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魔王  作者: みっしぇる
18/20

真相

朝が来る前にGTRのエンジンをふかした。外は冷気が漂っていた。寒さを感じた。寂寥感が俺の中に渦巻いている せいだった。何もない空虚な心が俺の中に在るせいだった。


ドライブを始めた。俺はロサンゼルスを見る必要があった。俺の最後の景色を見る必要があった。エリィが愛し、俺が呪った世界を見なければならなかった。


10フリーウェイを疾走した。ダウンタウンに入った。エリィの居た場所を見た。寂しい場所を見た。エリィを 失ったことを胸の痛みと共に実感した。710フリーウェイ、サウスペイ、ロザンナに銃口を突きつけ たモーテルが見えた。405フリーウェイ、サンタモニカ、俺の職場で俺の知る三人が死んだところだった。ビバリーヒルズ、スカルドの夢を砕き 狂気に走らせたホテルが見えた。


そしてダウンタウンに戻った。フォンとの約束の時間が来た。俺は薄汚れた廃墟ビルに身をひそめた。ルゥーと お付きのリュウとロンが重そうな荷物をもっていた。


中にはぎっしりと俺のための武器が入っているのだとわかった。


「アズマ、待ったか」


「いえ………待ってないです」


「アズマ、怯える、当然。止めにするか?」


息を吸って――吐いた。


俺の中の暗黒を呼び寄せた。エリィの安らかな死に顔がフラッシュバックした。俺は誰も赦せなかった。俺自身さえも赦せなかった。


絶望感が押し寄せてきた。俺は絶望と友になっていた。俺は絶望と共に生きていた。


ポケットに突っ込んだ薬ビンを 取り出した。中に在るドラック、カプセルの全てを取り出し、俺は歯を立てて噛んだ。噛み砕いた。全てを飲み下した。思考がぶっ飛ぶ感触、俺の精神を ドラックが蝕んでいく。


俺は悪魔だった――だからエリィという天使は死んだ。


聖句と唱えた。俺の中の暗黒の神への聖句だった。呪わしくも聖なる呪文だった。俺は俺の暗黒の世界に独り きりの存在だった。ただ独りきりの孤独な闇の王だった。






















真夜中、雲ひとつない暗黒の世界で俺は息をひそめていた。ルゥーが教えてくれた指定の場所、ちんけなコの字型の五階建てのビルだった。正面から行くのは馬鹿か映画のヒーローだけだった。アサルトライフルのヒモを首に下げた。裏口 にまわった。裏口の鍵はかかっていなかった。


思考は冴え渡っていた。いまなら扉の向こうの景色を見ることができた。ドラックが俺に全てを超越する力を 与えてくれていた。それは断末魔の叫びのような力だった。


足音と息遣いが聴覚を刺激した。俺は素早く裏口から扉をゆっくり開けて中に入った。廊下、階段、二つの部屋、一つの部屋は無人、 一つの部屋には三人の男――いや、声が違った。女一人と男が二人だ。


ドアの向こうの景色、獣どもは荒い息を吐いていた。獣たちは三人でセックスに溺れていた。口元が歪んだ。アサルト ライフルなどいらなかった。トカレフを取り出した。ドアをあけた。三人の人間、凍った顔つきに一発づつ 弾丸をプレゼントした。


硝煙の煙、甘い芳香だった。


トリガーが軽かった。足取りも羽のように軽かった。スキップしたい気分だった。だが、気を引き締めなければ ならなかった。


「残り何人だったっけか――」


ルゥーから聞いた数が思い出せなかった。記憶が全て飛んでいた。


「まあ、いいか」


呟いた。口元から声がもれた。悪魔の声がもれた。


「とりあえず、このビルにいる奴は全員ゴミでいいな。処分しねぇとな」


床に転がっている死体、腰にリヴォルバーをさしていた。俺はそれを奪った。メタルの部分を舌で舐めた。鉄の 愛しい味がした。














二階――七人、さばききれなかった。腹を撃たれた。腹は防弾だった。だが、衝撃は消せず肋骨は折れた。


三階――五人、防弾じゃない肩を撃たれた。左腕が使えなくなった。激怒した。だが、予想外に長期戦になった。四階のやつらに気づかれたかもしれなかった。


四階――二人、一人が異常なほど身のこなしが良かった。軍隊経験者だと理解した。素早い動き、接近戦に持ちこま れた。ナイフで腕を刺された。太ももを刺された。俺の生命がさらにけずられた。だが、ナイフを奪って首を刺してやった。返り血を飲んだ。 まずかった。だが、俺は自分が無敵だということを理解した。


五階――最上階、五人、四人を始末した。一人は十五かそこらのガキだった。知ったことじゃなかった。平等に 死を与えた。最後の一人は逃げまとった。壁に追い込んでコメカミに銃口を押し付けた。


それは俺なりの報酬だった。最後の男はマイクだった。


「シュウイチ……なんで、なんでここにいるんだよっ!」


「俺こそそれをテメェに言いてぇよ。なんで白いブタどものところにいるんだよ」


弾丸を撃ち続けたトカレフは熱くなっていた。銃口はマイクのコメカミの皮膚を焼いていた。マイクの悲痛な 声、助けを乞う声、聞く耳などもたなかった。


マイクの目――左右に泳いでいる。あるはずのない逃げ道を探している。


「仕方なかったんだよっ!この国じゃ白い奴らにすり寄らないと生きていけねぇんだよっ!」


「そうだな、聞いてやるぜお前の遺言を」


「お前はいいよっ!白い血が流れているっ!だから良い女を手に入れることができたっ!俺は何も手に入れる ことができなかったっ!」


煙草を吸いたかった。マイクの声は雑音だった。だが、俺の左腕は死んでいた。右腕を動かす気にはならなかった。


「マイク……エリィを殺したお前はもう赦されないんだよ」


断罪した。マイク、絶望の目に力が入った。最期の声を出そうとしていた。


「違うっ!俺が殺したんじゃないっ!お前の妻が殺したんだよっ!」


血が凍った――凍りついた。俺の全てがバラバラになってしまう気がした。


「マイク、くだらないことを言うなよ。もっと俺のご機嫌を取るなら上手に取れ」


クールに言ったつもりだった。震える声で言っていた。俺を突き動かしていた何かが崩壊しようとしていた。


はるかが――ありえない。ありえないと信じたかった。だが、ドラックの強烈なパワーが俺の思考を 回転させる。俺の思考を更なる深遠なる絶望へと誘っていく。


なぜ、防犯レベルの高いあの豪邸に賊が入り込めた?


なぜ、権力者をすぐに護りにくる警察は来なかった?


なぜ、はるかは何の傷も負っていなかった?


なぜ、 スカルドの中毒性の薄い利益の生まないドラックなんかをマフィアが欲しがる?


なぜ、はるかはあんなにも安堵した顔を俺に向けた?


なぜ、はるかはあんなに俺を求めた?


回転する思考、止められなかった。止まってほしかった。疑念は段々と確信に変わってきた。俺は目をつむった。俺のかけがえのないエリィの死に顔を脳裏に思い浮かべた。


「マイク、お前は俺に一番教えて欲しくない真実を教えてくれたな」


「あっ、ああっ!俺はヨシノの道具だったんだよっ!お前を見張れと言われてたんだっ!五年我慢すれば署長に してくれるって言ったんだ!」


「マイク……静かにしてくれよ。考え事をしたいんだ」


「俺は這い上がるしかなかったんだっ!誰も助けてくれなかったっ!俺は俺を助けるしか――」


撃った。マイクは静かになった。血と脳しょうを壁にぶちまけて静かになってくれた。嬉しかった。そして 考える時間ができた。


エリィのために魂を暗黒の神に捧げた。エリィのために涙を流した。エリィのために全てを呪い殺すと誓った。


誓いにひびがはいった。だが、屍を積み上げた。だが、己の生命をかけて自らと同じ種族を虐殺した。そして、俺はさらに呪われた。


この世界は暗黒でできている――聖句が増えた。

俺の知っていた絶望は甘かった。まだ濃度が薄かった。 いまここにある絶望は何よりも濃かった。光など少しもなかった。光など俺には見えなかった。


「どうする。吾妻秋一」


声に出した。日本語だった。母国語だった。自分自身に問うた。


はるかを殺せ――冷静でいて灼熱の中にいる俺が言った。俺は首を横に振った。


「妻を愛してるんだ」


ダメだエリィのために殺せ――悪魔の俺が言った。俺を激しく呪っていた。いままでにない巨大な 黒い炎が見えた。


「こんなことエリィのためになんかならないんだ。自分を慰めるだけだったんだ。ずっとわかってた」


お前のさくらが殺された――お前のエリィが殺されたんだぞ。


「はるかを殺しても何も生まれない。俺は悪魔だ。だが、できないことがあるんだ。いや、元から何もできない んだよ」


お前は小さなエリィを愛していた――だが、何もかもはるかに奪われた。


「ああ……わかったよ。何をすれば良いかやっとわかった」


やっとわかったか――お前は五年前にそれをすべきだったんだ。


そう、俺はわかった。理解した。やっと行くべき道がわかった。


俺はゆっくりとトカレフを中段に構え、俺の側頭部、脳みそにポイントした。俺の脳しょうと血をぶちまけてほしかった。思い描くことができた。頭蓋に入りこむ黒く回転する弾丸を。


「そうだ。俺がいなければ良かったんだ。俺がいなければ誰も不幸にならなかった」


俺は俺に向けてトリガーを引いた。


カチッとした金属音がした。弾は空になっていた。一瞬、呆然とした。そしてトカレフを投げ捨てた。そして 俺は俺のためだけに泣き続けた。


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