【19】結局の所……
「さ、流石、リアーネ様です! あ、あの数の強力な魔物を最も簡単に!」
「すごい……。これなら、魔王が来たって大丈夫なんじゃ……」
リリアと『超級種』の戦闘を目前で見ていたCクラスの生徒たちは、口を揃えてリリアを讃え、称賛の言葉を述べる。
先程まではリリアを疑い、信じ切れていなかった者たちも、神人の実力の一端を目にしてそこに希望を見出したらしく……
心なしか表情が明るくなった様に見える。
だが、それとは対照的に──
「……は……は……はっ……」
リリアはたった一度の戦闘で疲労し、顔を顰めて肩で息をしていた。
リリアは神聖術の才能には明るいが、神聖力の総量が飛び抜けて多い訳ではない。
神聖術の最上級である『オール』は、威力も高い反面、神聖力の消耗も激しく……
何度も『拘束』頼りの戦法が続けられる訳ではなかった。
それでも、ユランの勢い任せの『アクセル』戦法よりもマシではあるのだが……。
(こんな時、『魔物避けのトーチ』でもあれば……神聖力が回復するまで休息を取る事も出来るのに……)
『魔物避けのトーチ』とは──
火を焚べると、魔物が嫌う特殊な匂いを発するトーチで、使用すれば魔物の接近を防げる便利アイテムだ。
魔物ならば、強力な個体であっても効果を表し──『超級種』や、それを超えた魔物ですら遠避ける事が出来る。
回帰前に『鎧の魔王』の居城を訪れた際、ユランたちが〝最後の休息〟を取るために用いられたアイテムだった。
使用すれば、魔物を一切寄せ付けなくなると言う便利なものだが、勿論、欠点もあり……
まず、トーチは使い捨てである上に、その炎は繊細であるため、少しでも移動させれば炎が消えてしまい、再び点火することは不可能。
故に、点火させて持ち運ぶことが出来ず、主に迷宮などで休息を取るために使われる。
さらにトーチは量産が困難であったため、絶対数が少なく、複数持ち歩く事も出来なかった。
(そもそも、魔物避けのトーチはアニスが開発したもの……。今の時代には存在すらしない道具だ)
回帰前の世界で、『鎧の魔王』の居城を訪れた時、ユランたちはアニスが作ったアイテムに何度も助けられた。
アニスの貢献はアイテムだけではなく……
神聖術の天才だったアニスは、『オールサーチ』と言う『サーチ』の最上位術を習得しており、それが魔王城探索に大いに役立った。
『オールサーチ』は、大型のダンジョンなどでも、隅々まで見渡す事が出来るほど範囲が広く──ユランたちはその恩恵で、ほぼ一直線に『王の間』にたどり着くことが出来た。
ただ、何もない空間から突然現れる魔物の出現場所などはサーチ不可能なため、目的地が明確に分かっていながら、仲間の犠牲なしには突破出来なかったのだが……。
回帰前、アニスはこの『オールサーチ』について笑いながら語っていた──
「『オールサーチ』は、ボクのおししょーさまが得意だった神聖術なんだ。生活魔法を最上位まで極めるなんて酔狂、普通はやらないよね? ボクは覚えるつもりはなかったんだけど、おししょーさまに無理やり……でも、ここで役に立って良かったよ」
と……。
その時、ユランはアニスの言葉を思い出したと同時に、ある考えが浮かぶ。
アニスが言った言葉──
「『オールサーチ』は、ボクのおししょーさまが得意だった神聖術なんだ」
アニスの師匠とはプラム・シーザリオン……現、プラム・アーヴァインの事だ。
アニスが言った言葉が確かなら──
「プラム、少し良いかな?」
ユランは、隣にいたプラムに顔を寄せて尋ねる。
「ひゃい! な、何でしゅか……? 神しゃま……」
ユランに対して、相変わらず噛み噛みで、なぜか神様呼びのプラム。
色々と言いたい事はあったが、今のユランにはそれを気にしている余裕はなく、プラムに耳を寄せたままで続ける。
「プラムは『オールサーチ』は使える? 『サーチ』の最上位神聖術なんだけ──」
「ひゃい! 使えましゅ!!」
プラムは食い気味で答えた。
(やはりそうか! それなら安全にここを出られる。理由は分からないが、出現する魔物のランクも思ったより低いし……。プラムが『オールサーチ』を使えるのは、光明と言わざるを得ない)
ユランは思わぬ朗報に、これからの道筋が明確に見えた様な気がして──先頭にいるリリアに視線を向ける。
「……はあ。だいぶ落ち着きましたし……先を急ぎましょう。とりあえず、下へ」
荒んでいた息を整え、下階へと続く螺旋階段に向かおうとするリリアに、ユランは──
「リリア! ちょっとストップ!」
リリアを制止し、自分の下へ来る様にと手招きした。
それを見ていたCクラスの生徒たちは、
「あいつ、Dクラスの奴だよな? 何で偉そうにリアーネ様を呼び止めてるんだ?」
「しーっ……アイツ、例の〝狂犬〟でしょ? 試験の時、卑怯な手を使ってCクラス生徒の名誉を貶めた……。何をされるか分からないし、関わらない方が良いわよ」
「ああ、アイツがそうなのか……。確かにそうだな。リアーネ様は神人だし、狂犬が何かしたとしても大丈夫だろう。ここは、リアーネ様に任せた方が良いな……」
などと、小声で話していた。
(……全部聞こえてるんだけどな)
と言うよりも、Cクラスの生徒たちは、敢えてユランに聞こえる様な声で言っている様だ。
ユランが何かしたとしても、『リリアが止めに入ってくれるだろう』と鷹を括っているらしい。
だが、ユランはCクラスの陰口になどまるで聞こえていないかの様に無視し、側まで走って来たリリアに小声で言った。
「リリア……。この子──プラムって言うんだけど、この子が『オールサーチ』の神聖術を使えるらしい」
「オールサーチ? サーチの最上位の?」
「うん。それを使用すれば、この城の内部構造が分かる。無駄に探索しなくても出口が見つかるかもしれないんだ」
「……なろほど。アリちゃんの『サーチ』並みの効果が得られると言う事ですわね」
「そう言う事だね。リリアの『拘束』だって、使用出来てあと2回が限度だよね? ボクの『アクセル』もマックスで使用したら、『修復』や『上位回復』じゃ回復し切れないほどのダメージを負うし……このままだとジリ貧で全滅しかねない。だから、プラムの『オールサーチ』に賭けてみようと思う」
「そうですわね。そう言う事なら──プラムさん、お願いできるかしら?」
「は、はい! 分かりました! で、では!」
リリアの指示を受け、プラムが両目を閉じ──『オールサーチ』を発動させる。
プラムは、「……一階……二階……三階……」と呟きながら、右手人差し指でコメカミ辺りをトントン叩いた。
それが、プラムが『サーチ』を使用する時のルーティンなのだろう。
──やがて、それほど時間も経たない内にプラムの両目が開いたかと思えば……
プラムは、「……あの、神しゃま……」と、バツが悪そうにユランに話しかけた。
「どうしたの? 『オールサーチ』でも、魔王城の全体は見られなかったかな?」
回帰前のアニスには容易に出来た事だが、それがプラムにも当てはまるとは限らない。
ユランは、「仕方がない」と諦めかけたが──
「そう言う訳じゃありましぇん……。し、城の全容は見えたんでしゅ。で、でも……ここの上の階……。そ、そこにある部屋だけが、魔力が濃すぎて見えないんでしゅ……。これが魔王のいる部屋かもでしゅ」
プラムが言う〝魔力が濃い部屋〟とは、『王の間』の事だろう。
プラムは、『王の間』の内部が見えず──自分が任された仕事を、キッチリこなせなかった事に罪悪感を感じている様だった。
しかし、目的が『魔王討伐』ではない現状において、『王の間』の内部がサーチ出来ない事などそれほど大きな問題ではない。
魔王に近付かず、出口だけをサーチできれば良いのだ。
「プラム、大丈夫だから……。その部屋は無視して良いよ。とにかく、魔力の流れを感知して〝出口〟の反応を探して欲しい。城に停滞した魔力が大量に〝外〟に流れている場所があるはずだから、そこを見つけて」
「で、でも、神しゃま……」
そこでプラムが口にした言葉は、ユランたちをさらに窮地へと追い込む──
「多分、〝その部屋〟に〝出口〟があると思いましゅ……」
そんな、絶望の言葉だった……。
*
「……」
プラムから報告された『オールサーチ』の結果に、ユランは絶句して言葉も出なかった。
回帰前の時は『魔王討伐』が目的であったため、出口の場所など詳しく確認していなかった。(おそらくアニスは知っていた)
まさか、『王の間』に出口があるとは……。
こらでは、『鎧の魔王』を討伐する必要はないにしても……『王の間』にある出口を目指すとすれば、戦闘は避けられないだろう。
逃走を目的とした戦闘であったとしても、あれだけ強力な魔王を相手にするのだ……かなりの犠牲は覚悟しなければならない。
「ユラン……。どういたしましょうか? これだけの人数を伴いながらの魔王との戦闘は……正直、避けたいところですけど……。私とユランが力を合わせれば……何とかなるのでは?」
「……」
なる訳がない。
『レベル5』の全力攻撃を一切通さなかった強靭な肉体──
一撃でニーナやアニス……シリウス・リアーネを葬り去るほどの馬鹿げた攻撃力──
そして、どれだけダメージを受けようとも、たちどころに再生してしまう回復力──
マトモに戦って勝ち目などある訳がない。
だが、そう思うと同時に、ユランは今まで感じた違和感から、『鎧の魔王』に対して、ある仮説を立てていた。
回帰前に比べて、明らかにランクの低い魔物たち……
20年以上も早い出現時期……
魔王城の内部に出現する魔物の強さは、城の主──魔王の魔力の強さに依存する。
そう言った理由から、回帰前に『鎧の魔王』の居城に出現した魔物は、一体一体が『下位の魔王』に匹敵する強さだった。
それは、『鎧の魔王』の強大さを表す一つの〝目安〟だ。
それならば、今回の『鎧の魔王』は……
回帰前より弱体化している──或いは、まだ成長途上なのではないか……。
魔王──魔族が、人間など他種族の様に成長するのか分からないが……
回帰前は、今と同時期にひっそりと『鎧の魔王』が生まれ……20年以上の年月をかけ、力を蓄え、回帰前のあの時期に表舞台に現れたのではないか……
ユランはそんな仮説を立てたのだ……。
ならば、『鎧の魔王』が回帰前ほど強くないとしたら──
(今、討伐してしまうのも手ではないか?)
ただ、これはあくまでもユランの仮説が正しかった場合の話だ。
「とにかく、出口が魔王のいる『王の間』にあるなら……何とかしてそこを抜けるしかない。リリア、皆んなにこの事を伝えてくれないか? 魔王は……僕とリリアで何とかしよう」
「……了解ですわ」
……方針が決まる。
脱出するためには、魔王をどうにかするしかない……。