魔王
作者は少女の姿をイメージして魔王を書きましたが、特に描写してないのでご自由に想像ください。
——馬鹿な奴らだ。
剣で胸を貫かれながらそう思う。
私を殺してどうなる? それで魔族が救われるというのか。
戦争狂どもめ! 貴様らの愚かさが、下らぬ復讐心が、これから多くの魔族を殺すことになるのだ!
避けられない死を感じる。もう心の中で毒づくことしかできない。
「くはっ……この、恩知らずどもめ……」
私はこんな馬鹿どものために、こんな連中に殺されるために、国を作ったというのか。
身体から乱暴に剣を抜かれる。
よろめくが、しっかりと立ち続ける。
私を殺そうとする馬鹿者を睨みつける。
馬鹿どもの顔には激しい憎悪が浮かんでいた。
私が人間の王国と講和を結んだことが、そんなにも気に食わんらしい。
迫害されている魔族たちのために国を作った。
王国の領土に勝手に国を作り、それ故に建国以来王国と戦争をしているが、それもこちらに有利な条件で講和を結び、魔族に平和と安全をもたらした。
何が気に入らない? これ以上何を望む!?
私の胸を貫いた馬鹿者は私を蹴り飛ばす。
「何が恩知らずだ! この裏切り者め! 俺たちの信頼を裏切りやがって!」
裏切り者、か。
裏切りはどっちだ。
迫害されている魔族たちを集め、擁護してきた私を殺そうとし、死にゆく者を蹴り飛ばしたそっちだろうが。
しかしそうか。どうやら私は信頼されていたらしい。
間違った幻想を押し付けられ、期待されていたのだろう。人間たちを皆殺しにしてくれると。
人間を皆殺しに、などと簡単に考えてくれるが、実際にやる方からしたらふざけるな、という話だ。
道徳の話を置いておくとしても、現状では可能ではないし、実行しようとすれば逆にこちらが根絶やしにされる可能性すらある。
立ち上がろうとして、
「若造が……」
と挑発してやった。
どうせ間もなく死ぬことになる。ならば好きなことをしてやろうということだ。
恐らく百年もまだ生きていないであろう若造は、そうは見えないだろうが老体を容赦なく袋叩きにする。
痛みや苦しみというものはもちろん感じたが、清々とした。
私が守ろうとした者たちには、こういう連中も含まれていたのだな。
いや、分かってはいたが、まさか自分の最期が守ってきた者たちに罵られ殺されるというものだとはさすがに想像できなかったな。
思わず、笑ってしまう。
「は、はは……」
まったく、このような形で我が夢が敗れるとはな……。
魔族が虐げられない世界を作りたかった。
魔族が平和や安全を当たり前に享受できる、そんな世界にしたかった。
それを目前にして……果たせないとは……。
私は何を間違えた?
魔族たちを守りたくて、この国を作った。
魔族に平和と安全をもたらすために、必要な戦争をし、同時に人間たちと交渉をし、王国との講和の機会を待ち続けた。
そして機会を掴み、王国の帝国との戦争を支援するという条件で、こちらの要求をすべて飲ませ、王国との間に講和を結んだ。
時間をかけて王国との間に良好な関係を築き、それを足掛かりとし人間との共存を実現させるはずだった。
私は急ぎ過ぎたのか?
もっと交戦派の感情に配慮し、次の機会に見送るべきだったのか?
分からない。
どうしていたらこのような結末にならずに済んだのか、分からなかった。
そもそも前提がおかしかった。
私は民たちの心を読み誤っていた。
彼らは平和よりも復讐を望んでいた。
そういう者が一定数いるであろうことは分かっていたが、予想よりも多すぎた。
講和を望む者、不満はあっても受け入れる者、不満ゆえに反乱を起こす者。
その比率を完全に読み間違えた。
間違った前提の下、行動していたのだからこうなるのは当然だったのだろう。
さて、どうしたものか。
いつものように頭を悩ませるが、答えは出切っていた。
どうしようもない。何故ならば私は死ぬのだから。
このまま行けば魔族にとって良い未来にはならなかろうが、軌道修正させたくてもしようがない。
済まない、我が夢のために生きた者たちよ。
お前たちが努力してくれたのに、お前たちとの間に約束を交わしたというのに、無能な王は約束を果たせなかった。
気掛かりなのは、罪のない民たちだ。
迫害から逃れこの国にやってきた者、私が約束を交わした魔族、そしてその子孫たち。
きっとこれから大きな戦争が起きるだろう。
願わくば、その者たちが少しでも苦しみなく生きられるように……。
2
お前たちに平和と安全を与えたかった。
魔族が迫害されず、幸せに生きられる世界にしたかった。
民との約束を果たせる、期待に応えられる王でありたかった。
済まない。
どうやらお前たちが尽くした王は、命を懸けた王は、信じた王は、見せかけだけの無能な王だったらしい。
本当に、済まない……。
死にゆく中で、魔王は思う。