表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王  作者: みっしぇる
9/20

後始末

困るぜシュウイチ――マイクは弱りはてたという声を出した。


「もっと人気のないところで殺してくれよ。周りに誤射っていうのに舌が疲れちまったぜ」


「悪かったよ。頭に血がのぼってたんだ」


目の前のマイク、ロザンナの死体を見下ろしながら肩をすくめていた。警官だというのに人を殺したことを責めてこなかった。マイクも 俺と同じ世界の住人だった。


「処理するのはどうする。公にいくか。内密にいくか」


「内密にいきたい。妻に迷惑かけたら悪いしな」


マイクは唇を舐めた。褐色の肌と細い目が俺を見ていた。ぎらついた目だった。何かを欲しがっている目だった。


「そうなればまとまった金がいるぜシュウイチ。あるのかよ」


預金通帳――十万ドルあった。半分は自分で稼いだ。半分ははるかの贅沢なプレゼントを処分した時の金だった。


「いくらいるんだ?」


「二万ドルってとこか。チャイニーズマフィアにツテがある」


白人を憎悪しているマイク――白人以外なら何でも良かったはずだった。都合の良いルートだった。


「三万ドル払ってやるよマイク。一万ドルはお前の取り分だ」


マイクの求めているもの――正しかった。マイクは鷹揚にうなずいた。


「だが、キチンと処理してくれるんだろうな」


「マフィアは裏世界のプロフェッショナルだぜ。お前みたいな権力者の代わりに手を汚してくれる存在だ」


権力者――俺のものは何もなかった。俺はなんの力もなかった。マイクの勘違いが呪わしかった。
















GTRに乗り込んだ。マイクとバーガーを食いながらマフィアからの連絡を待った。仕事はスムーズに進んでいると聞いた。俺は微笑むエリィの顔を思 い浮かべながら飯を食い続けた。体力が必要だった。俺は自分の感情に疲れ果てていた。


「なぁ、シュウイチ、俺達はなんで俺達なんだろうな」


マイクがおかしなことを言い始めた。俺は何も聞きたい気分じゃなかった。だが、耳を傾けていた。マイクの厳かな 声が俺の何かに触れていた。


「俺はよ、ガキの頃は徒競走でいつも一番で親父やお袋は喜んでくれたんだ。勉強だってそれなりにできたんだ」


熱っぽい声だった。輝いている時を夢見ているかのようだった。


「ある日、ムカつく同級生がいてそいつを殴ったんだ。俺はいじめられていた女の子を助けたんだぜ。ちょっとした ヒーローのつもりだったんだ」


「だけどよ、親父がそいつの親に謝りにいったんだ。そいつの親は地元の名士でよ。俺の親父はそいつの息のかかった 工場で働いていたんだ。俺はそいつとそいつの親の前で親父にしこたま殴られたよ。顔が腫れてアゴが砕けて一週間まともに飯が食え なかった」


「面白い話じゃねぇか」


マイク、笑った。寂しそうな笑みだった。


「絶対、弱い奴を助けてやる、俺は間違っちゃいないと思って警官になったんだ。だが、皮肉なことに俺が昔殴った同級生は 俺の上司だった。キャリアだったよ。俺が殴ったことをいつまでも忘れちゃいなかった。靴を舐めろと言われたぜ。便所掃除 だけを一ヶ月続けたことがあった。みじめだよなシュウイチ、俺は腐るしかなかったんだ」


マイクは自分の境遇を誰かのせいにしていた。見えない誰かのせいにしていた。俺と同じのようで違った。俺は俺だから 腐った。誰のせいでもなく俺が俺を腐らせていた。














チャイニーズマフィア、マイクの台詞、だがアジア系のシンジケートで統一されているだろうと思った。そうしなければ他との抗争 から生き残れるはずがないと思っていた。違った。目の前に現われたのは中国人だけだった。


「ワタシ、ルゥー、わかります?」


「わかる」


下手糞なイントネーションの英語。喋れないふりをしているのか本当なのかわからなかった。暗闇で包まれた路地裏に 促された。陰気くさい場所だった。だが、誰も近づかない場所だった。


「女、バラバラに刻んだ。全部、わからない。埋めてきた。安心しろ」


「ああ、ありがとうミスタルゥー」


無表情、小柄な老人だった。そこらを歩いている強盗たちにとってカモの老人だった。違った。目を見ればわかった。抜け目のない 目をしていた。


二人の男が老人の両脇に立っていた。リュウとロンだと言っていた。物言わぬ人形のように佇んでいた。


「言葉、いらない。金、欲しい」


銀行からおろしてきた三万ドル、封筒を二つに分けた。マイクへの報酬、マフィアへの報酬。大きな封筒の方をルゥーに 渡した。ルゥーは札束を目の前で数えはじめた。表情は金をみても変わらなかった。


五分が経った。ルゥーは数え終わった。


「アズマ、取引、終わった。もう、仕事、ないか。誰でも、殺せる」


「今のところすまないがないな」


五メートル先のGTRの前、マイクが煙草を吸っていた。見張り役だった。ルゥーはまだ去ろうとしなかった。


「アズマ、一つ、訊きたい」


「なんですか」


「どうして、女、殺した。あの女、美人、もったいない」


「頭にきたからですよ。俺、怒りっぽいタチなんです」


ルゥー、無表情は崩れなかった。崩してやりたくなった。


「これから俺、女に会わなくちゃいけないんです。ルゥーさん。そろそろさようならです」


ルゥー――反応があった。口元をゆがめた。


「お前、女狂い」


笑った。笑ってみせてやった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ