の腕はガストンの頭上を悠々と越え、後ろにいたミゲルを掴んでいた。

 

 魔物はミゲルの片腕を掴んだままで、『魔貴族』の前まで移動する。


 そして魔物はミゲルのもう片方の腕も別の腕で掴み、彼の身体を小屋の方向に向けた。


 ──小屋にいる大人たちに見せつける様に。


 私の位置から、そんなミゲルの姿がよく見えていた。


 おそらく、小屋の中の大人たちにも……。


 ミゲルは両手を拘束され、ちょうど磔台(はりつけだい)に上がった罪人の様な格好になっている。


 『さて、先ずは余興と行きましょう』


 『魔貴族』が口元を歪め、言う。


 ──ミゲルは恐怖に震え、泣き叫んでいた。


 ミゲルが母親や父親を呼ぶ声が、広場全体に響いている。


 ミゲルは村の子供だ……。


 私が助けないと。


 そう思うのに、足が前に進まない。


 ──助けて。


 誰かミゲルを助けて。


 『アナタは最初の生贄に選ばれました』


 『魔貴族』はそう言うと、嬉しそうにミゲルを見て──

 

 魔物にチラリと視線を送ると、魔物はそれを合図と取ったのか、ミゲルを掴んでいた手を左右に引っ張っていく。


 ゆっくり……


 ゆっくり……


 ミリ ミリ ミリ──……


 ミゲルの身体が軋む音……


 それが、私の耳にはハッキリ聞こえる様だった。


 「ぎゃ」


 ミゲルの口から、短い悲鳴が漏れる。


 『苦労して集めた子供達ですが、まあ一人くらいは良いでしょう』


 魔貴族が呟く。


 一人くらいって……どう言う事なの?


 ミゲルはどうなるの?


 ミゲルの顔は苦痛に歪み、泣き叫ぶ。


 瞳からは止めどなく涙が溢れていた。

 

 ミリ ミリ ミリ──……


 私は、それ以上ミゲルの姿を見ていられなくて目を逸らしてしまう。


 ──やめて。


 これ以上、誰かを傷付けないで……。


 「やめてぇぇぇ!」

 

 突然、小屋の中から叫び声が聞こえた。


 甲高い──女性の声だ。


 「その子を……。私の息子に酷い事をしないで!」


 叫んだのはミゲルの母親だ。


 『魔貴族』に騒ぐなと言われたのに、ミゲルの母親は自分の息子のために叫び声を上げてしまった。


 しかし、それもすぐにくぐもった様な声に変わり、辺りは再び静けさを取り戻す。


 ミゲルの母親がこれ以上叫ばない様に、他の村人に制止されたのだろう。


 しかし、『魔貴族』は、それを待っていたかの様に──


 『おやおや、静かにする様に言ってあったのに……。残念ですが、アナタは助かりません。恨むなら約束を守らなかった母親を恨んでくださいね』

 

 ミリ……


 ミリ……


 ミリ……


 「あ……やめで……いだい……だずげで、おかあさ──」


 ブチン──


 ミゲルの右腕が──



 ちぎれるおとがした。



 「────」


 ミゲルは、声にならない叫び声を上げ、泡を吹いて気を失った。


 『おやおや、両手が千切れる様に調節させたのですが……。ゲーム失敗でしたね』


 『魔貴族』がそう言うと、ミゲルを掴んでいた魔物はポイッと、『魔貴族』の前に無造作にミゲルの身体を投げ捨てた。


 そして、『魔貴族』の足下で影が蠢く。


 影は次第に大きくなり、ミゲルの身体全体を包み込んだかと思うと──


 バキッ


 メキッ


 ゴリュッ


 影が、


 ミゲルを……


 咀嚼し始めた。


 「あ……うぐ……ぺぎょ……」


 ミゲルの口から聞こえたのは、断末魔の叫びではない……。


 ただ、口から漏れた空気が音を立てただけ……。


 〝影の咀嚼〟が終わると──


 その場には、血に濡れたミゲルの右腕だけが残っていた。


 「うげぇ……うぐ……うぅ……」


 私は、ミゲルの無惨な最後を目撃し、嘔吐した。


 私が吐き出した吐瀉物がポタポタと地面に落ちて、音を立てる。


 ──私はまだ、心のどこかで死という現実を甘く見ていた。


 人が死ぬという事──


 昨日まで普通に生活していた人たちの日常が突然、理不尽に奪われる事──


 頭では理解している様で、何一つわかっていなかった。

 

 「な……で……みげる……」


 再び胃液が込み上げてきて、声にならない。


 「あぁぁぁぁ! そんな! ミゲル! ミゲルぅぅ!!」


 小屋の中から、ミゲルの母親の泣き叫ぶ声が聞こえる。


 『魔貴族』は、そんな叫びを聞いて──


 『良いですね。これからは目一杯、叫んでください。私が許可します……。それより、やはり恐怖に侵された子供は良い。肉の質が違う』


 と言った。


 ああ、やっと今わかった。


 私たちは、ヤツらの餌なのだ。


 オモチャなのだ。


 ヤツらが楽しむ為の、ヤツらが食欲を満たす為の──家畜でしかない。


 『さて、次です。次こそは成功させてくださいよ……。沢山いるとはいえ、子供の数には限りがありますからね』


 『魔貴族』は魔物に向かって微笑む。


 私たちは、『魔貴族』が楽しむためのゲームの駒でしかない。


 『魔貴族』の指示で、魔物が再び子供たちの方に歩いていく。


 また適当に子供たちの中から一人を選び、そのまま手を伸ばす。


 しかし、魔物の行動を阻止しようと、その手にしがみ付く子供がいた。


 ガストンだ……。


 「おい、化け物! やめろぉ!」


 ここからでも、ガストンの全身が恐怖で震えているのがわかる。


 どんな時でも強気な態度を崩さなかったガストンが、泣きながら魔物の腕にしがみ付いている。


 『おや、勇敢な子供だ……』


 『魔貴族』は興味深そうにガストンを見る。


 こんな状況で自分に楯突く子供が珍しかったのか、ガストンに興味を惹かれた様子だった。


 「リネアを……。俺の妹をどこにやった!?」


 ガストンは、魔貴族に向かってそう叫ぶ。


 ──そう言えば、子供たちの中にリネアの姿がなかった。


 『大した度胸だ。この状況下で、そこまで気丈に振る舞える子供など初めてですよ……。貴方みたいな子供は強者から好かれる。思わず生かしてあげたくなってしまう』


 『魔貴族』はそう言って、ガストンに笑顔を向ける。


 ……楽しそうに笑う。


 だが──


 グサッ……


 『まあ、私は嫌いなタイプですがね』


 『魔貴族』の影が、細く細く尖り──


 ガストンの胸を貫いた……。


 その心臓に深く、深く、突き刺さったのだ。


 『リネア? そんな子供は知りませんね。ここに居ないという事は、もう死んでるんじゃないですか?』


 ズブッ──……


 影の槍が、ガストンの胸から引き抜かれる。


 ドンと音を立てて、ガストンの身体が地面に倒れ伏した。


 ガストンはそのまま動かなくなる……。


 そして、直ぐに影がガストンの身体を覆い、ミゲルと同じ様にガストンの身体は影に咀嚼された。


 広場全体に、そして……小屋の付近にまで、影がガストンの身体を喰む音が届く。


 咀嚼が終わり、影が離れた後には、ガストンの足の一部だけが残されていた。


 『あ、ちなみにコレは私の優しさです。人生の最後に何も残せないなんて悲しいでしょう? コレがこの子たちの生きた証ですね』


 何を言っているんだろう?


 片方の腕だけが、


 足の一部だけが、


 彼らが生きた、短い人生の証だというの?


 ミゲル、そしてガストンの凄惨な様を見て、小屋の中の大人たちは叫び声を上げる。


 怒号


 悲鳴


 懇願


 様々な叫び声が入り混じり、嵐の様に広場に木霊した。


 そして、その声の群れによって、広場全体が震える様に戦慄く。


 『好きに叫んで良いとは言いましたが、少し不快ですね』


 『魔貴族』はそう言うと、スッと右手を挙げた。


 それを合図に『魔貴族』の足下で影が蠢き、複数の槍を作る。


 ──槍の先端が、子供たちに向けられた。


 「何をやっているんだ……?」


 突然、横から声が上がる。


 怒りを含んだ、低い声だ。


 「何をやっているかと聞いている!」


 いつもの優しく、頼もしい声とは違う……。


 娘の私も聞いた事のない、激しい怒りの声だった。


 『おや、遅かったですね……。既にショーは始まってしまいましたよ?』


 父の右手には、例の腕輪──『ソドムの腕輪』が握られている。


 そして、左手にはサブウェポンも……。


 「約束が違うぞ……。腕輪は持ってきたんだ。これ以上村人に手を出すな」


 父は、右手に持っていた『ソドムの腕輪』を魔貴族に向かって差し出す。


 『いやいや、私は考えてみると言っただけです。初めから誰一人逃すつもりはありませんよ?』

 

 「……そうか」


 ザンッ──


 『魔貴族』の言葉を聞き、父は左手に持っていたサブウェポンを地面に突き刺す。

 

 そして、腕輪を左手に持ち替え──


 右腕に装着した。


 お父さん……やめて。


 ダメだよ……そんなの使ったら……。


 父は地面に突き立っていたサブウェポンを左手で引き抜くと、右手で聖剣の柄を握った。


 突如──聖剣から無機質な声が響く。


 『──レ──べ──2──はつ──し──』


 ノイズがかかった様な声で、その内容は理解できない。


 腕輪が黒色の光を発し、父の聖剣の刃が二割ほど露出する。


 露出した聖剣の刀身の色は……ドス黒く濁っている様に見えた。


 父は元々、『下級聖剣のレベル1』だ。


 腕輪の力が本物なら、発動したのはレベル2の抜剣なのだろう。


 『おやおや。まさか、その程度で私と戦うつもりなんですか?』

 

 父の命懸けの行動を嘲笑う様に、『魔貴族』は言う。


 『我々と戦うにはそれなりに資格が必要なんですよ? 貴方程度なら、そうですね……。〝この子〟で十分です』


 『魔貴族』は再び地面にモヤの塊を作る。


 モヤの中から現れたのは、4本足の犬の様な魔物──


 ユランくんの家の近くで遭遇した、大きな犬型の魔物だ。


 左目にサブウェポンが突き刺さったままになっている事から、あの時と同じ魔物で間違いない。


 『おや? 誰かに片目をやられた様ですね……。まあ、貴方程度ならこれでも問題ないでしょう』


 『魔貴族』が犬型の魔物のアゴを撫でる。


 『この子は私のお気に入りです。強くはありませんがね……。もし貴方がこの子に勝てたら、残りの村人は見逃してあげましょう』


 「そ……そんなことは……しんじられない」


 父は、息も絶え絶えという感じで、言葉を発するのも辛そうだった。


 『ふふ。信じるか信じないかは自由ですが……。今回は絶対に約束を守りましょう』


 「やくそくは……まもれよ……」


 父も、『レベル2』では『魔貴族』に到底敵わない事はわかっているのだろう。


 だけど、せめてあの魔物を倒せれば……


 皆んなが助かるかもしれない。


 でも、魔物に勝ったとしてもお父さんは……。


 私は、父に訪れる結末を思い、溢れる涙を抑える事ができなかった。


 父との思い出が、頭の中に蘇ってくる。


 村長としての父──


 父親としての父──


 どれも優しく、頼もしい父の思い出だった。


 お父さんなら大丈夫。


 絶対に、村のみんなを救ってくれる。


 お父さんは、強いんだから──


 バウン!


 「へきょ?」


 バリッ メキッ ゴリッ ベキッ ゴリュ──  

  

 ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ ──


 ゴリュ ゴリュ ゴリュ ゴリュ……


 「あぁぁぁぁぁ! いやだぁぁぁぁ!! がぁぁぁぁぁあ!!」

 

 父は、

 

 一瞬にして、


 魔物の大口に飲まれ、


 すり潰されてしまった……。


          *

 

 『まさか、村の代表がここまで弱いとは思いませんでしたよ』


 父の身体は、右腕と左腕だけを残して魔物に飲み込まれてしまった。

 

 『魔貴族』は腕輪が目的だと言っておきながら、父の右腕に装着されたままの腕輪を拾おうともしなかった。


 邪魔は入らない。


 いつでも好きに回収できると思っているのだろう。


 父の残された左手には、サブウェポンが握られたままになっていた。


 お父さん……ごめなさい。


 私は『貴級聖剣』の主なのに。


 私の止まっていた足が、再び動き出した。


 村の人たち……お母さん……ユランくんを……


 助けなきゃ……。


 私は、一歩一歩、フラフラとおぼつかない足取りで広場に向かって歩いた。


 『おや、隠れていたのに……出てきたんですね。他のお二人は一緒じゃないんですか?』


 『魔貴族』には全てお見通しだった様だ。


 ──私たちが小屋の陰に隠れていた事も。


 放っておいても害はないと判断したのか、それともその方が面白いと、敢えて気付かないフリをしていたのか……。


 なんだ、最初から逃げ場なんてなかったんだ……。


 『貴方、なんで今更出てきたんですか?』


 私は『魔貴族』の前まで歩みを進めた。


 父の亡骸──唯一、その場に残された父の両腕を見下ろす。


 相変わらず涙は止まらなかった。


 今、私に出来る事は一つしかない。


 皆んなを、ユランくんを守るために。


 『どういうつもりですか?』


 私は、


 地面に頭を擦り付け──


 『魔貴族』に懇願した。


 「お願いします……。もう、やめてください」


 無力な私には、他に方法が無かったのだ……。


         *


 「私はどなうなっても良いです……。だから……もう、誰も殺さないで……。誰も傷つけないで……。どうか、お願いします……」


 最後の方は、上手く言葉になっていなかったかも知れない。


 涙が次々に溢れてきて、上手く喋れなかった。


 『ああ、そういうのは不快です』


 グサッ──……


 「おぶ……ぶぇ……」


 また、誰か殺されてしまった。


 でも、私は頭を上げずに『魔貴族』に懇願し続ける。


 私には、これしか出来ることがない。


 「おねがいします……。おねがいします……」


 『……』


 グサッ グサッ グサッ──……。


 「もう、やめてください……。おねがいします……。もう、やめてぇ……」


 『実に不快です……。私は、面白くないものが嫌いでね』

 

 グチャ ドチュ ブリュ ベキョ──……


 何かをこねくり回した様な音と──


 「やだぁぁぁ! おがあざん……おどゔざん……ぐぎぃ! がぁごぉ……」


 子供たちの悲鳴が聞こえた。


 私が顔を上げると──


 「あ……あぁ! ダメ! ダメぇ!!」


 子供たちを囲んでいた魔物たちが──


 村の子供を、弄ぶ様に、蹂躙していた。


 潰され


 千切られ


 捏ね回され


 血飛沫が上がる。


 〝子供たちだったモノ〟は、血に濡れた大きな肉の塊──肉団子の様になっていた……。


 小屋の中にいる大人たちは目の前で行われる惨状に、誰もが泣き叫び──その叫びはもう声になっていなかった。


 『あぁ……。あまりに不快で楽しみを潰してしまった』


 『魔貴族』は後悔した様に右手を顔に当て、大袈裟なジャスチャーの後嘆息する。


 広場にいた子供たちは皆……物言わぬ肉塊となってしまった。

 

 昨日までは普通に生活して、父親に頭を撫でられ、母親に甘え、笑っていたいた子供たちが……。


 なんで?


 なんで?


 なんで、皆んなは死ななければならなかったの?


 わたしのせい?


 私は、子供たちだったモノをぼーっと眺めていた。


 そして、気が付いた。


 子供たちの中で、何故かユランくんだけが無事だった。


 『ああ、もう良いです……。興醒めですね。私は人間が上げる恐怖の悲鳴が好きなんです。貴方は……既に生きることを諦めている』


 私は、どうすれば良かったのだろうか?


 皆んなを守るために、戦えば良かったの?


 『貴方にチャンスをあげましょう。そうですね……。貴方が自ら命を断てば、残った村人の事は考えてあげていいですよ?』


 ほんとうに?


 わたしが死ねばみんなたすかるの?


 「ミュン! だめぇぇ! 殺すなら私を殺してぇ!!」


 大人たちの叫び、怒号の中でも、その声はハッキリと私の耳に届いた。


 お母さんの声だ……。


 いつもは優しい母の声が、今は悲痛な叫びとなり、その痛々しい声が私の耳に届いたのだ。


 お母さん……ごめんね。


 私は、父の左手が握ったままのサブウェポンに手を伸ばす。


 ──ガシャン!


 右手が震え、サブウェポンを取り落としてしまった。


 おかしいな……覚悟は決めてたはずなのに……。


 私は、震える右手を左手で強引に押さえ付け、サブウェポンを手に取る。

 

 そして、両手で柄を握り直し、刃を首に当てた。

 

 「おねがいします……。これで……村のみんなを助けてください……」

 

 『魔貴族』は、ニコリと笑い、頷いた。


 私は、気を失っているユランくんを見る。


 ごめんね……ユランくん。


 私は、ゆっくりと両目を閉じた。


 これで、村のみんなを……お母さんを……ユランくんを救える……。


 できれば最後に……


 ユランくんに、私の気持ちを伝えてから死にたかったな……。


 私は、サブウェポンを握る両手に力を込め──


 ドゥン!!


 突然、後ろで轟音がしたかと思うと、あれだけ騒がしかった大人たちの叫び声が──聞こえなくなる。


 お母さんの声も……。


 嫌な予感がした。


 相手は『魔貴族』なのだ。


 なんで、約束など信じてしまったんだろう。


 ──私が目を開けると、小屋の正面に無数の巨大な穴が開いていた。


 沢山の大きな針で、小屋ごと串刺しにされた様な穴だった。


 『残念、時間切れです』

 

 その言葉を聞き、私は小屋の中の大人たちが『魔貴族』に殺されてしまったとのだと悟った。


 小屋の中にいた母も……。


 ガランガランッ──……


 両手に力が入らず、握っていたサブウェポンを地面に落としてしまった。


 「な……。な……んで……」


 絶望する私を見下ろし、『魔貴族』は嬉しそうに笑う。

 

 『決断が遅すぎるのですよ』


 『魔貴族』はそう言うと、私の耳元まで顔を近付け──囁く様に言った。


 『悔しいですか? 貴方が強ければ、子供じゃなければ、選択肢を間違えなければ、村人は死ななかったかもしれない』

 

 違う。

 

 コイツが村に来なければ、皆んな死ななかった。


 『貴方の卑屈な態度が私を不快にさせた。貴方が村人を殺した様なものです』


 違う。


 村の人たちを殺したのはコイツだ。


 「ゆるさない……。なんで、なんで村の皆んなを……」

 

 怒ったところで、私に何が出来るの?


 戦う力もないのに。


 『良いですね。先程の卑屈な態度とは違う。私を心底憎んでいる目だ』

 

 「なんでこの村を……狙ったの?」


 『そうですね。その腕輪が目的ではありましたが、敢えて言うなら……ここの村人が弱かったからですよ』


 意味がわからない。


 弱ければ、滅ぼされても仕方ないと言うの?


 『私は慎重派なんですよ。この村に強者がいたなら──例えば、王都にいる『グレン・リアーネ』。あんな化け物がこの村にいたら、腕輪が目当てだったとしても私は襲撃を躊躇ったでしょう……。ああ、ちなみに、この村のことは以前から偵察していましたから、強者がいない事は把握済みです』


 どう言う事なの?


 『魔貴族』は、私たちが最初から抵抗できないとわかって攻めてきたの?


 『グレン・リアーネ……。あれは神人(しんじん)ですからね……。我々、『魔貴族』では到底太刀打ちできない』


 最後の方は、独り言に近い呟きだった。

 

 「……」


 私たちの村は──たまたま『魔貴族』が欲しがる腕輪を持っていて、手頃に滅ぼせそうだから狙われたのだ。


 皆んな、ただ生きていただけなのに。


 殺される様な事はしていないのに。


 私は、残された父の右手から、『ソドムの腕輪』を抜き取る。


 『おや? もしかして、貴方……。私と戦う気なんですか?』


 『魔貴族』が何か言っているが、関係ない。


 私に残されたのはユランくんだけ……。


 お父さんも、お母さんも、村のみんなももう居ない……。


 ユランくんだけは、護らないと。


 その時、私はユランくんの言葉を再び思い出していた。


 『聖剣士は強くて、弱い者の味方なんだ。どんな敵にも負けない強い剣士なんだよ』


 私は、ユランくんの聖剣士になりたい。



 ……なりたかったな。



 私は、躊躇う事なく『ソドムの腕輪』を右腕に装着した。

 

 そして、地面に落としたままになっていたサブウェポンを左手に握る。


 神様、おねがいします。


 対価を支払えと言うなら、私にはあげられるものが一つしかありません。

 

 私の命をあげます。

 

 どうか、ユランくんを救える力を私にください。


 私の聖剣から、ノイズ混じりの声が響く。


 『──レ──べ──1──はつ──し──』

 

 私の聖剣の刃が、一割ほど露出し、『抜剣』が発動する。


 私の身体の中で、異物が暴れ回っているのを感じた。

 

 腕輪に、命が吸われているのがわかる。


 身体に力が溢れてくるのを感じるが──同時に身体が動かなくなっていくのもわかった。


 あんまり……時間がない……。


 私は、未だに気を失ったままのユランくんを見る。


 どうか、このまま眠っていて……。


 ユランくんは優しいから……


 目を覚ましたら、ユランくんはきっと……


 私の死に責任を感じてしまうから。


 私はコイツらを倒したら……ユランくんの前から黙って消えよう。


 ひっそりと、誰にも気づかれずに死んでいこう。


 これは、私の覚悟だ。


 『愚かな選択をするものだ……。その腕輪がどう言うものか理解しているでしょうに』

 

 『魔貴族』はつまらなそうに言うと、犬型の魔物に指示を出す。


 父の時と同じだ。


 『魔貴族』は、私の資格を測るつもりなのだろう。

 

 犬型の魔物が私と対峙した。

 

 シエル先生は以前、実戦授業のときに私に向かって言った。


 「貴方の才能は素晴らしい」


 今は、その言葉を信じようと思う。


 グルルルルゥ


 対峙した魔物が唸り声を上げる。


 ユランくんの家の近くで、私と遭遇した事を覚えているのだろう。

 

 そのときに傷付いた左目の事を根に持っている様で、魔物が発する怒りの感情が私にも伝わってきた。


 やったのはシエル先生だが、私も同罪だとこの魔物は思っているのだろう。


 ダン!


 魔物が地を蹴り、私に向かって突進してくる。


 『抜剣』のおかげか、魔物の動きがとても遅く感じる。


 スローモーションの世界の中で、私だけが普通に動ける感覚。


 遅い


 遅すぎて、こんな魔物すぐに殺せる


 お父さんを殺した魔物


 タダでは殺さない


 できるだけ、苦しめて、殺す


 一撃、右目を潰した


 二撃、身体を斬りつけた


 三撃、腹を裂いた


 四撃、牙を折った


 五撃、六撃、七撃、八撃、九撃…………


 魔物は動かなくなったが、私は魔物の身体を斬り続けた。


 『素晴らしい。でも、次はどうですか?』

 

 『魔貴族』が指示を出すと、今度は6本腕の魔物が6体──私を囲む様に立った。


 全部倒す。


 全部倒して、ユランくんに内緒で消えるの。


 魔物たちが、一斉に襲いかかってくる。


 でも、遅い


 さっきの犬型よりも早いけど、


 でも、遅い


 とりあえず、一体目の胸あたりをサブウェポンで突き刺す。


 深々とサブウェポンが刺さると、魔物は簡単に動かなくなった。

  

 心臓の位置は、人間と変わらないみたい。


 なら、簡単だ。


 二体目、三体目、四体目、五体目、六体目


 正確に、全ての魔物の心臓をサブウェポンで貫く。


 相手の動きが遅すぎて、心臓の位置を正確に突くことができた。


 「がふっ……ごほっ! ごほっ!」

 

 咳と一緒に、喉の奥から大量に血液が溢れ出る。


 私の口から漏れた血液が、ポタポタと地面に落ちた。


 もう、時間が無いみたい……


 私の最後が近い。


 あとは、『魔貴族』を──


 「…………ミュン?」

 

 突然、横から声がした。


 私の名前を呼ぶ声。


 私の大好きな人の声……。



 かみさま、ひどい


 さいごなのになんで、こんないじわるするの?


 ユランくんの声を聞いたら、決意が揺らいでしまう。


 ずっと一緒にいたいと思ってしまう……。


 ユランくんは、サブウェポンを握る私の姿を見て、不思議そうな顔をしている。


 しかし、すぐに周りの状況を見て理解し、顔を歪めて泣き出してしまった。


 「ゆ……らん……くん」

 

 もう、話すことも辛くなっている。


 身体の熱が奪われ、冷たくなっていくのを感じる。


 『おやおや、目を覚ましてしまいましたか。まあ、良いでしょう……。そろそろクライマックスです。貴方も見学していなさい』

 

 『魔貴族』が、ユランくんに向かってそんな事を言う。


 『魔貴族』は何故、ユランくんだけ生かしたのだろうか?


 偶然?


 それとも……。


 「父さん……母さん……どこにいるの?」


 ユランくんが泣いている。


 「だい……じょ……なか……ない……で」


 ユランくんに伝えたいのに、なかなか言葉にならない。


 『さあ、続きをしましょう』


 『魔貴族』はそう言うと、影を操り、無数の影の槍を私に向かって飛ばしてくる。


 でも、やっぱり遅い。


 私は、その影を避けながら、そのまま前進する。


 サブウェポンが届く間合いまで入った。


 サブウェポンを振りかぶると『魔貴族』の影が壁の形を作り──盾となって『魔貴族』の身体を守ろうとする。

 

 でも、完全じゃない。


 私は、その盾の隙間を縫う様にサブウェポンを走らせる。


 ザンッ!


 『魔貴族』の右腕が切断され、宙を舞う。


 影が私を捕まえようと迫るが、後ろに飛んでそれを回避した。


 ごぷ……


 私の口から、血液の塊が溢れ出る。


 足に力が入らず、地面に膝をついてしまう。


 手に力が入らず、サブウェポンも取り落としてしまう。


 ここまでみたい……。


 『ふむ……。なかなかやりますね。まあ、これで終わりの様ですが』


 『魔貴族』は、右腕を切断されたと言うのに気にも留めていない様子だった。

 

 私は、自分の命が終わりを迎える時が来たのだと悟った。


 もう、私にできる事はない。


 『魔貴族』は、今だに健在だ。


 でも、ユランくんだけは……。



 「たす……け……て……くだ……ゆら……だけ……は」


 私は『魔貴族』に懇願した。

 

 もう、頭を下げる事もできない。


 身体が動かない。


 「ミュン……。何を……言ってるの?」

 

 ユランくんは、涙を流しながら私を見ている。


 そんな顔しないで……泣かないで……私は大丈夫だから。


 『クックック……。やはり、貴方たち人間は面白い。こんな時に他人のために命乞いとは』


 もう身体が動かない……。


 ユランくん……逃げて……。


 『元々、一人だけ……。この少年だけは殺さずにおくつもりでした。私はこの少年に興味があったのでね……』


 ああ、良かった。


 ユランくんは助かるんだ。


 『それに、貴方は放っておいても死にそうですし、ここまでにしましょう』


 バシュ──


 ザンッ!


 『魔貴族』が影を操り、私の右腕を切断した。


 腕を切り落とされたと言うのに、すでに痛みも感じない……。


 「ミュン!」


 ユランくんが叫び、こちらに走ってくる。


 『コレは回収させてもらいましょう』


 切断された私の腕から、『魔貴族』がソドムの腕輪を抜き取る。

 

 別に良い。


 ユランくんが助かるなら、そんなものくれてやる。


 『それと、そこの少年。このミュンという少女は貴方を護るために死ぬ様ですよ。この様子では、もう助かりません』


 「……え?」


 ユランくんに余計な事を言わないでほしい。


 これは、私が勝手にやった事で、ユランくんの所為ではないのだから……。


 『この腕はすぐに再生可能ですが、目印として、このままにしておきましょう。悔しければ私を殺しに来なさい。私はいつでも待っています』


 『魔貴族』は、新しいおもちゃを手に入れた子供の様に笑うと、嬉しそうにユランくんに告げた。


 そして、それだけ言い残し、『魔貴族』は黒いモヤの中に消えていった。


 広場に残されたのは、私とユランくんだけ。


 皆んな、ここで死んでしまった。


 村中に放たれた炎はすでに燃え尽き、闇夜の空に向かって黒煙だけが上がっていた。


 辺りを照らすのは月の光だけとなり、夜の暗さを取り戻す。


 しかし、月明かりに照らされてユランくんの顔はよく見えていた。


 ユランくんの顔は、涙でクシャクシャになっている。


 こんな時だけど──そんな顔も可愛いと思ってしまった。


 でも、ユランくんに涙は似合わないから……。

 

 目が霞んで、段々ユランくんの顔がわからなくなってくる。


 ユランくんは、私の残った方の手──左手を、両手で包み込む様に握ってくれた。


 私、こんな腕じゃもう……ユランくんを抱きしめる事もできなくなっちゃったね……。


 「ミュン……。僕、決めたんだ。僕は『下級聖剣』だけど聖剣士になってみせる」


 ユランくんは、私の手を力強く握り、そう言った。


 「『下級聖剣』が聖剣士になれないなら、僕が初めての聖剣士になる……。そしたら……そしたら……ミュンを護るんだ。約束しただろ?」


 うん


 そうだね、やくそく


 ユランくんの両目から、止めどなく涙が溢れている。


 ユランくんが悲しんでる。


 ユランくんが泣いている。


 だったら私は、いつもの言葉で慰めてあげなきゃ。


 「ゆ……ゆらん……くん……なら……すごい……せい……けんし……に……なれる……よ」


 笑顔を作ったつもりだけど、上手く笑えたかな?

 

 我慢していたのに、ユランくんの顔を見ていると、自然と涙が溢れて止まらなくなってしまった。

 

 私はユランくんの夢を応援したい


 遠くの空で、ユランくんの夢が叶うのを願っているから


 でも、でも、やっぱり……


 「ゆらんくん……やだぁ……わたし……しにたく……ないよぉ……」


 隣で、一緒に、夢を叶えるユランくんを見ていたかった……。


 「大丈夫……。大丈夫だから。ミュン……。必ず助かるから……。僕が、必ず助けるから……。だって、僕はミュンを護る聖剣士なんだ……。だから……だから」


 ユランくんが私を抱きしめてくれる。


 暖かい……。


 やっぱり、私はユランくんが好き。


 大好き。


 「ゆらん……くん……」


 大好き。


 そう、口に出してしまいそうになり、口をつぐんだ。


 だって、私の気持ちを伝えたら、ユランくんの足枷になってしまうから……。


 だから、心の中でいっぱい言うの。

 

 ユランくん大好き。


 ユランくん……


 ユランくん……


 ユランくん……


 ……ユラン……くん


 …………


 ……


         *


 「ケガは酷く無い様だけど、大丈夫かい?」


 「……」


 「僕は、グレン・リアーネと言うんだ。少し、話をさせてほしい」


 「……」


 「すまなかったね……。僕がもう少し早く来ていれば、こんな事にはならなかっただろうに」


 「……」


 「この馬車は王都に向かっている。ケガもしているし、到着したらすぐに病院で診てもらおう」


 「……」


 「……今は話したくないだろうね。僕も無理に聞こうとは思わない……。でも、話せる様になったら村であった事を話してほしい」


 「……」


 「聞きたく無い事だろうが、一応、話しておく必要があるから言っておくよ……」


 「……」


 「村人たちの遺体は損傷が激しいものが多く、人定確認が難航しそうなんだ……。わかる範囲でいいから、村人の特徴などを教えてほしい」


 「……」


 「すまない、急かしすぎたね。コレも話せる様になったら聞くとしよう」


 「……」


 「だけど、君が抱えているその娘だけは離してあげてくれないか?」


 「……」


 「保存の神聖術をかけてあるから……状態は大丈夫だが、ちゃんと弔ってあげよう」


 「……」


 「それが、その娘の為なんだよ」


 「……」


 「そうか、王都まではまだ時間が掛かるだろうから、それまではゆっくり休むと良い」


 「……」

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