【2】ユラン、立場をわからせる
「おいおい、何でこんな所に人が来やがるんだ。お前ら、大丈夫だって言ったよな?」
不機嫌な態度を隠そうともせず、オウガラーがソウシーンと他の二人の男たちを睨み付けた。
「み、みんなガイダンスを受けに行ってるはずで……ご、ごめんオウガラーくん」
ソウシーンがビクビクした様子で、オウガラーに謝罪する。
その様子を見ていると、このグループの力関係が透けて見える様だ。
おそらく、このオウガラーがグループのリーダー……そして、家の格も一番高いのだろう。
「それで、君らはここで何をやってるんだ?」
ユランは、彼らの会話を途中から聞いていたため大体の事情は察していたが、『何をしているのか』と敢えて聞いた。
ゴロツキと変わらない粗暴な性格であっても、彼らも貴族の令息、令嬢だ。
この後の反応は──
「お前……。いや、アンタ……どこの家のモンだ?」
やはりと言うのか、オウガラーはユランの立場を計りかねている様子だった。
オウガラーがユランにそんな事を尋ねたのは、ユランが自分よりも爵位の高い家柄だった場合に備えてだろう。
ここで、ユランの方が高い家柄の子息だった場合、オウガラーはユランに媚を売り始めるに違いない。
偉そうに振る舞うくせに、実際は小心者……典型的な貴族の不良息子だ。
人の質問に答えない上に、口の聞き方もなってない。
「き、貴族様……助けて下さい。この人たちが私を……」
三つ編みの少女は怯えた様な表情でオウガラーたちを見た後、一転、すがる様な目でユランを見た。
「ちっ……。面倒くせぇ」
オウガラーが三つ編みの少女を睨み付けると、誰にも聞こえない小声で吐き捨てる様に言った。
オウガラーたちや三つ編みの少女は、ユランの堂々として物怖じしない態度に、ユランが大貴族の子息とでも勘違いしている様だ。
「まあ、君たちが誰かは知らないし、どうでもいい事だけど……その子を離してあげてくれ。その子は平民なんだろう? 〝俺〟も同じ〝平民出身〟だし、放っておけないんだ」
「……あん? お前、今なんて言った?」
ユランが言った『平民出身』と言う一言を聞き逃さず、オウガラーが声を低くしてユランに問う。
そして、先ほどまでオドオドしていた他のメンバーたちも、ユランが平民出身だと分かるやいなや急に態度を変えユランを睨み付けた。
『ふふ、わざとやったな主人殿。自分を敢えて大きく見せ、畏怖させてから落とす……相手を怒らせるのにベストな方法だ』
「……わざわざ解説有難うございます」
ラティアスの言う通り、ユランは敢えて彼らの前で大物然とした態度を取り、そこから落とす事でオウガラーたちを煽った。
その理由は、単純にオウガラーたちを怒らせるためだ。
「てめぇ……。平民の分際で俺に偉そうな態度を取りやがったのか……」
案の定オウガラーは激昂し、射殺さんばかりの視線をユランに向けている。
『で、なぜ敢えて彼奴らを怒らせたのだ? そんな事をして何の意味がある?』
ラティアスにしてみれば、純粋にユランの行動が謎だったのだろう。
「うーん。何でって言われると困るんですけど。誰だって正常な心理状態のときよりも、怒ったときの方が周りが見えなくなるでしょう? 自分は凄い、強いって勘違いして……ある意味、全能感に支配される場面です。そういうときに恐怖を感じた方が、より心に刻みつけられるでしょう? それこそ、トラウマになるくらいに……」
『……性格悪いな』
「まあ、正直言って〝俺〟は怒っているんですよ。俺にとって、貴族──聖剣士ってやつは憧れの英雄みたいなものです。立場がどう変わっても、その気持ちだけはずっと変わらない。なのに、その卵であるはずのアカデミー生がコレとは…………許せねぇんですよ」
『ブチ切れ過ぎであろう……まあ、程々にな』
ユランは怒りのあまり、随分と饒舌になっている。
怒りで周りが見えなくなるのは、オウガラーたちとそう変わらない……自覚しているが、なかなか改善されないのはユランの精神の未熟さ故だ。
「おい! 俺らを無視して、何ベラベラとくっちゃべってんだ! キモイトカゲなんかと話しやがって!」
『あ?』
オウガラーが放った一言に、それまでユランの行動を呆れ顔で見ていたラティアスが声を低くし、「カロロ……」と喉を鳴らした。
しかし、ラティアスはこれでも56321年も生きている──竜族としての年齢はともかくとして、精神的には立派な大人だ。
この様な小僧の言葉で、苛立ったりは──
「喋るペットなんて珍しくねぇんだ! 汚ねぇデブトカゲは平民にお似合いだぜ!」
『主人殿──殺せ』
ラティアスは激怒した。
竜神への『罪なき者を害さない』と言う誓いは、すでにグラグラと揺らぎ始めている。
「あ、あの! 私は……も、もう大丈夫ですから……貴族様に逆らえば貴方にも咎が……だから……に、逃げ……」
三つ編みの少女が震える声でそう言う。
ユランが平民だと分かり──
自分を庇えば、ユランまで貴族に目を付けられると心配したのだろう。
「……」
自分も怖くて仕方がないはずなのに、自分より他人のことを考えて気丈に振舞おうとしている……。
ユランは、三つ編みの少女の行動に妙な懐かしさを覚えた。
「うるせぇ! てめぇは後で可愛がってやるから大人しく待ってろ!」
オウガラーが右手を振り上げ、三つ編みの少女に殴り掛かろうとする。
しかし──
ガッ!!
「うぐ……げぇ!?」
一瞬の間に、ユランがオウガラーのと間合いを詰め、右手でオウガラーの首を掴む様にして後方にあった樹木に押し付けた。
オウガラーが呻き声を上げながらユランの右手から逃れようとするが、身体が完全に地面から浮いてしまっているため、踏ん張りが効かない。
必死に足をバタつかせるが、そうするとどんどん首が絞まって行くため、それすらもままならなくなる。
「な、何するんだい! オウガラーを離しな!」
そんなオウガラーの様子に気付き、すぐ側に居たバカソースが声を上げる。
バカソースは、ユランの動きが速すぎて目で追えていなかったが、急にオウガラーが呻き声を上げたため今の状態に気付いたのだ。
「……は? この状態で俺に指図する気か?」
ブワッ──
その瞬間、ユランから凄まじいほどの殺気が放たれる。
普通の人間ならば、余程の殺気に当てられても「寒気を感じる」程度で済むだろう。
しかし、少しでも戦いの心得──彼らの様に多少なりとも聖剣士になるための訓練を受けている者であれば、その殺気がもたらす効果は……。
ペタン──
ジョ──……
バカソースは、突然襲ってきた暴力的なまでに強い殺気に当てられ、全身を槍で串刺しにされた様な感覚に襲われ──腰を抜かし、失禁した。
バカソースだけではない。
そこに居た、ソウシーンを含めた4人の男たちも似た様な状態だ。
オウガラーだけは、首が圧迫された状態でもがき苦しんでいるため、ユランの殺気に気付いていない様子だった。
「……こ、こいつ……見たことあると思ったら……まさか、マッドドッグ?」
そのとき、初めてユランの事に気付いたソウシーンが、しどろもどろになりながらそう言った。
ここに居る全員が同じ会場で試験を受けていたのだから──あれだけの騒ぎを起こしたユランを知っている者がいてもおかしくはない。
「……不名誉な仇名だが。その名前を知っているなら、俺がどう言う人間か分かっているんだろう?」
「「「「ひぃ……」」」」
短い悲鳴をあげ、バカソースは首元を……
他の男たちは股間を押さえ、恐怖に震えた。
(こ、こいつら……)
自分で言っておいて、相応の反応をされた事にユランは激しく傷付いた。
「俺がマッドドクなら……こいつはどうなるのかな? 喉笛に噛み付いているぞ? ほら、助けに来ないのか?」
ギリギリ──……
「……ぐう」
ユランの右手に、少しずつ力が込められていく。
『主人殿……そのくらいにしておけ』
「……ラティ」
『もう十分であろ? 後は……な』
「……了解です」
ドサッ──……
ユランは放り投げる様にして、無造作にオウガラーの身体を地面に下ろした。
「ゲホッ! ゴホッ! ハア、ハア……」
ユランの右手から解放されたオウガラーは、涙目になりながらも、懲りもせずにユランを睨み付ける。
ユランはすでに殺気を引っ込めているため、当てられずに強気に出られるのだろう。
そもそもが、頸動脈など本気で絞められれば、ものの5秒で気を失ってしまうものだ。
それだけでも、ユランが相当手加減していた事は目に見えていると言うのに──
「て、てめぇ! 俺たちは貴族なんだぞ! 平民如きが手を出しやがって……。どうなるか分かってんのか!!」
オウガラーは尚もユランに噛み付く。
しかも、ユランが一番嫌う、〝貴族という地位を傘に着て〟だ……。
「そ、そうよ! オウガラーの言う通りよ! アンタなんかうちのパパに頼めば……王都になんか居られなくなるわ!」
「ひひ、オウガラーくんは伯爵家の息子なんだ……。お、お前がマッドドッグだろうと、怖くないぞ……」
オウガラーの取り巻き──バカソースやソウシーン、その他2人も便乗してやいのやいのと騒ぎ始める。
「あ……。そんな……やっぱり……私の所為で」
三つ編みの少女に至っては、『取り返しのつかない事になってしまった』と身体をガクガク振るわせて絶望しきった表情だ。
「……本当に面倒な奴らだな」
ユランはそう言いながら、ゴソゴソと胸元を弄り──
「で、誰が誰に仕返しするつもりなんだ?」
首に掛けられたある物……ペンダント状のクリスタルを取り出した。
そして、バカソースたちに見せつける様に差し出す。
「ああん!? それが何だって言う──」
シン──……
バカソースたちは、それを見て言葉を失った。
「あえ……ひえ……」
陸に打ち上げられた魚の様に、口をパクパクさせながら、ブルブルと身体を震わせる。
ユランが取り出したのは──
皆さんもうお忘れだろうが、これは聖剣の等級が分かる『等級識別証』と言う名の装飾品であった。
ユランが持つクリスタル(本物)は、金色に輝いており、その意味は『聖剣鑑定』を受けた物ならば誰もが知るところだ。
『主人殿、いいのか? あまり目立つのは好かんのだろう?』
すでに神人である事を隠す必要性は薄いのだが、ユランとしては、常に信仰の対象として崇められるのは避けたいところだ。
この歳になって(精神的な話)薔薇色の学園生活など夢見ている訳ではないが、〝三年間も好奇の目に晒される〟と言うのは流石に勘弁してほしいと思っていた。
「構いませんよ……。あの子には見られてませんし」
ユランは、ユランの身体に遮られて、現状を確認できていないであろう、三つ編みの少女にチラリと視線を向けた。
そして、オウガラーたちの方に向き直ると──
「こいつらは、今日をもってアカデミーを去るはずですから……。そうですよね? ラティ」
ニッコリと笑顔を作り、そう言った。
『ふふ、人使い──いや、竜使いが荒いな』
ユランの言葉を受けて、ラティアスは言葉とは裏腹に、満更でもなさそうな顔でユランの肩から飛び上がり──
前に出た。
『──聞け、人の子よ──』
ラティアスはオウガラーたちに向かって、『竜眼』を発動する。
その瞬間、「カクン……」と、オウガラーたちの身体から力が抜け、マリオネットのように崩れ落ちた。
分身体のラティアスが本体の3割ほどの力しか持たないとしても──MAXの3割なのだから、この小さな黒トカゲの身体にユランたちが戦ったときのバル・ナーグと同等の力が秘められている。
アカデミー生如きが抗えるものではない。
「あう……あ……あ……」
オウガラーたちの目は虚だ。
光の失われた目で虚空を見つめ、呻き声を漏らしている。
『お前たち……。アカデミー入学は辞退し、家に帰りなさい。今回の行動を悔い改め、心から反省するまでは……アカデミーには絶対に近付かないように』
ラティアスがそう命令すると、一番先頭にいたオウガラーが口を開く。
「で……でも……。いまさら……じたいしたら……いちぞくの……はじ……さらし……。おこ……られる……」
『ふふ、自分たちの蒔いた種だ、自分で刈り取りなさい……。さあ、もう行くと良い。自分の足で帰れるね?』
「……はい」
オウガラーの返事を合図に、取り巻きたち全員が立ち上がり、虚な目のままフラフラと林の中に歩いて行くのだった……。




