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【31】厄災 魔竜バル・ナーグ

 「旦那様……。あの中に居るのが例の厄災なんだよね?」


 「……ええ、ジェミニ様──」


 ギロ


 「ひぇ……! そうだよ、ジェミニ……」


 「うん、良い子だね」


 ジェミニのあまりの豹変ぶりに、クロノスはドン引きした様子で二人のやり取りを眺めていた。


 大広間でのやり取りの後、ジェミニの抱擁から解放される条件としてユランは、


 『ユランを旦那様と呼ばせる事』


 『ジェミニの事は呼び捨てで、敬語も使わない事』


 などをジェミニに〝無理矢理〟約束させられた。


 「お、王族に対してそんな不敬は……」などと言って誤魔化そうとしたユランだったが、ジェミニに一睨みされされただけで、本当に蛇に睨まれたカエルの様に何も言えなくなり──首を縦に振るしかなかった。


 「旦那様。今回の件が片付いたら、双児宮(そうじきゅう)で一緒に暮らしましょうね……そこが、私たちの愛の巣よ」


 双児宮とは、ジェミニが暮らす王城内の宮殿の事だ。


 「いやぁ……流石にそれはどうかなぁ。なんて……」


 ギロ


 「……」


 再び、蛇に睨まれたカエル状態になったユランを見かねてか、クロノスが口を挟む。


 「ジェミニ。神人殿を困らせるな……」


 「これは、余と旦那様の問題。叔父上には関係ないだろう……ね、旦那様」


 自身とクロノスに対する態度との落差が激しすぎて、ジェミニにどう対応して良いのか分からないユラン。


 親族であるはずのクロノスも、ジェミニの二面性を初めて目の当たりにしたのか、どう対処して良いのか分からず困っている様子だった。


 (やはり、女性は何を考えているのか分からない……。怖すぎる!)


 遠い目で現実逃避を始めたユランを見て、クロノスは余程哀れだと思ったのか──


 「彼はまだ未成年だ。同棲するなら、彼が成人してからにしなさい」


 などと、何の解決にもならない恐ろしい言葉を口にした。


 (……私の意思は?)


 「……ち。正論だな。まあ良い、ここは叔父上の顔を立ててやろう……。旦那様、寂しいだろうけど我慢してね」


 そう言うと、ジェミニは微笑みながらネットリとした視線をユランに向ける。


 常人離れした美しい容姿を持つためか、異常なほど妖艶に見える。


 ユランが絶望顔で、不用意な発言をしたクロノスを見るが──


 クロノスは意味深な顔で、片目をパチパチさせた。


 中年のおっさんのウィンクほど不気味なものはないが、クロノスはユランに伝えたい事がある様で──


 『成人するまでに手立てを考えましょう』


 と、その視線が言外に語っていた。


 (なるほど……。それまでにジェミニ様が愛想を尽かすかもしれないし、案外い良い手かもしれない)

 

 「と、ところで……。あの中に居るのが例の厄災なのですよね?」

 

 クロノスが、完全に脱線してしまった話を強引に修正する。

 

 ユランとジェミニ、そしてクロノスは黒い球の下──繁華街へと向かっていた。


 ちなみに、今までの三人の会話は全力疾走しながらのものなのだが、誰一人として息も切らしていない。


 「ええ……。魔竜バル・ナーグ。アレ一匹だけでも数日で世界を滅ぼせるだけの力を持ってます」


 「やはり、にわかには信じ難い……。その様な存在がこの世にいるとは……?しかし、あの黒い玉からは神聖力でも魔力でもない……今まで感じた事のない、不思議な力を感じる」


 「アレは『竜気』。竜族だけが持つ特殊な力です」


 「何故、神人殿がその〝厄災〟についてそこまで詳しいのかは気になるが……今は聞かないでおこう」


 クロノスはそこまで言うと、今だ遠くの空に見える黒い球を見据える。


 黒い球は、今も少しずつだが空に向かって登り続けている様だった。


 「……あまり時間はなさそうです。急ぎましょう」


 ユランがそう言うと、それを聞いたジェミニが突然ニンマリと笑い、弾んだ声で言った。


 「そうか、旦那様は急ぐんだね! じゃあ──」

 

 ギュム


 「またぁ……!?」


 ジェミニは突然ユランの頭を両手で抱え、自分の豊満な胸に押し付けると──


 驚くユランを他所に、そのままユランの身体を『お姫様抱っこ』で持ち上げた。


 「この方が早いもんね」


 「ちょ、これは流石に。お、おろしてぇー」


 「叔父上、余と旦那様はこのまま先に行く……無理せず自分のペースで来るがいい」


 ユラン以外の者に対しては、相変わらず不遜な態度を取る姪っ子に苦笑しつつも、クロノスは右手を軽く上げて了解の意を示す。


 「では、先に行く!」


 ジェミニはそう言うと、強く地面を蹴った。


 ブォン!


 空気を切り裂く様な派手な音を立てながら、ジェミニの身体が加速する。


 ユランを抱えたまま、『抜剣術』も使わずに──


 ユランとクロノスの全力疾走よりも、遥かに早い速度で王都を疾走して行った。


 (第一王女は『生身で魔物を殴り殺す』と噂で聞いた事があるが……眉唾物の話ではなかったか)


 「これじゃあ、まるでゴリ──」


 「……ん?」


 「……ゴリっぱな淑女だなって……うへへ」


 「うん!」


 ユランの引き笑いに全く気付く様子もなく、ジェミニは凄く良い返事を返した。


 (こんな格好で現れて、皆んなに何て説明するんだよ……)


 あっという間に小さくなっていくジェミニの後ろ姿を目で追いながら、クロノスは──


 「自信を取り戻したのは良いが……猪突猛進に磨きがかかっているな。性格は母譲りという事か……。神人殿……可哀想に」


 と、呆れ気味に呟くのだった。


         *


 ユランたちが着くよりも一足早く、リリアを始めとしたリーン剣士団のメンバーは露店街に集合していた。


 今は、リリアが皆んなを統率し、ユランを待っている状態だ。


 「皆んなご苦労様。特に、ミュンとリネアは大金星ですわ。それより、アリちゃんは戻ってきて良かったの?」


 「うん。一通り確認してみたけど、目立った被害はないみたいだからね」


 リリアはアリシアの言葉を聞き、安堵のため息を吐く。


 どんな戦いでもあっても、優位に進めるためにアリシアの存在は重要なファクターとなる。


 支援特化のアリシアがいれば、そちらに気を回す必要がなくなるからだ。


 「でも、この戦い……何かおかしいよね?」


 アリシアがそんな事を言い出す。

 

 「おかしいって、何がおかしいの? アリー」


 アリシアの言葉に、ミュンは首を傾げて疑問符を浮かべた。


 「何で、王都を攻めるために戦力を分けたんだろう? 一箇所に集めた方が簡単じゃない?」


 「それは、それぞれに役目があったんじゃないの? リリアさんのところは〝厄災〟を守るため。ユランくんのところは増援を断つためとか?」


 ミュンがそんな答えを提示するが、アリシアは全く納得がいってない様子だ。


 「そんなの意味ないよ。だって、厄災(アレ)の復活は防げないんでしょ? 先生の話では、復活すれば世界が滅ぶほどの相手なんだよね? だったら、厄災だけ飛ばして後は放置するか……王族を狙ったなら、そっちに戦力を全部回せば早いと思うけど……」


 「うーん……確かに。アリーの言う通りかも」


 「何か気持ち悪い感じ……。誰かの思惑で、最適な方法で〝戦わされてる〟みたい……」


 アリシアがそこまで言い終わると、それまでアリシアとミュンのやり取りを黙って聞いていたリリアが口を開く。


 「そう言うのは後にしましょう。とにかく今は──」


 リリアがそう言いかけたときだ。


 「おーい!」


 と、遠くからリリアたちを呼ぶ声が聞こえた。


 ユランの声だ。


 その場にいたメンバー、


 リリア、ミュン、アリシア、リネアが、その声に反応して一斉にそちらに視線を向けた。


 「ユラン、やっぱり貴方は──は?」


 リリアは「立ち直ってくれたのね、信じていましたわ」と続けようとしたが──


 こちらに向かってくるユランの姿を確認し、笑顔のままで表情が固まった。


 「……」


 「……」

 

 「……」


 「……あちゃー」


 皆んなが口を開く事が出来ない中、リネア〔暴食公〕だけが呆れた様にため息を吐き、頭を押さえた。


 「皆んな、待たせてごめん!」


 ユランは完全に開き直っているが、剣士団の女子ーズは、今にもブチギレそうなほど身体を戦慄かせている。


 それもそのはず。


 彼女らの想い人? は、見知らぬ金髪美女の胸に顔を埋め、お姫様抱っこされながら向かってくるのだ。


 ユランは、顔面が胸に覆われているせいで、リリアたちの方を見てすらいなかった。


 まあ、実際は恐ろしいほどの怪力でホールドされているため、抜け出せないと言うのが正しいのだが……。


 「お待たせ!」


 「お待たせじゃねーですわ」


 衝撃の展開に、リリアの口調はおかしくなっていた。


 「ふん。お前たちが旦那様の剣士団のメンバーか……彼の妻のジェミニだ。よろしく」


 ユランを抱えながら、ジェミニが不遜な態度でそんな事を言い出した。


 そして、女子ーズも各々──


 「本当の妻、ミュンです」


 「リリア……妻です」


 「アリシア、つ──娘的存在です」


 「……同僚だ。……って、仕方ないだろ御主人……。この流れに乗るのは良くない……」


 などと答え、現場はカオスと化す。


 普段は奥手で、こう言う場合には吃る事が多いリリアも、ハッキリと自分を主張した。


 「はははは! ……はぁ」


 身動きの取れないユランに出来る事は、ただ乾いた笑いを漏らす事だけだった……。


         *


 ピシ──……


 「……」


 ピシ──……


 ピシピシ──……


 遙か上空に見える黒い球を囲む様にして、ユランたちは配置につく。


 卵の殻が割れる様な音が響くたびに、黒い球にヒビが入り、その隙間から大量の〝竜気〟が漏れ出る。


 それだけで、圧倒されそうなほどの力の渦だが──


 二人の神人、ユランとリリア


 皇級聖剣最強のジェミニ


 最強のコンビ、ミュンとリネア


 そして、最高の補助師アリシア


 集まった面々の士気は高く、その力の渦に怯む事はなかった。


 ピシ──……


 ピシピシ──……


 ピシピシピシ──……


 今にも崩壊しそうなほど、ひび割れが広がる黒い球。


 いよいよ、〝厄災〟が復活する──


 (大丈夫、切り札だってある。あとは──)


 ユランは集まったメンバーをぐるりと一瞥すると、頷き──


 「皆んな、しばらくすれば増援も来る。準備不足は否めないけど……ここまで来たら──」

 

 ──バリンッ!


 

 その瞬間、世界が静止した。



 世界から音が失われ──


 風は吹くのを止め──


 水は流れるのを止め──


 鳥は(さえず)るのを止めた──


 ドクン……ドクン……ドクン……ドクン……


 音のない世界で、〝ソレ〟が放つ心臓の鼓動だけが、やけに大きく聞こえた──


 「!? アリシア! 防壁で囲め!!」


 ユランの咄嗟の叫びに反応し、アリシアが即座に『防壁』の神聖術を発動し──


 『防壁』が、破砕した黒い球を囲むと──


 ──!!──!?──!!!


 防壁の中で、膨張した竜気が大爆発を起こす。


 防壁に囲まれているため音は届かなかったが、爆発の余波がユランたちのところまで伝わってくる様だった。


 「くっ……。中はどうなった?」


 竜気の爆発に晒され、爆煙の影響で防壁の中の様子が見えない。


 アリシアの防壁は特別性で、『魔王』クラスが束になっても、破るまでにはそれなりに時間が掛かる代物だ。


 しかし──


 バリンッ!


 竜気の爆発でも、びくともしなかった防壁が、最も簡単に破られた。


 そして、爆煙が晴れると、その中から……


 大きさは、それほどでもない。


 精々、3メートル位のものだろう……


 怪物と呼ぶには小振りなくらいだ。


 全身は漆黒の鱗で包まれ、まるで夜の闇をそのまま具現化したかの様な、真っ黒な身体だ。


 鋭い爪に、大きな牙、そして身体よりも大きな二翼の翼……どれもこれも闇の様に暗い。


 闇よりも暗い黒──


 漆黒よりも深い闇──


 厄災……魔竜バル・ナーグの姿がそのにあった。


 上空に浮かぶバル・ナーグの(まなこ)は固く閉じられ、動く気配を見せない。


 誰もが、言葉を失っていた。


 一目で分かる……


 これは、〝戦うべきではない相手〟だ……


 足が竦む、


 冷や汗が止まらない、


 動けない、


 動けない、


 動けない、


 動け、動け、動け、動け、動け──


 皆、自分の身体を動かそうと叱咤するが、〝一歩を踏み出す勇気〟など欠片も湧かなかった。


 圧倒的な力を前に、戦意をゴッソリ抜き取られたのだ。


 正直な話、リリアはバル・ナーグの事をユランから聞いたとき、「ユランがいれば何とかなる」と楽観的に考えていた。


 何とかなるってなに……?


 コレと戦うの?


 動けないのに……?


 リリアは震える身体を止めることもできず、ただ、バル・ナーグの姿を呆然と眺めていた。


 そして、目を閉じたままのバル・ナーグを見て、


 「眠ってる?」


 などと、どこか夢でも見ている様に呆けながら口にした。


 誰もが動けぬ中で、ただ一人……


 バル・ナーグの脅威を知るユランだけが──


 『抜剣レベル4── 『迅雷』を発動──使用可能時間は40分──使用可能回数は──5回です──カウント開始』


 即座に動いた。

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