【1】人類最強シリウス・リアーネ
『ユランくんなら凄い聖剣士になれるよ』
キラキラと、瞳を輝かせながら語る少女の事を思い出していた。
私にとっては20年以上前の話で、今では少女の顔も上手く思い出せない。
腰に携えた聖剣の鞘を一撫ですると、ザラザラした感触が右手に伝わる。
鞘に付けられた無数の傷跡が、私のこれまでの歩みの過酷さを証明している様だった。
「結局、約束は守れなかったなぁ……」
少女との約束。
すごい聖剣士になるという約束は結局、今になっても果たす事が出来ずにいる。
聖剣士どころか、今の私はただの傭兵──
金をもらい、淡々と仕事をこなすだけ。
聖剣士の様に『国のために命をかける』などという高い志を持っている訳でもない。
ただ、金のために生き、金のために死んでいく……。
「約束って、何ですか?」
独り言を聞かれてしまった様だ。
私の隣に座るニーナが、不思議そうな顔で問うてきた。
「いえ、何でもないです……それよりも、起こしてしまいましたか?」
私がそう答えると、ニーナは慌てて首を振る。
「いえいえ……元々、緊張で眠れませんでしたから」
「無理もないです。シリウス以外のメンバーは魔王と戦うのは初めてですし、緊張しない方がおかしいですよ」
私は、魔物避けのトーチを囲んでいるメンバーの内の一人──私の真正面に腰掛けているシリウス・リアーネに目線を向ける。
「……ヒュ……ヒュ……ヒュ」
シリウスは苦しげに肩で呼吸をしており、息を吸うたびに喉なりの様な音が聞こえた。
シリウスの身体は、異常な程に痩せこけており、傍目から見れば骨と皮だけしかない様な酷い状態だ。
皮膚には、これまでの戦いによる傷跡が無数に刻まれており、肌の色もどす黒く変色してしまっている。
腰まである髪は、老人の様に真っ白だ……。
とてもではないが、その見た目からは、彼女が私とそう変わらない年齢の女性であるとは思えなかった。
年老いた老人の様に見える彼女は、まだ30代前半の女性だ……。
シリウスは大切な仲間……。
その姿に哀れみを見せるのは違うと思い、私は思わずシリウスから目線を逸らしてしまった。
そして、気分を変えるために私は努めて明るい声を出し、言った。
「私たちは成し遂げたんです……ほぼ無傷の状態のシリウスを、魔王の元へと導く事ができたのですから」
シリウス以外のメンバーにとっては、戦闘経験のない未知の敵……『魔王』との対決を前に、ニーナは若干ナーバスになっている様で──
私は、不安げに膝を抱えて俯くニーナを、励ます様にそう言った。
私たち『魔王討伐隊』の役目は、人類最強シリウス・リアーネを補佐する事だ。
……命を賭けて。
シリウスのために戦い、そして死ぬ。
「そ、そうですね。初めは400人近くいた討伐隊も、残りは私たち4人だけになっちゃいましたけど……それでも」
ニーナの言う通り、結成時は大勢いた討伐隊の仲間たちは、皆シリウスを無傷で魔王の元へ連れて来るために犠牲となり、死んでいった。
残ったのはメンバーは、私を含めた4人──
『エルフ族の少女ニーナ』
『神聖術士の少女アニス』
『人類最強シリウス』だけだった。
私は一度逸らしてしまった視線を、再びシリウスの方に向ける。
「……ヒュ……ヒュ……ヒュ」
シリウスは、相変わらず苦しそうに荒い呼吸を繰り返している。
既に満身創痍に見えるが、実のところ、シリウスは今回の討伐戦では殆ど傷を負っていない。
にも関わらず、すでに満身創痍の状態になってしまっているのは……ある呪いの影響らしい。
私が最初に彼女に出会った二年前には、シリウスは既に今の姿であった。
シリウスはその呪いの影響で、常に瀕死に近い状態であるため、長時間の戦闘が出来ない身体だ。
そんな状態の彼女を護り、多くの犠牲を払ってでも魔王の下に導いてきたのには、ちゃんとした理由がある。
「自分の不甲斐なさが嫌になるな……」
私が呟くと、ニーナも私の言葉を聞き、それに同意した様で、小さく頷いた。
「そうですね。結局、ワタシたちはシリウス様の『神級聖剣』に頼るしかないんですから……」
「そうは言っても、君やアニスの『聖剣』は『貴級』だろう……私は『下級』だ……はっきり言って戦力にもならない」
私は、そう言いながら、再び腰に携えた剣の鞘に触れる。
これは神から与えられた武器──『聖剣』だ。
この世に生まれた人間なら、誰しもが神から与えられる神剣である。
聖剣はこの世に生まれた人間であれば、平等に与えられるものだが、そこには等級が存在する。
下から──
『下級聖剣』
『貴級聖剣』
『皇級聖剣』
『神級聖剣』だ。
聖剣を使えば、常人を遥かに超える能力──
それこそ、奇跡の様な力が手に入る。
しかし、等級が一つ違えば、聖剣から与えられる加護には天と地ほどの開きが出るのだから……
神様も、〝なかなか残酷な事をするな〟と思う。
奇跡を与えられると言う事実は、誰しもが平等だが……与えられる奇跡の価値は平等ではない。
私が神から与えられたのは『下級聖剣』。
……最下級の聖剣なのだ。
ニーナやアニスの聖剣は『貴級聖剣』なのだから、それだけで私と他の仲間たちの間には大きな戦力差が生じていると分かるだろう。
ちなみに、シリウスの聖剣は『神級聖剣』で、最も等級の高い聖剣だ。
『神級聖剣』を持つ者は『神人』と呼ばれ、各地で信仰の対象となっている。
「結局、魔王との戦いで戦力にならないのは同じですよ……魔王クラスの魔族になると、『皇級聖剣』や『神級聖剣』でなければ対抗できないんですから」
それが、私たちが命懸けでシリウスを護り、『魔王』の元まで導いた理由だ。
シリウスが満身創痍であろうとも、彼女の聖剣の力に頼らざるを得ない理由……。
「20年前にグレン・リアーネ様が亡くなってから、『神級聖剣』はシリウスだけになってしまいましたからね……私たち人類は、魔王討伐のためにシリウスの聖剣に頼るしかないんです」
グレン・リアーネと言う名前が出ると、シリウスがわずかに反応し、肩がピクリと震えるが──それ以外に反応はない。
シリウスは、少ない体力を温存するため、滅多な事では口を開かないのだ。
思えば、シリウスと出会ってから二年になると言うのに、まともに話した事など無かった気がする。
裏を返せば、会話すらままならないほどシリウスの呪いの影響が深刻であると言う事だ。
私は──おそらくニーナもそうだろうが……シリウスに頼り切りになってしまう事に罪悪感を覚えていた。
相手が『魔王』ともなれば、唯一『魔王』と戦えるシリウスを、たった一人で戦わせる事になってしまう。
それが最善だと分かりつつも、自分の不甲斐なさが嫌になる……。
シリウスの事で考え込む私を見て、ニーナが気を取り直すように、明るい声を出して話題を変えた。
「ユランさんは『下級聖剣』ですけど、『レベル10』……『完全抜剣』を成功させているんですよね?」
そう言うと、ニーナは興奮した様子で私の方に詰め寄ってくる。
自然とお互いの顔が近くなり、ニーナの頬がわずかに赤らんでいるのが良く見えた。
ニーナは、妖精族特有の美しい容姿の持ち主だ。
その美しいニーナの顔が、私に急接近し、年甲斐もなくドキリとしてしまった。
「実戦で使ったことはないので、成功と言っていいのか……」
私は、ニーナに対して鼓動が高まるのを感じていたが……同時に後ろめたさも感じていた。
後ろめたさって……誰に対して?
私は、ニーナに対して誤魔化す様にそう言った後、自分から顔を離した。
ニーナは私の顔が離れた事に少し不満げな顔をしたが、頬を赤らめたままで「それでもすごいです」と笑顔で言った。
*
聖剣には等級があるが、ただ等級が高ければ強いというものでもない。
聖剣を扱うためのには『抜剣術』と言う特殊な技術が必要で──これを扱えて、初めて聖剣の加護が得られる。
つまり、『抜剣術』が使えなければ、『聖剣』はただのお飾りに等しいと言う事になってしまう。
『抜剣術』には1〜10までのレベルが存在し、レベルが高いほど聖剣から得られる加護も強力になる。
強力な効果を持つ『抜剣術』ではあるが、そのレベルを一つ上げるだけでも、大変な努力と才能が必要になる──それが『抜剣術』の本質。
私はどうやら『抜剣術』の才能に明るかったらしく、聖剣は最下級の『下級聖剣』だが、人類史上初めてのレベル10──『完全抜剣』を成功させていた。
*
「レベル10では、どんな加護が得られたんですか?」
ニーナが、ワクワクした気持ちを抑えられない子供の様な顔で、私の『完全抜剣』について聞いてくる。
しかし──
「さっきも言いましたが、実戦で使用した事はないので、効果は分からないんです」
と、私はすげなく答えた。
人類史上初めてのレベル10──
『完全抜剣』達成者──
そう言えば聞こえは良いが、結局のところ私の聖剣は『下級』でしかない。
等級の高い聖剣に比べれば、レベル10でも得られる恩恵は高が知れている。
さらに、レベル9までの『抜剣』とは違い、レベル10は安易に使用でして良いものではない。
これは『完全抜剣』達成者しか知らない事だが、私が今まで『レベル10』を実戦で使用した事がないのにはちゃんとした理由がある。
「そうなんですか……残念です。でも、今回の戦いで見られるのかな」
ニーナは、私に対して上目遣いで期待を込めた視線を向ける。
私は、誤魔化す様に苦笑して答えた。
「まあ、機会があれば」
そんな機会は無いに越したことはないのだが……。
パチンッ──……
〝魔物避けのトーチ〟から炎が爆ぜる音が聞こえた。
「……んっ。そろそろですかね?」
トーチの音で目を覚ましたのか、私の右隣で眠っていたアニスが、目を擦りながら起き上がる。
会話に集中していて気付かなかったが、周りに魔物の気配が漂い始めている。
〝魔物避けのトーチ〟の効果が切れ始めている様だ。
『ステータスアップ』
アニスが能力向上の神聖術を皆んなに向けて唱える。
その瞬間、私の身体が軽くなり、全身に力がみなぎる様な感覚がする。
私たちは、トーチの炎が消えるのを確認すると、『魔王城』の奥へと進んでいくのだった……。