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【4】アスクレピオス

 アーネスト王国国王の13人目の子供──アスクレピオスは私生児だった。


 ある事情から、産まれてすぐに王宮の従者だった母に連れられ、市井に身を落とした。


 アスクレピオスが幼い頃、母親は口癖の様にこう語った。


 『貴方は実は高貴な生まれ……。今はこんな所で貧乏な生活を送っているけど、いつかは〝あの人〟が迎えにきてくれるはずよ』

 

 アスクレピオスは母の言う事を信じ、一般市民では受けられない様な高い教育を受けて育った。


 教師を雇う資金諸々──


 『何処にそんなお金があるのだろう?』


 とアスクレピオスが疑問に思うほど、母と二人の生活は貧困を極めていた。


 ふと、疑問に思った事がある。


 『なぜ、父は自分たちを城から追い出し、この様な状況になっても無視し続けるのだろうか?』


 アスクレピオスは父を恨んだ。


 そして、〝同じ父の血〟が流れていると言うのに、王城でヌクヌクと育ってきた兄姉たちも……。


 そんな折、母と暮らす村で一つの問題が起きた。


 アスクレピオスの母親が、村中で『この子は王族の血を引いている』と吹聴して回ったせいで領主に目を付けられたのだ。


 この村を治める領主は、王国派に敵対する『貴族派』の一人で──地方領主という立場を利用して、王国に知られないのを良い事に悪政を敷く様な人物だった。


 領主はアスクレピオスの母に言う。


 『俺は王族の血が欲しい……。お前の娘が俺の子を産めば、俺の立場も盤石なものとなるだろう』


 領主はでっぷりと肥えた身体を揺らしながら、下卑た笑みを浮かべ、アスクレピオスを舐め回す様な視線で見た。


 領主は、まだ9歳にも満たないアスクレピオスを生贄として差し出す様に母親に迫ったのだ。


 『貴方は高貴な生まれ……』


 アスクレピオスは母の事を信じていた。


 生活費を切り崩してでも、アスクレピオスの教育にお金を使うほど娘の事を愛しているのだ。


 この様な下賎な輩に、自分を売り渡すわけがない……。

 

 そう、信じていたのに──


 『娘を差し出せば、贅沢な暮らしをさせてやる』


 その一言で、アスクレピオスの母親はあっさり転んだ。


 アスクレピオスの母親は、娘を愛していた訳ではない。


 ただ、贅沢な暮らしがしたかっただけなのだ。


 「お母さん! 何でこんな事!」


 泣いて縋るアスクレピオスに、母が放った言葉は──


 「アンタが出来たとき、産まない事も考えた。でも、王族の血よ? 末端の従者である私には、美しさしか取り柄がない……。それを利用して〝道具〟を拵えて何が悪いって言うの? いつかは王国の奴らが迎えに来るんじゃないかと思ったけど……もう、我慢の限界よ。ここまで育ててやったんだから、恩を返しなさい」


 アスクレピオスにとって、絶望にも近い言葉だった。


 母は……アスクレピオスに高い教育を受けさせていたのは、


 『王国から迎えがきた際、立派に育てた恩賞をもらうため』


 だと、笑いながら語っていた。


 アスクレピオスは母を恨んだ。


 父を恨んだ。


 兄姉を恨んだ。


 アスクレピオスは、その日の内に家を出た。


 領主から与えられた金で酒をたらふく煽り、そのまま眠ってしまった母親の目を盗み……。


         *


 アスクレピオスは走った。


 夜の帷がおり、暗くなった夜道を疾走した。


 母親に見つかれば、連れ戻されるに決まっている。


 何度か転び、一枚だけ身に付けていた肌着もボロボロになってしまった。


 寒い。


 季節は冬──だった一枚の肌着では、寒さを凌げるわけもない。


 アスクレピオスはいつの間にか、地面に突っ伏し、身動きが取れなくなっていた。


 逃げないと……。


 捕まってしまう……。


 薄れゆく意識の中で、アスクレピオスはそんな事ばかり考えていた……。


         *


 『で、セクハラ大魔神の主人殿は……この状況をどうするつもりなのかな?』


 「……反省してます」


 ユランが抱き付いた事が原因で、レピオは気を失い、真っ赤な顔で目をグルグルさている。


 ユランにとっては、回帰前の知人との再会の熱に浮かされ、突然抱き付くなどと言う暴挙に出てしまったが──


 レピオにとっては初対面の男がいきなり抱きついてきたのだがら、ラティアスにセクハラだと言われても仕方がない。


 「流石に、ガイダンスには間に合わないな……」


 ユランは横抱き──いわゆるお姫様抱っこで、気を失っているレピオの身体を持ち上げた。


 『どうするのだ? この少女の事を何も知らんのに。何処に連れて行けば良いのかも分からんのだろう?』


 「そうなんですけど、ここに放置するわけにも……」


 ユランとしては、レピオに聞きたい事も多かった。

 

 出来れば、目を覚ますまで側に居たいと思っていたのだが……。


 ユランが一番気になっている事は──


 〝何故、レピオがアカデミーに居るのか〟


 と言う事だ。


 ユランが知る回帰前のレピオは、アカデミーになど通っていなかったはず。


 聖剣の等級は資格を満たしていたが、ある理由から『アカデミーには通わなかった』と回帰前に本人の口から聞いているため、それは間違いないだろう。


 回帰前と今で一番違うところ……。


 「もしかして、〝僕がノーズリーフ孤児院に居ないから〟?」


 回帰前の世界で、ユランはこの時期にはノーズリーフ孤児院と言う場所で暮らしており、レピオとも出会っていた。


 心を無くしていた時期でもあったため、レピオがどの様にして〝アカデミーに行かない〟という選択肢に至ったのかは分からないが……。


 レピオが、何かとユランの世話を焼いてくれた事は薄らと覚えていた。


 『大丈夫……。お姉ちゃんが絶対に君を護るから……』


 孤児院での、レピオの口癖であったが──


 「……絶対に僕の所為だよな? レピ姉ぇは、寮生活が必須のアカデミーに通えなかったんだ。絶対に僕の所為だ……あぁぁぁ」


 回帰前に知らなかった真実に直面し、ユランは小声で呟きながら身悶えしていた。


 『……何一人でブツブツ言いながらクネクネしてるんだ。……正直、かなり不気味だぞ主人殿』


 ラティアスが呆れ顔でそう言うが、ユランは突然、バッと顔を上げ──


 「決めた! レピ姉ぇが、穏やかな学園生活を送るために……僕がレピ姉ぇを護る!」


 などと宣言し始めた。


 『……絶対にやめた方がいいぞ? そんな事をすれば、暴走する輩も出てくるだろう……。主に仲間(みうち)だが……』


 「いや、もう決めた! ラティが何と言おうと、成し遂げて見せます!」


 『志は立派だが……。私は忠告したからな?』


 レピオを護ると言う、アカデミーの目標が出来たユランは、燃える様な使命感を持って林の中を歩いていく。


 『おい! そっちじゃないぞ! なぜ林の奥に行く!? わざとか!』


 「……」


 ラティアスの忠告を受け、ユランは無言で元の場所に戻ってくる。


 「いや、もう決めた! ラティが何と言おうと、成し遂げて見せます!」


 『何故やり直した!? 使命感に燃えすぎて、おかしくなってるぞ!』


 ラティアスの心配も虚しく、ユランはレピオの身体を抱きしめたまま、決して離そうとしなかった……。

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