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【9】そのときリリアは……

 「はぁ……はぁ……はぁ……」


 聖剣士アカデミーの施設内にある修練場──


 そこは、戦闘訓練を行うための器具から始まり、果ては精神修行に用いる『瞑想部屋』などといった、一風変わった設備まである場所だ。


 その修練場において、最早〝修練場の主〟と言って良いほど、毎日の様に通い詰めている者がいた……。


 水の神人、リリア・リアーネだ。


 兄の謀反により、リリアは現在かなり危うい立場に立たされている。


 アーネスト王国の法律上は、『親族が罪を犯しても、明らかな共犯関係になければ罰せられない』とあるため、グレンの離反によりリリア自身に罪が科せられる訳ではないが……


 リリアに向けられる世間の目は思いの外、厳しいものだった。


 特に、平民はグレンの存在を〝平和の象徴〟として()()()()()()節があったため、グレンの妹であるリリアに対する批判的な反応は特に顕著に表れている。


 グレンとリリアは同じ神人あるが……


 二人実力に明確な開きがあり、リリアの実力では〝王国の守護者足り得ない〟と判断されている事もあるのだろう。


 「リリア姉さん……あまり無理をしないで。旦那様(ユランくん)が心配する」


 リリアが無理をしない様にお世話──いや、()()をユランから命じられているリネアは、身体中傷だらけで荒い息を吐いているリリアに苦言を呈す。


 リリアの危機迫る様子に、『自分では止められない』と分かりつつも、リネアは定期的に声をかける様にしていた。


 「大丈夫。まだまだ……」


 そう言って木剣を握り直すリリアの手は、マメが何度も潰れて血濡れており、木剣の柄部分が真っ赤に染まっていた。


 「せめて治療して……。痛々しくて見てられない」


 「……そうね。このままでは、訓練の効率も悪くなってしまうわね」


 リネアの心配を他所に、『言われて初めて気付いた』といった様子で、血だらけの両手を見下ろすリリア。


 その視線は冷静と言うよりは冷め切っており、「痛みなど感じていない」と言いたげだった。


 「効率って……そう言う事を言ってるんじゃないんだけど」


 リリアの反応を見て、リネアは少しだけ怒った様子で声を低くした。


         *


 「姉さん、何でそんなに頑張るの? お兄さんの事は、姉さんの所為じゃないでしょ?」


 リリアの手に傷薬(ポーション)と呼ばれる治療薬をかけて治療しながら、リネアは問う。


 ポーションは擦り傷などの簡単な傷を治療するための薬品で、リリアの手の平の傷薬程度なら跡も残らずに綺麗に治るだろう。


 『修復(リペア)』や『回復(ヒール)』などの神聖術の方が効率が良いため、ポーションはあまり使われることのない代物だが、神聖術に明るくない市民などにとっては必需品の薬だ。


 リネアはそれらの神聖術を使えないため、自分で調合したポーションを常に持ち歩いていた。


 「(わたくし)は弱いから……無理してでも強くならないといけないんです。兄を止めるのは、私の役目ですから……」


 手の平の傷が塞がったのを確認すると、リリアは治療を行なったリネアに礼を言い、再び木剣を握る。


 結局、こんな事の繰り返しだ。


 リネアが治療を名目にしてリリアの無茶を止めたとしても、それは一時的で……治療が終わればすぐに自分を痛めつける訓練を再開してしまう。


 「強く……強くならなければ……。もっと……もっと!」


 リリアは木剣を振りながら何度も呟く。


 その鬼気迫る様子に、リネアは結局口を噤んで様子を見守ることしかできなかった……。


         *


 リリアが感じているのは焦りだ。


 自分たちに残されたのは、二年と言う短い時間。


 それも、聖人セリオスが公言した言葉を守ればの話であるが……。


 人によっては二年と言う月日は長く感じられるかもしれないが、リリアにとってはそうではない。


 何故なら、ここ数年間、リリアの『抜剣術』には目立った成長が見られないからだ。


 神聖術に才能を見出し、今までユランや聖剣教会の神聖術士指導の下でそちらを磨く事に尽力してきたが──


 リリアは、それだけでグレンを止められるとは思っていない。


 やはり、戦闘において『抜剣術』は必要不可欠なのだ。


 「……」


 リリアは無言で木剣を振り続ける。


 手の皮が破れ、血が噴き出そうとも……


 無理矢理身体を酷使し、傷だらけになろうとも……


 構わずに……。


 レベル3──


 その()()()()を越えなければグレンに対抗しようなど、とても無理な話だ。


 だが、回帰前の世界では、リリアがどれだけ努力しようが自力でレベル4に至る事はなかった……。


 悲しいかな、リリアには『抜剣術』の才能がなく、呪いの剣──『ブラッドソード』の力に縋るしか方法がなかった。


 壁を越えるためには、やはり……。


 「……ぐぅ」


 ごぼ──……


 これまでの無理が祟ったのか、リリアは血を吐き──床に両膝を付く……。


 「リリア姉さん!」


 近くでリリアの鍛錬を見守っていたリネアは、すぐにリリアの状態に気付き、駆け寄った。


 そして、リリアを介抱しようと、ポーションを取り出すが──


 バシッ!


 リリアはそのポーションをリネアの腕からひったくる様に奪い取ると、自らの口元まで運び、「グイッ」と一気に煽る。


 「けほっ……けほっ……」


 咽せて何度も嘔吐くが、ポーションを無理矢理飲み込み──


 「……つっ」


 リリアはポーションの回復の効果が表れるのを待つこともなく、すぐに立ち上がって鍛錬に戻ろうとする。


 「──つっ! この──!」


 バッ!!


 リリアのそんな〝自分を顧みない〟様を見て、リネアは遂に我慢が限界を越え──


 右手を大きく振り上げた。


 〝殴って〟でもリリアを止めようと思ったのだ……。


 「あぁ、神人殿。〝力欲しさ〟にそこまで無理をなさるか……」


 しかし、そんなリネアの行動を静止する様に、突然、横槍に声が掛かる。


 リネアが咄嗟に、声のした方に振り返ると──


 いつの間にか、修練場の入り口に一人の男が立っていた。


 初老の──オールバックに纏められた真っ白な髪が特徴的な男だ。


 「……誰?」


 その男の存在に気付いたリネアは、声を低くして問うと──


 相手を警戒し、毛を逆立てて威嚇する猫の様に、身を低くして男を睨み付けた。


 「……」


 一方、リネアとは対照的に、リリアは男の存在など〝眼中にない〟と言った様子で黙々と木剣を振り始める。


 「ちょ、姉さん!?」


 リリアのあんまりな行動に、リネアは慌ててそれを止めようとするが──


 「怪しい者ではありませんよ。私は()()()の命でここに来ています。貴方に力を与えるために……」


 ピタリ──……


 リネアが静止するより先に、男が放った言葉に反応し、リリアの動きが止まった。


 そして、リリアは「ジロリ」と男に鋭い視線を送り、睨み付ける。


 「……意味がわかりませんわ。(わたくし)に力を与えるため……とは?」


 普段のリリアならば、この様な言葉は完全に無視し、この怪しい男を引っ捕らえていただろう。


 しかし、今のリリアにはそこまでの心の余裕がなく……明らかに怪しい、この男の甘言に反応してしまった。


 「私を遣わせたのは、アーネスト王国王家の──然るお方……わが主は、神人様に贈り物があるそうです」


 「……」


 訝しげな視線を向けるものの、鍛錬の手を止め、男の話に耳を傾けるリリア。


 その様子からリネアはより一層男に対する警戒心を強め、サブウェポンに手を掛けようとする。


 スッ──……


 そんなリネアの行動を静止する様に、リリアはリネアの前に手を出した。


 「主からの()()()は、神人殿の願いを叶えてくれるでしょう。『力を得たい』という願いをです……」


 「そんな事が可能だとは思えませんが……?」

 

 藁にも縋りた気持ちではあるが、リリアとて馬鹿ではない。


 男が言っている事が疑わしく、そんな都合の良い話がある訳がないと分かっている。


 「いえいえ、神人殿への贈り物は特別──王国の国宝なのです。〝ソレを一度(ひとたび)手に取れば〟……『抜剣術』のレベルを簡単に上げてくれると言う素晴らしい代物。我が主は、『神人リリア•リアーネ』だからこそ、ソレを与えようと決断されたのです」


 碌な話じゃないと分かっていながら、リリアは男の話を蹴る事が出来なかった……。


 男はニコニコと笑いながら、リリアの答えを待っている。


 「リリア姉さん……この人──」


 「大丈夫、何か裏がある事は分かっていますから……。無意味な話なら、すぐに帰ってきますわ」

 

 心配するリネアの言葉を遮る様にしてそう言うと、リリアは男に伴われ、修練場を出て行く。


 「……あの人、何か嫌な感じ。旦那様(ユランくん)に連絡しなきゃ」


 『リリアに何かあったらすぐに連絡してほしい』と、ユランからお願いされていたリネアは──


 リリアの事をユランに報告するために、小走りで修練場を後にするのだった。

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