同胞
冷徹な思考回路、携帯をプッシュした。マイクがすぐに出た。慌てた声だった。
「おっ、おいシュウイチ、ハリウッドスターにでもなったのかよ、おっ、お前、シャレにならない交通事故 起こしてるぜ」
「わかってるよマイク。頼みたいことがあるんだ」
マイク、金のにおいをかぎつけた。すぐに冷静な声がくる。
「なんだよシュウイチ」
「武器が欲しいんだ。トカレフじゃ足りねぇんだよ。精度も威力も悪すぎる」
「殴りこみにでも行くつもりかよ。どいつを殺すんだ」
俺を殺すのに必要なんだ――言わなかった。
「むしゃくしゃしてるから白いブタどもを射殺してやりてぇんだよ」
マイク、口笛が聞こえた。冗談だと思っていた。冗談ではなかった。
「クレイジィーな声だなシュウイチ」
クレイジィ、違う。俺は昔からトチ狂っている。五年前に、アメリカに、このロサンゼルスという土地に来た時からトチ狂って いた。
「ガンショップだと時間がかかりすぎる。それに欲しいのは銃だけじゃねぇ。面倒を起こさず武器がほしい」
「わかったよ。またチャイニーズどもに頼むとするか」
「それと、最近、新しい麻薬を売り始めたマフィアはいないか」
スカルド――死んだ。だが、死体を刻んでやりたかった。唇をかみしめた。
「んっ、管轄が違うからな………まあ、調べられないこともないぜシュウイチ」
マイクの声、下劣な声、エリィのための金――必要がなくなってしまった。
「頼む。頼むぜマイク、謝礼はたっぷり払ってやる。だから、俺の希望通りに動いてくれ」
「任せろマイフレンド」
暗黒の友人――マイクも地獄に落とすべき存在かもしれなかった。
ルゥー、俺の顔を見ると目を見開いた。俺の形相を見て怯んでいた。
「アズマ、今度の頼み、とても、面倒」
「わかってるよルゥーさん。だけど、貴方達しか頼めないんだ」
「アズマ、ビジネスパートナー。信頼。でも、武器、使う。私たち警察に捕まる、ない」
「ルゥーさん。こんなちんけな街で暮らしてて楽しいですか」
「楽しい。違う。ボス、命令」
「ボスに会わせて下さいよルゥーさん。直接交渉します」
「ボス、誰にも会いたがらない。無礼なお前、死ぬ」
「俺は死にませんよルゥーさん。俺、誰にも殺されないんです」
ルゥーの目、光った。ルゥーは頷いた。
「お前、怖い。ボスに会わせる。わかった」
「ところでルゥーさん、このクスリ見たことありますか?」
薬ビンを取り出した。ルゥーに見せた。ルゥーはドラックを取り出してカプセルを取り出した。カプセルから粉を 出して舌で舐めた。ルゥーは顔をしかめた。
「私たちの国、アヘンで白人に壊された。怨み、ある。このクスリじゃ、足りない」
ルゥーの目、日本人も呪っていると言っていた。自分の国を穢した全てを呪っていると言っていた。俺の中に流れる日本人の血を見抜いているような気がした。俺は 愛想良く笑うだけだった。
ワゴン車に乗せられた。マイク、駆けずり回っている。俺の命令を忠実に守る犬。金という餌を与えれば尻尾を振って 走り回る。俺は目をつむった。睡眠をとる必要があった。
精悍な顔つきの男がお茶を飲んでいた。三十台半ば、中国料理のレストラン。VIPルームで飲茶をしていた。俺が 来るとほがらかな笑みを浮かべた。
「吾妻秋一君ですね。話は聞いています。どうです。良い中国茶が入ってるんです」
久々に聞く日本語、促されてテーブルに座った。茶を飲んだ。苦味とすっきりとしたさわやかな味が口の 中に広がった。俺も日本語で返す。
「はい。貴方がルゥーさんの上役ですか」
「老板と呼んでください。社長という意味です。私は名はフォンです」
老板、中国語、イントネーションが掴みにくい言語。発音しづらかった。意味――くだらなかった。
「老板。俺に武器を売ってください。俺には武器が必要なんです」
「困ります。秋一君。貴方のような名誉ある人が物騒な物を欲しがってはいけません」
名誉――はるかの夫、今なら投げ捨てても構わない地位だった。
「それに、私たちのような人種と安易に付き合ってはいけません。骨までしゃぶられますよ」
「俺がそんな間抜けな男に見えますか」
見つめあった。フォンは涼しい笑みを浮かべていた。
「見えません。ですが、老婆心ですよ」
フォンは日本語を完璧に使いこなしていた。何もかもを使いこなすと目が言っていた。自信と涼しげなマスクが暴虐のオーラ をにじみだしていた。
「老板、武器を売ってくれるか、くれないか、俺は尋ねているんです。ビジネスに感情はいりません。儲かるか、儲からない かです」
「秋一君。私はとても感心しました。貴方のような若い人がその境地に達してるなんてすばらしい」
クソ野郎が――苛立ちが募って爆発しそうだった。だが、抑え付けた。ぶつけるべき相手を間違えて はならなかった。
「老板」
「わかってます秋一君。貴方はビジネスをするのに相応しい人間です。何をお求めでしょうか」
「アサルトライフルと手榴弾が欲しいです。強力な防弾装備と閃光弾も。銃は弾が連射できれば構いません。爆発物はダイナマイトでも構いません」
「単身、一つのグループを滅ぼそうとするのはとても愚かな行為です。それでも、秋一君。覚悟はありますか」
覚悟――笑った。そんなものはなかった。俺は誓いと空虚だけで生きていた。誓いを遂行するだけの存在 だった。
「ありますよ。この地域の貴方達以外のマフィアを殺すんです。貴方達は金をもらい、さらに風通しが良くなります。 悪くないビジネスのはずです」
「秋一君。失敗したら、自分の頭に銃弾を撃てますね。舌を噛み切って死ねますね。私達のことをそれで秘密にしてください」
平然と俺に死ねという中国人。俺は笑った。凄惨な笑みを浮かべた。
「構いません。誓いましょう老板」
「わかりました。では一日待ってください。用意しましょう。それと――」
フォンはテーブルの上の餃子を箸でつまんだ。
「食事、とりましょう秋一君。貴方はとてもやつれています。成功したいなら食べましょう」
フォン――読みきれない男だった。
GTRに向かって歩き出した。休む必要があった。フォンに食わされた中国料理は辛く味が濃すぎた。俺の好み ではなかった。まずくはなかった。うまくもなかった。
GTRの前に誰かがいた。小柄な影だった。ルゥーだった。俺を待っているようだった。
「ルゥーさん。ありがとうございます。老板、俺と取引してくれました」
「ボス、気性が荒い。お前、よく生きられた」
気性――穏やかさを装っていたことは知っていた。だが、そんな風には見えなかった。
「もしも、ここに来れたら、ボスからのメッセージ、ある」
「なんですか」
「お前の女、殺したマフィア、居場所、ボス知ってる。シチリアンマフィア」
心臓が高鳴った。脈が聞こえた。
「場所と数を教えてください――全員俺はぶち殺さないと気がすまないんです」
「そこにいるの少ない。二十人たらず、皆、住みにくい。ここ白人、少ない。メキシカン、多い。そこ、少数グループ」
「詳しい場所は明日教えてください……」
居場所を聞けばいますぐにでも行きそうだった。ダメだった。死ぬのは構わなかった。だが、全てを呪い殺さなければ 俺は最期までエリィを裏切ることになる。それだけは赦せなかった。
GTRに乗り込もうとした。ルゥーは暗い目で俺を見ていた。ルゥーはまだ言葉を吐き出してきた。
「もしも、お前、生き残ったら、お前、俺達の、仲間。お前、俺達の、同胞」
「俺は妻と離婚寸前ですよ。妻のことを言ってるなら俺は役立たずです」
中国人のコミューン、受け入れられるはずがない。おかしなことを言われた。
「女、関係ない。俺達も、弱い。俺達も、少ない。お前のような死んでる男、必要。ボス、お前、気に入った」
笑った。心底、笑った。衝動はとまらなかった。俺をずっと受け入れてくれなかったアメリカ、俺がずっと呪い続けていたロサンゼルス、そこの 住む異邦人に俺は必要とされていた。はるかに関係なく俺の力を認め、必要としていた。そんなことは初めてだった。
なんという皮肉だろうか。なんという呪いだろうか。なんという悪夢だろうか。俺は誰にも関わらずマフィアになればよかった。心底 そう思った。