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魔王  作者: みっしぇる
20/20

after Story

アメリカに戻ってきたのは故郷の島に住み、秋一と蜜月を過ごしながらも一ヶ月経ってからだった。はるかはわが 家の扉を開けて声をあげた。


「ファニー?」


玄関に佇むファニーはスカートの両脇をつまんでうやうやしく頭を下げた。そして顔を上げて柔らかくも 厳しい笑みを浮かべた。絶対服従の笑みを浮かべた。はるかは冷淡な視線を飛ばした。


「あの娘は?」


「ずっと泣きはらしてましたがようやく落ち着きました。全ては奥様の言葉どおりにコトは運ばれました。おめで とうございます」


「ふぅん。いまどうしてる?」


「寝ております。最初は何も食べませんでしたが空しい抵抗だと悟ったのでしょう」


最高の医療を用意しろと医師に言った秋一の台詞をはるかは引き継いでいた。全てにぬかりはなかった。全てに 策謀に巡らせた。全ては一つの物のためだった。


「あの娘のところに案内して」


「かしこまりました」


音を立てずに廊下を歩いていくファニー、命令ならばどんなことでもするファニー、最高の召使だった。だからはるかは ファニーを認めていた。ファニーは女ではなかった。人形だった。ただ物を言わず命令だけを聞く存在、アメリカには 多くの人種がいる。探していた人材を見つけるのには苦労したことをはるかは思い出した。


ファニーが部屋の扉を開けた。せめてもの慰め、秋一の部屋に少女を住まわせた。


「……」


少女はベッドの上で安らかにすやすやと眠っていた。無垢なる顔だった。それを見つめた。昔の初音島にいた幼馴染の顔を思い出してはるかは暗澹たる気持ちを 抱いた。


「よろしかったのですか、本当に消してしまっても構いませんでしたのに」


冷酷な声、違った。ファニーは機械だった。だから無機質でいて感情などない声なのだ。


「そうだね、でもこの娘は最後のブレーキになってもらわなければならなかった。秋一くんの心が壊れる なら無理やり治す特効薬になった――もう必要ないけどね」


「では不要では?」


「頭の回転が悪いねファニー。私は一度この娘に負けてるんだよ。そんな簡単に死ぬなんて赦せるはずない じゃないか。苦しみでのたうちまわってもらわないと赦せないよ」


向けられた憎悪の視線――ファニーは涼しい顔で流した。


「でも、今度ばかりは心胆を冷やしたよ。まさか、神風アタックを秋一くんがするとは思わなかった」


「旦那様は奥様と同じ気性をお持ちですから」


「わかっていたけど、まさかあんなに勇敢だとは思わなかったよ」


「はい。しかし、生贄を用意したのは奥様でしょう?」


死んだマフィア達――はるかは首を横に振った。


「死んでくれる人間を私は少ししか用意できなかった。時間が足りなかった。だから、秋一くんが戦ったのは紛れもなく私の 息のかかっていないゴミくずだよ」


「まるで旦那様はハリウッドスターのようですね」


「そうだね。私にとっての永遠のヒーローなんだよ。誰にも渡さない。この娘にも」


はるかは少女に――エリィに視線を向けた。憎しみをこめた視線だった。


「今後、どのようになされますか」


「今度のことは――私の愛情が足りなかったことが全ての原因だった。コントロール できると思ったんだ。甘かった。自分がミスを犯してしまう人間だということを忘れていたよ」


「でしたらミスを正しましょう奥様」


「勿論。秋一くんがこの娘を永遠に忘れないように私のしたことを秋一くんは永遠に忘れないだろう。永遠に 呪いと愛情を私にくれるようになっている。この一ヶ月間、私、壊れちゃうかと思った。それぐらい想われたよ」


はるかは笑った。手に入れたかったものがやっと手に入ったという風に嬉しそうに笑った。


「秋一くんはこの娘を自分の子供にしたがった。でも、この娘は秋一くんを誘惑する小さな悪魔だった んだよ。私はそれに気づいたときは気が狂うかと思った」


誰に言うのでもなく独白――はるかは目をつむった。そして深い呼吸をした。ため息を吐いた。


「まあ、仕方ないか。秋一くんは優しいから。惚れた弱みってヤツだね。この娘は私の娘にしよう。可愛い 娘にしよう。秋一くんに子供ができたなんて嘘ついたからね。本当にするとしよう」


罪意識――エリィの頬をゆっくり撫でてはるかは薄く笑った。


「旦那様にはおっしゃらないのですか」


「教えてあげるよ。でも、私の嘘がバレるまでね。もう私に甘さはない。それまでじっくりと絆を深めていくよ。その上で、 もう一度秋一くんに残酷な問いを与える――さぁ、私と私の子供のどちらを選ぶの?てね」


深遠なる闇、ファニーは己の心にきしみが入るのを実感した。感じたことのない想い、それは恐怖だった。原初 の感情だった。生れ落ちた時に自分の身に現われる最初の脅威だった。


「奥様は……その時のことを予測してらっしゃるのですか?」


それは確信だった。だが、ファニーは訊ねずにはいられなかった。己が主人の意志を聞かなければならなかった。


「わからないよ。でも、多分、どちらも選ぼうとするだろうね。欲張りな人だから」


「でしたら奥様は……」


「そうだね。私は私の愛しい人を殺さなければならない。でも――」


はるかは涙を流した。熱い涙を流した。感情の奔流が滝のようになり、心を打ちのめしていた。


「私は今度のコトと同じように私の愛しい人を赦してしまうだろう。私は全てを持っていて、全てを 持っていないんだ。それでもあさましく求め続けるんだよ」


「奥様………」


「――君には教えてなかったねファニー。私は魔法使いだ。この世で最強の恋する魔法使い なんだよ。永遠に私は秋一くんの傍にいる。そして秋一くんも永遠に私の傍にいてもらう。秋一くんが 何かを求めるならそれに従おう。私は屈服しよう。負けを認めよう。もうさくらちゃんだって秋一くんが 欲しがるなら認めてやるよ」


はるかは窓の外を見た。ーーー青い空があった。


「それが、私が最愛の人に捧げるモノなんだ。全てを捧げ、全てを赦し、全てを愛するよ」


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