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【35】アリシアの戦い

 アリシアの瞳は〝聖眼〟と呼ばれる、聖人だけが持つ特殊な瞳だ。


 聖眼の持つ効果は、聖人毎に違い──


 同じ聖人でもアリシアの持つ聖眼と、セリオスの持つ聖眼では、もたらさせる効果も違う。


 セリオスの聖眼は、遥か彼方まで見通せる『遠視』と、相手を操る『魅了』の効果があるが──


 アリシアの聖眼は──『支配』。


 相手に命令する事で、その者に行動を『支配』し、強要する事が出来る……。


 ただ、『支配』によって強要出来る範囲は相手の強さに依存し──


 例えば、バル・ナーグの様に強者が相手では、強要できる範囲が極端に狭くなる。


 逆に言えば、〝弱い相手〟なら完全にアリシアの命令に従うと言う事で……。


 現に、回帰前の世界では『魔女アリア』の瞳術(どうじゅつ)に縛られ、


 『死ね』


 と命令されただけで、何十万人と言う規模の人間が『支配』され、自死を強要され……死亡した。


 『グルルルル……』


 アリシアの『支配』に縛られ、バル・ナーグは地面に突っ伏し、頭を垂れる。


 しかし、その目からは闘争心が失われておらず、唸り声を上げながらアリシアを睨み付けている。


 グ……ググ……ググググ……


 バル・ナーグの身体が少しずつ起き上がって行く。


 アリシアの『支配』に抗おうとしているのだ。


 アリシアは、頭を垂れるバル・ナーグの目の前まで歩いて来ると、目を細めて冷たい笑みを浮かべる。


 『へぇ……私に逆らうんだ? ……トカゲが如きが』


 アリシアは声を低くして言うと──


 ドゴォ!!!


 目の前にあったバル・ナーグの頭を、思いっ切り蹴り上げた。


 アリシアの有り余るほどの神聖力を込めたトゥキックは、バル・ナーグの巨体を最も簡単に上空へと飛ばす。

 

 『じゃあ、最初から本気で行くから』


 アリシアはそう言うと、〝ある技〟を使用した。


 それは──



 『アクセル』


 ドンッ!


 ドドンッ!!


 『アクセル』を使用した瞬間、アリシアの身体が地面に沈み、二重の巨大なクレーターを作る。


 そして、上空へと飛ばされたバル・ナーグはその後、ヒューと風切音を立てて落下し──


 地上から3メートルくらいの位置で、バサッと漆黒の翼を広げ、停止した。


 翼を持つバル・ナーグは空中戦も得手の様で──


 ボボボボ──……


 その位置から、ブレス攻撃を仕掛けようとしていた。

 

 しかし──


 『──墜ちろ──』


 ズンッ!!


 アリシアの『支配』によってブレス攻撃を中断され、バル・ナーグはアリシアから離れた位置へと落下する。


 アリシアは『アクセル』で超強化された身体能力を利用し、バル・ナーグの落下位置に向かって全力疾走した。


 ガガガガガ!!!


 アリシアが地面を蹴るたびに甃がエグれ、その残骸があたりに飛び散る。


 アリシアは、まるで鑿岩機(さくがんき)の様に地面を破壊しながら進んで行く。


 その後方には、一本道の深い溝ができていた。


 アリシアは神聖力の制御が完全には出来ておらず、垂れ流しの状態になっているために起こる現象だ。


 アリシアは、再びバル・ナーグの眼前までやって来ると、


 『解放(リリース)


 『解放』の神聖術を唱えて〝亜空間〟を開くと、そこから巨大な、金属製の棍棒の様な武器を取り出した。


 そして、アリシアは身の丈の倍以上はありそうな棍棒を軽々と持ち上げ──


 ドゴォ!!!!


 バル・ナーグの頭部に向かって振り下ろした。


 バギィ!!


 バル・ナーグの強靭な鱗──そして、アリシアの強烈な一撃に耐えきれずに、棍棒が根本から砕け散る。


 だが、アリシアはそれに構わず、


 『解放(リリース)


 別の武器を『解放』し、亜空間から取り出した。


 今度は巨大な大剣だ。


 〝厄災〟と〝厄災〟の戦いは、アリシアが一方的に攻める形で、優位に進んでいる。


 ……今の所はだが。


         *


 神聖術の中には、自分の力で亜空間を作り出し、そこに様々な道具類を収納する術がある。


 ただ、これは元々魔力を用いた術であり、それを神聖力で無理矢理再現しているために、使用するには大量の神聖力必要だ。


 普通なら、神聖術に明るい者でも収納できる規模は、拳大の小さな小物一つが限界だろう。


 しかし、アリシアの膨大な神聖力を待ってすれば、大きな屋敷程度の規模までは楽に収納できる。


 アリシアはそれを活用し、有りったけの巨大武器を亜空間に詰め込み、今回の戦闘に利用していた。


 これらの武器は、全て両手で扱う事を想定した両手武器。


 つまり、これらの武器は、片手で必ず聖剣を使用する者──人間たちが使用する武器ではないと言う事だ。


 これらは全て、聖剣など使わずに戦う種族──


 『竜人族(ドラゴニア)』が扱う武器だった。


 『なかなかタフだね、トカゲ。武器を使い切っちゃった』


 アリシアは、未だ突っ伏したままのバル・ナーグを見下ろしながら言う。


 辺りにはアリシアが用い、使い物にならなくなった武器の残骸が散乱していた。


 棍棒、大剣、メイス等々──ハルバードといった珍しいものまである。


 50は下らない数の武器が、ボロボロになって山の様に積まれていた。


 『グルルルル……』

 

 バル・ナーグは、未だに突っ伏してはいるものの、戦意は全く失っていない様子で、アリシアを睨み続けている。


 しかし、驚くべきはバル・ナーグの耐久力だ。


 アリシアによる、一方的な攻撃を受け続けていたにも関わらず……


 傷一つ負っていなかった。


 目に見える変化といえば、『少し疲れが見える』程度のものだ。


 ググ……ググググ──グン!


 突如、バル・ナーグの身体が起き上がり──


 ボボボボ──……


 ブレス攻撃の準備を始める。


 『──口を閉じてろ──』


 アリシアは『支配』を発動するが──


 カッ──!!


 バル・ナーグは『支配』を跳ね除け、そのまま『破壊の光(ブレス)』をアリシアに向けて放った。


 ──すでに『支配』を克服したのだ。


 「生意気なトカゲ……。まったく」


 ジジ──……


 『破壊の光』を前にしても、アリシアは全く焦った様子も見せず、スッと腰を低くすると──


 ガゴッ!!!!!


 迫り来る『破壊の光』を、思いっきりぶん殴った。


 その瞬間──


 ドゴォォォォ!!!!!!


 『破壊の光』が大爆発を起こす。


 アリシアも、バル・ナーグも巻き込んで……。


 「ア……アリ……シア……」


 ググ……


 未だに『竜眼』に囚われたままのユランが、アリシアの名を呼び、立ちあがろうとするが──


 ドサッ──……


 抗おうとすればするほど、激しい脱力感に襲われ、遂には地面に倒れ伏してしまった。


 プスプスプス……


 何かが焼け焦げたような匂いを辺りに漂わせ、音を立てながら爆煙が晴れてくる。


 爆発の威力が凄まじかったにも関わらず、比較的近くにいたユランたちに被害が及ばなかったのは、アリシアが『防壁』を張って爆発の威力を閉じ込めたからだ。


 一度目に『破壊の光』を受けたときは、触れただけで崩壊してしまった『防壁』が、爆発を受けても形を保っている──アリシアの神聖力が、どんどん強くなっている証拠だ。


 ジジ──……


 爆煙が完全に晴れると、バル・ナーグは──


 胸の部分が大きくエグれ、右腕が跡形もなく吹き飛んでいた。


 高い耐久性を持ち、ドラゴンハートで強化された身体でも、自身の最強の攻撃には耐えきれなかった様だ。


 アリシアは──


 『破壊の光』を殴った右腕は完全に消滅し、全身が焼け焦げた様に火傷が広がり、皮膚が爛れてしまっている。


 互いが互いに、致命的と言っていいほどのダメージを負っていた。


 しかし──


 ド……ド……ド……ド……ド……


 バル・ナーグの『ドラゴンハート』が再び鼓動を刻むと……


 ギュルルル──……


 バル・ナーグの欠損した部分が見る見るうちに再生して行く。


 やがて、何事もなかったかの様にバル・ナーグの身体は元通りになった。


 これもドラゴンハートの効果の一つ『再生』──もたらされるのは無限に近い再生力。


 バル・ナーグを本当の意味で『殺す』ためには、身体からドラゴンハートを引きずり出すしかない。


 一方、同じく致命的なダメージを受けていたアリシアは──


 ギュルルル──……


 こちらも、バル・ナーグと同様、欠損した右腕が再生し、焼け爛れていた皮膚も完全に元通りになった。


 ジジジ──……


 バル・ナーグと全く同じ能力──『再生』。


 アリシアのこれは、生まれ持った〝特異体質〟で、聖人が持つ特殊能力ではない。


 現に、同じ聖人のセリオスは欠損した部分を『完全修復(オール・リペア)』で再生していた。


 「ふふ……いいね……トカゲ……』


 ジジジ──……


 アリシアの口調が、明らかに変化していた……。


 そして、美しい白銀だった髪が、毛根の部分から少しずつ〝漆黒〟に変化し始め──金色(こんじき)だった瞳は、朱色が混じり、濁り始めている。


 『再生』に神聖力を大量に消費した結果、アリシアの神聖力が濁り……『魔力』に変化を始めていた。


 アリシアは、ゆっくりと右手を上げ──


 「()……(ギド)……』


 魔術(・・)を唱えた……。


 ──音もなく


 ──気配もなく


 ──審判の炎が放たれた。


 ポ──ポポポ──……


 放たれた『黒き炎』は、


 大地を溶かし、


 空気を溶かし、


 バル・ナーグの鱗を溶かしていく……。


 『グオォォォォォン!!』


 バル・ナーグは『咆哮』をあげ、巨大な身体で大地をのた打ち回る。


 今、この瞬間にユランの『迅雷』が発動できていれば、或いはバル・ナーグの身体を断てていたかもしれない。


 絶対的な防御力を誇っていたバル・ナーグの鱗が溶け始めた今なら……。


 しかし、


 「ぐ……ぐぐ……」


 ユランは今だに『竜眼』の力に囚われており、立ち上がる事ができない。


 やがて──

 

 ギュルルル──……


 バル・ナーグの『再生』が始まり、溶け出していた鱗が見る見る内に再生していく。


 『──再生を……やめろ──』


 アリシアは、聖なる黄金の瞳『聖眼』──いや、魔なる赤き瞳『邪眼』を発動し、バル・ナーグの再生を止めようとする。


 ブゥン──……


 だが、その瞬間にバル・ナーグの漆黒の瞳『竜眼』が発動し──


 二つの『瞳術』が混ざり合い、それぞれの効果が拮抗し、互いに効果をもたらす。


 バル・ナーグの『再生』が止まり、再び鱗が溶解し始め──


 ブォン!!


 ゴゴゴゴゴ!!!


 その瞬間、バル・ナーグがその双翼を目一杯羽ばたかせ、発生した爆風で『審判の炎』を掻き消していく。


 『審判の炎』を消す事には成功したが、バル・ナーグの全身の鱗は溶けたままだ。


 ──あとひと押し。


 バル・ナーグを守る鱗はすでに用を成さない。


 今攻めれば、バル・ナーグを討てる……。


 しかし、それを成せる唯一の存在であるアリシアは……


 ガン! ガン! ガン!!


 アリシアは突然、両手で地面を何度も殴りつける。


 『やめろ! 出て行け! 私を『支配』するな!!』

 

 内から迫り来る魔力の渦……そして、『竜眼』の効果により発生した、激しい脱力感に抗おうとする内なる力……


 自身を『支配』しようと心の内側から這い寄ってくる〝何か〟に──アリシアは必死に抗った。


 完全に防備な状態のアリシアを、バル・ナーグはその漆黒の眼で見下ろす。


 追撃を仕掛けようとしているのだろうか……。


 いや──


 『カルルルル……』


 バル・ナーグの身体にも変化が起きていた。


 活性化したドラゴンハートが過度な『再生』を行おうと試みるが、アリシアの『邪眼』の効果で無理矢理抑制される。


 やがて、バル・ナーグの『竜気』が鎮静化し、力が弱まった事により、竜の身体に〝転身〟していた者が──


 真実の姿を現す……。


 バル・ナーグの身体が光に包まれたかと思うと、その巨体が見る見るうちに縮んでいき──


 そこから現れたのは、漆黒のローブに身を包み、焦点の定まらぬ視線で天を仰ぐ──


 どこからどう見ても、人間の成人女性だった……。

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