【18】探索開始
『鎧の魔王』……。
その魔王との戦いは、ユランが経験した中でも最も過酷で──いや、あれは戦いと呼べる様なものではなかった。
ただの、一方的な蹂躙だ……。
当時、神級聖剣『レベル5』だったシリウス・リアーネは、『抜剣術』を用いたが──手も足も出ずに敗北した。
今のリリアは、ルミナスソードの力を借りる事で『レベル6』を使用できるが……
ユランは、それでも『鎧の魔王』には対抗出来ないだろうと予想している。
回帰した事でユランは神人となり、これまで様々な魔王を討伐してきたが──
魔王の中でも特に強力な『上位の魔王』ですら、『鎧の魔王』の足元にも及ばないと断言できる。
「バル・ナーグの時と言い……準備不足が過ぎる。僕の記憶が正しければ、『鎧の魔王』が現れるのは20年くらい先のはずだ……」
ユランは独り言を呟く。
ユランの言う通り、回帰前の世界で『鎧の魔王』が出現したのは、〝三番の厄災〟バル・ナーグの手によって世界が崩壊した後──
その更に後となるので、少なくとも20年以上は先の話だ。
回帰前の通り、その時期に順当に出現していれば、ユランの『抜剣レベル』も回帰前に近いモノとなっていたであろう……。
『完全抜剣』──レベル10……。
そうなれば、『鎧の魔王』とて容易に討伐出来ていたはずだ。
『レベル5』や『レベル6』には不可能でも、それ以上ならば……。
「皆様、こちらに注目して下さい。今、私たちが置かれている状況について説明いたします……」
リリアが、広間に集まっている面々の前に立ち、現状について説明を始める。
流石、神人の権威と言う所か……それまで割と騒がしかった生徒たちは、リリアの話を聞くために押し黙った。
「まず、『この場所はどこか』と疑問に思っている事でしょう。いきなりこの場所に取り込まれ、混乱している人もいるかもしれません。……隠したとしても、すぐにわかる事ですから、説明いたしますが……ここは『魔王城』です」
──その言葉を聞いた瞬間、Dクラスの生徒、そして従者たちが一斉に声を上げ騒ぎ始める。
いや、それは、ある程度戦う力を持っているCクラスの生徒も同じだ。
アカデミーで学ぶ、Cクラスの生徒やDクラスの生徒……いや、『下級聖剣』である従者たちだって知っている──
魔王城──
『魔族の王』の根城の事は……。
「ま、魔王城なんて! そんな訳ないだろ! 何かの間違いじゃないのか!?」
「で、でも……リアーネ様がおっしゃった事よ? 魔王の事をよく知る神人が言うんだから……」
「魔王なんて……。レベル1の俺たちが何人集まろうが勝てる訳がない……。ど、どうすれば……。お、大人しく助けを待った方が良いよな?」
最初に声を上げたのはCクラスの生徒だ。
だが、Cクラスの生徒は魔王の存在を知り、気圧され、恐怖を感じながらも、すぐに今後どうすれば良いのかを話し始めていた。
流石、聖剣士見習いと言うところか……。
それとは対照的に──Dクラスの生徒や従者たちなどは皆、恐怖に震え、床に蹲って立ち上がることすら出来なくなってしまう。
「魔王城には、魔王以外にも多くの脅威──強力な魔物なども出現するそうです。しかし、私たちの目的は、魔物や魔王の討伐ではありません。〝生きて魔王城を出る事〟です。無理に戦う必要はありません」
リリアはそう言うが、内部構造などまるで分からない場所だ……完全に魔物を避けるのは無理だろうし、遭遇したら戦わざるを得ない場面も出てくるだろう。
リリアが言った事は気休めに過ぎない。
リリア自身も、それを分かった上での発言だった。
「皆さん不安でしょうが、私を信じて付いてきて下さい。万が一にも……魔王が出現した場合には、私が何とかいたします。この、水の神人──リリア・リアーネが」
リリアのぶった演説は、広間に集まった面々の心を動かすには十分だった。
『神人の言う事なのだから』……と。
──しかし、ここに集まった面々は知っている。
リリアが世間でどう呼ばれ、どう言う扱いを受けているのかを……。
リリア・リアーネ──出来損ないの神人。
なので、彼ら彼女らは、リリアの言葉を単純に信じた訳ではない。
ただ、恐怖に囚われた心が、絶望した心が……リリアの言葉を信じなければ、正常な形を保てなかっただけなのだ……。
そんな心の動きなど、何かがあれば、呆気なく瓦解するだろう。
*
「それて、これからどうしますの? 無駄な戦闘を避けて出口を探しつつ、救助を待ちますか? 今の王国に、この場を何とか出来る者がいるとも思えませんけど……」
神人の権威で、一旦ではあるだろうが、広間に集まった者たちも落ち着きを取り戻していた。
リリアはその場を離れ、今後の方針を話し合うためユランたちの所に戻っていた。
「……救助は期待しない方が良い。と言うより、魔王城の外は大変な事になっているだろうから、救助に人を割く余裕なんてないはずだ。それに、救助が来たとしても、相手は魔王……犠牲者が増えるだけだよ」
リリアの問いかけに、ユランはそう答える──
「外が大変な事になってるって、どう言う事なの?」
ユランの言葉に、隣にいたニーナが問う。
「魔王城が現れると、それと同時に、周辺には理性をなくした魔物が大量に現れる──『魔物の暴走』だ」
「魔物の暴走……」
「外に出現する魔物はそれほど強くないし……外にはラティが居るから、魔物に遅れを取るような事はないと思う。僕たちは魔王城からの脱出を第一に考えよう」
「そ、そうですわね。外のことを気にしている余裕などないのだから、ユランの言う通りここを出る事を考えましょう。貴方たちもよろしいわね?」
「了解です」
「……は、はい」
ユランの意見に、リリア、ニーナ、プラムは皆素直に従う。
「……リリア。早速だけど、ここに集まった皆んなを先導して欲しい。早くこの広間を出よう」
「なぜですの? じっくりと作戦を練ってからでも、遅くないのでは?」
「魔王城の中で、一箇所に止まっているのは良くない。ここにも、魔物の暴走の波が押し寄せるかもしれない……手探りでも前に進んだ方が良いんだ」
「……分かりましたわ。皆にその事を伝え、ここを出ましょう」
そう言って、リリアは再び広間に集まった面々の前に立った。
*
回帰前の世界で『鎧の魔王』の居城に乗り込んだ際、主要メンバーは、
傭兵のユラン、
エルフの王女ニーナ、
神聖術士のアニス、
そして、人類最強と呼ばれた聖剣士のシリウスだった。
だが、魔王城に入ったばかりの頃には、他にも200人規模の兵士がいた。
傭兵やエルフ、そして元平民の兵士など、様々な種族、経歴の者たちがいたが……
全て、魔王がいる部屋──『王の間』にたどり着く前に息絶えてしまった。
その原因となったのは、魔王城の中に出現した〝強力な魔物〟だ。
一体一体が魔物の域を超えた……それこそ、『上位の魔貴族』に匹敵する力を持っていた。
いや、単純な強さならそれ以上か……。
シリウスの名の下に集った兵士たちは、彼女を『王の間』へと導くために盾となり、犠牲となった。
……それは、今ユランたちが置かれている状況に酷似している。
集まった人数、そして戦力なども……。
回帰前の時は、『下級聖剣』がほとんどで、数に対して戦力の低さが目立ったが、それでも200人近くの戦える人間がいた。
しかし、今は……
Dクラスの面々や従者たち、いわゆる『非戦闘員』が合わせて150人近く。
マトモに戦える人間は、魔王城出現に巻き込まれたCクラスの50人だけだ。
戦える人間の数だけでみれば、回帰前よりも圧倒的に少ないが……Cクラスの面々は全員『貴級聖剣』。
『抜剣術』がレベル1だとしても、Cクラスの50人だけでも、回帰前の200人の兵士に比べて戦力的に劣りはしないだろう。
しかし、それは同時に──
『今の戦力では、城内の魔物にすら対抗出来ない』
と言う事を意味していた……。
*
「出来るだけ纏って動きましょう。私やCクラス──戦える者たちが前に出ますわ」
リリアは、そう言って集団の先頭に出る。
ここに集まった集団の中では、ルミナスソードの恩恵を受けたリリアが、間違いなく最強。
それは、同じ『神級聖剣』を持つユランを含めたとしても変わらない……。
ただ、強力な敵に遭遇してしまった場合、リリアの『抜剣術』は必ず必要になるだろうから、『抜剣術』を温存しなければならない事は言うまでもない。
回帰前と同様、リリアを守りながら進むのがセオリーだが……
今回の目的は『魔王討伐』ではないため、回帰前ほど過度にリリアの〝温存〟を気にする必要もないだろう。
使い所は重要だが、ここぞと言う時は使ってしまった方が良い。
それに、リリアは『隠剣術』をユランから教わり、習得しているため、『抜剣術』を使用しなくても戦闘力はCクラスの面々より圧倒的に上だ。
そう言った意味で、リリアが集団の先頭に立つのは理に適っていると言える。
逆に、Dクラスの生徒で、神人である事を知られていないユランは、後方を守る事になった。
ユランが、神人である事を明かさない理由は──
今更、神人である事を説明したところで誰も信じないだろうし……リリアに向けられた、ただでさえ〝危うい信頼〟が揺らぐ事を危惧したためだ。
(今回は戦う事が目的じゃない。まず、生きてここから出る事だ)
リリアを先頭とした集団は、広間を出て、周囲を警戒しながらジリジリと牛の歩みを進める。
……魔王城の中は薄暗い。
(さっきの部屋が、『鎧の魔王』の居城の大広間だとしたら……この先には──)
大広間から出て、ほぼ一本道だった廊下を進んでいくと──
(やはり、上階と下階を繋ぐぶち抜きの螺旋階段……。頭では否定したかったが……。さっきの広間は回帰前、私たちが最後に休養を取った場所──ここは『鎧の魔王』の城で間違いない……)
巨大な螺旋階段がある踊り場へと出る。
「ここは、下へ……」
リリアは、迷わず下階へと続く道を選択した。
と言うのも、リリアは、ユランからある程度の道筋を伝えられており──『ここより上階には絶対に行かない事』と言い含められていたのだ。
回帰の事を知らないリリアは、当然、ユランが城の内部構造を知っている事に疑問を持つだろうと思ったが──
リリアは、その事をユランに問う事もなく、無条件にユランの言葉を信じた。
ユランとしては、リリアから向けられる絶対的な信頼に頭が下がる思いだ。
そうして、ユランがリリアを言い含めてまで上階を避けた理由は──
「……つっ」
ユランが、歯を噛んで上を見上げた先に……
『王の間』──
『鎧の魔王』が居る部屋があるからだった……。
*
「階段は一度に大勢が降りられるくらい大きいですが……人数が人数ですので、注意して──」
リリアが、そう言いかけた瞬間である。
──ゴォォォォ!!
轟音が辺りに響き、集団の少し前辺り──何もない場所に、突如として真っ黒で巨大なモヤが立ち込めた。
そして、次の瞬間には──
螺旋階段へと続く踊り場に……50体ほどの巨大な魔物が現れる。
その魔物の姿を見たユランは、ある違和感を覚えた。
(『超級種』の魔物だって? 一体、どう言う事なんだ?)
『超級種』とは、『上級種』の魔物を超える強さを持った個体で、個々の強さは『上級種』を大きく上回る。
勿論、『中級種』相手にも数人掛りで挑まなければならないCクラス生徒では、一体ですら討伐不可能な相手だ。
それが50体……
普通ならば既に詰み状態ではあるが、ユランが考えていたのはそんな事ではない。
(回帰前に比べて、魔物が……弱過ぎる?)
……ユランが感じた違和感はそれだった。
回帰前、『鎧の魔王』の居城で現れた魔物は、一体一体が『上位の魔貴族』……いや、『下位の魔王』ほどの力を持っていた。
現れた『超級種』は、強いと言っても所詮は魔物……『下位の魔貴族』ほどの力もない。
それでも、『超級種』が自然発生するほどの魔王城の主──強力な魔王である事には変わりないのだが……ユランは、回帰前との違いに強烈な違和感を覚えていた。
「な、なんだよアレ……。あんな魔物見た事ない……。外にいた奴らとは全然違うじゃないか……」
「こんなの、私たちでどうにかなる訳ない。お母様、お父様……助けて……」
出現した魔物を見た瞬間、Cクラスの生徒たちは完全に戦意喪失してしまう。
皆、恐怖からガタガタと身体を震わせ、その場を動く事も出来ない。
中には、腰を抜かしてへたりこんでしまう者までいた。
彼ら彼女らも聖剣士見習いだ。
相手との〝力の差〟が分からぬ筈がない。
「……違和感は拭い切れないけど、まずはコイツらを何とかしないと」
ユランは、そう呟いて前に出ようとするが──
バッ!
リリアがユランに向かって右手を差し出し、それを制止した。
──『大丈夫だから来るな』と言いたいらしい。
『超級種』を相手取るとなると、『隠剣術』では足りず──『アクセル』をマックスに近い状態で使用しなければならないだろう。
『アクセル』は過度な負担を要する技……リリアはユランに『温存しろ』と言いたいのだ。
逆に、『アクセル』を使えないリリアは『隠剣術』で戦わねばならず、『超級種』を相手にするなら『抜剣術』を使わざるを得ない。
それでは、現時点でリリアより戦闘力の低いユランを温存させる意味がない。
だが、リリアにはユランにはない〝奥の手〟が一つ──
『水の楔』
『完全拘束』の神聖術だ。
リリアが『完全拘束』を唱えた瞬間──
ギャリリリィ──……
数百本の水の鎖が突如として出現し、魔物たちを拘束して行く。
『下位の魔王』ですら拘束してしまう鎖だ。
『超級種』の魔物程度が、逃れられるはずもない。
鎖に捕えられた魔物は、力の根源たる魔力を封印され──本来の力を出す事も出来ず、リリア一人になす術もなく敗れるのだった……。