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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第五章 〜ミュン・リーリアス15歳〜
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【9】偵察

 「記憶に新しく、覚えている者も多いだろうが……。先日、女王ローゼンディアス様の『粛清』を邪魔する『邪教徒』が現れた。その『邪教徒』の力は強大で、一般市民では太刀打ち出来ないほどの相手だ。皆、恐怖で眠れぬ夜を過ごしている事だろう……。だが、安心するが良い。なんと、聖女シリス様──そして、ローゼンディアス様が首都シルラントに残り、『邪教徒』の征伐に乗り出して下さるそうだ。聖務で忙しいにも関わらず、皆のために……。これで、我々も安心して朝を迎えられると言うもの……。聖女シリス様とローゼンディアス様に感謝を」


 「とんでもなく要らない情報をありがとう」


 聖女シリスの『奇跡』……そのイベントを締めくくる高位神官の言葉に、ミュンはため息混じりに悪態をついた。


 ローブの〝認識阻害〟の効果で、周りには聞こえていなかったが……。


 高位神官の話では、聖女シリスとローゼンディアスはしばらくの間首都シルラントに留まり、『邪教徒(ミュン)』の征伐に乗り出すらしい。


 まあ、結界まで張って外部との接触を完全に遮断しているのだから……分かりきった事と言えばそうなのだが……。


 「とにかく、結界を解除する方法を探さないと……。そのために、先ずは聖女の監視ですね」


 ミュンは、壇上の聖女シリスに改めて視線を向ける。


 先程、安堵の笑みを浮かべていたのが気のせいであったかの様に、聖女シリスは全くの無表情に戻っている。


 聖女を注意深く観察している内に、ミュンはセシリアの言葉を思い出していた。


 『ローズはきっと、聖女に操られているんです。ローズは気高く、誰よりも優しい人……。そんなローズが、自分の意思でこんな事をするとは思えないのです』


 ──操られている。


 ミュンにとって、心当たりがない訳ではない。


 聖女──聖人には、強力な瞳術を扱う事の出来る『聖眼』と言う瞳がある。


 聖人セリオスの『魅了』の聖眼……。


 聖女アリシアの『支配』の聖眼……。


 いずれも人心を操り、行動を強制する力が宿っているのだ。


 聖人セリオスの聖眼の存在を知らぬミュンであったが、アリシアの聖眼については『対バル・ナーグの王都戦』で使用した事をユランから聞いており──


 さらに、聖剣教会で行われた授業でも、聖人の特別な瞳についての講義もあった。


 なので、聖眼の存在についてはミュンも把握している。


 ──聖人が操る強力無比な力……。


 戦闘力は及ばないまでも、総合的な能力では『神級聖剣』に匹敵すると言われる聖人である……『皇級聖剣』のローゼンディアスに抗えるものではないだろう。


 『ローゼンディアスは聖女シリスに操られている』


 そう言ったセシリアの言葉も、あながち間違いではないかも知れない……。


 ミュンはそんな考えを捨てきれなかった。


         *


 聖女シリスによる『奇跡』が終わり、役目を終えた大聖堂には人の気配は殆どない。


 高位神官を始めとした聖剣教会の信徒や、『聖女の奇跡』を見ようと教会に詰掛けていた民衆も、既に大聖堂を離れた。


 しかし、そんな中でもミュンは大聖堂を後にする事なく、ガランとした200席ほどある座席の一つに腰掛けている。


 「──祈りか……。ずっと、ああしてますけど、敬虔な信徒ってあんなモノなんですかね?」


 『私に聞かれてもな……。お前たち人間の文化や習慣などは詳しく知らん。だが、ああやって必死に祈っている相手が、あの『愚神(ソレミア)』だと言うのが……何とも言えない虚しさを感じるな』


 〝認識阻害〟効果のあるローブのおかげで他者に聞こえないのを良い事に、ミュンとラティアスは言いたい放題だった。


 まあ、『奇跡』が終わってから数時間も()()()()いるのだから、ミュンたちが雑談に興じてしまうのも無理からぬ話だ。


 伽藍堂に近い状態の大聖堂には、ミュンたち以外にも残っている人物がいた。


 ──聖女シリス……。


 相変わらず無表情の聖女は、『奇跡』が終わって大聖堂に人気がなくなった後、壁に飾られた巨大な神像の前に跪いて、ずっと何時間も祈りを捧げている。


 何時間もかけて、一体、神に何を祈っているのか……。


 「かなり無防備ですし、仕掛けてみますか? 見たところ、やっぱりローゼンディアスの姿はないみたいですし」


 『あのな、何度も言う様だが──今のお前では、不意を突こうが何をしようが〝アレ〟には太刀打ち出来ないぞ?』


 「……分かってますよ。言ってみただけじゃないですか」


 『……相手に見つからないからと言って……お前はもう少し緊張感を持て』


 ミュンとラティアスが、そんな言い合いをしている間に──「すっ……」と、祈りを捧げていた聖女シリスの両目が静かに開く。


 そして、徐に立ち上がったかと思えば、


 コッ……コッ……コッ……コッ……。


 規則正しい靴音を立てながら、大聖堂の入り口へと向かいその場を後にした。


 無論、ミュンも聖女の動きに合わせて大聖堂を出た訳だが……。


 聖女シリスがあまりに長い時間をかけて祈りを捧げていたため、すでに日は落ち、あたりは真っ暗になっていた。


 大聖堂の外には長い廊下が続いているが、壁には小さな窓がいくつか点在しているだけで月明かりも入らず、辺りは深夜帯の様な暗さだ。


 唯一の灯りと言えば、聖女シリスが持っているカンテラのか細い光だけだった。


 大聖堂から出て、長い廊下を歩いていく際、ミュンの目に壁一面に貼り出された羊皮紙が目に入る。


 『聖王国を堕落へと導く『邪教徒』! この卑しくも醜い姿を見よ!!』


 そんな文字と共に、デカデカと似顔絵が描かれた──いわゆる『手配書』だ。


 手配書の内容は、ミュンについての事……。


 酷い煽り文句だが、そんな文字よりもさらに酷いのが──


 「──流石にこの似顔絵は酷すぎせんか? 花の十代乙女をつかまえて……」


 描かれたミュンの似顔絵だった。


 全体的な顔の輪郭は良く捉えられているが、両目と口元が三日月の様に湾曲して描かれており、何とも不気味で邪悪な笑みを浮かべている。


 ちなみに、この手配書が貼り出された時の信徒たちの反応は、


 『──人間とか食べそうだ』


 だった……。


 『ほうほう、ミミュの特徴を良く捉えているな。この似顔絵を描いた者は、さぞ名のある画家に違いない』


 「──は?」


 冗談まじりに呟いたミュンに対して、ラティアスは本気で感心した様にうんうんと頷く。


 ミュンは完全に不意を突かれた形になり、思わず変な声が漏れてしまった。


 「ど、どこが似てるって言うんですか? これ、完全にバケモノですけど? ほ、本気で言ってるんでしたら、目の治療をお勧めします。で、どこが似ているんですかこのヤロウ」


 『──どこがって、主人殿を前にしたお前にソックリじゃないか。いつもこんな顔をしているぞ?』


 「は……? は、は? はぁ? そ、そんな訳なっ……と言う事は、私はユランくんの前でこんなゲス顔を晒してるって事ですか?」


 『まあ落ち着け……。それが分かったのならこれから改めて行けば良いじゃないか』


 「そこは『冗談だ……』って言う頃でしょうが!?」


 『……お、聖女の足が止まった様だぞ』


 「え!? ちょっと、まだ話が終わってな──」


 コッ……コッ……コッ……。


 キギッ──……。


 小声で言い合いをしていたミュンとラティアスを他所に、聖女シリスは歩みを進めていたらしく、長い廊下を歩いた末に大きな扉の前へと到達していた。


 そして、聖女シリスはその大扉を開け、内部へと入って行く……。


 『ほら、早く潜り込まないと閉まってしまうぞ』

 

 「……」


 今、扉が閉められてしまえば、この後中に入る事は不可能になる。


 いくらローブの効果があるとは言え、ひとりでに扉が開けば、聖女に不審に思われてミュンの存在にも気付かれてしまうだろう。


 なので、聖女シリスが扉を開けている間に傍からすり抜けて入り込まなければならない。


 ミュンはラティアスに言いたい事が山程あったが、それをグッと堪え、身を低くして室内に滑り込んだ。


 ──バタンッ!


 何とか扉が閉まる前に室内に入り込むと、後方で勢いよく扉の閉まる音が響く。


 そして──


 ……フッ


 真っ暗な部屋を唯一照らしていた、聖女シリスが持つカンテラの灯りが──不意に消えた。


 「──つっ!?」


 ミュンは慌てて滑り込んだため、室内をよく確認しておらず──


 突然真っ暗になった事に驚きつつも、声を上げる事だけは何とか堪え、続いて臨戦体制を取る。


 (──しくじった……? 誘い込まれたの? 聖女が私の存在に気付いた様子はなかったのに……)


 ミュンがサブウェポンの柄に手を掛けると、わずかに手元が滑る……。


 手の平が汗ばんでいるのが分かった……。


 ──いつの間にか、後方にあったはずの聖女シリスの気配が消えている……。


 そして、代わりに前方に新たな気配が──


 「盗人は真夜中に現れると言いますが、現れたのは不届き者だった様ですね」


 ──ボッ! ボッ! ボッ! ボッ……。


 前方から何者かの声が聞こえたかと思えば、突然、周りから強烈な光が発せられ、真っ暗だった室内が真昼の様に明るくなる。


 明るさの正体は、部屋の四方八方の壁に設置されたカンテラだ。


 「()()()()で身を隠しながら、コソコソ現れるなんて……やはり『邪教徒』。剣士の心得など持ち合わせていない様だ」


 そう言ってそこに立っていたは──『皇級聖剣』の、女王ローゼンディアス。


 ミュンは、ローゼンディアスが掌握するこの場所に誘い込まれたのだった……。


         *


 なぜ、ローゼンディアスは、〝認識阻害〟効果のあるローブを着用したミュンの存在に気付けたのか。


 聖女シリスですら、気付いた様子はなかったと言うのに……。


 「……私の存在に気付いてる?」


 状況的に気付かれている事は間違いないだろうが、ミュンは一応、ローブの効果が正常なら聞こえないほどの声量で呟いてみる。


 「ああ、そのローブの効果の事ですか? そのローブは、プラム・シーザリオンと言う天才アイテム技師が作った代物ですが……まあ、唯の〝試作品〟なのですよ。それには、〝試作品〟であるが故の欠陥がある」


 やはり、ローゼンディアスにはミュンの声が完全届いているらしく、〝認識阻害〟の効果が現れていない事が判明した。


 「欠陥……? やっぱり、所詮はストーカー女が作った品ね。そんな事だろうと思った……」


 『……お前、制作者が分かるまでは手放しで誉めていたではないか』


 ミュンとラティアスの、そんなどうでも良いやり取りを完全に無視し、ローゼンディアスは続ける。


 「そのローブは、〝ローブの効果を知っている者には適応されない〟と言う欠点があるのですよ。だから、いくら効果が優秀でも私には利かないのです」


 「……へえ。だったら、こんな暑苦しいモノを着てたって意味ないって事ね」


 ミュンはそう言い放つと、ローブを「バサリ」と勢いよく脱ぎ去り、クシャクシャに丸めて懐に仕舞い込んだ。


 極薄の生地で製作されたローブのため、雑に丸めても懐にしまう分に問題なく、着ていて暑苦しいこともないのだが……。


 ミュンは、勢い付けるためにそんな軽口を叩いた。


 「でも、疑問なのは、貴方がなぜこのローブの存在を知っているのかって事ね。ロクな答えが返ってきそうにないから、あまり聞きたくはないんだけど……」

 

 そして、ミュンのその問いに、ローゼンディアスはさも当然の様に──


 「なぜって、私がセシリア様にお渡ししたからに決まっているでしょう? 半年ほど前、アーネスト王国から訪れていた商人から買い取った品です」


 そう答えた。


 確かに、セシリアは言っていた。


 『半年ほど前……聖王国御用達の商人を頼り、アーネスト王国から流れてきた商品を買い取った』


 と……。


 嘘は言っていない。


 しかし、セシリアは、ローブがローゼンディアスから流れてきた品だとは言わなかった。


 ローゼンディアスがローブの事を認知しており、〝認識阻害〟が利かない事を知っていたであろうにも関わらず……。


 ……いや、言わなかったどころか、意図的に隠していた可能性すらある。


 ミュンとて、出会ったばかりのセシリアを完全に信じていた訳ではないが……


 「最初から、セシリア王女もグルだったの?」


 ローゼンディアスと結託していたのなら、ミュンはまんまとその罠にハマった事になる。


 「いやいや、あり得ないでしょう。私がそのローブをセシリア様に献上したのは半年前ですよ?」


 では、なぜローゼンディアスは、この部屋でミュンを待ち構える様に立っていたのだろう。


 ミュンが、ローブを使って聖剣教会に忍び込む事が、予め分かっていたかの様に……。


 「私にはね……何となく分かるんですよ。どう行動すれば私にとって最善の結果になり、望んだ未来が実現するのか……。そんな事がね。これは私の能力の〝副恩恵〟と言うやつです」


 「──その〝副恩恵〟ってやつで、何となくセシリア王女にローブを渡し……それが巡り巡って私に辿り着き、今の結果を生んだって? ……イカれてるわね」


 「……信じて頂かなくて結構ですよ? どうせ貴方はここで『粛清』されるのですから……」


 ローゼンディアスはそう言うと、わずかに微笑み──


 シュン──……


 惚れ惚れするほどスムーズな動作で、サブウェポンを抜き放った。


 逆手で握ったサブウェポンを、くるりと返す動作すら、腹が立つほど端正だ。


 『ミミュ、分かっているとは思うが──あやつは王位だ。『抜剣術』が4星以上なら、お前に勝ち目はないぞ? それに、すぐ側に聖女がいる事も忘れるな』


 ラティアスの言う通り、今のミュンでは『皇級聖剣』のレベル3を相手にするだけでも手一杯で、レベル4以上ならどう足掻いても勝ち目はない。


 それに、気配が消えていたはずの聖女シリス──いつの間にかローゼンディアスのすぐ隣まで移動している。


 ──無表情なだけでなく、存在感も驚くほど希薄……いや、気配を殺すのが恐ろしく上手いのだ。


 「でしょうね。でも、私だってこの一年間……遊んで過ごしていた訳じゃないんですよ? 『抜剣術』だって──」


 『それを知った上で……だ。4星以上なら何よりも逃げる事を優先しろ』


 「……普通に、逃げられると思います? 聖女が睨みを利かせてるのに?」


 ミュンの言う様に、状況的にはこの場から逃げる事すら容易ではないだろう。


 そして──


 『抜剣レベル4──『先見』を発動──使用可能時間は30分です──カウント開始』


 ローゼンディアスが使用した『抜剣術』は、ラティアスが危惧していたレベル4以上だ……。


 「聖女様は控えて頂くので、安心して良いですよ? 私を倒せば貴方の勝ちです……ふふ」


 「分かり易い説明をありがとう……」

 

 ローゼンディアスは何が嬉しいのか、ニッコリと笑いながらそう告げる。


 それに対し、ミュンも皮肉を込めた返事で返した。


 ローゼンディアスが言った事……。


 ──僥倖……とは言えない。


 結局のところ、ローゼンディアスの言う事をそのまま信じる訳にもいかない上に、ローゼンディアス単体でもマトモに戦えば勝ち目がないのだ。


 ラティアスの言う通り、『何よりも逃げる事を優先する』べきなのだろう……。


 しかし、格上の相手との戦い──優先したとて、容易に逃げ仰るものでもない。


 ならば、ミュンの取れる選択は……〝戦う〟しかないのだ。

 

 すでに、後手後手に回っている事を理解しながらも……。


 ミュンは、サブウェポンを抜き放ち──


 『抜剣レベル5──『見通す世界』を発動──使用可能時間は5分です──カウント開始』


 『抜剣術』を発動させる。


 一年前……王都で『不浄の魔王』と戦った時よりも、『抜剣術のレベル』も『使用可能時間』も上がった。


 たが、『抜剣術』のレベルはミュンが上でも、聖剣の等級がそもそも違う。


 ローゼンディアスの『皇級聖剣』レベル4は、ミュンの『貴級聖剣』のレベル6相当……。


 戦いは──始める前から終わっていた……。

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