【1】狂犬ユラン
「おはようございます」
「おはようございま──ぴぃ!」
ダダダダ!
「……」
登校初日。
学生寮を出たユランは、アカデミーに向かう道すがら、ユランと同じく新入生っぽい女子生徒に挨拶をしてみた。
しかし、相手はユランの顔を見るなり、脱兎の如く逃げ出してしまう。
『ふふ、随分と怖がられているではないか、主人殿』
右肩に乗っている翼の生えた黒トカゲ──ラティアスが、ユランを揶揄う様に言う。
「……むう」
学生寮を出てアカデミーまでの短い道のりを歩く間にも、多くの学園生の姿が目につく。
アカデミーへと続く道なのだから、それは当たり前なのだが……ユランが気になっているのは、生徒たちのユランに対する態度だ。
特に新入生っぽい生徒たちは、ユランの事を遠目に見てヒソヒソと囁きあっており、ユランと目が合うとそさくさとその場を後にする……。
あまりにも露骨な様子に、何事かとその辺りにいた女生徒に適当に挨拶してみたが……結果は先ほどの通りだ。
「もしかしなくても、〝あれ〟が原因だよな……」
新入生たちがユランを避ける理由──
おそらく、入学試験のときの一件が原因だろう。
試験会場にいた大勢の前で見境なく殺気を放ち、他の受験者に対して積極的な加害行為を行ったのだ。
新入生たちから見たユランは──
ユランの姿を見て、比較的近くにいた男女がヒソヒソと何かを話している。
ヒソヒソ──……
「ヒソヒソ……おい、あいつが例のDクラスの狂犬──マッドドッグのユラン・ラジーノか?」
(おい、何だそのあだ名は! 全部聞こえてるぞ! あと、口でヒソヒソ言うな!)
「そうらしいわね……。アイツには近づかない方がいいわよ……。何でも、誰彼構わず喧嘩を売り──相手の喉笛を噛みちぎって食べるらしいわ」
(それじゃバケモノだろ! どこからそんな噂が出た!?)
「俺も聞いたことがある……。女性は喉笛で済むらしいが──男は睾丸を食べられるらしい……。ひぇ、想像しただけで痛みが……」
(気味の悪い事を言うな! そして、股間を押さえるな!!)
「……恐ろしい奴ね。なるべく近づかない様に──ひっ……こ、こっちを見てるわよ!」
「ま、まずい……。背中を見せない様にゆっくりと後ずさるんだ……」
(私はクマか何かか?)
ユランが心底疲弊した様子で、辟易していると──
『主人殿にそんな趣味が……』
ラティアスが、生徒のヒソヒソ話を聞いてドン引きしていた。
「……冗談ですよね、その反応? 流石に泣きますよ?」
『ふふ、主人殿は揶揄い甲斐があるからな。愛い愛い』
「降りろ!」
ペイッ!
ユランは肩に乗ったラティアスを摘み、その辺の茂みに放り投げた。
*
アカデミーに入学するに当たって、学園生活の事について簡単なガイダンスが行われるらしく──
ユランはその会場である、式典会場に向かっていた。
ラティアスはちゃっかりとユランの肩に戻っている。
ちなみに、常にユランに纏わり付いているミュンは、新入生代表としてやる事があるらしく、最初から別行動だ。
「……ここは、何処だ??」
ユランは道に迷っていた。
式典会場を目指していたはずが、気が付けばいつの間にか林の中だ。
同じ様に式典会場に向かう人の波に乗れば良かったのだが、周りがユランを避けているためそれにも乗れず……逃げられてしまうので、道を聞くこともできなかった。
『え? 主人殿? 事前に場所を確認しなかったのか? もー、ダメじゃないのこの子は。本当にもう。私がいないと本当にダメダメね』
「急なお母さんムーブやめろ! アカデミーの敷地が広すぎるんですよ……。これは迷っても仕方ない。うん」
ユランには元来、方向音痴の気があった。
気を張っているときにはその限りではないが、少しでも気を抜くとこの有様だ。
『私がひとっ飛びして、上から見てこようか?』
「そうしてもらえますか? このままだと一生辿り着けそうにない……」
ラティアスがユランの肩を離れ、空から正しい道を探そうとキョロキョロと辺りを見渡す。
しばらくすると──
『ん? あれは……』
ラティアスが何かを見つけた様子で、ユランの下へ降りてきた。
*
「アンタさぁ、平民出身のくせに生意気じゃね?」
「そうだ。お前みたいなのは、俺ら貴族に跪いてヘコヘコするのがお似合いだ」
アカデミーの式典会場から、少し離れた林の中……。
そこで、6人の男女に囲まれた、三つ編みの少女がいた。
少女は俯き、両手でスカートの端をギュッと握っている。
身体が小刻みに震えている様子から、その状況に恐怖を感じているのが見て取れた。
「あ、あの……私、貴族様に何か失礼な事をしてしまったんでしょうか? 貴族様の常識や礼儀作法は分からなくて……。失礼な事をしてしまったのなら、も、申し訳ありませんでした……」
少女のオドオドした様子を見て、少女を囲んでいた6人は一様に、ニヤリと笑い──
「そんな事もわかんねぇのか? これだから平民はよぉ」
6人の中でも、一番粗暴そうな雰囲気の大柄な男がそんな事を言った。
「くく、分からないなら教えてあげる」
そう言って前に出たのは、ソバカスが特徴の女だ。
ソバカスの女は少女にグッと顔を近付けると──
グイッ!
「痛っ! 痛いです!」
少女の、三つ編みに纏められた髪を勢いよく引っ張った。
「クセェんだよ、お前。平民臭くて鼻がもげそうなんだ。ビンボーで風呂も入ってないんだろ?」
「そ、そんな事ありません。毎日ちゃんと入ってます。 それより、痛い! 離して!」
少女は、ソバカスの女の手から逃れようともがくが、三つ編みをしっかり掴まれているため、それも出来ずにされるがままだ。
「あー、オウガラーくん。こいつ今、タメ口で話したよ? 貴族相手なのに」
そう言い出したのは、6人の中でも一番細身で痩せぎすの男だ。
「ふん、ソウシーンの言う通りだな。おい、バカソース……こいつ、剥いちまおうぜ」
大柄な男──オウガラーは、そう言って下卑た笑みを浮かべて少女を見る。
「よく見りゃ、平民にしては可愛い顔してるしよぉ。こんなクソみてぇな場所に閉じ込められるってんでイライラしてんだ。楽しもうぜ」
オウガラーの言葉に、近くにいた細身の男──ソウシーンも、
「ひひ、いいねいいね。家ではやりすぎてパパに叱られたけど、ここならバレないし……平民なら誰も気にしないっしょ」
ニヤニヤと笑いながら、少女に近付いて行く。
「ひっ……。やめてください……いやぁ」
少女は相手が貴族という事もあり、下手に逆らえず、震えながら俯くことしかできない。
他の面々も、ニヤついた笑みを浮かべてその様子を見ていた。
「まったく、これだから男ってやつは……」
やれやれとため息を吐くと、ソバカスの女──バカソースは、ようやく少女の三つ編みから手を離す。
そして、楽しくて仕方がないといった様子で笑い──
「まあ、アンタも楽しみな。これから3年間、〝お世話になる〟奴らなんだから」
バカソースはそう言って、少女の服に手を伸ばし、引き裂こうと──
「まるでゴロツキだな……どっちが狂犬なんだか」
『うむ、ここまでテンプレ的な不良どもは私の時代にもいなかったな……。面白い』
そんな声が聞こえ、バカソースの手が止まった……。




