後始末
困るぜシュウイチ――マイクは弱りはてたという声を出した。
「もっと人気のないところで殺してくれよ。周りに誤射っていうのに舌が疲れちまったぜ」
「悪かったよ。頭に血がのぼってたんだ」
目の前のマイク、ロザンナの死体を見下ろしながら肩をすくめていた。警官だというのに人を殺したことを責めてこなかった。マイクも 俺と同じ世界の住人だった。
「処理するのはどうする。公にいくか。内密にいくか」
「内密にいきたい。妻に迷惑かけたら悪いしな」
マイクは唇を舐めた。褐色の肌と細い目が俺を見ていた。ぎらついた目だった。何かを欲しがっている目だった。
「そうなればまとまった金がいるぜシュウイチ。あるのかよ」
預金通帳――十万ドルあった。半分は自分で稼いだ。半分ははるかの贅沢なプレゼントを処分した時の金だった。
「いくらいるんだ?」
「二万ドルってとこか。チャイニーズマフィアにツテがある」
白人を憎悪しているマイク――白人以外なら何でも良かったはずだった。都合の良いルートだった。
「三万ドル払ってやるよマイク。一万ドルはお前の取り分だ」
マイクの求めているもの――正しかった。マイクは鷹揚にうなずいた。
「だが、キチンと処理してくれるんだろうな」
「マフィアは裏世界のプロフェッショナルだぜ。お前みたいな権力者の代わりに手を汚してくれる存在だ」
権力者――俺のものは何もなかった。俺はなんの力もなかった。マイクの勘違いが呪わしかった。
GTRに乗り込んだ。マイクとバーガーを食いながらマフィアからの連絡を待った。仕事はスムーズに進んでいると聞いた。俺は微笑むエリィの顔を思 い浮かべながら飯を食い続けた。体力が必要だった。俺は自分の感情に疲れ果てていた。
「なぁ、シュウイチ、俺達はなんで俺達なんだろうな」
マイクがおかしなことを言い始めた。俺は何も聞きたい気分じゃなかった。だが、耳を傾けていた。マイクの厳かな 声が俺の何かに触れていた。
「俺はよ、ガキの頃は徒競走でいつも一番で親父やお袋は喜んでくれたんだ。勉強だってそれなりにできたんだ」
熱っぽい声だった。輝いている時を夢見ているかのようだった。
「ある日、ムカつく同級生がいてそいつを殴ったんだ。俺はいじめられていた女の子を助けたんだぜ。ちょっとした ヒーローのつもりだったんだ」
「だけどよ、親父がそいつの親に謝りにいったんだ。そいつの親は地元の名士でよ。俺の親父はそいつの息のかかった 工場で働いていたんだ。俺はそいつとそいつの親の前で親父にしこたま殴られたよ。顔が腫れてアゴが砕けて一週間まともに飯が食え なかった」
「面白い話じゃねぇか」
マイク、笑った。寂しそうな笑みだった。
「絶対、弱い奴を助けてやる、俺は間違っちゃいないと思って警官になったんだ。だが、皮肉なことに俺が昔殴った同級生は 俺の上司だった。キャリアだったよ。俺が殴ったことをいつまでも忘れちゃいなかった。靴を舐めろと言われたぜ。便所掃除 だけを一ヶ月続けたことがあった。みじめだよなシュウイチ、俺は腐るしかなかったんだ」
マイクは自分の境遇を誰かのせいにしていた。見えない誰かのせいにしていた。俺と同じのようで違った。俺は俺だから 腐った。誰のせいでもなく俺が俺を腐らせていた。
チャイニーズマフィア、マイクの台詞、だがアジア系のシンジケートで統一されているだろうと思った。そうしなければ他との抗争 から生き残れるはずがないと思っていた。違った。目の前に現われたのは中国人だけだった。
「ワタシ、ルゥー、わかります?」
「わかる」
下手糞なイントネーションの英語。喋れないふりをしているのか本当なのかわからなかった。暗闇で包まれた路地裏に 促された。陰気くさい場所だった。だが、誰も近づかない場所だった。
「女、バラバラに刻んだ。全部、わからない。埋めてきた。安心しろ」
「ああ、ありがとうミスタルゥー」
無表情、小柄な老人だった。そこらを歩いている強盗たちにとってカモの老人だった。違った。目を見ればわかった。抜け目のない 目をしていた。
二人の男が老人の両脇に立っていた。リュウとロンだと言っていた。物言わぬ人形のように佇んでいた。
「言葉、いらない。金、欲しい」
銀行からおろしてきた三万ドル、封筒を二つに分けた。マイクへの報酬、マフィアへの報酬。大きな封筒の方をルゥーに 渡した。ルゥーは札束を目の前で数えはじめた。表情は金をみても変わらなかった。
五分が経った。ルゥーは数え終わった。
「アズマ、取引、終わった。もう、仕事、ないか。誰でも、殺せる」
「今のところすまないがないな」
五メートル先のGTRの前、マイクが煙草を吸っていた。見張り役だった。ルゥーはまだ去ろうとしなかった。
「アズマ、一つ、訊きたい」
「なんですか」
「どうして、女、殺した。あの女、美人、もったいない」
「頭にきたからですよ。俺、怒りっぽいタチなんです」
ルゥー、無表情は崩れなかった。崩してやりたくなった。
「これから俺、女に会わなくちゃいけないんです。ルゥーさん。そろそろさようならです」
ルゥー――反応があった。口元をゆがめた。
「お前、女狂い」
笑った。笑ってみせてやった。