【27】『神の庭』でのやり取り
『だが、いくら生みの親だからと言って、すでに誕生した生命の殺生与奪を握るなど……神であっても許される事ではない。我々は神々の創り出した遊具ではないのだ。況してや、親がしでかした失敗の尻拭いを子にさせるなど……』
ラティアスは忌々しげに呟き、素知らぬ顔でそっぽを向いているソレミアを睨み付けた。
『そう考えたのは、三神の一人である『ル・ナーガ』も同じだだった。ル・ナーガは、ソレミアやへドゥンとは違う方法でオラトリオに対抗しようと……いや、件の神は優しすぎる。言い換えれば甘過ぎると言えるだろうな……。ル・ナーガは最後まで『約束を反故にする』ようオラトリオを説いていた』
ラティアスは、ここには居ない残りの一神を思い、嘆息するが──
【ル、ル・ナーガはラティアス・ナーグの言う様に甘過ぎるのよ。そもそも、オラトリオが変な画策をしなければこんな事にはならなかったのに……】
【……その件に関してだけは、私も姉さんに同意。ル・ナーガが『聖剣』の〝調整〟に協力していれば、事はここまで拗れなかった。リスクなしで『魔力』を運用するためには、ル・ナーガが持つアレが絶対に必要なのに……】
他の二神……特にソレミアは自分の行いを棚に上げ、ル・ナーガを批判する言葉を口にした。
『……責任転嫁も甚だしいが、ル・ナーガが甘過ぎるのは事実だからな。私は何も言わん』
【貴方……ル・ナーガの神子でしょう? 主神の陰口なんて言って良いの?】
『積極的に陰口を叩いたお前が不満げな顔をする意味が分からんが、私はル・ナーガの神子である前に『神竜』──神の代行者だ。つまり、ル・ナーガと同等。奴を敬う心など存在しない。そもそも、真実を知っていればお前たち三神を敬うなどと──おっと、話が逸れたな。主人殿、すまない』
ラティアスはそう言って、話について行けず蚊帳の外状態のユランに詫び、話を続ける。
『ル・ナーガは、いよいよオラトリオの『世界』との競争──戦いが始まると言う時になっても、オラトリオの説得を諦めなかった。そして、遂にはオラトリオの『世界』を倒すためではなく、両世界に調和を齎す存在──『竜族』を創造するに至り……『竜神』として崇められる様になったのだ』
「竜族……。と言う事は、ラティは……」
『そう。我々『竜族』は元々、戦うために生まれたのではなく、〝世界間の調和を齎す存在〟として創造された。ただ、調和を齎すと言う事は、時に武力で押さえつけることも必要だ。なので、竜族は強くあるため、ル・ナーガが司る『力』を前面に押し出し、少数精鋭と言う形で創造された。単純な個の戦闘力で言えば、『魔神族』や『人間族』など比にならんほどの力を持っているのだ』
「なら、ラティはその『魔神族』を倒せるだけの力を持っているって事ですよね? 『魔神族』なんて聞いた事がない種族ですし……もう、倒された後なんですか? それこそ、ラティが倒してしまったとか?」
当然の疑問だ。
今までユランたちが戦ってきた『魔族』が、『聖剣』の成長を促すために意図的に創られた存在だと言うなら……今現在、『魔神族』はどこへ行ったのか……。
『それは無い。そもそも、過去に我々が居る世界の……三神が創造した世界の住人と、『魔神族』が接触した事は一度もない。つまり、未だに戦いは始ってすらいないと言う事だ。それに……』
ラティアスは少しだけ自重気味に嘆息すると、一層真剣な眼差しをユランに向け、言った。
『魔神族には、最高位に位置する者……〝ソレント〟と呼ばれる戦士がいるが、あれに至っては私が十全の状態であっても太刀打ちできぬだろう。ソレントを創造したオラトリオの神力が、私を創造したル・ナーガの神力を大きく上回っている所為でな』
「な!?」
ラティアスの口から出た言葉に、ユランは耳を疑った。
ラティアスの力は実際に戦い、目にしているユランが良く知っている。
バル・ナーグであったときもそうだが、王都で見せた分身体で三割……十全の状態ならどれほどの強さを持つのか……。
そのラティアスが〝太刀打ちできない〟と評するほどの存在など、ユランには想像もできなかったのだ。
『私には出来ぬ。主人殿たちが言う『聖人』でも敵わぬ。神人であるリリリが愚剣の力を借りても……そして、神人として、人間族として規格外である〝人類最強〟でも及ばぬ相手。ソレがソレントという存在だ』
続いたラティアスの言葉は、ユランにとって……いや、全人類にとって死刑宣告に他ならなかった。
〝この世界〟で、どれだけ強い力を持っていても敵わぬ相手がいる。
それはつまり……。
『そう悲観する事でもないぞ、主人殿』
ソレントについての話を聞き、『手立てがない』と意気消沈していたユランに対し、ラティアスは片目を瞑り、ウィンクするようにして笑う。
『ル・ナーガの神力はオラトリオに及ばないが……神力だけで言えばオラトリオを上回る神がいるではないか』
ラティアスはそう言って、無言のまま揃って立っている二神──へドゥンとソレミアに向かってビシッと指刺す。
いや、正確には二神ではなく、光の創造神ソレミアに対してだ。
【!? そ、そうよ! 我が愛子! 私の神力はオラトリオを凌ぐのよ!! ソレントって言うバケモノだって倒せるはず! さすが私! まさに『さすわた』ね!!】
「……」
『……』
【……】
自分の失態を棚に上げ、自分が称賛? された事に気を良くしたソレミアが歓喜するが、それを見ていた他の三者は無言でため息を吐いた。
そして、悟った。
『コイツには何を言っても無駄だ』と……。
「で、でもラティ……そのソレントには神人でも敵わないって言いませんでした?」
『ああ、言ったな。それは間違いないだろう』
「……」
ユランは、ラティアスが何を言いたいのか分からずに首を傾げる。
『私が全力を出したとしても──主人殿たちの言う『レベル9』が良い所だろう。聖人とやらは……まあ、『レベル8.5』って所だ。神人であるリリリは頑張って『レベル7』に至るのがやっと。そして、〝人類最強〟とやらは……最終的には私と同じ『レベル9』位までは行くだろうな。だが、それでも実力はソレントの方が上だ』
【ラティアス・ナーグ? 貴方、自分を少し大きく持ち上げて言ってない?】
『黙れ愚神。口を挟むな』
ラティアスは、自らの言葉を遮ったソレミアに、ピシャリと言い放つ。
……しかし、ラティアスの言った言葉は、ユランの疑問に対する答えになってない。
竜族、ラティアスでも無理。
聖人、セリオスやアリシアでも無理。
神人、リリアやグレンでも無理な相手……。
そんな相手に、誰が敵うと言うのか。
「……」
無言で見つめるユランの視線から、彼の言わんとしている事が分かったのか、ラティアスは肩を竦め──
自信満々と言った様子でユランを見つめ返し、言った。
『居るであろう? 人類で初めて『レベル10』に至った者……『完全抜剣』達成者。前生では下位聖剣であったため、その才能を活かしきれず、それを悔やんで回帰までした者が』
*
流石にここまで言われれば、ユランにもラティアスが言わんとしている事が分かる。
確かに、ユランの『抜剣術』の才能は唯一無二……他者と比べて抜きん出ていた。
今は、肉体の強度や魂の強靭さが足りず、高レベルの『抜剣術』に耐えきれないため、『レベル4』以上の抜剣を使用すれば『魔族化』してしまうだろうが……
心身ともに十分に成長すれば『レベル10』も使用可能なはずだ。
やり方自体は、回帰前に経験しているのだから……。
「そう言ってもらえるのは有り難いんですけど、僕は……」
ラティアスの言う通り、ソレントと呼ばれる敵に対抗出来るのがユランだけだとして、そこに問題がない訳ではなかった。
「『レベル10』──『完全抜剣』は使用者の命を賭けた抜剣……使った者は必ず死に至ってしまうんです」
自分の命が惜しい訳ではない。
状況が状況なら、ユランは迷わずに自分の命を捧げ、『完全抜剣』を使用するだろう。
問題はそんな事ではなく……。
「『完全抜剣』は制限時間も極端に短いですし、そのソレントと言う敵を倒し切れるかどうか……。『完全抜剣』で倒しきれなかった場合、僕は死亡して再戦は不可能になる訳でしょう? 未知の敵である以上、一発勝負と言うのは余りにも……」
後先を考えない突撃は、大抵の場合悲惨な結果に終わる。
それは、回帰前にユランが経験済みの事だった。
『主人殿の言う事も最もだ。しかしまあ、それについては方法がない訳ではない。『10星』に至ったとしても死することなく、力を制御する方法がな……。ただ、それを実行するにはル・ナーガの〝許し〟が必要だ。ここを出て、準備が整い次第、件の神に会いに行こうではないか』
ラティアスがユランに笑顔を向け、そう言って肩に手を置く。
【ちょ! 待ちなさいラティアス・ナーグ!! 〝聖剣を制御する方法〟ってまさか!? 貴方、我が愛子を奪うつもりね! そんな事は許されないわよ!】
ラティアスの言葉の意味に気付いたのか、ソレミアが慌てた様子で声を上げた。
しかし、ラティアスはソレミアの叫びなど完全に無視し──
『主人殿、では行こう。リリリのケアも終わっているはずだ。こんな陰気臭い所はさっさと出た方が良い』
ユランに言った。
「あ……。でも、まだ色々と疑問が……」
ユランは歯切れの悪い返事を返し、突然の展開に戸惑った様子を見せるが、ラティアスは、
『その点は大丈夫だ。二神のNGワードは解禁させたし、この二神が知っている事は私も把握している。それに、主人殿が知りたいと思っている事はル・ナーガの方が詳しいはずだ』
と、ユランが疑問に思っている事が何か分かっているのか、神の庭から出る事を促す。
『と言う事でへドゥン。私がアレをやっても問題はないな? まあ、異論もないだろう。お前としてもそれしか方法は無いはずだからな』
【……仕方ない。私としても、そんな事で『我が愛子』を死なせたくない】
ラティアスがそう言うと、それを聞いたへドゥンは渋々と言った様子で頷いた。
【はぁ!? 何を勝手に話を進めてるのよ! て言うか、何で私には聞かずにへドゥンにだけ了承を得るの? 私、お姉ちゃんなんですけどぉ!?】
ラティアスに完全に無視されていると言うのに、ソレミアは尚も食い下がり、そう言って絶叫した。
「……これが、人間が信じる『光の創造神』の姿なのか」
ユランはジト目で、叫び声を上げるソレミアを見るが、それを確認したラティアスはソレミアを蔑んだ瞳で見下しながら──
『おっと、主人殿。真実を話しておいて何だが、光の創造神を疑うなよ。信仰心が薄れれば、『成長』を司るソレミアの加護を得られなくなる。『聖剣』の成長が止まってしまうぞ。嘘でも構わんし、見せかけでも良いから信仰心を保つのだ。今はまだ、な』
と、全然フォローにならない言葉を口にした。
そして、
『じゃあな、闇の創造神へドゥン。そして、光の愚神ソレミアよ。次に会うときはソレミアに〝残りのお仕置き〟をするつもりだから、忘れぬように──』
ラティアスのその言葉を最後に、突如として、ラティアス、ユラン、リリアの身体が輝きを放ったかと思えば──
三者の姿は、『神の庭』から跡形もなく消え去るのだった。




