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【6】レピオとユラン

 アスクレピオスが目を覚ますと、そこは知らない場所だった。


 使い古されてはいるが、キチンと洗濯されているであろう清潔なシーツ。


 物が古いのか、ギシギシと音を立てているが、意外に安定感のある木製ベッド。


 アスクレピオスに掛けられた薄手の毛布では、真冬の寒さを凌げるはずもないのに……。


 何故か、妙な暖かさを感じた。


 「……ここは?」


 夜のうちに家を抜け出し──


 走り──


 走り──


 走ったと言うのに──


 連れ戻されてしまったのだろうか……。


 正直な話、アスクレピオス自身がどれだけ走り、どこまで来たかなど全く分からなかった。


 ただ、必死に、闇雲に、当てもなく走っていただけなのだから……。


 「ああ、目が覚めたんだね。良かったよ……。どこか痛いところはないかい?」


 そう言ってアスクレピオスに声を掛けてきたのは、恰幅のよい一人の女性だった。


 女性は、アスクレピオスが眠っていたベッドの横に置かれた椅子に腰掛け、アスクレピオスをジッと見て笑顔を浮かべている。


 女性の浮かべる優しげな笑顔は、アスクレピオスの様な幼い子供の心を解くには十分なものなのかも知れない──


 「……」


 しかし、アスクレピオスはすでに大人を信じられなくなっていた。


 「……あたしはニッカ。このノーズリーフ孤児院の院長をしている。あんたの名前は? どうしてあんなところに倒れてたんだい?」


 アスクレピオスは、ノーズリーフ孤児院の院長──ニッカに、そう質問され──


 「……名前は、レピオです。それ以外は何も思い出せなくて」


 咄嗟に嘘をついた。


 過去にあった嫌な事を〝忘れ去ってしまいたい〟と言う思いから、口を衝いて出た言葉だったのかも知れない。


 いや、自分の事を知られれば母の下に連れ戻される可能性も……アスクレピオスはそんな事を考えていた。


 「……すみません」


 「……そうかい。まあ、無理に思い出す必要はないさ。しばらくはこの孤児院で暮らすと良い。〝何か思い出したとしても〟慌てて出ていく必要もないからね」


 アスクレピオスの様子から何かを察したのか……ニッカは軽く頷くと、そんな事を言い出した。


 明らかに素性も怪しく、何も語らない子供であるアスクレピオスを──


 何も問い質す事なく、自分の下に置くと言ったのだ。


 「……いいんですか?」


 嘘をついたアスクレピオス自身すら、驚いてしまうニッカの言葉──


 アスクレピオスは、思わずそう聞き返してしまう。


 するとニッカは、何でもない事だと言わんばかりに豪快に笑うと──


 「ここはそう言う場所だからね。ノーズリーフ孤児院は、何も親を亡くした子ばかりが来る場所じゃないんだ。訳ありで親と暮らせなくなった子たちも居る……。仲良くしてやってくれよ」


 そう言って、アスクレピオスの頭を撫でた。


 頭を撫でるニッカの手の温かさに、アスクレピオスは心の奥底が、何か温かいものに包まれた様な心地よさを感じていた。


 思えば、自分と一番近しい存在であった母にすら、「頭を撫でられた事などなかったのだな」と気付く。


 「……あっ」


 フラ──……


 突然、アスクレピオスの上半身がふらつき、ベッドに倒れ込んでしまう。


 「まだ万全じゃないんだね。そのまま、ゆっくり休むと良い。次に目が覚めたら何か食べ物を持ってこよう。ああ、医者も呼ばないとだね──」

 

 横で話し続けるニッカの声を子守唄に、アスクレピオスの意識は再び闇に沈んでいく。


 不思議と、不安な気持ちは湧かなかった……。


         *


 「うー……」


 ユランは、真っ赤な顔で目をグルグルにしながら唸っているレピオを、医務室のベッドに横たえる。


 気を失ってしまったレピオを抱え、ラティアス案内で何とかアカデミー内の医務室を探し当てたのだ。


 医務室は不在で人気がなかったが、やむを得ずにベッドを借りる事にする。


 『それにしても、主人殿が積極的にセクハラ──もとい、女子に関わろうとするなど珍しいではないか。この娘はそれほど特別な相手なのか? お母さん(わたし)よりも? そんな事は許されない』


 「誰がお母さんですか……。まあ、〝特別な相手〟って言われればそうなんですけど……。ラティには、〝僕の事情〟は前に話しましたよね? そのときの……僕にとっては〝大切な人〟なんです……」


 ビクンッ──……


 『……ふむ』


 ユランが、回帰して過去に戻ったと言う事はラティアスにもすでに話してある。


 すでに過去が大きく変化し、回帰した事など話したところであまり意味はなかったが……古代からこの世界の事を知るラティアスならば、ユランの身に起こった事も分かるのではないかと思い話したまでだ。


 現にラティアスは、突拍子もないと言えるユランの話を真面目に聞き、アドバイスもくれた。


 それ自体は良かったのだが……その事情を話してからは、何かとラティアスがユランの世話を焼きたがり、ユランの『お母さん』を自称する様になってしまった。

 

 一番困ったのは、風呂や就寝する際にまでユランの側を離れようとしなかった事だ。


 しかも、何故かそれらのときだけ〝人間形態〟を取るという、何か狙っているとしか思えない行動に出るため、ユランはこれにはほとほと弱っていた。


 ちなみに、ラティアスの人間形態は、この世界では珍しい漆黒の髪に、瞳全体が真っ黒と言う、かなり特徴的なものだったが──


 豊満な身体と、人並みはずれた美しい容姿から、『絶世の美女』と言っても差し支えないほどの外見だ。


 「レピ姉ぇは僕にとって、本当に〝大切な人〟で……。僕に(家族としての)〝愛〟を教えてくれた人なんです……」

 

 ビクンッ、ビクンッ──……


 『主人殿……。そろそろ止めておけ。多分、勘違いされてるぞ』


 スッ──……


 真っ赤な顔のままで、ゆっくりと目を開けるレピオ。


 いつの間に意識を取り戻していたのか、熱に浮かされた様な瞳でユランを見つめた。


 ユランにしてみれば、『別に聞かれても構わない。レピ姉ぇなら話せば分かってくれる』などと安易に考えていたが──


 ユランが知っているのは、回帰前、『ある意味、最強に保護欲をそそる存在』だったユランに姉貴風を吹かすレピオだ。


 今のレピオから見れば──


 『突然、言いがかりを付けられ、怖い思いをしたが……そこから助け出してくれた男が、いきなり自分に愛の告白めいた事を言い出した』


 と言う、何ともヘンテコな状況だった。


 母親からも愛されず、さらに、レピオの唯一の理解者と言える孤児院院長──ニッカが与えてくれたのは、孤児院の子供全員に対する愛情で……。


 なんとレピオは、14年と言う生涯の中で、〝個人的に愛を向けられた〟と言う経験が皆無だったのだ。


 その初体験とも言える心の動きが、レピオの脳をバグらせた。


 ピト──……


 「……え?」


 突然、何の前触れもなしに、レピオがユランに全身を預け、しな垂れ掛かって来たのだ。


 そして、真っ赤な顔のまま、潤んだ瞳でユランを見つめたかと思えば──


 グルン──!


 ドサッ……。


 体術に明るいはずのユランも真っ青な投げ技で、ベッドに引き摺り込まれ、上下逆転した──いわゆるマウントポジションを取られた。


 「え!? ちょ!」


 ユランの上に乗っかったレピオは、口端を歪めて妖艶に笑うと、舌を舐めずりしながらゆっくりと──


 バンッ!!


 「ユランくん! 医務室に運ばれたって聞いたけど、大丈夫──はーい、リリーアス『害虫駆除業者』でーす。〝害虫駆除〟に来ましたー。お邪魔虫はコレで間違い無いですかー?」


 勢いよく医務室の扉を開けて現れたミュンの出現により、命拾い? したユランなのであった……。

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