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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第五章 〜ミュン・リーリアス15歳〜
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【セシリア・ヴィ・カーンズ(1)】

 「喜べ。ガレス公国のサリア公爵が、お前を貰ってくれるらしいぞ……。初めて王国のために役立つ時が来たな」


 そう言って笑う父の顔を、わたくしは生涯忘れる事はないだろう。


 わたくしの価値などそんなモノ……。


 父の笑顔は言外にそう語っている様だ。


 そこにあるのは、娘の幸せを願う父親の顔などではない。


 ──価値のないガラクタを見る目。


 いや、違う……。


 価値のなかったガラクタが、ようやく最低限の役割を果たした事を喜ぶ顔だ。


 今朝方、突然父に呼び出されたわたくしは、聖王国首都シルラントの王城にある玉座の間を訪れていた。


 玉座に鎮座するのは、わたくしの父である国王と……国王の隣に並んで座る、母である王妃だ。


 数段高い位置で見下ろす両親に向かって、わたくしは恭しく頭を下げる。


 「……お父様の望み通りに」


 わたくしに選択肢などない。


 父の意向に逆らおうなどとは思わない。


 そもそもが、実の娘と話をするためにわざわざ玉座の間に呼び出し……自らの権威を見せつける様に話すのだから……。


 わたくしの事など、娘とも思っていないのだろう……。


 「……ふん。相変わらず愛想のない奴だ。サリア公爵は可憐で愛嬌のある娘を好む。いくら十三番目の妻と言えど、その体たらくではな……嫁ぐ前に最低限の〝躾〟が必要な様だ。お前の取り柄は、その見目麗しい外見だけなのだから、それを活かす努力をしろ」


 先ほどまでの笑顔から一転、父は冷たく、突き放す様な視線を向ける。


 サリア公爵──私が嫁ぐ相手は、ガレス公国と言う小さな国の国主だ。


 何よりも色事を好み、知性などまるでない……獣の様な男と聞いている。


 まあ、今年で15になったばかりのわたくしを妻に娶ろうなどと考える輩だ……お察しと言う事なのだろう。


 公爵家の妻と言えば聞こえは良いが、実質、唯の愛妾だ。


 未来など見えない……生贄……。


 「ほほほ、ガレス公国は小国ではあるが、希少な金属が発掘される鉱山を多数所持しておる。国力は高いゆえ、友好を結べば我が国の発展にも大きく貢献するであろう。其方も嬉しかろ?」


 「……はい。お母様」


 右手で口元を隠しながら、母である王妃は、父の隣でニヤニヤといらしい笑みを浮かべながら言う。


 母もまた同じだ。


 わたくしを娘とは思っていない。


 ──そんな両親の下で育てられ……わたくしは今年で15歳になる。


 ……わたくしはセシリア・ヴィ・カーンズ。


 もうすぐ……カーンズではなくなる──


 唯のセシリアだ……。


         *


 ──バシャ!


 「──あう……」


 突然、顔面に冷たい何かがこぼれ落ち──


 あまりの冷たさに、眠っていた意識が無理矢理覚醒させられ、思わず声を上げてしまう。


 「さっさと起きてくださいよ。まったく、私らメイドは朝早くからあくせく働いていると言うのに……良い身分ですね」


 そう言ってわたくしを睨みつけるのは──専属メイドのジーナだ。


 手には空になった洗面桶を持ち、ベットで眠っていたわたくしに蔑んだ様な視線を向ける。


 空の洗面桶から、ポタポタと水が滴り落ちる様を見るに、どうやら洗面桶に入っていた冷水を顔に掛けられたらしい。


 「ご……ごめんなさい。昨晩は考え事をしていて……寝付けなかったの」


 わたくしはジーナに向かって謝罪した。


 昨晩は、父親に命じられた〝婚姻〟の事を考えていて中々寝付けなかったのだ。


 ……『仕方ない事』と割り切っていても、心の奥底は不安で押し潰されそうだった。


 何せ、わたくしは生まれてこの方、王城を出た事など無いのだから……外の世界に恐怖を感じても無理からぬ話……


 そうですよね?


 「はん! 私らは夜遅くまで働いて、夜更かしなどした事はありませんよ!」


 「そ、そうよね……よく働いてくれてる。ジーナたちに感謝しているわ……」


 ──嘘だ。


 王城で働くメイドたち──特にわたくしの専属メイドであるジーナは、日が暮れる頃には仕事も終わり、自由な時間を過ごしているはず。


 わたくしは、ジーナを含めた王城のメイドたちが……


 王城の厨房からくすねた食べ物やお酒で、酒宴を開いている様子を目撃したことがある。


 それも夜遅くに……。


 ジーナたちが、わたくしの悪口で盛り上がっている声が廊下まで響いていた。


 「──ふん。ただでさえ、何の役にも立たないお飾り王女なのですから、私らの手を煩わせないでくださいよ。見てください。シーツが濡れちゃったでしょう? これ、誰が片付けるんですか?」


 「……あう。ご、ごめんなさい。ほ、本当に……」

 

 わたくしが頭を下げ、必死に謝る様を見て、ジーナは意地の悪い笑みを浮かべて言った。


 「あーあ、面倒臭い。セシリア様がさっさと起きてれば、水を掛ける必要もなかったのに。濡れたシーツなんかは自分で片付けてくださいね」


 ──これは、わたくしにとって当たり前の日常だ。


 一国の王女と言う立場でありながら、扱いは平民以下……。


 いいや、王女と言う(てい)を保つために、自室こそ与えられ、専属メイドも付いているが……


 与えられた部屋はメイドたちが使う個室よりも狭く、家具も使い古されてボロボロだ。


 ──専属メイドすら、わたくしを下に見て、完全にバカにしている。


 扱いはハッキリ言って人間以下だ……。


 そうなってしまった原因は──


 「何ですか、その目は? もしかして、掃除するのが嫌なんですか? セシリア様の所為なのに? 私は国王陛下直々に、セシリア様の世話をする様に仰せつかっているんです。その私に、そんな目を向けるのですか?」


 〝父から命ぜられた〟と言う大義名分があるからだ。


 ジーナは父の()()()()()……。


 平民出身でありながら、その容姿の淡麗さで父に見初められ、王城入りしてメイドになった女性。


 ジーナの意見は父の意見……。


 わたくしが何を言おうが、どう訴えようが、父はジーナの言う事を信じて彼女の肩を持つだろう。


 ──わたくしの部屋を、粗末なものに決めたのもジーナ。


 ──他のメイドに命じ、わたくしに意地悪するのもジーナ。


 「ち、違うわ! わたくしはジーナをそんな風には見ていない──」


 ──パンッ!!


 「はうっ──!」


 ……え?


 ──頰を張られた?


 何で……?


 ──痛い。


 痛い……痛いよ……ジンジンする……。


 耳の中がキーンてする……。


 「あう……ジ、ジーナ……?」


 自分がされた事が信じられなかった。


 今までにも、ジーナから酷い事をされた事はあったけど……直接手を出された事はなかったのに……。


 「セシリア様? 正しい者に対して意見するなんて──淑女としてハシタナイですよ? 私は、王妃様からセシリア様の教育も仰せつかったのです。『嫁ぐ前に、淑女に相応しい教育を』と」


 ……そう言う事なのね。


 母は──お母様は最後まで……。


 平民出身のジーナに、教育係など務まるはずがないのに……そこまでわたくしを……。


         *


 「うぐっ……ひぐ……うぇ……」


 小汚い小さな部屋に、嗚咽が漏れる。


 ──わたくしは、いきなり頰を張られた事に驚き、思わず泣き出してしまった。


 初めて他者から受けた……直接的な暴力。


 今までだって、辛く当たられる事はあったど……暴力を受けた事などなかった。


 痛い……。


 痛いけど……痛さよりも、人から向けられた暴力が……何よりも恐ろしい……。


 「あー、汚い汚い。床を転げ回ったせいで全身埃だらけじゃないですか。さっさと──立ってくださいよ!」


 ──グイッ!


 「──ひっ」


 加虐的な笑みを浮かべたジーナに、突然、胸辺りを掴まれて引き起こされる。


 思わず短い悲鳴を上げてしまうが……いくら頑張っても涙は引っ込んでくれない。


 ──このままでは、ジーナがますます喜んで、わたくしを虐めてくる事は分かっているのに……。


 「いつまでも、メソメソ泣かないでくださいよ。教育係である私の資質が問われてしまうでしょう? ──まあ、言って分からないなら──」


 ジーナが、わたくしの胸元を掴んでいた手とは逆の──


 右手を振り上げて、再びわたくしの頰を張ろうと──


 ──コンコン……


 突然、部屋の出入口のドアがノックされる。


 場にそぐわない……


 ──短い、二回のノック。


 「……失礼します」


 部屋の主人の返事を待たず、ノックの主はドアを開けて部屋の中に入ってくる。


 ……凛として、透き通る様な綺麗な声だった。


 「──だ、誰?」


 焦った様に問うたのは、わたくしの胸ぐらを掴んだまま──右腕を振り上げたままで固まってしまったジーナだ。


 部屋に入ってきたのは……


 燃える様な茜色の髪を、ポニーテールに纏め──


 王宮剣士の証である剣士服に身を包み──


 ピンと伸びた背筋が、その人の真面目な性格を表している様だった。


 とても凛々しく……そして、美しい顔……。


 まだ、幼さが残る顔立ちではあったが……腰に携えた聖剣とサブウェポンが、その人が剣士である証明だ。


 ──わたくしと同い年くらいの女の子。


 「あ、あの、これは、違くて……」


 ジーナは、その人が誰なのか分かっていない様子だったが、服装や(たたず)まいから王宮剣士だと気が付いたのだろう……。


 必死に言い訳をしようとアタフタとしていた。


 「ああ、お取り込み中でしたか。失礼しました。私は──本日付けでセシリア王女様の護衛剣士になりました……王宮剣士のローズと申します」


 突然部屋に入ってきた人物──ローズと言う王宮剣士は、胸ぐらを掴まれ、泣き腫らした顔のわたくしを完全に無視してジーナに向かって挨拶をする。


 ──いや、挨拶の途中、一瞬だけ私と目が合った様な気がするが……何も言ってはこない。


 ……この人も、父が宛てがった〝教育係〟の一人なのだろうか……?


 「あの……け、剣士様……? これは、ですね……」


 ジーナは、思わぬ人物の登場に、かなりの焦りを見せていたが……。


 それをいい気味だとは思わない。


 だって……。


 王宮剣士のローズは、全身が埃にまみれ、薄汚れてしまったわたくしを一瞥して──


 目を細め、まるで汚らしいものでも見るかのように……鋭い視線を送ってきた。


 そして──


 「……離れた方が良いでしょう。汚れてしまいますから」


 などと言ったのだ。


 ローズの言葉を聞き、先ほどまでアタフタと顔を青くしていたジーナは、途端にニヤニヤと笑い出す……。

 

 「──あはっ! そうですね! こんな汚いお姫様──触れたら私が汚れちゃいます!」


 ジーナは、現れた王宮剣士──ローズが自分の味方だと分かって余程嬉しかったのだろう。


 大きな声で笑いながら──


 ドンッ!


 わたくしの胸元を掴んでいた手を、乱暴に放し……わたくしはその拍子に床に尻餅をついてしまう。


 ──もう嫌。


 今まで耐えてきたけど……この護衛騎士もわたくしを虐めるのね……。


 何で?


 わたくしが何かしたの?


 ──ただ、女として生まれただけじゃない。


 好きで……出来損ないに産まれた訳じゃないのに……。


 「ふふ、いい気味ですね。これからお嫁に行くまでの間……たっぷりと〝教育〟してあげますね」


 「……あう……」


 ジーナがそう言って、いやらしい笑みを浮かべてわたくしを指差し──


 「──それでは、失礼」


 ──バシュ……


 ──ドッ!


 「……はへ?」


 ジーナが間の抜けた声を上げる。


 一瞬、何が起こったのか分からなかった。


 ──ジーナの腕が……


 わたくしを見下ろしながら、指差していた右腕が……


 ──地に落ちた。


 「──っ!!! あああああああ!!!」


 叫ぶ、


 叫ぶ、


 大声で……。


 「言ったでしょう? 離れて頂かなければ、セシリア様のお体が──()()()()()で汚れてしまう」


 ……なぜ?


 この人が、わたくしを助けてくれるの……?


 お父様の〝言い付け〟を守りにきたのではないの?


 ……それが──

 

 わたくしとローズの最初の出会い……。


 そして、その時から……わたくしの人生の第一歩が始まったのだ。

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