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【ミュン（１）】

　「疲れているのに、来てもらってすまないね」

　「……」

　「今日は、君に話を聞きたくて呼んだんだ。そこに掛けてくれ」

　「……」

　「ああ、すまない。改めて自己紹介をしよう。僕の名前はグレン。グレン・リアーネと言う……。君に会うのはあ(•)の(•)日(•)以来だな」

　「……」

　「最近は、療養所の部屋からあまり出ていないそうだね」

　「……」

　「そうか……。まだ話したくないのなら、今日は別の話をしよう」

　「……」

　「僕には妹がいてね、名前をリリアと言うんだ。内気な子で、今はほとんど家から出ない生活を送っている」

　「……」

　「リリアには友達も居ないんだ……。できれば、君がリリアの友達になってあげてくれないかな？」

　「……」

　「君は今年１０歳だったよね？　じゃあ、リリアの二つ下だね。年も近いし、仲良くなれると思うんだけど……」

　「……」

　「……そうか。まだあれから一ヶ月しか経っていないし、無理もないね」

　「……」

　「でも、これだけは知っておいてもらいたい」

　「……」

　「報告書によると、ジーノ村の事件は、村の教師であったシエルという女性教師、そしてゼンという男性教師が解決したとある」

　「……っ」

　「ジーノ村に現れた『魔貴族』を退け、『中級種』の魔物を６体も討伐した。彼らは意気揚々と聖剣士教会に報告に来たそうだ」

　「……」

　「僕はこの二人を疑っている。どう考えてもあの二人の実力で『中級種』を撃退し、『魔貴族』を退けられたとは思えない」

　「……」

　「あの二人……特に女性の方は、聖剣士として復帰する事と──『魔貴族』を退けた事への報酬を要求している」

　「……村の人は……皆んな……死んだのに……父さんも……母さんも……ミュンも……なのに……なんで……」

　「王国にとって、小さな村が一つ滅んだ所で大した被害じゃない……。上の者はそう考えている。それよりも、〝『魔貴族』を退けたほどの聖剣士が居る〟という事の方が重要視されているんだ……。君には辛い事だろうけど」

　「じゃあ……ミュンの死は……」

　「……悔しいかい？　僕は、この二人の事を個人的に調べてみるつもりだ。だから、君にも協力して欲しい」

　「……」

　「話せる様になったらでいいんだ。村であった事を聞かせて欲しい」

　「……」

　「この二人の活躍が偽りであるなら……間違いは正さなくてはならない」

　「……」

　「……そうか、今はまだ療養中だったね」

　「……」

　「そうだ。君は身体的な治療が必要なくなったそうだよ。今日で退院して、今後は別の診療所に通院する事になるらしい」

　「……」

　「とは言っても、君には行くところがないだろう？　良ければウチに来ると良い」

　「……」

　「部屋はちゃんと用意してあるよ。さっき言った僕の妹……リリアと友達になってあげてくれ」

　「……」

　「それじゃあ、用意してここを出ようか」

　「……」

　　　　　　　　　　＊

　アーネスト王国の王都──

　そこから随分離れた山間に、私が暮らす村がある。

　ジーノ村。

　私は、この村で〝村長の娘〟として生を受けた……。

　頼もしい父……そして優しい母の下で育てられ、今年で１０歳になる。

　私はミュン。

　私は、特別な人間じゃない。

　村長の娘として生まれ、将来は父の後を継いで村長になるのだろうが、所詮は平民である事に変わりはない。

　……この村で生き、そして死んでいくのだろう。

　私には特別な幼馴染がいる。

　シモンさんの息子のユランくんだ。

　ユランくんは私の英雄(ヒーロー)。

　昔から、私が困っているといつも助けてくれる。

　オドオドしている事は多いけど、ユランくんはやる時はやる人だった。

　「僕は将来『聖剣士』になるんだ」

　──そう夢を語るユランくんのキラキラした瞳が、私は好きだった。

　　　　　　　　　　＊

　今日は、とても嫌な事があった。

　クラスのガキ大将、ガストンがユランくんに意地悪をしているところを見てしまった。

　ガストンの奴は、私よりも弱いくせに……。

　そんな奴が、私のヒーローを虐めるなんて許せない。

　だから、よく連んでいるトリノと一緒にボコボコにしてやった。

　　　　　　　　　　＊

　結局、その後もガストンはユランくんに対する意地悪を止まない。

　最近は、トリノの他にも女の子を連れて歩いているけど……名前はなんだっけ。

　同じクラスの……そう、リネアって女の子だ。

　その子を連れて歩く様になってから、ガストンのユランくんに対する態度が、さらに悪化した様に感じる……。

　今度、ガストンとちゃんと話をしないといけないと思う。

　　　　　　　　　　＊

　今日は、村の１０歳になる年の子供たちが集められ、ある行事のために王都に行く日。

　王都の聖剣教会で『聖剣授与式』が行われるのだ。

　それは、ユランくんがずっと楽しみにしていた日。

　私は王都行きの馬車が来るはずの──村外れの草原までユランくんと一緒に行こうと、彼の家を訪れた。

　家を訪ねたが、ユランくんは留守だった。

　ユランくんのお母さんの話では、ユランくんは朝早くに出かけ、すでに草原で馬車を待っているらしい。

　草原まで行くと、ぼーっと空を見上げるユランくんを見つけた。

　「何、ぼーっとしてるのかな？」

　私が声掛けると──

　ユランくんは空から地上へと視線を戻し、私の方に向き直る。

　目の下にはクマができており、なんだか疲れている様子だった。

　楽しみにしてた日なのに……また、ガストンに何か言われたのだろうか？

　「また、ガストンたちに意地悪されたの？」

　私は、そんなユランくんを見かねて思わず訪ねてしまう。

　すると、ユランくんは──

　「違うよ、昨日は楽しみで眠れなかったんだ」

　と答えた。

　『聖剣授与式』が楽しみで眠れなかったなんて……幼い子供みたいで、なんだか可愛い。

　私たちはまだ１０歳だけど──私はきっと……。

　「僕は将来『聖剣士』になるんだ」

　ユランくんがいつもの様に夢を語る。

　そして、私はいつもの様に、彼のキラキラした瞳に魅了されるのだ。

　私は多分、彼の事が好きなのだろう……。

　そのキラキラした瞳が──

　興奮して上気し、薄桃色に染まったその頬が──

　何もかもが愛おしくて仕方がない。

　そんな私の心に棘を刺す様な無粋な声が、私とユランくんの会話に割って入る。

　「バカじゃねえの。俺たち『平民の子』が聖剣士になれるわけねぇだろ」

　ガストンだ。

　そして、トリノとリネア……。

　取り巻きの二人も一緒。

　　　　　　　　　　　＊

　その後も、ガストンはユランくんに絡み、酷い事を言ってきた。

　「女に守られて恥ずかしくないのか？」なんて事を言っていたが、そんなのは取り巻きを連れているガストンだって一緒だ。

　私がガストンに対して──

　「アンタだって仲間を連れてるじゃない。偉そうなこと言わないで。そんなこと言うなら──私が相手になろうか？」

　と言ってやると、ガストンは「……ち。めんどくせぇな」などと捨て台詞を吐いて去って行った。

　私と勝負する度胸もないくせに──

　偉そうにユランくんを馬鹿にするな。

　　　　　　　　　　＊

　王都行きの馬車の中。

　ユランくんは私に「ごめん」と謝ってきた。

　謝る理由がわからない。

　ユランくんは私のピンチに駆けつけてくれるヒーロー。

　自分の事に対しては、オドオドして頼りない感じだけど……他人のために身体を張れる。

　そんな人なのだ。

　私は、落ち込んだ様子のユランくんの手を握り、彼に向けていつもの言葉を言う。

　ユランくんが夢を語るときに、いつも私が彼とする〝約束の言葉〟。

　「ユランくんなら、すごい聖剣士になれるよ。だから……。聖剣士になったら、私を護ってね」

　それは、私がユランくんの『特別』になるための言葉だった……。