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【3】再会は突然に……

 『ふむ……しっかりと『催眠』が効いておる。真人間になるまでは戻って来ないだろう』


 「ありがとうございます。ラティ、相変わらず便利な能力ですね」


 『……簡単に言ってくれるな主人殿。私は『瞳術(どうじゅつ)』があまり得意ではないのだ……。特に、〝弱き者〟が相手だと調整がな。ヘタをすると精神が壊れかねん。かなーり調整に気を使ったんだ……。主人殿はもっと私を褒めるべきだ』


 「……はいはい、本当にありがとうございました」

 

 ナデナデ……


 ユランが優しく頭を撫でると、ラティアスは気持ちよさそうに目を細め、「ゴロゴロ」と喉を鳴らした。


 その様子を見ていると──


 『5万年以上生きているが、人間で言えば赤子』


 と、ラティアスが以前言った言葉もあながち冗談ではないのかもしれない。


 「あのー……」


 ユランがラティアスの頭を撫でていると、後ろから遠慮がちに声がかかる。


 ……三つ編みの少女の事をすっかり忘れていた。


 彼女も新入生ならユランの噂の事は知っているだろうし、こっそり逃げ出していてもおかしくないと思っていたのだが……。


 ユランが振り向くと、三つ編みの少女は──


 上目遣いで、瞳を潤ませながらユランの方をジッと見つめていた。


 心なしか頬が上気し、赤らんでいるように見える。


 (ふむ。目に涙まで溜めて……余程、怖い思いをしたのだろう。しかも、噂の狂犬を前にしているのだ。今も怖くて仕方がないはずだ)


 ユランはそんな事を考え……


 「早く行かせてあげた方が良いだろう」


 と、ユランなりに気を使って少女に向かってこう言った。


 「もう行って下さい。貴方に無礼を働いた奴らは、暫くアカデミーには来ないはずなので……」

 

 「あ、あのあの……わ、私は……」


 少女は、顔を真っ赤にして俯いてしまう。


 (……かなり怖がっているな。足がすくんで動けないのかもしれない。先にこちらが去った方が無難か……)


 ユランは少女の態度から、そう結論付けると……


 「それでは、また」


 と言って、その場を立ち去ろうとする。


 しかし──


 ガシィッ!!


 少女に腕を掴まれてしまい、強引に引き留められた。

 

 「ま、まだ……名前……!」

 

 少女は、真っ赤な顔でユランを見上げながら、なんとか口を開く。


 (あんなに辛そうなのに……私に何か用事が? もしかして、礼でも言いたいのか? 随分と律儀な子だ……)


 少女の意図は分からなかったが、このままでは埒が明かないと思い、ユランは出来るだけ優しく見える様に笑顔を作ると──


 「落ち着いて下さい。何か用があるなら聞きますから」


 そう言った。


 ユランは普段から女性に対する距離感がバグっているため、初対面でも気軽に接する事が多い。


 まあ、これは回帰前からの、様々な人生経験の積み重ねが影響している部分が大きいのだが──


 何故か、この少女に対してだけは一戦引いてしまうと言うか……。


 頭が上がらないと言うか……。


 明らかにオドオドとして、か弱いと言った雰囲気全開の少女なのに……思わず敬語で話してしまう。


 それに、少女を前にすると妙な懐かしさが……そこはかとなく見覚えがある様な気がしてならなかった。


 「な、名前をぉ……お名前を……お、教えてぇ……うぇ……はぁ、はぁ、はぁ」


 少女は緊張のあまり、過呼吸になりかけていた……。


         *


 「あの……。落ち着きましたか?」


 『その程度でダウンするとは……人間はか弱い生き物だな』

 

 少女の荒い息遣いが、随分正常に戻ってきたのを見計らい、ユランが心配気に声をかける。


 ユランの右手は、少女の背中に添えられており──少しでも少女が楽になる様に背中を摩っている。


 「ち、ちゃんと許可は得てますからっ!」


 『見ていたから分かっているが……? なぜ、私に言い訳をする?』


 「ずっとこっちを睨んでるからですよ……。怖いんですけど。なんか、声も低いし……怒ってます?」


 『……ノーコメントだ』


 少女の背中を献身的に摩るユランを見て、ラティアスはずっとジト目でユランを睨み付けていた。


 明らかに不機嫌そうで、その様子を隠そうともしない。


 (ラティはセクハラ? にはうるさいし……知らない男に触れられた少女の事を憐んでいるに違いない。でも、仕方のない事なんだ……)


 誰に対しての言い訳なのか……。


 ユランは心の中でそう思った。


 「あ、あの……もう大丈夫です」


 息遣いは完全に正常に戻っている様子だが、少女の顔は未だに赤らんだままだ。


 ユランはなるべく気を使わせない様に、爽やかな笑顔に見える様に心がけ、少女に笑いかける。


 「迷惑をかけてごめんなさい……。助けてもらったのに、名前も聞いてないのを思い出して」

 

 相変わらず少女の顔は真っ赤だが、しっかりと話せるまでに精神も安定した様だ。


 (……うん。今確信したげど、絶対に見覚えがある。この人はもしかして──)


 「あのー……。お名前をお聞きしても……良いですか?」


 かなり雰囲気も違うし、話し方だって全然違う。


 「ユランです……。平民出身。ジーノ村のユラン・ラジーノ」


 ただ、その表情や仕草には見覚えがあった。


 「ユ、ユラン様……。助けていただいて、ありがとうございました……わ、私は──」


 『この方が可愛く見えるでしょ?』と、花の様な笑顔で、トレードマークである三つ編みをユランに自慢してきた人──


 見覚えがあるはずだ。


 その人はユランの──

 

 「レピオ! わ、私の名前……! レピオって言います! 本当の名前はもう少し長いんですけど……。ああ、これは言っちゃダメなやつだった……」


 思い出深い人……。


 「レピオ……。やっぱり、その名前って……それに、その三つ編み!」


 ユランは感動の余り、無遠慮に「ガバッ」と三つ編みの少女を抱きしめた。


 「もしかして、レピ姉ぇ!? 間違いない! レピ姉ぇだ!! ああ、レピ姉ぇにまた会えるなんて!」


 「えぇ……。な、なんで……その呼び方……それは、孤児院の皆んなの……ふぇぇぇ……」


 ユランに突然抱きしめられた事で、顔どころか全身を真っ赤にして──三つ編みの少女はとうとう気を失ってしまう。


 少女が気を失ったのにも気付かず、ユランはその胸に顔を埋め、少女の身体を力一杯抱きしめた。


 『主人殿! それはセクハラだ! お母さんはそんな事許しませんよ! 離れなさい!!』


 ラティアスが「ぎゃあぎゃあ」と騒ぎ立てるが、ユランも耳には届いていない。


 それも無理からぬ話──


 その少女こそ、ユランが傭兵時代に一番世話になった人……。


 ユランの姉貴分。


 激動の時代の波に飲まれ、ノーズリーフ孤児院の子供達のために命を落とした亡国の姫……。


 アスクレピオス・イラ・フリューゲルその人であった……。

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