こちらド田舎の寒村ですが、呪われた王子を押しつけられました
シルカ村は辺境のド田舎にある寒村である。
どのくらい辺鄙かと言うと、大きな街道から横道に逸れて山に向かってひたすら進み、やっと見えた街をさらに過ぎて進み続け、心が折れそうになったところで見えてくる猫の額ほどに開けた場所……それがシルカ村である。
そして私は、そのシルカ村の村長の娘で、名前はモニカ。平民だから苗字はない。ただのモニカである。
そんな私たちが細々と暮らしていたある日のこと。この辺りでは一生に一度も見かけることもない金キラキンの馬車が突然村にやってきた。
馬車から降りてきたのは、襞襟の上等な服を着て、髭をくるんとカールさせた……絵に描いたようなお貴族様が二人。彼らは私たちを見るや顔を歪めて鼻を手で押さえた。クサいってことだろう。
そんな二人の後ろから降りてきたのは、汚れ一つない無地の綿の服を着た金髪の青年である。こっちも肌の綺麗さからお貴族様と見て取れたが、手に縄がかけてある。これはどういうことだろう?
ヘヘーッと平伏する私たち村人の前で、はじめに降りてきたくるりん髭のお貴族様が、もったいつけた仕草で丸めた羊皮紙をババーンと広げて読み上げたことには。
金髪の青年ジークなんちゃら(名前が長過ぎて忘れた)は罪人であるが、貴人である。
王都で高貴なる令嬢との婚約を身勝手に破棄したばかりか、聖女様にも手をつけたため、苦労刑に処すことと相成った。
簡単にいえば、やらかした罰として辺鄙なド田舎に島流しにされたわけだ。まあ、シルカ村は島じゃなくて陸の孤島だけど。こういうのを俗に苦労刑と呼ぶのだ。
罪人である金髪の青年ジークなんちゃらには、苦労刑が科せられたわけだ。がしかし、それはシルカ村から見れば、なんら悪いことをしていないのに、お貴族様(推定役立たず)を養えと命じられたことであり。迷惑以外のなにものでもない。雀の涙の謝礼より、税を減らしてほしいものだ。
「ベブシ! デュクシ!」
ジークなんちゃらが意味不明な言葉を喚いた。
そういえば、ジークなんちゃら……もうジークでいいか、は呪いにかかっているらしい。あのお貴族様二人がイヤそうに説明したところによると、呪いのせいでジークは「デュクシ」「ベブシ」「ブベラァ」しか話せないのだそうだ。
それ、会話できなくね?
◆◆◆
シルカ村には、幼児でも知っている絶対的な掟がある。
働かざる者、食うべからず。
シルカ村は寒村も寒村なのだ。動ける者は皆働かねば、領主様に収める税だって払えなくなる。お上とは非情なもので、どんなに不作でも、税だけはきっちり巻き上げていくのだ。
だがしかし。ド田舎に連れてこられたにもかかわらず、ジークの態度はふてぶてしい。村人が話しかけると「ベブシベブシベブシ!」と喚いて威嚇する。まるで気の立った獣だ。
が、先ほども触れたように、ここでは働かざる者食うべからず、ご飯抜きにはしないけど、その代わり一人当たりのご飯の量が目減りする。労働者数に対して食べる人数が多いんだし、仕方ないよね?
「ブベラァ……」
ジークは食事の少なさが衝撃的過ぎたのだろう。「ベブシ!」と威嚇しようと口を開いて、向かいのチビが自分と同じ量を与えられているのを見て、何も言えずにうなだれた。
さすがに数日経ったら堪えたのか、野良仕事の手伝いを始めたジーク。相変わらず「ベブシベブシ」とうるさいし、働いてもすぐバテる。
「デュクシーー!!」
奇声がしたので行ってみれば、キャベツァの葉の上でオレンジ色の触手をフヨフヨさせて威嚇する芋虫にビビって腰を抜かしていた。
「ベブシベブシベブシ!」
威嚇しまくる声がうるさくて行ってみたら、鶏小屋でジークが雄鶏三羽(それぞれ名前がジャブ、フック、アッパー)の跳び蹴り攻撃から逃げ回っていた。卵を採るだけの簡単な仕事なんだけどねぇ。
ただ、意志疎通ができないのは可哀想だと思う。ああ、また税が上がったな。
◆◆◆
ジークが落ちていた棒きれでガリガリと地面になにやら描いた。形から文字っぽいんだけど、ここは貧乏なド田舎。学校なんてご立派なものはない。読めないんだなぁ。
放置してデーヅ豆の鞘取りをやっていたら、ジークが大きく地面に何やら描いて、私の服を引っ張った。
「何?」
「(地面に描いた文字を指して)ベブシ!」
「いや、わからんから」
◆◆◆
今日もベブシデュクシとジークがうるさい。
畑仕事もニワトリの世話も、モタつくけど覚えた。地面にお絵描きしながらチビの面倒も見てくれる。やっと使えるようになってきたのに。
うるさいヤツの手元を見ると、今日も今日とて少ないご飯がある。
なんでかって? 税が上がったからだよ。
このままじゃ、冬は木の根っこを掘り返しさなきゃいけないかもしれない。ドクドクキノコをたくさん取ってきて塩漬けにして毒をぬき、美味しさ皆無のうすーいスープで凌がなきゃいけないかも。なんでそんな顔するのさ? 貧乏ド田舎ではよくあることだよ。
ド田舎だから野獣はもちろん、魔物も出る。こんなド田舎に騎士団なんかいるはずもないので、出てきた野獣や魔物は村の男たちで退治する。とても危険な仕事だ。死人も出る。
実際に出た。樵のドムさんちの倅。まだ十五年しか生きていなかった。狩りで犠牲になるのは、いつも経験の少ない若者だ。悲しいけど仕方がなかった。だけど、ジークは受け入れられなかったのか、「ブベラァブベラァ」とボロボロ涙を零して泣いていた。
野獣でも魔物でもヤツらは貴重な栄養源である。死んだ者の分まで私たちは生きねばならない。食べられるところ、素材として売れる部位はすべて剥ぎ取って、残った内臓とか使えない諸々は土に埋める。
◆◆◆
ジークを押しつけられてから、季節が一巡りした。
だいぶ野良仕事も様になったし、弓も獲物に当たるようになった。村に来た時より日に焼けて、ひょろかった身体も一回り大きくなった気がする。なんだかんだ言ってジークはまだ十代の若者なんだ。
また魔物が出た。取れる物を全部剥ぎ取って土に埋めようとしたら、ジークがベブシベブシとうるさい。ヤツが見つけたのは、見たこともない気持ち悪い見た目のキノコ。いびつな形の傘と柄の両方から赤いドロリとした汁が溢れ出てんの。絶対毒じゃん。ジークには触るな食べるなと言っておいた。
あのバカ。なんで毒キノコなのに食べたんだ。水汲みから帰ってこないと心配して様子を見に行けば。川の近くにひっくり返った桶と倒れたジーク。まわりには吐瀉物。大急ぎでヤツの口をすすぎ、売るはずだった魔物の毛皮で簀巻きにして、医者のいる隣街まで担いで飛んでいった。
結果、ジークは助かった。
医者に払うお金がなかったので毛皮を渡そうとしたけど、その前にジークが懐からあの気持ち悪い毒キノコを取り出した。
コイツ! あれほど食べるなって言ったのに!
だけど、医者はその毒キノコを矯めつ眇めつ臭いを嗅いで、渋い顔で毛皮を押し返した。治療費はタダにしてくれるらしい。何度も何度もお礼を言った。
帰るよ、とジークを促したら、ヤツは何を思ったのか医者を表に引っぱり出し、得意のお絵描きと身振り手振りでまたベブシデュクシとうるさく言っている。
医者がこっちに手を振っている。さっさと連れて帰れということか。もちろんそうしますとも。
◆◆◆
毒キノコ事件からしばらくして、ジークがまたベブシデュクシと言い出した。どうやら魔物素材を売りに行く男たちについて行きたいらしい。荷物持ちが増えるならと許可を出した。
街に行った男たちが帰ってきた。どうしてか皆暗い表情だ。
理由を聞いて驚いた。
ジークはあの毒キノコを薬屋に持って行ったんだそうだ。そしたら、魔物の毛皮とは比較にならないお金が貰えた。すごい! 良かったじゃないか。
しかし、そのお金のほとんどをジークが薬屋での買い物に使ってしまったのだという。おい。
ジークを睨むと、ヤツは必死にベブシデュクシと小さな袋を振り回した。まあ、使ってしまったものは仕方がない。あの毒キノコに価値があるとわかっただけ良しとして、私たちはため息をついた。
◆◆◆
魔物の死骸捨て場に、気持ち悪い見た目の毒キノコを採りにいくようになった。
とはいえ、採り尽くすとせっかくの収入源がなくなるので、少しずつ。そこにジークが薬屋で買った小袋――何かの種を慎重に慎重に播いていた。
また季節が一巡りした。
少しだけ村は豊かになった。あの毒キノコとジークが植えた種がそれなりに高い薬草で、良い値で売れたのだ。ジークはベブシ! と得意げに、村人に薬草畑を増やそうとか身振り手振りで訴えている。
そうやって少しずつ収入を増やし、新しい農具や狩りの道具を買ったりできた。あとなぜかチビたちが嬉々として私に文字を教えにくる。一とか二とかだけど。
相変わらず税は高いけど、ご飯の品数がほんの少し増えた。ときどきジークが高い買い物をしては新しい種を持ち込んだり、冒険者を雇って魔物の解体や討伐のことやらを村人に教えさせたりした。
もう誰も、ジークのことを押しつけられたお荷物とは思わなくなっていた。
◆◆◆
そんなある日、このド田舎にやたら金キラキンのでっかい馬車がでこぼこ道をえっちらおっちらやってきた。中から出てきたのは、ピンクのフリフリシャララーンなドレスを着たぐりんぐりんのドリルみたいなヘアスタイルのお姫様だった。春でもないのに、お姫様からムハーンと花の香りがする。
「ジークフリート王子はいるかしら?」
気取った声でお姫様は訊ねて、鼻に皺を寄せた。お貴族様のお家芸――農民はクセェのポーズだ。
ところで、ジークフリート王子って誰だ?
この頃には、もうジークは立派な村の一員で、彼が元・お貴族様だということはすっかり忘れていたのだ。お姫様が鼻に皺を寄せて美人を台無しにしつつ説明してくれて、私たちはようやくジークがジークフリート王子ということに気がついた。てかアイツ、王子だったのか。
だが、残念ながらジークは隣街に薬草を売りに行ってしまっている。村を出たのが確か一昨日? いや、その前の日だったかな。そろそろ帰ってくるんじゃないだろうか。
お姫様をそのままにするわけにもいかないから、とりあえず屋根のあるところ(私の家)にお招きし、野草茶を出した。お姫様は一口含んでベッと吐きだし、ギャンギャン文句を言った。私たちはヘヘーッと平伏するしかなかった。
日が傾きかけたころ、ジークが村に帰ってきた。
ジークは村の入口にやや傾いて停まっている金キラキンな馬車に目をぱちくりさせ、私が呼びに行くと「デュクシ?」と首を傾げた。ともかくお姫様のところへ引っ張っていった。
「あなた、私のジークフリート様をどこに隠したの?」
連れてきましたってジークを見せたら、お姫様はまた怒りだした。こんなに汚いのは違う、と。
いや、本物だって。そらド田舎に床屋はない。髪も髭もボサボサだ。身体だって肉体労働ですっかりゴツくなった。
でも、今は小綺麗な方なんだよ? 素材を売りにいく店は、汚い農民とわかると店に入れてくれないから。村を出る前に川で身体を洗って、ジークのアドバイスで髪と髭も短くするんだ。美的感覚は農民の私にはわからないけど、男たちによれば効果てきめんだったらしいし。
ともかくも、お姫様は扇をファサァと広げて「コイツじゃない」とそっぽを向いた。
「ジークフリート様は、この美しい私と結婚の約束をした、とっても素敵な殿方なの。二人で女神様に誓ったんですから。ジークフリート様は約束なさったの。もしも私との結婚の約束を破ったら、どんな罰でも受けるって。だから私も誓いましたの。もしも私がジークフリート様との結婚の約束を破ったら、私もどんな罰でも受け入れるわって」
事情はよくわからないけど、お姫様はジークにベタ惚れっぽい。目の前にいるんだけどなぁ。
ジークはというと、お姫様のまわりに散らばる割れた皿や砂にまみれた野菜(一応食事も振る舞ったけど投げ捨てられた)を見て、
「……デュクシ」
ボソッと呟いた。たぶん謝ってるんだろうなぁ、これ。これだけ長く共に過ごすと、ジークの呪い言語もなんとなくわかるようになってきたのだ。
蚊の鳴くような小さな声だったけど、お姫様にはジークの呟きが聞こえたらしい。大きな目をこぼれんばかりに見開いた。あ、本人だって気づいたかな。ならば感動の再会にお邪魔な我々は下がるとしよう。
が、予想外なことが起こった。お姫様はジークが一歩近づいた途端、えもいわれぬ顔をしたかと思うと叫んだのだ。
「く、クサい! 臭いわ来ないでぇ!!」
ジークはビクッと立ち止まる。だけど、お姫様は止まらない。
「嘘嘘嘘!! こんなのがジークフリート様だなんて! イヤよ! 結婚なんて嫌よう!」
さすがにそこまで言われると思わなかったのか、ジークは「ブベラァ……」と肩を落としてうなだれた。お姫様のパニックは続く。扇をめちゃくちゃに振りまわして、尻餅をつきながらジークから離れようとする。
「デュクシ……」
「いやあ! 寄るな触るなぁ! 婚約は破棄よ破棄ぃ!」
その時だ。晴れた空がほんの一瞬、だけど確かにピカッと光ったのだ。すわ雷かと身構えたのだが……。
…………。
…………。
「えっくし?」
ややあって、変な声が聞こえた。
◆◆◆
「え、えっくし? ぶぇっくし?」
ふりかえったら、お姫様が呆然と立ち尽くしている。目が合った途端、お姫様は目をつり上げてなぜかツカツカと歩いてきて私の胸倉をつかみ、
「えっくし! ぶふぇっくしーー!!」
と、叫んだ。
いや、わからんて。
「えっくしえっくしえっくしーー!」
そのまま泣き出すお姫様。なんか……デジャヴ。
「ヴィヴィアン……」
そこに、ジークが申し訳なさそうにやってきた。そして目をぱちくり。
「喋れる……戻った」
どうやら入れ替わりで呪いが解けたらしい。
◆◆◆
あとでジーク改めジークフリート王子が説明したところによると。
ヴィヴィアン(お姫様)の言うこともジークの罪状にも間違いはなく。ベブシデュクシブベラァしか喋れなくなってしまったのは、女神に誓った約束を違えて、ジークがお姫様に婚約破棄を突きつけてしまったからだという。
この呪いは、不誠実をした相手が許してくれた時か、不誠実を心から反省した時、女神様が解いてくださるらしい。
「私が愚かなことをしなければ、ヴィヴィアンはこうならずに済んだ……」
長らく呪いにかかっていたジークには、意志疎通ができない苦労やもどかしさが痛いほどわかった。ボロクソに罵倒されたものの、自身と同じ目に遭ったお姫様を見て、過去の罪を心から後悔したらしい。
「ヴィヴィアンはずっと私のことを気にかけてくれていた。あんなでも……」
今一度ジークはお姫様が投げ散らかした元・食事に悲しそうに眉を下げた。
「すまなかった」
あのジークが腰を直角に折り曲げて頭を下げた。
まあいいさ。お貴族様にとってはとても食べられたモノではなかっただろうし。現に、村に来た当初のジークも粗末な食事に慣れるのに時間がかかったしね。
「ヴィヴィアンは私が連れて帰る。必ず呪いを解くよ」
ジークはお姫様を連れて王都に帰るようだ。そうか。ジークの苦労刑は終わったのか。
◆◆◆
「いいか。計算だけはできた方がいいからな。数字さえ読めれば、素材も薬草も買い叩かれずに済むからな」
「もっと冒険者を頼れよ。命は大事なんだ」
「薬草畑を頼むぞ。あのキノコは吐き散らかすほどゲロ苦いが、赤いドロドロは万能薬になるんだ」
別れのとき、ジークは村人一人一人に声をかけてまわった。そして最後に私の前にやってきて、勢いよく頭を下げた。
「ここに来たときの俺は最悪だった。なのに、飯を食わせてくれてありがとう。仕事を教えてくれてありがとう。医者に運んでくれてありがとう。すごくすごく世話になった!」
何度も礼を言うジークに、なんて答えればいいのか咄嗟にうまい言葉は浮かばなかった。なんてったって私は学のない農民だからね。
長く過ごしていたからわかる。ジークは別に悪いヤツじゃなかった。一生懸命、村を良くしようとしてくれたんだ。
私たちは手を振り続けるジークが田舎道の向こうに見えなくなるまで見送った。
◆◆◆
それからまたいくつか季節が巡った。
私たちは変わらず、汗水垂らして畑や家畜の世話をし、ときどき出てくる獣や魔物を討伐して細々と暮らしている。
変わったことといえば、税が安くなったこと。難しいことはわからないけど、前の領主様が悪さをしていたことが発覚し、別の人に変わったから、らしい。
わざわざ隣街から役人さんが来て、ジークが来た時みたく丸めた羊皮紙をババーンと開いていろいろ読み上げ。そのあと、新品の農具と新品の弓矢をタダでくれた。さらに大工がやってきて、村の入口に小さな宿屋を建てた。おかげで、冒険者に来てくれと頼んでもイヤな顔をされることが少なくなった。
ここは辺鄙なド田舎だ。でも、寒村ではなくなった。今ではチビたちに、ご飯の他におやつも出してやれる。
風の噂に、立派な王様とお妃様が即位なさったと聞いたのは、それから数年後のこと。
おしまい
本作に登場した毒キノコのモデルは、ブリーディングティース(出血する歯)、ストロベリーアンドクリームと呼ばれることもある海外に自生するキノコです。よかったらググってみてね~