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誰もが聖剣を与えられる世界ですが、与えられた聖剣は特別でした  作者: ナオコウ
第五章 〜ミュン・リーリアス15歳〜
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【1】聖王国『シルラント』

 ──ゴトン


 ──ゴトン、ゴトン


 車輪が揺れる。


 ──ゴトン


 ──ゴトン、ゴトン


 整備されていない街道を走る馬車は思いの外よく揺れ、木製の客車に長時間腰掛けていると臀部を痛めてしまいそうだった。


 「それにしても、〝こんな時期〟にメメントールから観光とは……。戦争が始まると言うのも、単なる噂に過ぎないのかね……」


 御者の男が客車を振り返り、そんな事を言った。


 客車内はガランとしており、乗客は一人だけだ。


 どうやら御者の男は、その一人きりの乗客に話しかけたらしい。


 「うーん。私はただの商家の娘ですし……詳しい事はどうにも」


 その乗客は、御者の男の言葉にすげなくそう返す。


 たった一人の乗客、それは──


 ──腰まで伸ばした黒髪は、艶やかな光を放ち


 ──アーモンド型の大きな瞳は、快晴の空のように青く、爛々と輝いている


 ──なんとも美しい容姿の女性は……


 リーン剣士団のメンバーの一人、ミュン・リーリアスだ。


 ミュンは、客車に設置された小窓から外の景色を眺め、口を開いた。


 「私は聖王国は初めてですけど、この国ではそんな物騒な噂が……?」


 「どうなんだろうな……。我が国、聖王国には『新たな聖女様』──シリス様も居るし、今のところ平和そのものだ。戦争なんて起こりそうな気配もないが……。何でも、隣国のアーネスト王国に『良くない動き』があるって噂が立ってるのさ」


 「……そうなんですか?」


 「アーネスト王国は、聖女だけでなく、神人が二人もいる大国なんだが……。その力を利用して、『領土を広げるために戦争を起こそうとしてる』何てな……。そうなれば、一番に狙われるのは〝力を持たない小国〟だ。まあ、聖王国(ここ)には『聖女シリス様』の御威光もあるし……アーネスト王国も下手に手を出せないだろう」


 「『聖女シリス様』……」


 「嬢ちゃんも隣国──メメントールの人間なら、シリス様の事は知っているだろう? 一年前に現れた……聖王国(おれたち)の女神様さ」


 「……」


 「実際に戦争が起こるかは分からんが、その噂の所為で聖王国の首都全体がピリピリしてる。今は友好国──メメントール以外の国からの出入りが制限されてる様な状態だ。嬢ちゃんはメメントールからだから大丈夫だろうがな……。しかし、自由に首都を観光出来るかどうかも怪しいぞ?」


 「それは大丈夫です。観光と言っても、気ままな一人旅ですから……首都の空気を吸うだけでも満足ですよ。それに、首都に行けば、噂の〝聖女シリス様〟に会えるかもしれないですし」


 ミュンはそう言って薄く笑うと、少しだけ痛くなり始めた臀部を摩るようにして、木製の背もたれに身を預けた……。


         *


 「嬢ちゃん。もうすぐ聖王国の首都シルラントに着くぞ」


 御者の男との最後の会話から、どの程度の時間が経っただろうか……。


 客間を振り向きながら、御者の男がミュンにそう告げる。


 「随分早いんですね……。首都までは、最寄りの町から馬車で半日かかるって聞いてたんですけど。まだ出発してから数時間ですよね?」


 ミュンはそう口にしながらも、何故か()けたように鼻歌を口ずさむ。


 「……あれ? そう言えばそうだな……。この時間の便なら、いつもは日暮れ頃に着くはずなのに……あれ? まだ正午くらいだ……。俺はこの仕事を初めて長いが……こんな事は一度も……」


 御者の男は困惑顔で、未だに真上の空で燦々と輝く太陽を見上げ、首を何度も傾げた。


 「運が良かったですね!」


 「……運? これは運とかそう言う話なのか?? でもまあ……長く続けていればこう言う事が一度はあるモノなのか??」


 最初は困惑顔でアタフタとしていた御者の男だったが──突然、ハッと我に返ったかの様な表情に変わり……


 「まあ、どうでも良い事か……」


 と、誰にも聞こえないような声で小さく呟いた……。


         *


 「首都シルラントに入る前に検問があるからな。メメントールで発行された『通行許可証』を用意しておいてくれよ。……ん? 持ってるよな? 許可証?」


 聖王国の首都『シルラント』に入るための列待ちに馬車を停め、御者の男が言う。


 シルラントは聖王国の中心にある都市で──その規模はアーネスト王国の王都に及ばないものの、四方八方が高い壁に囲まれた巨大な要塞都市だ。


 シルラント内に入るためには、足場のほとんど無い数十メートルもある大壁をよじ登るか──正面にある『二つの大門』から、正規に許可を経た上で通行するしかない。


 二つの大門には、常に数十人規模の兵士が警戒警備に立っており、無許可で強引に通行する事は不可能である。


 大門は『人間が通行するための小さめの門』と『馬車などが通行する大きめの門』があり、それぞれの用途に合わせて通行する決まりになっている。


 まあ、どちらを通るにしても『通行許可証』は必要になる訳だが……。


 「おかしいな……。いつもは客を乗せる前に『許可証』の有無を確認するんだがな……。ちょっとボーッとしてたみたいだ……」


 「心配無用ですよ。許可証なら──ほら」


 ミュンはそう言うと、上衣の懐に右手を突っ込み──そのまま取り出した。


 ……手には何も持っていない。


 「は? 何も無いじゃないか。何を言って──」


 「いやいや、よーく見てくださいよ。あるでしょう? 許可証」


 ミュンは、その青空の様に澄んだ色の『碧眼』で──いや、光のささぬ漆黒の闇の様な『暗眼』で御者の男を見つめた……。


 「ああ……確かに正式な許可証だ……。疑って……すまなかった……」


 ミュンに見つめられた瞬間、御者の男は呆けた様に虚空を見上げ……半開きの口で何かをブツブツと呟き始める。


 御者の男は、しばらくの間呆けたまま動かなかったが──


 「次! さっさと来い!」


 門番の急かす声に反応して、ハッと我に返ると、「あ、ああ! やっと順番が回ってきたか……!」と慌てた様子で馬車を進めた。


 いつの間にか、入場待ちの列の前が途切れ、ミュンの乗る馬車の順番が回ってきたらしい。


 「旅馬車か……。『通行許可証』を──よし。問題ないな。客はいるのか? いるならば客の許可証も見せろ」


 門番の一人が、御者の男が持つ『通行許可証』を確認すると、続いて客──ミュンの許可証の確認を求めた。


 「ああ、客車に一人だけ客がいます。若い女の子ですが……ちゃんと許可証も持ってましたよ」

 

 「そうか……。おい!」


 許可証を確認していた門番が、隣にいた別の門番の男に指示を出し──


 それを受けた別の門番の男は、確認のために馬車の客車に近付いていく。


 そして、そのまま客車の中を覗き込むが──


 「……? おい! 誰もいないじゃないか!」


 客車の中はガランとしており、一人の客も乗っていなかった……。


 「……? ……ああ! すみませんでした! 客は途中で降ろしたんだったな……。うっかりしてました……最近、ボーッとする事が多くて」


 「……これは旅馬車だろう? 客も乗せずに、何故シルランドに来た?」


 門番の一人が、アタフタとする御者の男に訝しげな視線を向け、当然の疑問を口にする。


 「いやいや、確かにこれは旅馬車ですが……最近、不景気でしょう? 客の運搬だけじゃ食っていけないんですよ。客を途中まで送ったついでに、シルラントから荷物の運搬でも請け負おうと思ったんです」


 「……まあ、『通行許可証』も正式な物だし、問題はないが……。このご時世だ、不用意な発言や行動は控えろ」


 「す、すみません……。疲れてるのかな……」


 「体調が悪いなら『聖剣教会』に行ったらどうだ? 今日は『聖女シリス様』が訪問されているらしいぞ。祝福を授けてもらえ」


 門番の男と御者の男は世間話を始め──


 後ろに入場待ちの馬車もいなかったため、その世間話はしばらく続くのだった……。


         *


 『──抜剣を解除します──』


 ──チンッ


 「──潜入成功」


 『抜剣術』を解除し、聖剣を鞘に収めながら、ミュンは()()()()()を歩く。


 『……おい。ミミュ』


 正午になったばかりでごった返した繁華街を、人混みに紛れるように進むミュン。


 そのミュンに向かって何者かが声をかけた。


 「ミュンです。ラティアス様」


 その声に向かってミュンは、『恒例行事だ』と言わんばかりに素っ気なく返事を返す。


 『初っ端から『抜剣術』を使っても良かったのか? 冷却期間(クールタイム)が過ぎるまで再使用出来んのだろう?』


 声の主──ラティアス・ナーグ(黒トカゲ形態)は、ミュンの胸元からモゾモゾと這い出しながらそんな疑問を口にした。


 「まあ、大丈夫ですよ。使ったのは『レベル4』ですし、クールタイムも半日くらいです。まさか、来て早々ドンパチって事も無いでしょうし」


 『……普通、『4星』のクールタイムは1日──長くて2日程らしいぞ?』


 「そうなんですか? 私は『貴級聖剣』だからですかね?」


 『……クータイムの長さに聖剣の等級は関係ないはずだ』


 「……」


 ミュンとラティアスの間に、何とも言えない微妙な空気が流れ──


 「でも、仕方がないんですよ。『抜剣術』を使わないと検問を突破出来なかったですし……。私の『瞳』では、一度に一人までしかコントロール出来ないんです……未熟ですみません」


 ミュンは誤魔化すようにそう言った。


 しかし、それに対してラティアスはジッとミュンを観察するように半目になる。


 『そんな事は聞いていない。それより、一つ聞いても良いいだろうか?』


 そして、若干警戒するように声を低くすると──


 『ミミュ、さっき『竜眼』を使ったよな? 竜族ゆかりの者でもないのに……。何をどうやった?』


 威圧感を放ちながら、そう問うた。


 「ああ、そんな事ですか。どうやってって……一年前、王都で()()()()()()()()()()じゃないですか。ラティアス様が暴れた時です。あの時はバル・ナーグ様でしたっけ? その時に見たラティアス様の『竜眼』を神聖力を使って再現したんです」


 『──は? ……何を言っているんだお前は』


 ラティアスは驚愕の表情で固まり、信じられないものを見るような目でミュンを見る。


 「あ、あー……。でも、今回の『偵察任務』……ラティアス様に付き合っていただいて、すごく助かりました! ユランくんも、『自分は行けないから』って言って、御守りに〝これ〟を持たせてくれましたし……」


 ラティアスの鋭い視線を躱し、誤魔化すようにそう言うと、ミュンは左腰に携えたサブウェポンの柄を大事そうに一撫でして穏やかな笑みを浮かべた。


 『……主人殿の6星──『雷装』で制作した長剣だな。私も『雷装』で作られた槍を使った事があるが、それは丈夫で良い物だ』


 強引に話を逸らされた事に気付いていながらも、ラティアスは敢えてそれ以上ミュンを追求する事はしなかった。


 『まあ、何百年も封印されていたのだから……その間に、そう言う人間が現れていてもおかしくない……』と、自分を強引に納得させた。


 また、『ミミュも私の子……あまり責め立てるのも……』と、どうでもいい事も同時に考えたのだ。


 「そうなんですよ! この『ミュンちゃんソード』には、ユランくんの愛が目一杯込められているんです! 見てくださいよこれ!」


 そう言ってミュンがサブウェポンを引き抜くと──


 パリィ──……


 刀身から微量な電流が流れる。


 『おい! そのヘンテコな名前も気になるが──お前、それどうなってるんだ!?』


 「また何かやっちゃいました?」


 『ふざけてる場合じゃない! 私は一万年以上生きているが、今が人生で一番驚いているぞ!』


 「……すみません」


 ラティアスの剣幕に少しだけたじろぎながら、ミュンはサブウェポンを鞘に収める。


 その様子を側で眺めながら、ラティアスはため息を吐くと──


 『やはり、私の子供たちの中でもお前は少し異常だ……』


 呆れたように言った。


 「……ラティアス様の子供ではないですけど、何が異常なんですか? 乙女に対して少し失礼では?」


 『その長剣は主人殿が『6星』の能力で作り出した物だが……雷の効果が付与されるのは、本来の持ち主である主人殿が使用した場合のみだ。他の者が扱ったとしても、ただ〝異常なほど丈夫な武器〟に過ぎないはず……。それを……』


 「愛の力です。ユランくんに対する私の深い愛が、不可能を可能にしたに違いない」


 『おい、私は冗談を言っている訳では──』


 『聖王国潜入ミッション』……今回、ミュンが聖剣教会から与えられた聖務である。


 『魔神族』の存在が認知されてから一年──ミュン・リーリアス15歳は、初めての単独任務に挑む事となった。


 最近になり、聖王国に突如として現れたと噂の『聖女シリス』──その聖女を調査する事が最大の目的だ。


 ミュンの単独聖務は、そんな──


 何ともワチャワチャした感じで始まったのだった……。

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