【9】『隠剣術』シエルとの勝負
ユランが両手の構えをとったことには理由があった。
この時代にはまだ確立されていない技術であるが──
回帰前の世界では、『抜剣術』を使わずとも聖剣の加護を受け〝身体能力を強化〟できる技があった。
これを『隠剣術』と言う。
『抜剣術』と違い長時間の使用に優れ、身体への負担も少ない。
さらには聖剣に直接触れずとも発動できる。
得られる効果は身体強化のみで、強化率も『抜剣レベル1』の3割程度だが、容易に使用出来ることから回帰前の世界では誰もが使っていた技だ。
元々、弓などの両手武器を使用する事を得意とした妖精族の技術で、回帰前、ユランはエルフ族の少女ニーナからこの技術を学んだ。
「始め!」
ゼンが勝負開始の合図をする。
それと同時に、ユランは『隠剣術』を発動させた。
『隠剣術』を発動させた瞬間、ユランは身体全体が軽くなった様な感覚を覚える。
しかし、『抜剣術』を発動させた訳ではないので、聖剣に変化はない。
これも隠剣術の利点の一つ。
術の発動──身体強化をを自分以外の人間に悟られない。
正に『隠の術』だった。
ダンッ
勝負開始の合図を受け、シエルが深く踏み込み、地面を蹴り──
そして、ユランとの間にあった僅かな距離を、一瞬の内に詰めた。
ブンッ!!
シエルの放った木剣の一撃は、無防備な状態で立っていたユランの横っ腹を狙って放たれ──
ガッ
確実にユランに直撃すると思われたが、ユランは……
横凪に放たれたシエルの一撃を、木剣を縦に添える事で難なく防ぐ。
シエルはそのままの体制で固まった。
(防がれた!?)
手加減していたとは言え、シエルの一撃にはそれなりの力が込められていた。
生意気な態度を取るユランを、懲らしめるつもりで放ったものだったのに……。
シエルは、自分の攻撃が防がれるとは考えてもいなかった。
そして、それを見学していた生徒たちは、シエルの攻撃を難なく防いだユランを驚愕した顔で見ている。
「い、今のはかなり手加減をしましたからね……誰でも防げる攻撃ですよ」
(あり得ない。劣等生の餓鬼に私の剣が防がれるなんて。きっとマグレよ。そうに決まってる)
シエルは、木刀を交差させたままの状態でユランの顔を覗き込む。
「……っ!」
──何でもないような顔をしていた。
まるで、〝シエルの攻撃など防いで当然だ〟と言いたげな余裕の表情だ。
(この餓鬼! 調子に乗って! 他の生徒たちの前で私に恥をかかせるなんて!!)
ガッ!
ガッ!
ガガガッ!
シエルは力任せに木刀を振り回す。
資格を失ったとしても、シエルは元聖剣士だ。
その攻撃の威力は相当なものだった。
しかし、ユランはシエルの攻撃を難なく受け止め、軽く去なす。
(やはり、元聖騎士と言ってもこの程度か……。大して訓練にならなかったが、実戦に近い状況で『隠剣術』を練習出来たは良かった……)
「この! 何で攻撃が当たらないのよ!!」
最初の一撃とは違い、完全に手加減なしで攻撃を放っているにも関わらず、ユランは涼しい顔で攻撃を捌く。
その様子が馬鹿にしている様に見え──
シエルのユランに対する怒りは、ついに限界に達しようとしていた。
シエルから普段の穏やかな雰囲気が消え、口調も荒くなっている。
「あぁぁぁぁ!」
シエルは発狂した様に叫び声を上げ、聖剣を持つ右手に力を込めた。
その瞬間──聖剣から淡い光が発せらされる。
『抜剣』を使用しようとしているのだ。
(これ以上刺激するのは不味いな……)
シエルの尋常ならぬ様子を見て、ユランは『流石にやり過ぎた』と力を抜き、されるがままの状態になる。
攻撃を去なす事をやめ、そのまま受け入れる事にしたのだ。
しかし、されるがままの状態と言えど、ケガをしない様にシエルの攻撃が当たる寸前で身体を捻り、躱す。
側から見れば、ユランがなす術もなく、シエルに打ち据えられている様に見えるだろう。
(ふん……やっぱり、マグレだったんじゃない)
シエルは、急に攻撃がヒットし始めた事に気を良くし、聖剣を握っていた右手の力を緩め──『抜剣』の発動を中止した。
まあ、『抜剣』を中止したとしても、ユランを攻める手は止めない訳だが……。
(マグレだとしても、今までコケにされた分は返さないとね)
ゼンも、シエルの一方的な行為を咎める事なく、見て見ぬ振りをする。
……側から見れば、既に既に決着しているにも拘らずだ。
「ゼン先生! 止めてください!」
「……!?」
ミュンの叫び声にハッとしたゼンは、勝負を止めるため慌てて声を上げた。
「それまで!」
ゼンの声を受け、シエルも攻撃の手を止める。
その顔は誇らしげで……
『教師としての威厳を保てた』と本気で思っている様子だった。
ドサッ──……
そして、シエルに何度も打ちのめされた(様に見える)ユランは、力無く地面に崩れ落ちる。
「……誰か、ユランくんを保健室に」
シエルは生徒たちにそう指示を出すが──
先ほどまでの彼女の姿を見ていた生徒たちは怯え、すぐに動く者はいなかった。
「わ、私が行きます!」
そんな中でも、ミュンが真っ先に手を挙げ、ユランに近付いて行く。
そして、地面に横たわるユランを抱き起こす。
ユランは幸いにも、ミュンが見た限りでは大きなケガはしていない様子だった。
「では、お願いします」
──シエルはユランに駆け寄ったミュンを見て、ニッコリと笑顔を向ける。
こんな時でも、ミュンに対して笑顔を向けるシエルを見て……
ミュンは、シエルを〝何か不気味で恐ろしいもの〟だと感じ、身震いするのだった……。