【10】ミュンVSローゼンディアス
『──を──』
『──を──は──です──』
*
『静止』
先手必勝。
そう言わんばかりに、ミュンは『レベル4』の効果を発動させる。
『静止』は、文字通り世界を静止させ、その静止した世界の中でミュンだけが自由に動けると言うものだ。
発動させた瞬間、世界が色褪せ、一歩踏み出そうとしていたローゼンディアスの動きが完全に静止する。
「──やっても意味ないんだろうけど」
ミュンは、誰にともなく呟き──瞬時にローゼンディアスとの間合いを詰める。
「取り敢えず……。先手、いただきます!」
──確認。
……先ずは。
──ヒュン
間合いを詰めたと同時に、サブウェポンによる一撃を放つ。
狙いはローゼンディアスの右腕……サブウェポンを握る手だ。
(セシリア王女の言葉を完全に信じる訳じゃないけど、ローゼンディアスが聖女に操られているなら……致命傷になる部位は避けないとね。まあ、そんな事考えるだけ無駄なんだろうけど)
──フッ……
ミュンの放った一撃は、ローゼンディアスの肌に触れる直前で『静止』する。
まるで、接触を拒む様に……強制的に。
「やっぱり。実力ではこの人の方が上なのね……」
ミュンの『レベル4』の能力には制約がある。
『能力が上の者を害せない』
なので、いくら世界が静止し、その中でミュンだけが動けるとしても、相手が格上ならまるで意味をなさない能力だった。
だが、ミュンとて、自身の能力を最大限に活かせる方法を模索してきた。
一番有効な方法として考えられるのは、〝世界が動き出す瞬間〟を狙う事だ。
静止中に相手を害せなかったとしても、世界が再び動き出せば、相手への攻撃は問題なく通るだろう。
ならば、きっちり5秒の後、動き出す瞬間を狙って攻撃すれば良いのだ。
しかし、これには問題もあって──
相手の方が実力が上である事を考慮した場合、動き出す瞬間を狙っても、攻撃が回避される可能性がある。
相当の実力者ならば、刃が身体に触れた瞬間に察知し、避ける事も出来なくはない。
特に、『抜剣術』が発動している最中なら尚更──発動中は身体能力の強化のみならず、五感も研ぎ澄まされているのだから……。
そして、そんな状況で攻撃を回避されれば、体制が崩れ、隙が生まれ……手痛い反撃を受けかねない。
また、問題はそれだけではなく。
もう一つの大きな問題としては、『静止』を管理しているミュンにも、静止中の5秒が感覚でしか分からない事だ。
なので、タイミングが合わずに──
攻撃が早過ぎれば容易に避けられ、
攻撃が遅過ぎれば直前で静止してしまい、勢いが完全に殺される……。
そう言った理由から、格上に対して『静止』を用いて攻撃するのはリスクが大きく、使用するならば『防御』や『回避』に使うのが得策だ。
「て、分かっていつつも──試してみるんだけどね」
3……
2……
1──
「ほいっと!」
ミュンは、タイミングを見計らってサブウェポンによる一撃を繰り出す。
と、まあ先程までの事は、普通に戦闘が展開した場合の話だ。
その展開も、相手がミュンの『静止』を知っているかどうかで大きく変わる。
初見ならば、静止解除直後の攻撃の有効度も上がり、相手からの反撃の勢いも弱いだろう。
そして、ミュンには攻撃を回避され、万が一反撃されても避け切る自信があった。
そう言う事を考慮しての初撃──
──ヒュン!
──0
正にドンピシャのタイミング。
『静止』が解除された瞬間に直撃──ハッキリ言って、ここまで絶好のタイミングで攻撃出来たのは全くの偶然だ。
多分5秒……その程度の認識で放った攻撃。
だが、偶然も──運も実力の内。
相手は格上のローゼンディアスだが、上手くいけばアッサリ無効化できるやも……。
「よし! いただきま──」
──その時。
ミュンは、攻撃が直撃する瞬間に、ローゼンディアスの姿を見て──
強烈な違和感を覚えた。
踏み込みが浅く──
視線が定まっていない……。
まるで、何か行動を起こす前段階の様な……。
『静止』使う直前の動きなら、ローゼンディアスの方が圧倒的に速く、すでにある程度距離を詰められていてもおかしくはない筈だった……。
しかし、ローゼンディアスは明らかに何かを察知し、準備していた。
「──しくじった……」
と、ミュンが気付いた時にはもう遅い。
ミュンの攻撃は、吸い込まれる様にローゼンディアスの右腕に──
「……それは甘いでしょう?」
──フッ
接触する事なく、空を切った──。
それだけではない。
ローゼンディアスはミュンの攻撃を躱すのではなく、反撃する過程で自身の右腕をすり抜けさせる様に、絶妙なタイミングで前進したのだ。
まるで、予めそこに攻撃が来る事が分かっいた様に……。
そうなってしまっては、攻撃を回避されて体制を崩しているミュンには成す術もない。
〝来るかもしれない〟とある程度予想していた反撃も、予想以上に──いや、規格外に鋭いもので……。
(……やられた。この人のレベル4──『せんけん』……『先見』ってそう言う事なのね)
ローゼンディアスが放った反撃は、寸分の狂いなく、ミュンの左胸……
『心臓』に向かって吸い込まれて行った。
──ドヒュ……
「あう──……」
様子見の初撃と言うこともあり、完全に油断していたミュンは……ローゼンディアスのその一撃で、人間の一番の急所を貫かれ──
あえなく絶命した……。
*
『──を──』
『──を──は──です──』
*
「と、こうなる訳ね……」
肩で大きく息をしながら、ミュンは呟く。
顔全体に汗が浮かび、顔色も真っ青だ。
『──おい、もしや、もう〝見た〟のか?』
そんなミュンの様子を見て、ラティアスが若干声を低くして尋ねた。
少し怒っている様子だ。
「やっぱり……とんでもない相手です。牽制も様子見もさせてくれない……。やったら即終わりですね……。でも……何とか相手の『能力』は……〝見え〟ました」
なかなか整わない呼吸が煩わしいと感じているのか、ミュンはそう言って大きく、長いため息を吐いた。
「……?」
一方、ローゼンディアスは〝未だ戦闘らしい事はしていない〟にも関わらず、満身創痍と言った状態のミュンを見て怪訝そうな顔をしている。
「『先見』……先読みの能力……。試して〝見ました〟けど……私の『静止』を加味した上で……完璧に一手先を行かれました……」
『……ミミュ。やはり逃走しろ。マトモに此奴らと戦うより、何とか逃げ延びて結界を破壊……主人殿らを呼んだ方が、まだ幾分か可能性があるぞ』
「……無理ですね。──はぁ。逃げるのは絶対に無理です。この広い部屋全体が、ローゼンディアスによって完全に掌握されてます。逃げようにも──つっ!?」
フッ──……
せっかく息が整ってきたと言うのに……。
ローゼンディアスの姿が、突然、目の前から掻き消える。
少し……。
ほんの少しの間だ。
ミュンがラティアスの話に耳を傾け、一瞬だけそちらに注意を向けた際──その刹那の気の緩みを、ローゼンディアスは見逃さない。
『皇級聖剣』の加護に任せた、力技の突進。
だが、ミュンの目はローゼンディアスの動きを全く捉える事が出来ず──
一瞬の内に。間合いを詰められてしまった。
──シュン!
ミュンの急所を狙った正確無比の一撃で、やはり、目で追えないほどの速度。
勢いの乗ったローゼンディアスの一撃は、最も簡単にミュンの胸を貫き──
『静止!』
──ピタ……
ミュンは咄嗟に『静止』を発動させ、ローゼンディアスの一撃の阻止を試みる。
「……つっ」
──何とか『静止』が間に合い、致命傷を避ける事は出来たが……ローゼンディアスのサブウェポンの切先が、ミュンの肉を僅かに引き裂いた。
少しでも発動が遅ければ、確実に心臓を貫かれていただろう……。
結果的に、『静止』を使わされる事になったが──
「冗談じゃないわ。とにかく、少しでも離れ──」
『見通す世界』で〝確認〟した通り、静止解除直後の攻撃などローゼンディアスには通用しない。
少しでも距離を取り、5秒の『静止』後に来る10秒の冷却時間に備えなくては……。
そう言う考えから、ローゼンディアスから距離を取ろうとしたミュンだったが……。
嫌でも目に入ってしまう……。
ローゼンディアスは……目一杯、踏み込んでいなかった。
……目線も、ミュンの方を見ていない。
それは、つまり……。
4……
(でも、考えてる暇なんかない!)
3……
ミュンは、すぐに行動に移す。
──ダダダダダ!!
踵を返し、ローゼンディアスに背を向け、後方に向かって全力疾走したのだ。
2……
1……
ローゼンディアスから離れる事に全力を注いだにも関わらず、広大な面積を持つ部屋の端までは到達出来ない。
しかし、距離は十分に取れているだろう。
0……──
このまま10秒間、時間稼ぎをすると言う手も──
──シュッ!!
ローゼンディアスとの距離が離れたと同時に『静止』が解除され──
ミュンは気を取り直して、ローゼンディアスの動きに備えようと振り向くが──
振り向いた瞬間、目前にすごい早さで何かが迫っていた。
(──投げナイフ!?)
『静止』から解放された刹那、ローゼンディアスはサブウェポンを握っていた右手で、器用に胸のホルスターから投げナイフを掴み取り──そのまま間髪入れずに投擲したのだ。
「──ぐっ」
ミュンは、強引に身体を捻って、何とか投げナイフを躱す。
──トッ!!!
猛烈な勢いで、ミュンの眼前を通過して行ったナイフは、大きな音を立てて木製の壁に突き刺さり──
──グググッ
ミュンが安堵する間もなく、突然、目の前にローゼンディアスの姿が現れる。
(出鱈目すぎる! 何なのこの人!?)
ローゼンディアスは、ナイフを投擲したと同時に走り出し──それだけでなく、猛然と飛んでいくナイフと同等以上の速度でミュンに迫ったのだ。
「──とった」
ナイフを避けるため、強引に身体を捻ったため……ミュンの体制は完全に崩れていた。
正確無比なローゼンディアスの一撃……避けれようはずもない……。
ローゼンディアスの『レベル4』──『先見』は、文字通り相手の動きを先見する能力。
ミュンがどの様に攻撃しようが──
どの様に攻撃を避けようが──
逃げようが──
全て先回りして、一手先を見据えて行動出来るのだ。
この一撃で心臓を貫き、ミュンが絶命する瞬間は……ローゼンディアスにとって〝見えている〟確実な未来。
『先見』が導く通りに、サブウェポンを走らせれば──
──ヒュン!
*
『──を──』
『──を──は──です──』
*
ババッ──!!
「!?」
確実にミュンの急所を捉えたはずの一撃は、虚しく空を切り──
ミュンは倒れ込むほど身体を傾けて、ローゼンディアスの攻撃を何とか凌いでいた。
──ダッ!
そして、転げる様にしてローゼンディアスから距離を取る。
何とも不恰好だが、そんな事を気にしている余裕もなかった……。
当然、ローゼンディアスからの追撃があるものだと、身構えていたミュンだったが、
「……避けたのか? 『先見』の一撃を?」
ローゼンディアスはその場を動かず、驚いた顔で固まっていた。
驚いてはいるものの、ローゼンディアスに焦った様子は微塵もなく……ただ、たった今起こった現象を冷静に分析してる。
「なるほど……。どうやら、あなたの能力は、私と同じ様なものらしいですね」
少しだけ思案した様子の後、ローゼンディアスはミュンの能力について自分なりに思い至ったのか、薄く笑ってそう言った。
そんなやり取りをしている内に、ミュンの『静止』も再使用可能になる。
「……は。……は……は……。はぁ……」
しかし、ミュンは再び肩で息をし始め──息も絶え絶えと言った様子だ。
すでに満身創痍……。
明らかに、ローゼンディアスとの一瞬の交戦で出る疲れ方ではない。
「まあ、でも……如何ともし難い状態ですね。私は、まだまだ本気を出していませんよ? 出来ればもう少しは楽しませて下さい──」
一瞬──。
瞬きすら許さない一瞬で、ある程度離したはずのローゼンディアスとの距離が詰められる。
──ヒュン!
またもや、ミュンの心臓に向けて放たれた正確な一撃──
*
『──を──』
『──を──は──です──』
*
──ビビッ! ──……
ミュンは、ノロノロとした動きで身体を傾け──目前まで迫っていたローゼンディアスの攻撃を躱した。
ローゼンディアスの攻撃速度から言って、大凡、回避など不可能な様に思われたが……ミュンは完璧に躱して見せた。
「……は。……は。……は。……は。」
しかし、攻撃を回避できたのは良いものの、ミュンは苦しそうにサブウェポンを握る手で胸辺りを押さえ……ついに蹲ってしまう。
「……は。……は。ダメね……。何度も〝見ても〟……。同じ……結果……」
話すのも億劫と言った様子だ……。
そんなミュンを前にしても、ローゼンディアスは追撃を仕掛けようとしない。
まるで、ミュンが再び立ち上がってくるのを待っている様だ。
「ふふ、同じ様な能力でも、差は出るものだ。貴方の聖剣は見たところ、『貴級聖剣』でしょう? その年で『レベル5』に至るなどと、大変な才能の様ですが……残念ながら、貴方では私に勝てません。たかだか〝先を見る〟だけで、術者にその様な負担を掛ける技など……。その欠陥能力で、どの様にして私に勝つつもりなのですか?」
ローゼンディアスの言う通り。
ミュンとローゼンディアスの能力は似通っているものの、〝一度見た〟だけで満身創痍のミュンと、どれだけ〝先を見ようが〟息一つ切らすことのないローゼンディアスでは、勝負にならない。
と言うよりも、能力が似通っているからこそ、二人の差が顕著に出てしまっていた。
「さあ、立って。まだ貴方は何も成せていないのですよ? 自分の目的が達せられないのなら、せめて私の望み──心踊る戦いを私のために提供して下さい」
ローゼンディアスは薄く笑う。
──すでに、ミュンには状況を覆せる手などなかった……。




