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【23】抜剣術の先にあるモノ……

 『何とも面倒な事になったな……。主人殿とリリリならば、〝王位〟相手に遅れを取る事はなさそうだが……さて、どうしたものか』


 ユランたちを巻き込みながら出現した『魔王城』を見上げ、ラティアスは嘆息する。


 魔王城が出現する直前、ラティアスは大きな魔力の反応を感知し、ユランの下へ戻ろうと踵を返したが──


 時既に遅し……


 ラティアスが戻る間もなく、ユランたちは魔王城の内部へと取り込まれてしまった。


 ラティアスと行動を共にするレピオも、同時に引き返していたが……


 魔王城出現の際に発生した地震に足を取られ、レピオは今だにこの場に戻っていない。


 見上げるほどの大きさにまで増大した魔王城を見上げ、ラティアスは呟く。


 『なぜ、こんな場所に『王位の城』が現れた……? それに、この城の奥底から感じる魔力は……まさか……。いや、それはあり得ないだろう……。分からない事が多すぎるな』


 考えが纏まらず、頭を振るが……


 ──ドドドドドッ!!


 ラティアスが思考を整理する暇もなく、轟音を立てながら、魔王城の周辺に真っ黒なモヤが発生する。


 そして──


 そのモヤが実体化し、そこから200体近くの中級種の魔物が現れた。


 「ま、魔物だ!!」


 それを遠目に見ていたCクラス生徒たちが、叫び声を上げる。


 彼らは、魔王城の出現に巻き込まれる事のなかったCクラス生徒約50名──


 やっとの事で瘴土から発生した魔物を討伐したと言うのに、ここに来て新手とは……叫んでしまっても仕方ないと言えるだろう。


 それに、Cクラス生徒たちは皆、


 「どうするんだよ!? 突然、変な城が現れて、クラスの奴らは半分くらい消えちまうし。新しい魔物が次々に……! もう『抜剣』は使えないぞ!」


 「わ、私だってそうよ! て言うか、Cクラスは全員、本気で戦ってた! 『抜剣』が使える人なんて残ってないわよ!」


 瘴土から現れた魔物を討伐するために、頼みの綱である『抜剣術』を使用してしまっている。


 200体以上中級種を相手にする余力など残っていない。


 戦える者がいるとしたら、引率の講師陣や同伴の生徒会メンバーだけなのだが、それらを含めたとしても、精々が『貴級聖剣』のレベル2が十数人……200体以上いる中級種の相手など出来るはずがない。


 はっきり言って、取れる選択肢は『撤退』以外にないのだが……


 既に、200人近い人間たちが魔王城に取り込まれている。


 講師陣は勿論の事、生徒会のメンバーなども、それを見捨てて逃げると言う決断が出来ずにいた。


 しかし、アカデミーに入学したばかりのCクラスの生徒たちは知り得ぬ事だが、講師陣や、最上級生で構成された生徒会メンバーは気付いている。


 突然現れた〝巨城〟の正体に……。


 これは、魔王城だ……。


 そして、同時に、取り込まれた者たちが、これからどの様な運命を辿るのかを容易に想像出来てしまった。


 『生きて脱出できる訳がない……』


 ならば、講師陣や生徒会メンバーの役目は、()()()()()を一人でも多く王都に生きて返す事……。


 しかし、取り込まれた者たちを見捨てて逃げると言うのは余りにも……


 彼らの頭の中に、そんな考えが浮かんでは消え、浮かんでは消え──とてもではないが、正常な判断が出来る様な状態とは言えなかった。


 『ふむ、人の子らはこの辺りで限界か。私が助力しても良いが……おや?』


 焦りに焦っている人間たちを尻目に、ラティアスは唐突に、()()()気付いたかの様に西方の空を見上げた。


 『ああ、なるほどな。〝アレ〟の残滓が這い出たか……。真っ直ぐコチラに向かってきているな』


 ラティアスが、今までに聞いた事のないくらいに声を低くし、忌々しげに呟く。


 怒りの感情が抑えきれていないのか、喉が『カロロ……』と小さく鳴った。


 「ペット、殺気出し過ぎ。御主人様(ユーちゃん)が居なくなったからって──」


 『そう言う事ではない。コレは()()()()()だ。今は、まだ……な』


 ラティアスは、いつの間にか側まで戻ってきたレピオにチラリと目線を向け、再び西の空に向き直る。


 その視線は今だに鋭く、目は細められており……まるで、見えない何かに対して威嚇している様に見えた。


 そして、ラティアスはゆっくりと地面に降り立つと、『転身』して人型をとる。


 黒トカゲ──黒竜の小さな身体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間には光の中から、


 漆黒の、腰まで伸びた美しい髪──


 全体が闇の様に暗い両の瞳──


 絹の様に滑らかで、真っ白な肌──


 この世の者とは思えないほど美しい容姿──


 そんな姿のラティアスが現れた。


 「いつ見ても不気味。人間に変態するペットなんて……」


 ラティアスの人間体を見たレピオは、そんな感想を述べる。


 『〝変態〟の言い方が気になるが……。今は、冗談を言い合っている暇はない。そもそも、コレは私たち『竜族』の本当の姿で、お前たち人間が『竜族』を模して作られた──まあ、そんな事はどうでも良い。兎に角、今は主人殿(あるじどの)を連れ戻し、今後の事を──』


 そして、ラティアスがそう言いかけるのとほぼ同時に、200体近くの中級種の魔物がゆっくりと動き出す。


 「で、どうするつもりなの? お姉ちゃんとしては、一刻も早くユーちゃんのところに行きたいんだけど……。ペットは行かないの?」


 『行くにしても、邪魔者(あれら)をどうにかせねばならんだろう。それに、私は主人殿を助けに向かうつもりはない。これも、必要な試練だ……』

 

 ラティアスはそう言うと──


 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……


 『竜の心臓(ドラゴンハート)』を始動させる。


 「……意味が分からないんだけと? 必要な試練? ペットのクセに主人を見捨てるつもり?」


 『お前が主人殿の下に行きたいのなら好きにすれば良い。それも試練だ』


 「余計に意味が分からない。まあ、ペットに言われなくてもそうするつもりだけどね。それよりも、何か大仰な事しようとしてるみたいだけど、()()()()()()にそんなの必要? 『竜眼(それ)』を使えば余裕で退けられるでしょ?」


 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……


 ドラゴンハートの事を知らないレピオであったが、その様子から、ラティアスが何か大層な事を行おうとしていると勘付く。


 レピオの言う通り──


 今のラティアスの力がマックスの一割程度だとしても、神級レベル4のユランと同程度……中級種相手にドラゴンハートを使用する必要などないだろう。


 『竜眼』を使えば、200体程度は余裕で弱体化させる事が可能──それこそ、抜剣を使えなくなったCクラス生徒や、引率講師でも余裕で魔物の相手が出来るほどに……。


 『ああ、『竜の心臓(これ)』は彼奴らを相手するために使ったのではない。()()()()を持て成す用だ』


 「新たな客……?」


 『直ぐに分かる』


 ドク……ドク……ドク……ドク……ドク……


 ドラゴンハートの鼓動音は、速度が増す毎に大きくなっていく。


 そして、その鼓動音を掻き消す様に──


 「皆んな、俺たち講師陣が前に出る! 後ろに下がって、少しずつ後退しろ!」


 「講師の方々は直ぐに『抜剣』を使って下さい! 相手は中級種ですが、数が数……油断すれば死にますよ!」

 

 講師達の怒号が響き、戦闘が始まる。


 講師たちが、Cクラスの生徒を守る様に前に出て、盾となって戦い、時間を稼ぐ作戦の様だ。


 戦う力のある生徒会メンバーは、講師たちの後方で支援に徹している。


 所謂(いわゆる)、『撤退戦』……。


 講師たちは、魔王城に取り込まれた者たちを諦める選択をし、生徒たちもそれに従うらしい。


 『コレもある意味、人の子にとっての試練と言えるが……。あの様子では逃げる事も儘ならないだろう。可惜(あたら)、罪なき者の命が失われるのもな……。お前は〝王位〟であろ? 助けてやったらどうだ?』


 「王位って、『皇級聖剣』の事だよね? 古臭い言い方……。と言うか、何でペットがそんな事を知ってるのよ……?」


 レピオはラティアスの発言を受け、警戒する様に声を低くする。


 『私はそう言うのが分かる体質なのだ。警戒せずとも、()()()()()に口を挟むつもりはない。人の子の間で起きる些事などに興味はないからな』


 「……些事って、ペットにとってはそうかもしれないけどさぁ。もう少し言い方はない訳?」


 『で、お前はどうするのだ? 加勢しないのか?』


 「うーん。やっても良いけど、多勢に無勢だし、この場合は私には向かないかも……。そうなると()()()()()()()()()()だけど──おほん! ちょっと無理かな!」

 

 ラティアスとレピオがそんな会話をしている間にも、人間側と魔物側の戦いは続いており──


 「くそ! 抜剣を使ってるのに刃が通り難い!」


 「皆んな、攻撃があまり通らない以上──生徒を逃すために防御に徹して下さい」


 講師陣は互いに声を掛け合いながら、生徒を守り、ジリジリと後退していく。


 流石、アカデミーの講師と言うべきか……


 生徒たちに比べて戦闘練度はかなり高い様子だった。


 惜しむらくは、講師の人数が魔物に比べて絶対的に少ない事か……。


 ド……ド……ド……ド……ド……ド……


 ドラゴンハートの加速に任せるだけで、その場を動こうとしないラティアス。


 ユランの下へ行くため、魔王城に侵入する隙を狙っているレピオ。


 魔物を一掃出来そうな実力を持った二人(正確には一人と一匹)が傍観を決め込んでいるため、人間側は魔物に手も足も出ず……じきに犠牲者も出そうな勢いだ。


 ドドドドドドドドドドドドドドド


 やがて、ラティアスのドラゴンハートの加速は最高潮まで達し──


 ドンッ!!!!!


 爆発の様な轟音を立てた後、ドラゴンハートの鼓動音が止まった。


 『竜の心臓』が完全に発動したのだ。


 そして、その爆発音を合図にするかの様に──


 ヴヴヴヴヴ──……


 突然、魔王城の入り口の側──何もない空間に歪みが生じる。


 最初は手の平大だった歪みは、段々と大きさを増していき、やがて魔王城の城門とほぼ同等の大きさとなった。


 それこそ、人が一度に何人も通れそうなほどの大きさの──異空間への扉が開かれたのだ。


 そして、その異空間と扉から、魔王城に取り込まれたはずの人間たちが次々と現れた。


 「おお! あれは! いなくなった生徒や従者たち!」


 「まさか!? 魔王城を突破して〝出口〟を見つけ出したと言うのか!」

 

 「とにかく、あの子らを助けなければ!」


 現金なもので、一度は魔王城に取り込まれた者たちを見捨てる決断をした講師陣は、目の前に現れた生徒の姿を見て考え方を変えた様だ。


 「おお、外に出られた! リアーネ様や──ラジーノ様のおかげだ!」


 「で、でも……魔物があんなに……。先生たちに合流するためには、魔物を倒さないと……」


 魔王城から脱出した生徒たちの中でも、Cクラスの生徒たち約50人は流石と言うか……直ぐに状況を把握し、身構える。


 魔物たちの前方で戦っている人間たち──そして、後方に現れた生徒たち。


 状況的には挟み討ちとなるが、新たに現れた抜剣を使用できないCクラス生徒や、Dクラスを始めとする非戦闘員などでは所詮は焼け石に水──


 危機的状況は変わらない……。


 「あれって、いなくなった人たちかな? ユーちゃんはどこ?? て言うか、割と早く出て来れたんだね……。侵入する手間が省けたかも」


 『(あれ)の中は、時間の流れが外とは異なるからな。外では僅かな時間でも、中ではそれなりに時間が経っているのだろう』


 ラティアスとレピオの会話は、雑談染みており、既に人間と魔物の戦いにおいて傍観者を決め込んでいる。


 ただ、今だに西の空を見つめたままのラティアスとは違い、レピオは、ユランが現れた際に加勢しようと身構えていた。


 しかし、異空間の扉から次々と現れる生徒や従者の中にユランたちの姿はなく──


 現れたCクラスの生徒たちは、他の者たちを守る様に前に出る。


 ユランやリリアの戦う姿を見て、Cクラス生徒たちの心持ちに変化が生じたのか、弱い者を守るために行動しようとしているのだ。


 Cクラス生徒約50人が前に立ち、非戦闘員は後ろに下がる──


 せっかく魔王城を脱出出来たと言うのに、またもや生命の危機……


 そんな状況ではあるが、Cクラスの生徒たちの目は真剣そのもので、その他の非戦闘員も、『自分たちにできる事はないか』と必死に考えを巡らせていた。


 そんな中、異空間の扉から、


 妖精族(エルフ)の少女ニーナ、


 小柄な青髪の少女プラム、


 が続けて現れたかと思えば──


 『──使用限界──抜剣を解除します──』


 そんな無機質な声と共に──


 異空間の扉から、リリアを抱えたままで、ユランが飛び出してきた。


 魔王城から出たばかりだと言うのに、他の生徒や従者たちとは違い、ユランの足は止まる事なく──


 200体以上で群れを成す魔物に向かって、そのまま突っ込んで行く。


 いや、正確には魔物の群れを挟んだ向こう側……ラティアスがいる方向に向かってだ。


 「ラジーノ様! 危険です! 戻って下さい!!」


 「抜剣が解除されたのに……殺されてしまいます!」


 無我夢中で走り続けるユランの様子に、近くにいた生徒たちが制止しようとするが──


 ユランは見向きもせず、走り続ける。


 正確に言えば、解除された『抜剣術』はリリアの『深水』なのだが……一瞬の出来事であったため、生徒たちには判断出来ていなかった。


 生徒たちは、ユランが『抜剣を用いない生身』で魔物の群れに突っ込んで行った様に見えたのだ。


 だが、状況としてはさして変わらない。


 既に『迅雷』は使い切っているし、レベル4によって(もたら)されるのは、身体強化の恩恵のみ……


 おまけにリリアを抱えているため、サブウェポンを満足に扱う事も出来ない……。


 圧倒的に不利な状況を押してまで、ユランが魔物の群れに突っ込んで行く理由は──


 「リリア、少し辛抱してくれ。ラティなら、君を救えるはずだ……」


 『深水』を使用した影響により、心が壊れかけているリリアを救うためだった……。


 一刻も早く、ラティアスの下へ向かわなければ……。


 しかし、そのためには──


 行く手を阻む魔物の群れを蹴散らさなければならない。


 ドドドドドドドド──……


 脇目も振らずに突進してくるユランの姿に気付き、魔物の群れは踵を返してユランに向かってくる。


 「──!」


 ユランは、『抜剣術』で強化された身体能力で、魔物を──


 蹴り殺し──


 踏み潰し──


 進んで行く……。


 だが、片手は『抜剣術』を維持し、もう片方の腕はリリアを抱えているため、サブウェポンを扱うことが出来ず……さらに、既に『絶対防御』の恩恵を持たないリリアを、守りながら進まなければならない。


 相手は中級種で、『神級聖剣』のユランにとっては雑魚でしかないが……如何せん、数が多すぎる。


 ユランの歩みは遅々として進まなかった。


 ラティアスやレピオに助力を求めると言う手もあるが……


 ユランは、『一刻も早く』と言う気持ちが先立ち、そんな考えが浮かばず、少しでも前に進もうと必死に踠き続けている。


 「……邪魔するな」


 そう呟くと、ユランは聖剣を握る手に力を込め──


 【やめなさいユランくん! 戻れなくなるよ!!】


 ユランのやろうとしている事に気付き、ルミナスソードが声を上げて制止しようとするが……。

 

 『抜剣レベル5── 『雷音(らいおん)』を発動──警告──使用条件を満たしていません──『雷音』は使用できません──警告──警告──』

 

 「……黙れ」


 ──スズッ……


 レベル4が限界であるはずのユランが、無理矢理レベル5を発動させようと試みた。


 回帰前はレベル10だったユランだ……


 ()()()()は知っている。


 無理矢理発動させるペナルティを度外視すれば、理論上は可能な事なのだ。


 『警告──聖剣の制約に反しています──直ぐに使用を停止してください──警告──』

 

 ──ズズズッ……


 『警告──警告──…………』


 やがて、聖剣から発せられる無機質な声が止まり、そして──


  『抜剣レベル5──◼️◼️ヲ発動──使用カノウ時間ハ──◼️◼️デス──カウント──カイシ』


 突然、聖剣から耳障りな、雑音の様な不快な声が発せられる。


 それと同時に、ユランの聖剣の『純白の刀身』が──


 黒く濁り始めた……。

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