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遠征を終えて……

 「ふむ……ちょっと言っている事が理解できませんでした。もう一度言ってくれますかな?」


 アーネスト王国の王都──王城の玉座の間にて、今回の『魔物討伐遠征』で起こった出来事を聞いた国王アーネストは、こめかみあたりを親指でグリグリしながら問う。


 問うた相手は、玉座を前に片膝を付いて跪くユランと、その肩に乗っている羽の生えた黒トカゲ──ラティアス・ナーグだ。


 いや、敬語を使っていると言う点で言えば、主にラティアスに対する問いであるのかもしれない……。


 現在、玉座の間にいるのは、玉座に座るアーネスト、その側に控えるロイヤルガード隊長クロノス、そしてユランとラティアスの四者のみだ。


 「そのトカ──ドラゴン殿が神竜様であると言う話も信じられぬのに……『魔神族』だと?」


 アーネストは続ける。


 今度は敬語ではない……。


 ユランに向けた問いだ。


 『魔物討伐遠征』から帰還した後、ユランはすぐに謁見を申し出て、『神の庭』で聞いた話をアーネストに話す事にした。


 黙っておくべきか……


 とも考えたが、ユランがラティアスに相談したところ、


 『別に、全てを話してしまえばい良い。その者が〝人間の王〟だと言うなら、知る権利はあるし、知る責任もあるだろう』


 などと申し立てた事から、それに従って全てを話す事にしたのだ。


 まあ、その過程でラティアスの事も詳しく説明する運びとなったのだが……。


 「バル・ナーグと呼ばれた魔竜が、実は神龍殿で……悪しき者の策略で()()()()()と言うのは理解した。神竜殿が我々の味方をしてくれる事も非常に有難い事だ。し、しかし……何族だっけ? まちょん族? 可愛い名前だね。さぞかし、か弱くてプニプニした生き物なんだろう……。きっと、人類に敵対するなんて考えられないほど優しい種族に違いない」


 説明をある程度聞いたアーネストは壊れた。


 「……兄者。現実逃避したところで何の解決にもならんぞ。気を強く持て」


 そんなアーネストを尻目に、側に控えていたクロノスが軽く咳払いをし、呆れ顔で言う。


 「して、神人殿よ。その『魔神族』とやらは、いつ頃本格的に活動を始めるのだ? 我々にも備えが必要だからな……」


 そして、現実から目を逸らすアーネストの代わりに、これからの事を考えてそう問うたのだ。


 クロノスは『魔神族』と言う新たな脅威を前に、『どうするか?』と思案するのではなく、即座に『戦う』事を決断したらしい。


 国王であるアーネストが決断出来ぬなら……代わりに王国にとって〝何が最良か〟を考え、決断する──


 それもロイヤルガード隊長としてのクロノスの仕事であった。


 「〝その時〟が来るまで指をくわえて見ていると言う訳にもいくまい。必要があれば、〝兵隊〟の強化は我々ロイヤルガードが引き受けよう。はは……〝教育〟は得意なんだ。安心して任せてくれ」


 あまり感情を表に出さない性格のクロノスが、そう言って瞳を爛々と輝かせながら不気味な笑みを浮かべる。


 そんなクロノスの様子を真横で眺めていたアーネストは、こめかみをグリグリする指により一層力を込め──


 「……訓練狂いめ」


 先ほどの意趣返しとでも言いたげに、クロノスに向かって呆れた様にため息を吐いた。


         *


 『ふむ……。『魔神族』が復活する時期については、私にも具体的な所は分からぬ……だが、長く見積もっても三年と言ったところだ』


 「さ、三年……。〝あやつ〟が定めた猶予期間もニ年だと言うのに……。次から次へと……」


 〝あやつ〟と言うのは謀反を起こした神人──人類最強、グレン・リアーネの事だ。


 グレン……正確には聖人セリオスだが──


 セリオスが人類に与えた猶予期間がニ年……


 そして、『魔神族』が復活するまでが三年……


 「偶然……では無いのだろうな……。だとしても、何を考えているんだ……グレンの奴め……。まさかとは思うが……」


 アーネストは誰に対してでもなくそう呟くと、ドサリと玉座の背もたれに身を預け、深いため息を吐きながら天を仰いだ。


 「それに関しては僕も考えていました。〝アイツ〟は『魔神族』に対抗するため、人類を成長させようとしているのではないか……と。アチラにはかなり昔から生きている、生き字引の様な人間──聖人がいますからね。『魔神族』の事を知っていたのかも……」


 ユランが、アーネストの考えを代弁するかの様に言う。


 かなりユランの主観が入り、希望的観測が含まれているが……。


 ある程度、グレンの人となりを知っているユラン──そして、ユラン以上にグレンとの付き合いの長い……友人と呼べるほどの関係を築いていたアーネストからしてみれば、グレンの裏切は未だ信じられない出来事だった。


 その裏に、何か考えがあるのでは?


 ──そう思ってしまっても無理からぬ話だ。


 「仮にそうだとしても、何故黙って我々に敵対する? 神人殿の話が本当なら、魔神族とやらは奴らにとっても共通の敵だろう? 公表し、皆で対策を練った方が良いと思うがな……」


 しかし、その言葉を聞いたクロノスは、そう言ってユランやアーネストの考えに否定的な意見を述べた。


 「それに関しては、飽くまでも僕の想像に過ぎませんが……〝成長を促すため〟でしょう。猶予はあまり無い……普通に鍛錬していたのではとでも間に合いません。危機感を与える事で、強制的に成長を煽ろうとしているのでは? まあ、アイツらが『魔神族』の存在を知っている事が前提の話ですが……。しかし、仮にそうだとしても──」


 ユランが更に何が言いたげに、思案顔を作り、その先を続けようとするが──


 「そ、そう! そう言う事だったのだ! やはり、グレンは我々を裏切ったのではなく……飽くまで、別の観点から人類を導こうとしているに違いない!」


 アーネストが突然、嬉しそうに言葉を発したため、その先を遮られてしまった。


 アーネストにとって神人である以上に、グレン・リアーネという人間は心の支えであったのだろう……。


 〝唯一〟と呼べる友人が自分を裏切った事──それが信じられず、そこに『何らかの理由をこじつけ』、グレンの裏切りに正当性を見出そうと必死に見えた。


 そんなアーネストを他所に──


 「兄者……いい加減に目を覚ませ。どんな理由があろうと、グレン・リアーネが王国を裏切った事実は変わらない。神人殿も……少し楽観視しすぎだ。私は〝アレ〟とそう親しい訳ではないが……リアーネの事については以前から危惧していた部分がある。奴は悪い意味で〝貴族的〟な考えの持ち主だ……。信念があるようで、実は流されやすく……柔軟と言えば聞こえはいいが、ただの優柔不断。私から見るとそんな印象の人間に感じていた。そんな人間が、アレほどの強力な力を持っているのだ……何とも危うい……と」


 隣でそれを聞いていたクロノスは、嬉々としてグレンの事を語るアーネストを嗜める様にしてそう言う。


 「何を言っている! グレンが王国のために今までどれだけ協力し──それが私の支えになっていた事か! それを知らぬお前ではあるまい! どれだけ強力な『魔王』が現れようとも、怯まず、恐れず、矢面に立って戦ったのはグレンだぞ!」


 「……それは、たまたま奴にその力があったからだ。我々ロイヤルガード──いや、私と同じ『皇級聖剣』のジェミニや、本来は戦いなど好まない……優しい性格のアリエスとて、力があれば同じ事をしただろう。現に、ジェミニは弱き民のために『死の魔王』討伐に参加しているではないか」


 「……」


 「兄者、理由はどうあれ、グレン・リアーネと我々は袂を分つ事になったのだ。いつまでも奴の事を考えていないで、その想いを民に向けろ。それが君主たる者の役目だ……」


 「しかし、グレンがやろうとしている事は……人類にとって益になる事だ。『魔神族』が共通の敵だと言うなら、和解し、協力して──」


 「それは神人殿も言った通り、飽くまで想像の話だろう? アチラにはグレン・リアーネだけではなく、何を考えているか全く分からない聖人もいるのだ。その聖人が王国に何をした? どうしてグレン・リアーネの思考が正常だと言える? 兄者、目を覚ませ。それでも国王なのか? 兄者の両肩には王国国民の命が乗っているのだ。兄者の決定一つで万の人間の命が失われる事になるのだぞ?」


 「私は最初から国王の座など望んでいなかった。私が王太子に選ばれた時、お前は幼く、仕方なしに私が……選択肢が無かっただけだ」


 「なっ!? 今更そんな事を言い出すのか!?」

 

 話が完全に逸れかけているが……


 アーネストとクロノスは目の前にいるユランたちを蚊帳の外に口論を始めてしまう。


 ユランが言った、『飽くまでも想像の話』が原因でだ。


 ユランとしては、アーネストの意見を代弁したつもりであり、グレンを信じる以上にその行動に思うところがあったのだが……


 それを伝える前にアーネストに言葉を遮られてしまい、伝えられていなかった。


 「……あの」


 尚も口論を続けている二人を止めるため、自分の意見を述べようとしたユランだったが──


 『──心底どうでも良いな』


 それを遮る様にしてラティアスが──

 

 『私は〝聖人(バカモノ)がやった事については今も許しておらん。私を勝手に復活させ、人間を攻撃するために利用した様な奴だ。必ず報いは受けさせよう。それに、私も聖人とやらの演説を聞いていたが、アレらがやろうとしている事は人間の『成長』を促すための行動ではなく、ただの『選定』だ……』


 『カロロ』と喉を鳴らし、怒気を含んだ声で言った。


 『選定』……。


 言い得て妙だ。


 『人間の王よ……。お前がどう思おうが、アレらがニ年後に王都を攻めると宣言したと言う事は……恐らく、その時に成長出来なかった者を〝淘汰する〟という意味だ。確かに、窮地に追い込めば人間は心身共に大きく成長するだろう……。しかし、私はそう言うやり方はどうにも好かん』


 ラティアスは吐き捨てる様にそう言うと、ユランの肩に乗ったままで目の前にいる二人──アーネストとクロノスを、ジロリと鋭い視線で睨み付けた。


 「──つっ」

 「……ぐぅ」


 『竜眼』も使用していないのに、その両目から放たれる威圧感に当てられ、アーネストとクロノスはその場から一歩も動けなくなってしまう。


 ラティアスは続ける。


 『私は『繋ぐ者(ラティアス・ナーグ)』だからな……。私は無駄な犠牲を出す事を良しとしない。お前たち〝人間の王族〟がどう考えているかは知らないが、その考えが私の意に反するものだと言うならば──今のうちに改める事だ。私は人間の王族(おまえたち)を信用していない……。遠い昔に、悉く期待を裏切られた経験もあるしな』

 

 ──これは脅しだ。


 アーネストやクロノスが〝王族として正しく〟あろうとするならば、『小の虫を殺して大の虫を助ける』事を実践しなければならないだろう。


 実際に、アーネストやクロノスはいよいよとなれば、最終的にそう言う選択を下す筈だ。


 おそらく、グレン・リアーネが()()()()()()をした様に……。


 しかし、ラティアスはその選択肢を〝繋ぐ者(ラティアス・ナーグ)〟として拒否し、人間の王に『許さない』と警告したのだ。


 『お前たちには私の意見が身勝手に感じるだろうが、弱者を犠牲にすると言う考えは……力を持つ者が責任から逃げているだけだ。私はそれを是としない。主人殿もきっと同じ考えだろう──なあ、主人殿?』


 「…………──っす」


 突然自分に話題を向けられ、ユランはビクリと身を震わせ──


 自分に向けられた威嚇ではないのに、蛇に睨まれたカエルの様に萎縮してしまい、その顔に引き攣った笑いを浮かべながらも何とか返事を返す。


 まあ、ユランが先ほど言いかけた事を──


 概ね?


 ラティアスが代弁した形になった訳だが……。


 (私は彼らを脅すつもりは無かったんだけど……。威圧感が凄過ぎて何も言えない──私の言いたい事は大体伝わったし、良しとしよう。うん)


 ユランはそう考えをまとめ、ラティアスに悟られない様に小さくため息を吐くのだった……。


         *


 ラティアスの〝威圧〟に当てられ、口論どころではなくなったアーネストとクロノスは、ビクビクしながら借りてきた猫の様になってしまう。


 しかし、クロノスは何とか平静を取り戻し、ユラン──これからはグレン・リアーネの代わりに王国の英雄になるであろう神人──にある事実を告げるため、再び口を開いた。


 「神人殿が『魔物討伐遠征』で留守の間、グレン・リアーネや聖人セリオスに動きがあった」


 「……動きとは?」


 まあ、クロノスは勿体ぶって話してはいるが、絶対に良い話ではないだろう。


 「我々、アーネスト王国と敵対関係にある隣国──グルーニア国に、新たな組織が立ち上げられた。そこに現れた指導者が、『聖人』と『神人』を名乗る者たちだそうだ。まあ、間違いなく〝件の者たち〟だろう。『聖人』や『神人』がそう何人もパッと現れたらたまったものではないからな」


 「よりによって、敵対国にですか……。よく敵国が奴らを受け入れましたね。スパイ行為などを危惧してもおかしく無いでしょうに……」


 クロノスの言葉に、ユランはそう疑問を呈するが……


 クロノスは、


 「……『聖人』と『神人』だぞ? それらのどちらか一人でも手に入れれば──国家間の情勢がひっくり返るほどの存在だ。それが国を裏切り、自分たちに寝返って来たのだ……。グルーニアの様な小国ならば、益の大きさを考えて受け入れても不思議ではないだろう……」


 当然の事だと言いたげにそう言う。


 実際には、聖人セリオスは『魅了の聖眼』も持っており、違和感なく他国に溶け込む事も容易だろう。


 ここにいる誰も、セリオスの『聖眼』の力を知らないため──クロノスはそう結論付けた様子だった。


 まあ、その辺りは情報も少なく、実際にセリオスやグレンがどの様にして敵国に潜り込み、組織まで興したのかは不明であったが……。


 ──クロノスは続ける。


 「何でもソイツらは、新興組織の名を──『真・聖剣教会』と名乗っているらしいぞ」


 「ダサい……」

 『ダサッ……』

 「ダサいな……」


 思わず、クロノス以外のメンバーの声がシンクロした。


 比較的、グレンの事を擁護していたアーネストですらそう呟いたのだ。


 「些か安直すぎるのではないか? 自分たちの組織が『真』の聖剣教会だとでも言いたいのだろうか……。いや、それにしても……しかし……グレンのセンスなのか? それとも聖人の? どうでも良い事だが……もう少し何とかならなかったのか?」


 アーネストはクロノスの報告を受け、どうでも良い事で混乱していた。


 「ごほん。まあ、奴らのネーミングセンスは置いておくとしても……こ、これからの事は我々──いや、この国の中枢を担う者たちを集めてよく話し合うべきだな。も、勿論、民の犠牲など出さぬよ様に……で、ですよね、神竜殿?」


 クロノスは軽く咳払いをし、気を取り直して発言しようとするが──


 一度は平静を取り戻しかけていたのに、再び借りてきた猫の様にビクビクしはじめる。


 「そ、そうだな……クロノスの言う通り。た、民の犠牲を出すなど以ての外だ。王族や貴族──人の上に立つ者は、下の者を守る義務があるのだからな。『民あっての国』……そ、そうですよね? 神竜殿?」


 そして、クロノスと同様、アーネストも青い顔でビクビクしながら言った。


 ……二人とも完全にラティアスにビビっていた。

 

 それを見たラティアスは──


 『うむ! 分かれば良いのだ人の子よ! 私は『聞き分けの良い者』は好きだ! 無礼を働いたとしても、最後には許してしまう……私は優しいな!』


 そう言って満面の笑みを浮かべる。


 ラティアスが笑顔を見せ、気を緩めたと感じたアーネストとクロノスは──


 「そ、その通りですよ! 神竜殿は優しい! 我々、人間のことを一番に考え、導いて下さる! 貴方に比べれば、私などミジンコにも等しい存在です」


 「兄者の言う通りです。し、神竜殿は……す、素晴らしい存在だ。ど、どうかその素晴らしさで我々を正しき道へと導いて下さい」


 調子に乗ってラティアスを煽て始めた。


 普段は滅多に他者を褒める事のないクロノスまでもが、意味の分からない賞賛をラティアスに述べたのだ。


 二人とも、ラティアスにビビり過ぎて情緒がおかしくなっていた……。


 それを受けたラティアスは、今まで以上に『良い笑顔』を作ったかと思えば、


 『うんうん! 私は昔から『優しすぎる』と神竜ラ・ナーガからも言われていたからな! 私は慈悲深いんだ! しかし──』


 そう言った後、急にトーンダウンして真顔になると──


 『人間の王族(おまえたち)は信じていないがな。それに、私は『理由のない賞賛』は好かん。覚えておくが良い』


 再び、とてつもない威圧感を放つ。


 「──ひあっ!?」

 「──ひんっ!?」


 王国の王族二人は、オッサンが上げるにしては何とも気味の悪い声を上げて動けなくなってしまった……。


 (何だこれ……)


 ユランは先程まで二人と同様に『ラティアスの威圧感にビビっていた』自分の事は棚に上げ、は呆れた様にため息を吐くと──


 しばらく動けないであろう『王族たち』を放置し、ラティアスを伴って静かに玉座の間を後にするのだった……。


         *


 ユランたちが玉座の間を去った後、取り残されたアーネストとクロノスは、しばらくの後に正気を取り戻し──


 これからの事について、二人だけで話し合っていた。


 真面目な話だ。


 ……まあ、未だ身体全体がガタガタ震えているのだが……。


 クロノスは言う。


 「兄者。し、真・聖剣教会の事はどうする? 対策を取る事は無論だが……その事実を公表すべきだろうか?」


 どうやら、『真・聖剣教会』と言う名をクロノスも『ダサい』と思っていたらしい。


 その名を口にする時、若干の照れがある様子だった……。


 「いいや。いつかは公になるだろうが……今は伏せておいたほうが良いだろう。敵国の……特に交流のないグルーニア国の出来事だからな。緘口令を敷けば、しばらくの間は国民に漏れる事は防げるはずだ。何より──その組織に『人類最強(グレン)』が居るとなれば、我が国から離反者を出しかねん。グレンは一応……未だに我が国の英雄だ。そして、聖人の存在も厄介……。こちらには聖女もいるが、未だに目覚めぬまま……。目覚めぬ聖女を見限り──聖人に救いを求め、『聖剣教会』からの離反者が出かねない」


 「まあ、そうだな。特に……王家にも率先して離反しそうな娘もいる事だし、それが良いだろう」


 「リブラか……。流石に、それほど良識知らずだとは思いたくないが……。リブラのグレンに対する執着は相当なもの──ハッキリ言って私以上だ。暫くはリブラに監視を付けるしかあるまい……」


 アーネストはそこまで言うと、疲れ果てた様に真っ白になりながら、乾いた笑いを漏らした。


 「ああ、そう言えば言い忘れていたが……。神人殿に別の報告も受けていた。『魔物討伐遠征』の先──ゴリアン地帯に『新たな魔王城』が出現したらしいぞ?」


 「貴様……何故、それを今言った? 私を精神的に追い詰めて殺す気なのか?」


 「『魔神族』の話に比べてインパクトがな……。今更、『魔王』の存在にアタフタしても仕方がないだろう。それに、その『魔王城』に関しては神人殿が直々に対策を立て、対処するらしい。そちらは任せても問題ないだろう。我々には『魔王城』から現れる『中級種の魔物』の対処だけ任せたいそうだ」


 「それを私ではなく、真っ先にお前に伝えた意図は分からないが……まあ、ユランくんがそう言うなら任せよう。と言うか、そんな事まで私が考えねばならなくなれば──本当に過労死してしまう」


 アーネストは心身共に疲れ果て、正常な思考がままならない状態だ。


 今までなら、大事である『魔王』の出現も──クロノスの言う通り、『魔神族』の存在に比べれば些事のように感じてしまっている。


 まあ、それはユランが意図的に『鎧の魔王』の出現を大した事ではないように──『それなりの強さしか持たない存在』であるかの様に伝えたからであるのだが……。


 皇級聖剣士では無理だが……


 神級聖剣士ならば楽に討伐できる……


 『鎧の魔王』を、そう言う存在であるかの様に伝えた。


 『鎧の魔王』の特性が回帰前と同じなら、放置しても他に侵攻してくるような事もないだろう。


 『魔王城』から定期的に現れる『魔物』にさえ対処すれば、しばらく放置しても問題はないのだ。


 そして、しばらくの後にユランが相応の力を付けた時──しかるべき時に討伐すれば良い。


 ユランは、『魔王』との戦いでリリアが瀕死の状態に陥った事なども敢えて話さなかった。


 当人であるリリアが難色を示した事も理由の一つではあるが……ソレミアの補助によりすっかり回復したリリアの面子を守るためでもあった。


 リリアはタダでさえ『役立たずの神人』と陰で呼ばれ、侮られているきらいがあるのだ……力を上手く扱えず、精神が壊れかけたと知れれば、今後何を言われるか分かったものではない……。


 「新たな敵──『魔神族の出現』……『真・聖剣士教会』、『魔王城の出現』か……問題は山積みだな。……はぁ、引退したい」


 アーネストは、本日だけでいくつもの大問題が発生した事に頭を抱え、心底疲れた様子で肩を落とした。


 「兄者……代わってやりたいのは山々だがな……私は戦闘は得意だが、人の上に立ち導く才はない。代わってはやれないが、なるべくフォローはするつもりだぞ?」


 「……代わってやりたいなどと、心にもない事を言うな……。まあ、お前との話はとうに結論が出たのだし、今更、王位を押し付けるつもりもない……。それに、お前のフォローが無ければ私とて一人前の君主たり得ないのだ……。お前の代わり(フォロー)がいない限り、お前自身が代わっても無駄だ。それこそ〝今更〟だろう?」


 「なあ、それほど辛いならしばらく休んだらどうだ? 〝代理〟と言う形なら、ジェミニとて拒否はすまい……。俺もフォローするし、少しの間なら問題も起きないだろう」


 疲れ果てた様子のアーネストに対し、クロノスが『休養しろ』と提案するが──


 「はあ……。恋に狂ってしまったアイツは明君とは言い難い有様だ……。代理であったとしても、その様な状態のジェミニにこの国を任せておけん……。お前のフォローがあったとしても……な。アリエスは割り切って行動できるであろうが、いかんせん幼な過ぎる……。レオは……うん。……ああ、山積みの問題に『後継者探し』まで加わったな……はあ」


 何度もため息を吐きながら、暗に否定した。


 そんな辟易とした様子のアーネストを他所に、クロノスは……


 「おお、そうだ兄者。疲れているところに悪いが、報告がもう一つ」


 『この際だからついでに言ってしまえ』とでも言いたげに、そんな事を言い出した。


 「もうやめてぇー!!」


 アーネストはそんなクロノスの発言を遮る様に甲高い悲鳴を上げると、両耳を塞ぐ様にして蹲る。


 「……気味の悪い悲鳴を上げるんじゃない。別に悪い報告だとは言ってないだろう?」


 「本当だな? 嘘だったら許さないんだからね!!」


 「……」


 「す、すまない……取り乱した……」


 「──ごほん。今年アカデミーに入学した者の中に……〝ある名前〟を見つけた。これを見てくれ」


 そう言ってクロノスは、折り畳まれた状態の羊皮紙を懐から取り出すと、それを広げてアーネストに手渡した。


 「……? 生徒の個人情報の様だが……レピオ? この生徒がなんだと言うのだ??」


 その羊皮紙に記載されているのは、『レピオ』の個人情報なのだが……


 アーネストは、それを見てもピンとくるものが無いらしく、クロノスがこれを見せた意図が分からずに首を傾げる。


 「それは偽名だ……。何となく、その子の経歴などが気になって調べてみたのだが……その子の本名は『アスクレピオス』と言う……」


 アスクレピオスと言う名を聞いた瞬間、アーネストの表情は厳しいものになり──クロノスをギロリと睨み付け、低い声で言った。


 「アスクレピオスか……だから何だ?」


 明確に怒りの感情を露わにしたアーネストに対し、クロノスは──


 「……兄者、本気で言っているのか?」


 こちらも目を細め、低い声でそう返す。


 「アスクレピオスなどと言う名前は珍しくもなかろう。特に今年アカデミーに入学する歳の者たちは……()()()が生きていれば、同じ年くらいになる子供たち……。近い年に生まれた王族の名前に肖って、その子と同じ名前を付けるなどよくある事だ」


 「ならば、何故偽名を使う? 兄者の言う事が正しいなら、堂々と名乗れば良いではないか」

 

 「……はあ。産まれてすぐに死亡した子供の名前だぞ? いくら王族だからと言っても不吉である事に変わりはないだろう。まあ、どうせその様な些細な理由だ……」


 「兄者……俺も直接確認した訳ではないが、可能性としてはゼロではない。やはりあの子は生──」


 「黙れ」


 底冷えする様な冷たい声だった。


 クロノスの言葉を──いや、会話自体を〝完全に拒否する〟と言わんばかりの冷たい声だった。


 「クロノス──これ以上、〝俺〟を刺激するな……。何度も期待し、何度も裏切られた事──側で見ていたお前が一番良く知っているだろう? どうかしているぞ? あの子は、アンナローゼと共に死んだのだ」


 「……」


 『これ以上話す事はない』と言いたげに、アーネストは玉座から立ち上がり──


 フラフラとした足取りで、玉座から降りる階段を下っていく。


 「兄者……。兄者が何と言おうと、俺は調査を続けてみようと思う」


 「……勝手にしろ」


 おぼつかない足取りで玉座の間を出て行くアーネストを見送り、一人残されたクロノスは天を仰ぐと──


 「兄者の言う通り……俺はどうかしてるのかもな……」


 そう呟き、深いため息を吐くのだった……。

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