【12】ルミナスソード
「で? 私に御ゲリラ痛を与えて下さった『御剣様』は、どう言う御つもりでそんな事を御なさったの?」
【御ゲリラ痛って……言葉遣いが変だけど、もしかして怒ってる?】
「怒らいでか! 私に無断で痛みを与えたのも許せませんが……何より許せないのは、私の〝乙女〟に大打撃を与えた事ですわ!!」
バンッとローテーブルを強打しながら、リリアが叫ぶ。
叫んだ相手は、ローテーブルに置かれた『青い剣』だ……。
剣に話しかけるなど、傍から見れば、頭のおかしな人だが──
【いやいや、ワタシが与える『痛み』は成長のための愛の鞭なんだ】
この剣は喋る……。
バンッ!(机を叩く音)
「成長のためだからと言って、何でも許されるわけではありません! 特に、〝乙女の聖域〟に踏み込む様な行為など──」
【ああ、ワタシも生物学上は女……。つまり乙女な訳だし、問題ないのでは?】
「黙れ!!」
バンッ!(机を叩く音)
『リリリ、我々は皆、乙女……。そんな、はしたない言葉遣いはいけません』
「急な乙女ムーブやめろ! あとリリア!!」
バンッバンッ!!(机を叩く音)
*
ラティアスの力で『呪い』が解かれ、本来の姿を取り戻した『青い剣』。
ブラッドソードには、
『所有者に耐え難い苦痛を与える対価として、抜剣術のレベルを上げる』
と言う効果があったが、この『青い剣』──ルミナスソードには、
『所有者を〝強き者〟へと導く』
と言う効果がある。
意思を持つ剣……インテリジェンスソードはこの世界では珍しい武器であるが、それを手にしたリリア自身は、
『まあ、喋るペットがいるのだから、喋る剣があってもおかしくない』
程度に思っていた。
……それこそ、リリアの世間知らずの為せる業だ。
*
【少しは落ち着いたかい?】
大声で叫び続けるリリアに、ルミナスソードは呆れた様にそう言った。
「……貴方がそれを言います? まだ、まだ、まだ、まだ、まだまーだ、言いたい事はありますが……話が進まないので私が折れましょう」
リリアはルミナスソードをギロリと睨み付けると、ため息を吐いた。
【先ほども説明したと思うが、ワタシは君に力を貸そうと思う。誠に不本意ではあるが、そこの〝卑しいトカゲ〟に助けて貰った恩を返そう】
『ドブの様な匂いを漂わせた**のくせに、偉そうに言うではないか』
【あ?】
『あ?』
「喧嘩はおやめなさい。話が進みませんわ」
ラティアスは腕組みをしてルミナスソードを睨み付け、ルミナスソードは淡い光を発しながら、怒りを露わにする(多分そう)。
どうやら、この一匹と一本はそりが合わないらしく、お互い嫌悪感丸出しだった。
【この卑トカゲと違い、ワタシは優秀だ。君を〝最強〟へと導いてあげよう。自分たちで何でも解決しようとする『竜族』とは違い、ワタシは〝導く〟のが仕事だ】
『貴様、それは──』
キッ!
何か言おうとするラティアスを、リリアが一睨みで黙らせる。
ラティアスは『むう……』と呟き、不貞腐れた様にそっぽを向いた。
「で? 私を導くと仰りますが、何をして下さるの?」
リリアが問うと──
【まあ、手始めに抜剣レベルの向上かな】
ルミナスソードは事も無げに答える。
【と言うか、ワタシの話を素直に信じすぎでは? 実際、得体が知れないだろう? ワタシは】
「敵意を感じませんから。それに、世間知らずな私だって、誰彼構わず信じる訳ではないですわ」
リリアがあっけらかんとした様子で返すと、ルミナスソードは驚愕した様な表情になり(多分そう)、小さな声で呟いた。
【……単純。流石ワタシの〝血縁〟と言う事か……。しかし、話が出来すぎていないか? たまたまワタシを手に取ったのが、リアーネ家の者だなどと……】
「何か言いまして?」
ルミナスソードの呟きは、リリアの耳には届かなかった様で、首を傾げて疑問符を浮かべている。
「それにしても、抜剣レベルを上げるなどと簡単に言いますが、本当に可能なんですか?」
【君に嘘は付かないよ。と言うよりも、もう上がってるはずだよ? たった1レベルだけど……】
「……は?」
【驚く事でもないだろう? 『呪い』状態でも出来た事だ。ただし、君の実力が伴わない内は、『レベル4』でも、使用時にそれなりの〝痛み〟がある。そこは要注意だ。戦闘において、痛みで集中力が乱れれば──って、うわ!】
──ガシィ!!
突然、リリアによって強引に掴み取られたルミナスソードが、言葉の途中で声を上げる。
「今、仰った事が本当なら、私は貴方の非道な行いの全てを許しましょう」
【……へ?】
「まさしく、貴方は私の求めていたパートナーです。私は、『利用できるモノは何でも利用する』と腹を決めました。乙女の心を土足で踏み荒らし、お下品な言葉を発しさせた罪は重いですが……許します」
【……ありがとう?】
「私の乙女の叫び(雄叫び)を、私の大事な──おほん! ユランにでも聞かれていたら別ですが、幸い、それを知る者は少ない。ほほほ、全て許しますわ」
今まで、どれだけ努力しようとも『抜剣レベル』が上がらなかったリリアだ。
『自分の力で壁を越える』と強がっていたものの……周囲からの嘲り、失望の視線などを浴び続け、心が磨耗し切っていた時にこの光明。
リリアが浮き足立ってしまうのも、無理からぬ話だった。
『あー、すまぬリリリ……』
そんな、リリアの明るい気持ちに水を差す様に……ラティアスが、バツが悪そう顔で視線を逸らしながら、リリアに声を掛ける。
「なぜ謝るのですか? 今の私は何を言われても許せる広い心を持っていますので、何でも仰ってくださ──」
──ガチャリ
「あの……何かゴメン……」
そう言って応接室に入ってきたのは、今までの会話を──そしてリリアの少女の叫び(奇声)を全て聞いていたであろう、ユランだった。
「──絶対に許しませんわ」
リリアは失念していた。
すでに、ほぼユランの『使い魔』ならぬ『使い竜』と化しているラティアスが居るのだから、ユランだって居る。
その後、リリアが、しばらくアカデミーの学生寮に引き篭もってしまったのは言うまでもない……。
なお、ラティアスに『竜眼』を掛けられたままのスコーピオンと初老の男は、『竜眼』を掛けた張本人にも忘れ去られ、従者が発見するまで応接室の隅で大人しく正座していた。