【14】『魔物討伐遠征』開始
アーネスト王国の王都から西へ西へと進んで行くと、草木の生えない岩肌の大地がある。
──ゴリアン地帯と呼ばれる場所だ。
この場所も、数ヶ月前までは草木が青々と茂る緑豊かな土地であったが……突然発生した瘴気の影響で〝瘴土〟と化し、草木の生えない荒地となってしまった。
瘴土は魔力によって汚染された土地で、瘴土からは『魔物』が自然発生し、近隣の村を襲うなど多大な被害を及ぼす恐れがある。
その瘴土から生まれた魔物を討伐し、近隣の町村や、そこに暮らす人々を護る事も聖剣士の職務の一環であった。
ただ、瘴土から生まれる魔物は『下級種』から『中級種』程度であるため、正規の聖剣士でなく、聖剣士見習いであるアカデミー生でも数人も集まれば難なく討伐できるほどだ。
なので、正規の聖剣士ではなく、アカデミー生の訓練の一環として『討伐遠征隊』が組まれる事がある。
今回、ユランたちDクラスが荷物持ちとして同行する『魔物討伐遠征』も、そのような経緯からアカデミーに割り当てられた非正規の任務だった。
『抜剣術』が扱えないDクラスでは、魔物の討伐など無理な話だが、今回の討伐遠征Cクラスがメインで行う任務……
『レベル1』が100人以上在籍しているCクラス組ならは、難なく熟せる任務だろう。
魔物の討伐程度で大規模な『遠征隊』が組まれる事は稀であるが、今回の遠征はアカデミー生の訓練の一環として行われている。
そのため、危険を少なくするために極力配慮されており、講師陣も参加するなど、かなり大規模な遠征隊となった。
実力も確かで、魔物退治など経験する必要のないB、A、Sクラスなどは参加していないが、それでも講師陣を含めればその総数はかなりの数となり……
さらに、実際に戦闘に参加する訳ではないが、遠征隊にはユランたちDクラスの生徒20人や、Cクラスの従者たちも付き従う。
アカデミー生と言えども、彼ら彼女らは貴族……身の回りの世話をする従者を連れてきている。
勿論、荷物持ちの従者もだ。
それらを全て含めると、討伐隊の総数は500人を超え──
最早、『大遠征』と呼んでも差し支えないほどの規模だった。
その遠征隊の中でも、ユランたちDクラスは荷物持ち……。
それはつまり、Dクラスの生徒たちは〝従者と同じ扱い〟と言われている事に他ならない。
*
『主人殿。私が言った事をゆめゆめ忘れるでないぞ』
遠征隊がゴリアン地帯を目指す道すがら、ユランの肩に乗った羽の生えた黒トカゲ──ラティアスが耳元でそんな事を言った。
「分かっていますよ。今回はラティの力は借りられないって事でしょう?」
『そうだ。私の本体は王都にいるのだから、本体から距離が離れれば分身体の力も弱まる。目的地──ゴリアン地帯まで離れるとなれば、私の力は1割程度に落ちるだろう。それはつまり、主人殿と同程度になると言う事……主人殿が勝てない相手なら、私の力も及ばないと言う事になるのだ』
「1割で同程度なんですね……」
ラティアスの言葉に内心ショックを受けるユランだったが、今回はたかが『魔物の討伐遠征隊』だ。
今のユランならば、『隠剣術』だけでも余裕で相手取れる程度の相手であるため、ラティアスの心配は杞憂に終わるだろう。
「まあ、それでも大丈夫ですよ。瘴土からはそれほど強い魔物も生まれませんし、いざとなったらリリアだって居るんですから」
ユランの言葉の通り、瘴土からはそれほど強力な魔物は生まれてこない。
強くて『中級種』程度の魔物……。
まあ、それでも『レベル1』のCクラスの面々にとっては強敵となり得るだろうが……多人数で攻めれば十分に討伐が可能であろうし、彼らの後方には講師たちも控えている。
それに、今回の遠征には、神人リリア・リアーネを筆頭に聖剣士アカデミーの生徒会まで参加しており(生徒会メンバーは全員『レベル2以上』)──
ハッキリ言って戦力過多だ。
本来なら、学年の違う生徒会メンバーが一年生の、しかもCクラスの遠征になど参加する事はないのだが……
ユランが遠征き参加すると聞きつけたリリアが、裏から何かしらの手を回し、無理矢理参加した様だった。
リリアに関しては、ルミナスソードを手にした事により、実力以上の『抜剣術』の発動までも可能となっており……
その気になれば『レベル4』だけでなく、『レベル5』『レベル6』までも使用出来る様になった。(ルミナスソード談)
ただ、無理に高レベルの『抜剣術』を使えば、身体にかなりの負担を強いるのだが……。
それでも、ハッキリ言って、戦闘力なら今のユランを大きく超えたものとなった。
チート級アイテムの影響で、いきなり大きく差をつけられてしまったのだから、ユランとしては複雑な心境だが……
ユランは、リリアの悩みが一つ解決したのならそれで良いとも思っていた。
それに、リリア──回帰前のシリウス・リアーネはユランにとって憧れの存在……リリアが強くある事は、純粋に嬉しかったりもする。
『リリリは強くなったが、私はそれが心配でもある。強力な力と言うのは、時として人の心を歪ませるからな……』
「不吉な事を言わないで下さいよ。今のリリアは心も強くなりましたし、大丈夫なはずです」
ユランはラティアスの言葉にそう答えたが、回帰前のリリア──シリウス・リアーネの姿を知っているユランは『絶対に大丈夫』と言い切る事も出来なかった。
シリウスは力を求めるあまり、あの様な姿になってしまったのだから……。
ユランが何とも言えない顔でため息を吐くと、そのタイミングで、遠征隊の列の前方から一人の少女が駆けて来るのが見えた。
妖精族の少女ニーナだ。
ニーナは、ユランたちDクラスの面々の前まで走って来ると、
「ここで一時休憩とするそうです。各々、食事を摂り、休息を図って下さい」
そんな事を言った。
そんなニーナの姿に、Dクラスの生徒を始め、付近に居た従者組も面食らった様にニーナを見つめ、困惑して口を開けずにいた。
それらの面々と同様に、ユランもニーナの姿に疑問が浮かんだため、ニーナに直接尋ねる事にする。
「あの、ニーナ──」
「すとーっぷ! 言いたい事は分かるから」
ニーナはそう言ってユランの言葉を遮ると、自分の今の状況を説明した。
「Cクラスの私が、何で伝令係みたいな事をしてるかって事でしょう?」
「う、うん」
「この世で最も高貴な種族……エルフの王族でありながら、伝令係なんて誠に遺憾ですけどね、それは仕方ないのよ。この遠征って『人間たちのゴタゴタ』でしょう? 前に説明したと思うけど、私はそれに関われないのよ。それを説明したら、遠征隊長である『クソ講師野郎に』……おほん。その『ゴミクズ』に『伝令係をやれ』って命令されちゃった訳」
(何で言い直したんだ?)
やたらと早口で捲し立てる様に言うニーナに、ユランは若干引き気味で何度も頷いた。
*
「目的地──ゴリアン地帯までは後5日以上もかかるらしいから、貴方もしっかり休んでおいた方が良いわよ」
Dクラスの面々が一箇所に集まり、各々で自由に休息を取っている中……少し離れた場所で所持品をチェックしていたユランの隣に、ニーナが腰を下ろしながら言った。
ユランとしては、地面に腰掛けているだけでも十分な休憩になる。
それに、ユランはクラスで浮いてしまっているため、雑談にも参加せずに手持ち無沙汰になり……何となく所持品を点検していただけだ。
ユランはDクラスでは完全に腫れ物扱いであったが……それを深く気するほど繊細な性格でもなければ、全く気にしないほど無神経でもない
中々、微妙な心理状態だった。
「十分休ませてもらってるよ。まあ、まだ遠征が始まって間もないし、疲れてないって言うのもあるんだけどね」
「ふぅん、そうなんだ」
ニーナはユランの答えに対して、何とも気のない返事を返す。
何気ない会話で話しかけたは良いものの、質問の答えは別段求めていなかった様だ。
「……悪かったわね」
ニーナは、抜けるような青空を見上げ、唐突に謝罪の言葉を述べる。
「……?」
ユランはニーナの謝罪の意味が分からず、疑問符を浮かべるが──
「『魔竜バル・ナーグ』の事……。貴方たちに押し付ける形になっちゃったし、碌に説明もしてなかった」
ニーナはそう語る。
ニーナの言う通り、結果的にはバル・ナーグの監視者であるはずのエルフ族は、その措置を人間に委ね──いや、押し付ける形でドラゴン・オーブを寄越した。
それも、ドラゴン・オーブを管理する任にあるエルフの王族、ニーナを使者にして……。
ニーナとしても、自分の気持ちを度外視し、エルフ族の総意として、人間に役目を押し付けなければならなかった事に心を痛めていた様だ。
ニーナ個人がどう思っていようが、人間とエルフの確執それほどまでに深い。
『──エルフ族の姫か。お前の気持ちは分かるが、結果的にそれで良かった。妖精族に私は止められん』
俯き加減で落ち込むニーナを見兼ねたのか、ラティアスがそう声を掛ける。
「!?」
ニーナは突然話し掛けてきたラテアスの存在に驚き、目を見開いてそちらを凝視した。
『ふむ、驚いているな……。無理もない。私はお前たちエルフの長の──』
「……トカゲが喋った!?」
『おい……。お前は『神竜の巫女』だろう? なぜ、私が分からない……。私はお前たちエルフの長の──』
「しかも、何か偉そう!?」
『……偉そうではなく、実際に偉いのだ。何せ私はお前たちエルフの長の──』
「さらに傲慢だった!?」
『喋らせろ! なぜ絶妙なタイミングで口を挟む!! 主人殿の周りにはこんな女しか居ないのか!?』
(……貴方もその内の一人ですけどね)
ユランは喉の奥からツッコミの声が出掛かったが、既所でそれを飲み込んだ。
声に出したら、またややこしい事になるに決まっているからだ……。
「ユランのお、女だなんて……なんて事言うの、このトカゲは! わ、私は頼りない──守ってあげたくなる様な〝男の子〟が好きなのよ! ま、まあ、ユランもある意味頼りない男の子なんだけどね……。って、何言わせるのよトカゲ!!」
『なぜ〝男の子〟を強調した!? それに、私はお前を主人殿の女などと言ってない! 主人殿もナチュラルにディスられてるぞ! もう一度言うが、主人殿の周りにはこんな女しかいないのか!?』
(だから、貴方もその内の一人ですって……)
「『あんたもその内の一人だ』ってユーちゃんが言ってるよ、ペット!」
「ちょ! レピ姉ぇ」
ユランの心の声を的確に読み取った様に、ニーナとは反対側に最初から腰掛けていたレピオが言った。
「誰!?」
レピオは、ずっとユランの真横に座っていながら、その近くにいたニーナが気付かないほど綺麗に気配を消していた。
それこそ、声を出さなければ、ニーナは最後までレピオの存在に気付かなかっただろう。
『……あ? 主人殿が、そんな酷い事を言う訳がないだろう? また『竜眼』喰らわすぞ? なあ、主人殿、そうであろ?』
「…………ソッスネ」
こうして、何も話が進まないまま休憩時間は終わった……。