王族会議
「では、第五十八回『王族会議』を始める!」
ここはアーネスト王国の王城──その中でも主に〝特別な会議〟など、政治的な話し合いをする際に用いられる『超会議室』(アーネスト命名)だ。
「さて……意気込んで言ってみたは良いが、何故これほどまでに集まりが悪い!?」
バンッ!!
アーネストは、目の前にある大きなリフェクトリーテーブルの端を叩きながら、大声を上げる。
テーブルの左右には豪奢な椅子がいくつも並べられているが、着席者は少ない。
人数は上座に座るアーネストから見て、左側に一人、そして右側に二人の計三人だ。
王族──と言うよりも、アーネストの子供たちである12人の王子や王女を全員呼び出したはずなのだが……。
ちなみに、ロイヤルガードの隊長であるクロノスはアーネストの側に控えている。
今回の集まりは、政治的な話は抜きにした、王族だけが集まって今後の事を話す『王族会議』(アーネスト命名)だ。
政治的な話はこの会議とは別途で進められているが、一先ず身内だけで情報を共有しようと開かれた会議だ。
「他の子供ら……特に三後継者たちはどうした! 何故来ない!?」
三後継者とは、皇級聖剣の主──王位継承権を持つ、
第一王女ジェミニ
第二王子レオ
第四王女のアリエス
の事だ。
スッとクロノスの反対側に控えていた、この国の宰相が前に出ると、アーネストに進言した。
この宰相は、『王族会議』(アーネスト命名)に参加が許可された唯一の部外者だ。
「全員、用事があると言って出て行きました」
「この大事なときに用事があるだと! 私に嘘を付いて出て行ったのか!?」
アーネストは、今にも頭の血管がプッツンしそうなほど激怒している。
魔竜バル・ナーグの事が片付いたかと思えば、すぐに王国の危機が判明したのだから──アーネストが神経質になっていても無理からぬ話だろう。
「ジェミニは?」
「『真実の愛を奪い取る!』と言って出て行きました……おそらく本当でしょう」
「アリエスは?」
「『姉さんずるい! ボクも行く!』と言って出て行きました……おそらく本当でしょう」
「……レオは?」
「『恵まれない子供達のために孤児院を作る!』と言って出て行きました……おそらく本当でしょう」
「……」
三後継者は全滅だった。
「他の子供たち……一番博識なリブラは?」
「グレン・リアーネの名前を叫びながら、部屋に篭って号泣しているとの事……おそらく本当でしょう」
「今回の会議には、その話題も含まれている! そう言って連れてくるのだ!」
「今は、新しく開発された〝酒っぽい水〟を飲んで、酔っ払ってふて寝しています」
「それは酒だろう! この国では20歳にならないと酒はダメなはず! 『お酒は20歳になってから。』そうだろう!?」
「あくまで〝酒っぽい水〟です。リブラ様は未成年……酒など煽るわけがない。ふっ……」
「酒だろう! 酔うんだから! それに、なぜ鼻で笑った!?」
「……酒ではありません。何度も言いますが、酒っぽい水。それは、酔っ払う事ができる特殊な水なんです。だから20歳以下でも大丈夫……良いですね?」
「どうでも良いわぁ!!!」
アーネストは肩で息をしながら、テーブルの端をバンバン叩く。
そして──
「…………解散!!」
声高らかに『王族会議』(アーネスト命名)の解散を宣言した。
「落ち着け、兄者」
それまで黙っていたクロノスが口を開き、アーネストを宥めた。
「奉仕狂いのレオは何を言っても聞かないだろうが……他の二人には俺から注意しておこう。今のアイツらが聞き入れるとは思えないが……」
「……そうしてくれ。少なくとも、『親である』私の言葉よりも聞く耳を持つだろう。言ってて悲しくなるがな……」
愚痴る様に言って、ため息を吐くアーネスト。
「ジェミニはロイヤルガードを目指しているのだろう? 神人を手に入れようとするのは良い事だが……そんな体たらくでは」
「いえ、ジェミニ様の今の目標は『可愛いお嫁さん』だそうです……。おそらく本当でしょう」
「それはもう良い……。私も歳なんだ。煽るのはよせ……。このままでは憤死してしまう」
アーネストが国の行先を憂いて頭を抱えていると──
「父上ぇ、やっぱり後継者を皇級聖剣士に絞るなんて馬鹿げてますよぅ……。貴級聖剣でも優秀な人はいるんですよぉ……。キャスの事なんですけどぉ」
甘ったるい声を出しながら、第三王女──キャンサー・ユナ・フリューゲルがそんな事を言い出した。
「はぁ……。確かにキャスの言う通りかもしれんな。彼奴らには後継者としての自覚が足りん。……それに比べて、キャスは『王族会議』にもちゃんと参加するし、素直……。さらに『予言』と言うスキルもある」
アーネストはうんうんと頷きながら、キャンサーの事を褒め称える。
「はは……。いっそキャスが国王になってみるか?」
「御免ですぅ」
「──××〇〇××───っっ!!」
なんと不毛な会話か。
アーネストは、一番信頼していた愛娘に裏切られ、悶絶して声にならない叫び声を上げた。
*
アーネストたちが、集まって話をしようとしていたのには理由がある。
先日の『厄災騒動』が片付いた折に、ある者がアーネスト王国に対して宣戦布告してきたのだ。
そのある者とは『聖人セリオス』、
そして、人類最強の聖剣士『グレン・リアーネ』だ。
聖人セリオスは念話を用いて、王都にいるすべての国民に対してこう宣言した。
【我々は、君たち王都の人間──いや、この世界に暮らす種族全てに宣戦布告する。丁度、僕と志を共にする同士も出来たしね……。皆も知っているだろう? 同志とはグレン・リアーネ卿の事だ】
頭の中に直接語りかける……
一方的な宣戦布告。
アリシアの様に、特定の者に対する個人的な念話は出来ないが──
スピーカーの様に、一方通行で念話を送る程度はセリオスにはわけない事だ。
【さあ、人間たちよ……戦う準備をするが良い。だが、このままやり合っても勝負は見えているだろう。僕は優しいからね。君たちに二年間の猶予をあげよう……。それまでに十分に鍛錬し、自分を磨き、強くなって僕を楽しませてくれ】
セリオスは一気に捲し立てる。
念話を通しているため、声色から感情は読み取れないが……楽しげに笑っているのが伝わってくる様だ。
【僕はセリオス……〝元〟聖人だ】
最後に自分の名を名乗り、念話は終わった。
この、聖人という名は、かなり危険を孕んだもので……
聖人を神の様に崇める聖剣教会が、そっくりそのままセリオスの側に付く可能性があったからだ。
それを辛うじて防いだのが、聖女アリシアの存在である。
聖人の中でも女性の聖人は『聖女』として崇められ、聖剣教会にとってはより特別な存在……。
そのアリシアが王都にいるため、聖剣教会の信徒たちは誰一人として離反する事なく、王都に残っていた。
ユランたち神人も聖剣教会にとって特別な存在ではあるが……
戦闘を主としている神人と──
『教会の教えそのもの』であり、シンボル的な存在の聖人とでは、教会における重要度がそもそも違うのである。
神人を信仰しているのは、どちらかと言えば聖剣教会よりもアーネスト王国の王家だろう。
兎にも角にも、アーネスト王国──いや、世界の全て国、種族が聖人セリオスに対して二年で対策を練らなければならない。
セリオスが二年の猶予を与えた理由は不明であるし、それを完全に信用して良いのかも不明だったが……。
アーネストとしては、王都に残った二人の神人……そして、その仲間たちに期待するより他なかった。
「私も老いた……。今だに、グレンが裏切ったなど……信じられん。アレは私の少ない友の内の一人だったからな」
アーネストは独りごちると、俯いたまま、しばらく顔を上げる事はなかった……。




