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魔王  作者: みっしぇる
7/20

ドラック

「スカルド」


自販機で缶コーヒーを飲んでいるところを見つけた。目の下にクマができていた。頬がくぼんで頬骨が浮き出ていた。今にも死にそうな顔つきをしていた。


「ああ……シュウイチ、頼まれていた物、できたよ」


持ち歩いていたのか、透明な薬ビンを手渡された。真っ白なカプセル錠剤がつまっていた。ジーンズのポケットにしまった。


「悪いな。それより、キチンと飯食ってるのかスカルド」


「ああ……そういえば食べてなかったよ。一緒にご飯食べようかシュウイチ」


焦点の合ってない瞳、乾いた笑い声、スカルドは目に見えて衰弱していた。思わず拳を握り締めて舌打ちした。


「肉を食えよスカルド、俺がおごってやる」


「わかってるよシュウイチ……でも、魚がいいな。魚は頭が良くなるから食べろと父さんによく言われたんだ」


死にかけのスカルド、救われないスカルド、地獄に落としても良かった。だが、まだ使える男だった。




食堂に向かった。食券を買ってコックに手渡した。煙草を吸って時間を潰した。三百グラムのステーキ肉をボケッと座っているスカルドの目の前に 置いた。


「食えよ」


命令にスカルドはおぼつかない手つきでナイフとフォークをもった。肉をナイフで裂き、フォークで突き刺して口元 にゆっくりと運び、咀嚼した。まるで幼児のようなのろさだった。


「ああ………うまい。血が血管を通っているのがわかるよ」


雷光――頭の中で炸裂した。気づいた。おかしなスカルドの様子をやっと理解した。


「スカルド――テメェ、やりやがったな」


「すまない……疲れてたんだ。僕は君みたいな強靭な精神を持ってないから……クスリに頼るしかなかったんだ」


ドラック、種類によって効果は様々だが、全てを忘れさせ、脳を覚醒させ、五感を研ぎ澄ます。浮遊感を感じることもあれば頭がクリアになることもある。スカルドは 夢遊病者のようになっていた。


「夢を見るんだ……メノンが僕と一緒に暮らしているんだ。白い家に住み、子犬を飼っているんだ」


「テメェ……俺のクスリを飲ったのか」


「ああ……すまないシュウイチ、だけど、僕は君みたいな……全てをコントロールできる力はない……」


「馬鹿が、支離滅裂なこと言いやがって。お前に軽度とは言え禁断症状に耐えられるはずがねぇっていうのに。お前は それがわかっていたはずだ。だから造っても自分では飲らなかったんだろ」


「大丈夫だよ……僕の造るクスリは合法なんだから……依存なんかしないさ」


デタラメだった。気弱なスカルド、合法ドラック、俺のように一時の忘却と苦しさを紛らすためには使えるはずが なかった。俺は割り切っていた。摂取量もコントロールしていた。二年間、間隔を置いて飲み続けた自負があった。


心底、辛い時に使った。心底、クールになる時に使った。心底、頭がイカれそうな時に使った。


ポケットから薬ビンを取り出し、カプセルを一つ飲み込んだ。決意を固める必要があった。クールになる必要が あった。予定を変更した。スカルドには特効薬が必要だと考えた。


ジッと衝撃がくるのをまった。胃酸でカプセルが溶かされている。段々と頭がクリアになっていく感触、コップを手に取った。ミネラルウォーターを飲んだ。甘く、苦く、なめらかな味、多種多様な味がした。味覚が 鋭敏になっている証拠だった。


筋肉の繊維が一つ一つ解きほぐされている感触、拳の骨と筋肉が絡み合っているのが理解できた。握りこんだ。岩でも 破壊できる気がした。身体が羽のように軽くなった。


「スカルド、お前は夢から覚めないといけない」


「なぜだい……僕は夢が見たいよシュウイチ」


「お前を悪夢から覚まさせてやるよスカルド、俺がテメェの夢を破滅させる魔法使いになってやるよ」


スカルドは乾いた笑みを浮かべた。耳に届いているかどうか不安だった。




















乱暴なドライブ――ドラックの熱い衝動が俺を焦がしていた。性欲と暴力の衝動が混ぜこぜになった感情が俺の脳を責め立て ていた。最初、スカルドは強烈なヴィタミン剤を造りたいと言って造ったものだった。


強靭な精神――スカルドの言葉、違う。違った。その時の俺は弱い存在だった。だからスカルドの実験体に なった。注射を打たれた。怪しげな薬を飲まされた。肉をメスで切り裂かれた。


だが、スカルドは俺に偽りの快楽を与えてくれた。偽りの救いを与えてくれた。偽りの幸福を与えてくれた。


年月の経験が段々とドラックを必要にしないものにしてきた。だが、俺はドラックという魔法の薬に心のどこかで頼っていた。だからいつも常備しておきたいものにしていた。


ドラックを飲れば女を抱きたくなる。人がグチャグチャになるまで殴りたくなる。欲求に逆らったことはなかった。 過剰に分泌される脳内麻薬が俺を焦がしていた。全ての呪縛から開放されて俺は自由になることができた。翼を生やし大空を舞い上がるこ とができた。幻想だとしても嬉しかった。


ハンドルを強く握り締めた。フリーウェイを疾走した。左右に視線を飛ばした。まだ昼だった。立ちんぼなどいるはずが なかった。女の身体を強く求めると共に嫌悪した。売女など抱きたくはなかった。エリィの顔が思い浮かんだ。俺を救って くれる少女の顔が思い浮かんだ。さくらの顔が思い浮かんだ。俺を待っていてくれる妹の顔が思い浮かんだ。気が狂いそう だった。


さくら、エリィ――俺を助けてくれ。


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