【32】グレンVSセリオス
バル・ナーグの封印体──黒い玉が空に上がるより少し前、グレン・リアーネは聖人セリオスを前に、
「どうしたものか……」
と考えあぐねていた。
魔剣士ソリッドが言う様に〝古の竜〟の復活が近いと言うなら、ここで全力を出して良いものか……。
そう言った考えから、どうにも自分からは動けずにいた。
相手の実力は未知数だが、聖人が伝説に語られるほどの人物なら『抜剣術』無しで勝てるとも思えない。
「来ないのかい? 思ったよりも慎重派なのかな?」
セリオスは「ふふ」と含み笑いを浮かべながら、そう言って肩をすくめた。
聖人がどれほど膨大な神聖力を持っていようが──
魔術とは違い、神聖術には攻撃手段がない。
精々、神聖力の塊を相手にぶつける程度だろう。
ならば、悩む必要なのど無いのだが……。
「気を付けてくださいよ……。先ほどお話した通り、セリオス様には『封印の鎖』があります。アレに絡め取られたら一巻の終わりです……」
それが、グレンが先に手を出せない理由であった。
セリオスが使う『封印の鎖』は、相手の神聖力や魔力を封印し、力を奪う……。
迂闊に動けば、鎖に絡め取られ──
いくらグレンと言えども、そうなってしまえば、かなりの苦戦を強いられるだろう。
「ふむ……。ソリッド卿からアレの事は聞き及んでいるか……。面白味がないな」
自分の能力の種を明かされていたと知っても、セリオスに焦る様子はない。
それどころか、「面白みがない」と言いながらも、ますます楽しげに笑うばかりだ……。
「では、これならどうだろう」
セリオスはそう呟くと、右手を天に掲げ、ある神聖術を唱えた。
【──神槍──】
セリオスがそう唱えた瞬間、時空の狭間から神々しい光を放つ──漆黒の槍が現れた。
「……で? 僕に教えなかったって事は、アレは大した事ないのかい?」
漆黒の槍を前に、グレンがソリッドに向かって非難の目を向けるが──
「そ、そんなバカな……。なぜ、あんなものが……」
ソリッドは両目を見開いて驚くばかりで、グレンの声など耳に届いていない様子だった。
「おや? これについては覚えていないか。ああ、君とソフィアは〝あの頃の記憶〟を失っているんだったね……」
「どう言う事なんだ……?」
茫然自失のソリッドに代わり、グレンがセリオスの言葉に反応するが──
「君は知らなくても良い事だ」
セリオスはにべもなくそう言うと、「スッ」と掲げた右手を下ろす。
刹那──
神槍の一撃が放たれる。
疾風よりも速く、音を置き去りにして──
──飛んだ。
「……」
『抜剣レベル4── 『偽りの死』を発動──使用可能時間は60分です──カウント開始』
グレンは咄嗟に『抜剣』を発動させる。
そして──
ガガガガガッ!!
グォン!!!
岩盤を削る様な破壊音を立て──
ドンッ!!
セリオスが放った神槍は、グレンに当たった瞬間にその軌道を変え、天に向かって射出──
分厚い雲を貫き、天を穿ちながら空の彼方へ消えて行った……。
「おいおい。〝魔神の喉笛も貫く〟神の槍だよ? それを素手で防ぐとは。本当に出鱈目な奴だな、人類最強は」
セリオスはそう言うが、神槍の軌道を逸らすために掌底を放ったグレンの右腕は──
肩から先が跡形もなく消滅していた。
「……結局、『抜剣』を使わされたな」
しかし、グレンの失われた右腕は、時間を巻き戻したかの様に即座に再生する。
グレンの『抜剣レベル4』の効果は──
どの様な攻撃を受けても死なず、仮に塵となったとしても瞬時に再生する。
「何なんだ、あの槍は……?あんなのが直撃したら王都は崩壊するぞ……」
「ふふ、アレは『神話の時代の武器』だ。神々が戦の際に用いたと言われる──いわゆる神器だね」
セリオスは、何でも無い事の様に答える。
「聖人と言うのは……皆んな、あんなとんでもない術が使えるのか?」
「そんな訳がない。聖剣を持たない聖人は攻撃手段が無いからね……。僕なりに工夫したのさ。まあ、僕以外の聖人には使えない術だね」
セリオスはそう言うと、右手を再び天に掲げる。
「……さっきの槍は使わせない」
先ほどは、タイミング良く神槍の軌道を逸らすことが出来たが……少しでも手元が狂えば後方に被弾し、王都が重大なダメージを受ける事は必定だ。
グレンは、セリオスが神槍を呼び出すよりも速く──
『抜剣レベル5──『偽りの生』を発動──連続使用のため使用可能時間が減少します── 使用可能時間は55分です──カウント開始』
『レベル5』を発動させた。
ギャリリリッ──!
グレンの身体から無数の〝漆黒の鎖〟が出現し、セリオスに襲いかかる。
そして、それと同時に、周囲の野次馬に被害が及ばぬ様、〝漆黒の鎖〟をドーム状に展開し──外部から『戦いの場』を遮断した。
これは、絡め取ったものを〝確実に殺す〟『死の鎖』だ。
襲いかかる『死の鎖』に対しても、セリオスは全く焦る様子を見せず──
【──束縛の鎖──】
ギャリリリリッ──!
地面から〝純白の鎖〟を召喚し、〝漆黒の鎖〟に対抗した。
ギッ──
ギギッ──
ギギギギッ──……
『絡め取ったものを殺す鎖』と『絡め取ったものを封じる鎖』の力が拮抗し──
お互いの力を打ち消し合い──
お互いがお互いを締め付けながら、ギリギリと軋んだ音を立てる。
「『神の楔』と同等の力……。やはり君は面白い」
愉快そうに笑いながら、セリオスはそのまま神槍の召喚を試みようと──
「そうはさせない……」
するが、グレンがすかさずサブウェポンを抜き放ち、攻撃を仕掛けた。
(鎖の壁では、あの槍の攻撃を完全に防げない……。アレだけは止めないと)
『抜剣』により、極限まで強化された身体能力で放つ一撃。
まさに、目にも留まらぬ速さ──
【──炎の神剣──】
ボンッ!!!
グレンがサブウェポンを振り下ろそうとした瞬間、眼前で大爆発が起こり──
あまりの高火力で焼かれたグレンの身体は、跡形もなく消し飛んだ……。
爆煙の中から現れたセリオスは、轟々と燃える一本の剣を右手で持ち、立っている。
「やはり脆いな……。人間の身体は」
セリオスはそう呟くが、これで戦いが終わった訳ではない。
消し炭になったグレンの身体は、『レベル4』の効果で瞬時に再生し──
ザンッ──
サブウェポンによる一撃を見舞い、『炎の神剣』を握るセリオスの右腕を切り落とした。
グレンの『レベル4』の効果は装備品にも適応されるため、『抜剣』使用中ならば何度破壊されても元に戻る。
現に、焼き尽くされたはずのサブウェポンは再生し、しっかりとグレンの左手に握られていた。
グレンは、そのままの勢いで畳み掛けようとするが、
ギャリリリリ──
セリオスが新たに召喚した〝純白の鎖〟が、グレンに襲い掛かってきたため、追撃を断念して後方へ飛び退る。
ギャリリリリ──
ギギギギ──……
その際、〝漆黒の鎖〟でそれを防ぐことも忘れない。
まさに一進一退……。
『──使用限界まで残り50分です』
まだまだ、先が見えない戦いだった……。
*
「両方とも、とんでもないバケモノだ……」
グレンとセリオス──
二人の戦いを側で見ていたソリッドは、あまりにハイレベルな戦いに、何も出来ずに立ち尽くしていた。
手を貸したところで、足手纏いになるだけだ……。
それほどに、レベルが違う戦いだった。
「ずいぶん苦労したが、右腕は獲った……」
セリオスの右手を飛ばしたグレンは、そう呟くが──
グレン自身、状況が少しも好転していない事は理解していた。
「お見事。流石、人類最強の神人だ」
セリオスは、右手を飛ばされた事など何でも無い事の様に笑い──
『完全修復』
『修復』の神聖術を唱えた。
すると、右腕の切り落とされた部分が見る見るうちに再生していき──
すぐに完全に元通りに『修復』される。
「聖人とは……本当に出鱈目な存在だな」
グレンも別段、焦りを感じている訳ではなかったが、『抜剣』には制限時間があるため早めに決着をつけなくてはならない。
「……仕方ない。しばらく寝込むかもしれないけど……本気でやるか」
グレンはそう言うと、より腰を低くして、深く構える。
まるで、猫科の猛獣が獲物を狙う姿勢の様だ。
「ああ、そう言えば君は『レベル6』──『6星』だったね。それで、6星が君の本気なのかな?」
「……」
「やると言うなら止めないが……6星では、僕に勝つのは無理だと思うけどね」
「だろうな。でも、レベル6ではないよ……。使える様になってから間もないから、上手く制御できないかもしれない。死んでも文句は言わないでくれよ」
「ほう……。もしや、〝至った〟のか?」
『抜剣レベル7──』
ギャリリ────バシンッ!
「ぐ……く……」
『レベル7』を発動させようとしていたグレンの身体から、急激に力が抜ける。
いつの間にか──
本当に気付かぬ内に……セリオスの放った〝純白の鎖〟が、グレンの右足首を絡め取っていた。
鎖の効果で、グレンの『レベル7』の発動が強制的に中断される。
「まあ、待ちなさい……。少し話をしよう」
セリオスはそう言うと、目を細めてグレンの顔を見た。
その顔からは、先ほどまでの軽薄そうな笑顔が消え──
風が凪いだ様に……
穏やかだが落ち着いた、真剣な表情に変わった。
無理矢理この鎖を引き千切るか?
『神の楔』だろうが、グレンが全力を出せば逃れる事は不可能ではない。
力をかなり消耗するだろうが……それも仕方がないだろう。
グレンが右足首に絡まった鎖を、今まさに引き千切ろうとしたとき──
パンッ!
セリオスが両手を打ち鳴らす。
すると、それまでセリオスが召喚した〝純白の鎖〟が全て消え──
ドサッ──……
それと拮抗していた〝漆黒の鎖〟が、行き場をなくして、力無く地面に落ちた。
「どう言うつもりだ……?」
急に武装解除したセリオスに、グレンは──
セリオスの行動の意味が分からず、警戒態勢を維持したままで訊ねる。
「君がそこまで至っているなら……この戦いは不毛だ。決着もつくまい」
「意味がわからないな……だからと言って、なぜ戦いをやめる?」
「君は、強くなりすぎた……。僕と同じ、この世界にとってバグの様な存在だ」
「……バグ? どう言う意味だ?」
「君にはわかるまいよ。それは、〝別の世界の言葉〟……。まあ、今はそんな事はどうでも良い話だ」
セリオスは、尚も真剣な顔を崩さず──
「〝この世界の真実〟を話してあげよう。君にはその資格がある。君はその話を聞いて……どう行動するのかな?」
グレンに向かって、〝ある話〟を始めた……。




