【21】決戦 VS鎧の魔王
『迅雷』
ユランが口にすると──
ゴロロ──……
周辺に灰雲が立ち込める……。
目標は、リリアが戦っている『超級種』約90体。
リリアが何体か潰したため、数は減っているが、今だに90体以上は健在……。
「な、何なんだアイツ……。Dクラスなのにレベル4……? 聞き間違いじゃないよな?」
「た、確かにそう聞こえたけど……な、何であんな奴がDクラスにいるのよ……。だって、レベル4って言ったら、ミュン・リーリアス様と同じって事でしょう?」
「レベル3止まりだって聞いてたリアーネ様も、レベル4を使っていたし……。一体どうなってるんだ」
「もう訳がわからないわ……。でも、こんな方たちがいるなら……魔王だって……」
Cクラスの面々はそう語る。
今だに、Cクラスの生徒の大半が『鎧の魔王』の圧力に抗えず、床にへたり込んでいるのだが……。
それは、Dクラスの生徒や従者たちも同じだ。
そして──
「リリア! 上に飛べ!」
ユランは叫ぶ。
『絶対防御』を展開しているリリアに、『迅雷一閃』によるダメージは無いが、その『絶対防御』がユランの攻撃を阻んでしまい、勢いが殺される可能性がある。
ユランの言葉を受け、リリアが上空に大きく跳躍すると──
きっちり10秒のチャージが完了し、
『一閃』
一瞬の眩い光と共に──
ユランの身体が雷と化し──
『超級種』に向かって一直線に──
雷神の一撃が──放たれた。
目にも止まらぬ速さで放たれた『迅雷一閃』は、一箇所に集まっていた約90体の『超級種』を、触れた瞬間に蒸発させる。
防御や回避など不可能な一撃。
だが、それだけでは終わらない。
『超級種』を全滅させた後も『迅雷一閃』の勢いは止まらず──
ガガガガガッ!!!
削岩機の様に床を削りながら、一直線に、〝玉座〟へ向かって進んで行った。
パチンッ
『鎧の魔王』は指を弾き、迎撃を試みるが──
雷と化したユランには届かない……。
そして、ユランはそのままの勢いで──
指を弾くために持ち上げられた、『鎧の魔王』の右手──その肩口付近の鎧の継ぎ目に向かって──
ガゴッ!!!
『迅雷一閃』の一撃を放った。
が、大木を斧で打ち付ける様な乾いた音を立て、ユランの一撃は『鎧の魔王』強靭な肉体に弾かれた。
ガッ!
ユランは、そのまま『鎧の魔王』の胸辺りを蹴り、後方に飛び退ると……
ザザザッ──……
『迅雷一閃』から逃れるために、上空に飛んでいたリリアが着地した位置──
その付近まで後退した。
「ユランの……攻撃を受けても……ダメージが……ないなんて……」
リリアは苦痛に顔を歪め、言う。
リリアの言う通り、ユランの攻撃は『鎧の魔王』の右腕を断つ事も出来なかった。
回帰前のシリウス・リアーネと同じ。
シリウスのレベル5の攻撃でも、傷一つ付けられなかった相手だ。
当然、ユランのレベル4の一撃では……
いや──
「そうでもないよ、リリア。ダメージがゼロな訳じゃない」
バキンッ!
ブシュ!
ユランがそう言った直後、ユランのサブウェポンが崩壊するのと同時に、『鎧の魔王』の肩口から鮮血が舞う。
与えたダメージは僅かな切り傷。
しかし、確実にダメージはゼロではなかったのだ。
まあ、その僅かなダメージも、あっと言う間に再生してしまったのだが……。
『解放』
ユランは、封印玉からサブウェポンを取り出す。
「レベル4でも攻撃が通る……」
(回帰前よりも、確実に弱くなっている)
──ユランは、そこに希望を見出した。
攻撃が通ると言う事は、こちらに注意を引き付る事も可能だと言う事だ。
誰しもが、周辺を飛び回る藪蚊は『殺してしまおう』と思わずにはおれないのだから……。
*
「す、凄い……あの数の魔物を一瞬で……」
「あんなの……ただのレベル4じゃないわ。アイツ……いいえ、あの人は……何者なの?」
「あの人だけじゃない……。あの数の魔物に対して、一歩も引かなかったリアーネ様も……。凄いなんてものじゃないよ」
「お、俺たち……本当に助かるかも……」
Cクラスの生徒たちは、ユランの一撃を見て驚愕の声を上げると共に、ユランやリリア対し、どこか憧れの混じった……羨望の眼差しを向けた。
そこには、すでに〝狂犬〟に対する恐怖──そして、〝出来損ない〟と呼ばれたリリアに対する蔑みの視線など存在しない。
ただ、自分たちを導いてくれる〝二人の神人〟に対し、熱のこもった視線──神を前にした信徒の様に、敬虔な視線を向けた。
そして──
「プラム! ニーナ! 俺たちが魔王を引き付ける! 皆んなを連れてあそこの扉から逃げろ!」
ユランは、玉座へと続く階段の側にある〝出口〟を顎で示し、叫ぶ。
次いでCクラスの生徒たちに視線を向け──
「Cクラスの人たちは……動ける者たちだけで良いから、プラムやニーナを手伝って欲しい」
言った……。
以前のユランが行った言葉なら、Cクラスの生徒は誰も従わなかっただろう。
しかし、今のCクラス生徒たちは敬虔な教徒の様なもの……皆、ユランの言葉に頷き、素直に従った。
「タイミングは、俺たちが攻撃を仕掛けた直後だ。リリア、良いね?」
「了解……ですわ……。これはまさに……初めての……共同作業……ですわね……」
痛みに耐えながら、息も絶え絶えと言った様子のリリアだが、そう言って、なぜだか楽し気に笑った。
「そうだ。俺たちの初めての〝共闘〟だ。過去の……いや、未来の因縁に目にモノを見せてやろう」
「……いけず……ですわね」
そうして、〝二人の神人〟の初めての共闘が始まった。
*
「言いたい事は一杯あるけど……。ちゃんと生きて帰ってきなさいよ!」
「神様……お気を付けて」
ニーナとプラムの声を受け、ユランは無言で頷くと──
『迅雷』
チャージを開始する。
パチンッ
その直後に『鎧の魔王』が指を弾き、風の刃がチャージ中のユランを襲う。
しかし──
ガガガガ!!!
リリアがユランの前に割り込み、『絶対防御』で風の刃を無効化した。
そして、一拍置いた後、リリアは力一杯床を蹴り、『鎧の魔王』に向かって大きく跳躍する。
リリアが、天井に届くほど高く跳躍した刹那──
『水の楔』
『一閃』
二人の声が重なった。
ギャリリリィ──……
ガガガガガッ!!!
リリアの放った『拘束』が『鎧の魔王』の身体を拘束し──ユランの『迅雷一閃』が床を削りながら『鎧の魔王』に迫る。
ゴガッ! ザンッ!!
ユランの『迅雷一閃』が、『鎧の魔王』の右肩辺り──鎧の継ぎ目を捉え、強い抵抗感があった後に切断する事に成功した。
直後──
ゴゴガッ! ズッ──
天井近くまで跳躍していたリリアが、降下する威力を利用し、ユランが切断したのとは逆──『鎧の魔王』の左肩辺りの継ぎ目に、ルミナスソードによる一撃を叩き込む。
リリアの一撃は、『鎧の魔王』の左腕を切断するには至らないが、八割程度まで切り裂く事に成功していた……。
リリアが放った『拘束』の『魔力抑制』の効果が現れ、『鎧の魔王』の防御力が低下しているのだ。
さらに、ユランは間髪入れずに『鎧の魔王』の首元に、向かって左側からサブウェポンを走らせ──
それに合わせて、リリアもルミナスソードを『鎧の魔王』の肩口から引き抜くと、そのまま向かって右側から『鎧の魔王』の首元に刃を走らせた。
完璧なタイミング。
ほぼ同時に、左右からの連携攻撃が『鎧の魔王』の首元に叩き込まれるが……
ガギンッ!
ガギンッ!
『迅雷』を用いないユランの一撃……そして、跳躍の勢いを利用しないリリアの一撃は──
金属が擦れ合う様な不快音を立て、『鎧の魔王』の強靭な肉体に阻まれてしまった。
このままでは、『拘束』の効果があったとしてもダメージは与えられない。
「リリア! 一旦後ろに飛ぶぞ!!」
「……了解」
ユランの声を合図に、左右からそれぞれ『鎧の魔王』身体を蹴り、互いに後方に飛び退る。
そして、『絶対防御』を発動中のリリアが前に出て、後方のユランを守る様に位置取った。
その間、ユランは新たなサブウェポンを『解放』する事も忘れない。
「『拘束』が良い具合に効いてる。このまま畳み掛けよう」
「……」
リリアは「コクリ」と無言で頷いた。
追撃を警戒して距離を取ったが、『鎧の魔王』に動きはない……。
【ユラン君、リリ、〝アレ〟は何かおかしいぞ。なぜ、何も反応がない?】
それまで押し黙っていたルミナスソードが、突然口を開き、そんな事を言った。
ルミナスソードの言う通り、回帰前と同様──『鎧の魔王』には、魔王に本来あるはずの知性が見られない。
腕を切り落とされても、何の反応も見せなかった。
「分かっています。アイツには知性がない。他の魔王とは違うんです。でも……どんな魔王よりも強力だ……」
【知性がない……か。まるで唯の魔物の様だな。しかし、それとは何かが違う……。アレはまるで、魂を失った抜け殻の様な──】
──ガバッ
ルミナスソードが言い終わる前に、突然、『鎧の魔王』が玉座から立ち上がる。
グググ──……
『拘束』の鎖を引き千切るために、足に力を込め、力任せに前進しようとしているのだ。
魔力を封印された『鎧の魔王』が、『拘束』から逃れるためには、力任せに鎖を引き千切るしかない。
『鎧の魔王』の両腕が健在の状態ならば、即座に破られていただろうが──両手を潰した事が活きた。
しかし、このまま時が経てば、『拘束』の影響で低下している『鎧の魔王』の再生力が回復し、いずれ鎖から抜け出てしまうだろう。
「リリア、もう一度、連携攻撃でヤツの首を切り落としてやろう。〝最大の力〟で、左右から攻撃を与えれば、ヤツの首も断てるはずだ」
「……分かり……ましたわ……」
リリアの返事を聞き、ユランは──
『迅雷』
三度目──最後の『迅雷』を使用する。
ググググッ──……
それを確認し、リリアは身体を屈め、両足に力を込めた。
そして──
ダダダダダッ!!!
猛然と走り出し、助走をつけていく。
生半可な勢いでは、『鎧の魔王』の首を断つ事など出来ない。
リリアは全力で助走をつけ、地面を蹴ると──
ドンッ!!!
階段の下から一足飛びに、『鎧の魔王』との距離を詰めた。
その直後──
『一閃』
ユランの『迅雷一閃』が放たれる。
ガガガガガッ!!!
地面を削りながら突進するユラン──
そして、飛び上がった勢いのまま、突っ込んで行くリリア──
その二つの動きが完全にシンクロし──
ガゴッ!!
ガゴッ!!
『鎧の魔王』首元を同時に捉えた。
──が、断てない。
左右からの同時に放たれた双撃は、『鎧の魔王』の首を、それぞれ半ば手前まで断ち──
止まった……。
「あと一息だ! リリア、押し切るぞ!」
ユランは、そのままサブウェポンを『鎧の魔王』の首元から引き抜き、傷口に向かって振り下ろす。
要は、斧で大木を切り倒す様なモノだ。
一撃でダメなら、何度でも切り込むまで……
ユランは既に『迅雷』を使い切ってしまった……『抜剣術』で強化された身体能力でゴリ押しするしかない。
リリアの『拘束』で弱体化している今なら──
しかし……
バギィ──……
ユランの攻撃が、『鎧の魔王』の首元を捉えるより僅かに早く、『拘束』の鎖が、粉々に砕け散る音が響いた……。
ガギンッ!!
傷口を、正確に捉えたはずのユランの一撃は──
『拘束』から解き放たれ、魔力が回復した『鎧の魔王』の強靭な肉体に、最も簡単に阻まれた……。
こうなってしまえば、レベル4の通常の攻撃では傷一つ付ける事は出来ないだろう。
『迅雷』も使い切った……。
勿論、リリアの攻撃も同様にダメージを与えられないだろう。
「ぐっ……! ニーナとプラムは!?」
ユランは後ろを振り返り、集団の脱出状況を確認するが──
今だに、10分の1ほどの人間が『王の間』に残っていた……。
しかし、あと少し……
あと少し時間を稼げば、後はユランたちが逃走するだけだ。
魔力が回復した『鎧の魔王』は、すぐに身体の再生を始めるだろう。
だが、あと少しなのだ……
首さえ断てれば、『鎧の魔王』を討伐できるかもしれない……。
仮に、首を落としても倒せず、再生するとしても、それまでにはそれなりに時間が掛かるはず……。
ガギンッ! ガギンッ! ガギンッ!
──何度攻撃しても同じだ。
ダメージは与えられない……。
「ダメだリリア。ここは、危険でも一旦引いて──」
「ルミナスさん……」
ユランの言葉を遮る様に、それまで押し黙っていたリリアが口を開く。
【リリ……。それはおすすめしない。心が保たないよ?】
ルミナスソードがリリアの意図を悟ったのか、そんな言葉を返した。
「良いんです……。やって……ください……」
【……やむを得んか。リリ、心をを強く持ちなさい……】
リリアとルミナスソードが、そんな会話を交わした直後──
『鎧の魔王』の首元に食い込んだままになっていたルミナスソードの青い刀身が、眩い光を放つ。
そして──
『抜剣レベル5── 『反射』を発動──連続使用のため使用可能時間が減少します──使用可能時間は15分です──カウント開始』
レベル5の『抜剣術』を発動した。
「あ……がぁ……ぐぅぅぅぅ……あぁぁぁぁ!!」
リリアは、レベル4とは比べ物にならない激痛に耐えかね、絶叫する。
思わず膝を付きそうになるが──
「があぁぁぁぁぁ!!」
叫び声と共に、そのままルミナスソードを握る手に力を込め──
ザンッ!!
レベル5で強化された身体能力を用い、『鎧の魔王』の首を断つ事に成功した。
──ドサッ
跳ね飛ばされた『鎧の魔王』の首が床に落ち、階段の下までゴロゴロと転がっていく。
「リリアのおかげで首が断てた! 一旦、離れよう!」
ユランは言うが……。
「あ……ぐぐ……あぁ……あぐぅ……」
リリアは、既に言葉を発する事も困難な様で……膝を付いて呻き声を上げ、蹲った。
そして──
「ぐぇ……うげぇ……」
嘔吐しながら、「ぜぇぜぇ」と荒い息を吐く。
それでも、リリアは聖剣を握ったままで『抜剣術』を解除しようとしない。
……まだ、戦いが終わっていないと分かっているからだ。
「リリア!」
ユランは、蹲ったまま動くことの出来ないリリアを抱え上げると、勢い良く後方へ飛び、『鎧の魔王』から距離を取った。
『鎧の魔王』は動かない……。
右腕を断たれ、左腕は皮一枚残して切り刻まれ、そして首を無くした。
しかし、『鎧の魔王』の身体は床に倒れる事もなく、そこに力強く立っている。
やはり──
ギュルルルル──……
『鎧の魔王』の身体が再生していく……。
リリアはもう動けない。
そして、ユランは『迅雷』を使い切った。
もう、『鎧の魔王』にダメージを与える術がない……。
ならば、再生した『鎧の魔王』の攻撃を何とか凌ぎ、時間を稼ぐのだ。
ユランは、リリアを守る様に前に出ると、腰を低くして戦闘体制を取る。
無理だとしてもやるしかない。
生き残るためには……。
『鎧の魔王』右腕が再生していく。
そして、それと同時に、床に落ちていた右腕が炎を上げ──鎧だけを残して、一瞬の内に燃え尽きた。
どうやら、断たれた身体は肉体の再生と連動して消滅するらしい。
しばらくすると、『鎧の魔王』の右腕が完全に再生した……。
(やはり、再生が少し遅い……。首を絶った事が利いているのか)
やがて、半ばまで断たれかけていた左腕も再生を始め──
「ユラン! もう少しで全員の避難が完了するわ! 貴方たちも早く!!」
その直後、ニーナの叫ぶ声が聞える。
ユランがそちらに視線を向けると……
既にほとんどの人間の避難が終わっており、残っているのは、ユランたちを待つニーナとプラムだけだった。
「リリア、もうすぐ皆んなの避難が終わる。俺たちも出口へ──」
ドサッ──……
ユランが言い終わる前に、リリアが再び膝を付いてしまう。
「あ……う……はが……」
反応を返す気力もないのか、リリアの目は虚で、空を彷徨っていた。
いつ気を失ってもおかしくない……。
「ニーナ! プラム! 先に脱出を! 俺もリリアを抱えて走るから!」
ユランは、ニーナたちに向かってそう叫ぶと、再びリリアを抱え上げ──
が、その時ユランは見てしまった……。
『鎧の魔王』の左腕が再生し、接合する様──
そして、『鎧の魔王』の頭部が再生していく様を……。
ユランは、驚きの余り、その場に足を止め、『鎧の魔王』の頭部が再生されていく様子に見入ってしまう。
そのまま出口へと走っていれば、逃げ切れていたかもしれない。
しかし、ユランはその衝撃に思考が停止し、足を前に進める事が出来なくなっていた。
なぜならば……
見る見る内に頭部の形を取り戻していく、『鎧の魔王』の顔が──
頭部と共に兜を飛ばされ……そうして再生され、露わになった『鎧の魔王』の生身の顔が──
見覚えのある……いや、ありすぎる……〝ある人物〟に酷似していたからだ。
その人物とは──
「……お……れ……?」
正確には、〝俺〟ではない。
〝僕〟でもない、
〝俺〟でもない、
それは、〝私〟だ……。
回帰前、『鎧の魔王』に戦いを挑んだ時の──
ユランの姿そのものだった……。




