【5】地下牢での一コマ
石畳に走った苔が、その場所の陰鬱な雰囲気を増長させている様に見える。
春の陽気と共に──それまでのキリリと冷えた空気は鳴りを潜め、ジメジメとした空気がその場所を支配しようとしていた。
ここは、アーネスト王国の王城内にある地下牢。
年の暮れには20以上ある牢獄も罪人で満杯であったが、今は一部屋が埋まるのみである。
以前まで居た牢獄の住人には、すでに何かしらの処分が下っているのだろう……。
今、牢獄に幽閉されているは5人の男たち。
これらは最近牢獄の住人になったばかりの者たちで、5人全員が同じ牢獄に入れられ──まさに鮨詰め状態と言った様だ。
5人の男たちは、『厄災騒動』のときにロイヤルガード隊長のクロノスを襲撃してきた〝魔剣士〟たちだった。
男たちは、誰もが牢獄の中で俯き微動だにしない。
魔剣は取り上げられた上に、牢獄には聖剣召喚阻害(魔剣にも効果あり)の神聖術が施されているため、彼らにはなす術がなかった。
「まだ、何も喋らないのか?」
牢番兼尋問を担当しているバズルルと言う男に、クロノスが声をかける。
「へい。それなりに痛めつけてやったんですが──ひひ、なかなか口が硬い奴らでして」
バズルルはアーネスト王国に使える尋問──いや、拷問のプロだ。
仕事をきっちりこなすこの男が口を割らせられないのだから、相手は相当手強いと見て良い。
「今日はキャスを連れてきたのだ。こいつらを通して、何か予言が下るのではないかと思ってな」
「はろぉ、バズルルさまぁ。キャスは多分無理だって言ったんですけどぉ……叔父様がどうしてもって言うからぁ」
第三王女キャンサーは、相変わらず〝菓子に砂糖をぶちまけたケーキ〟の様に甘ったるい声で言うと、身体をクネクネさせる。
キャンサーのそんな様を見慣れていないバズルルはドン引きしていたが、普段から癖のある親族たちを相手にしているクロノスは慣れたものだ。
「さあ、キャス。こいつらの未来を予言してみてくれ」
クロノスが指差す先にいるのは5人の〝魔剣士〟たち。
彼らもクロノスたちの来訪には気付いているだろうに、一向に俯いたままで顔を上げない。
「簡単に言わないでくださぁい。個人に対する〝意図的な予言〟は疲れるんですよぉ。本来、予言っていうのはぁ……あちらから下りて来るのを待つものなんですよぉ。それを無理矢理ぃ。酷い叔父さまぁ、ぷんぷん」
「……後で埋め合わせはするから。早くしなさい」
キャンサーは「仕方ないですねぇ」と呟くと──男たちが囚われている牢獄の前に出た。
『さあ、罪人たちよ……貴方たちの未来を教えて頂戴──』
先程までの甘ったるい喋りは鳴りを潜め、低めの声でそう言うと──キャンサーは男たちの方に向かって右手を差し出した。
「……どうだ?」
クロノスの問いに対して、キャンサーは──
「無理ですねぇ……何見えませぇん。この人たちには、罪人として処刑される未来とぉ──〝ここから逃げ仰る〟未来がありますけどぉ。どっちも真っ暗な未来──まさにお先真っ暗なんですぅ。まあ、どっちに転んでも死ぬ運命なんでしょうねぇ……」
なんでもない事の様に、そう言った。
クロノスとしては、場合によっては魔剣士たちを〝敢えて逃す〟事も考えていたが──どうにも無意味な行為らしい。
敢えて泳がせたところで、彼らの運命はすでに決まっていると言う事だ。
「あー疲れたぁ。すっごく疲れましたぁ……。キャスはこんなに頑張ったんだからぁ、叔父様の御礼を期待しよぉっと」
クロノスの方をチラチラと見ながら、キャンサーは全然疲れてなさそうな顔で言う。
クロノスは、そんな姪っ子の様子に長いため息を吐くと「ありがとう。もう戻りなさい」と言って、キャンサーを地下牢から追い出した。
「くく、我々はすでに失敗したのだ。余計な事は考えず、さっさと処刑して欲しいものだ」
キャンサーが地下牢を去った後、それまでジッと俯いて口を開かなかった魔剣士たちの一人が、突然そんな事を言い出した。
「何だ、話せるではないか。口を開かなかったのは──なす術もなくなったお前たちの唯一の抵抗と言った所か?」
「ふん。〝あのバケモノ〟の『咆哮』のお陰で助かっただけのくせに……。アレがなければ、我々はお前に打ち勝っていたはずだ」
魔剣士が言ったのは、バル・ナーグの『咆哮』の事で──それを受けて、クロノスや魔剣士たちも全員その場で気を失っていた。
たまたまなのか、それとも『皇級聖剣』の力なのか……。
とにかく、クロノスの方が魔剣士たちよりも早く目を覚ましていたため、魔剣士たちを無傷で生け取りにする事に成功していた。
「……ふ、ふん。う、運も実力のうちと言う言葉を知らんのか? それに、5対1だろうと問題なく私が勝っていたはずだ」
クロノスはそう言うが、彼の『抜剣』は多数を相手にするのには適していない。
相手は〝魔剣士〟……。
実際に戦いが長引いていれば、勝敗はどう転んだか分からないのだ。
「どうせ俺たちは捨て駒だ。最後に一つだけ──俺たち『魔剣教会』はお前たち〝聖剣士〟……そして、アーネスト王国王家を許さない」
「……『魔剣教会』だと? 何だそれは?」
「言いたい事はそれだけだ……。この後を楽しみにしているが良い」
魔剣士はそれだけ言うと、再び俯いて押し黙ってしまう。
「『魔剣教会』か……。聞いた事のない組織だが……あまり良い予感はしないな」
クロノスはそう呟くと、後の事をバズルルに任せて地下牢を後にする。
そして、クロノスは──
「おい」
地下牢に続く廊下に控えていた、ロイヤルガードメンバーの一人に声をかける。
「兼ねてより考えていた、ロイヤルガードメンバーの補充の件……アカデミーに声を掛けておけ」
「えぇ……本気ですか隊長? この時期ですよ? 皆、入学したての者や上の学年に上がったばかりの者たちです。卒業生から選んだ方が無難では?」
「それも考えているが……アカデミーのぬるま湯に長く浸かった者は根性が抜け落ちている。シゴキ甲斐がない。俺はそう言う奴らは好かんのだ。二年後の事もあるし……俺が直々に育てようと思う」
「では、新入生から募る予定なのですか?」
「まあ、そうなる可能性が高いな。ふふ、中には目を付けている奴らもいるし……楽しみだ」
クロノスはそう言うと、怪しい笑みを浮かべながら去って行った。
「隊長のシゴキか……ご愁傷様です」
ロイヤルガードの男は、まだ見ぬ〝後輩たち〟に思いを馳せ──哀れみの言葉を呟くのだった……。




