家族
エリィをエスコートした。最高の笑みを浮かべて手をうやうやしく取った。GTRの助手席に乗せた。エリィの瞳は戸惑った ままだった。
「シュウイチ……」
聖なるエリィ、俺はエリィに祈りを捧げたかった。エリィの顔は曇っていた。青空のように晴れさせてやりたかった。
エンジンをふかした。アクセルを踏み込んだ。フリーウェイを流した。目的地には行きたくなかった。ただ夜空とエリィ がいれば俺は満足だった。
「なぁ、エリィ」
「うん……」
「俺の娘になってくれ」
「うん……ごめんね。シュウイチ、気持ちはとっても嬉しいよ」
受け入れてくれないエリィ――悲しかった。だがエリィを想っていた。誰よりも強く想っていた。エリィが いるのならば俺は女もドラックも酒も何もかもがいらなかった。
「なぜなんだエリィ……なんで俺の子供になってくれないんだ」
エリィ、顔を曇らせたままだった。何も言ってくれなかった。何も語ろうとしなかった。
「俺がお前の本当の父親じゃないからなのか……なら、俺はお前の父親を殺してやる。そして俺だけが父親になってやる」
憎悪、たぎらせた。エリィは悲しげに首を振った。
「シュウイチ……違うよ。違うの。私、シュウイチの子供になんかなれないんだよ」
「どうしてなんだよエリィ、俺はこんなにもお前を愛しているのに」
涙、とめどなく溢れた。ハンドルを握りながらフロントガラスの向こうの夜空を見た。何もない暗闇がそこにはあった。俺が いる世界がそこにあった。
「私……お母さんが居ただけで満足なんだよ。それ以上、何も望まないよ」
「だが、お前の母さんは死んでいるんだろう」
「うん……お母さん、死んじゃう時に私にロザリオをくれたよ。神様を信じて生きなさい、って教えてくれたんだ」
神――これほどまでに呪ったことはなかった。嫉妬の炎が脳天を貫いた。
「エリィ、もういい……困らせてごめんな。でも、俺と旅に出ようか」
幻想を口に出した。出さなければ死んでしまいそうだった。
「シュウイチと?」
「ああ、俺とお前だけの旅だ。楽しい旅になるだろうな」
「ロザンナも連れてってほしいよ」
「ダメだ。あいつはエリィをイジメる」
エリィは首を振った。
「ロザンナ、優しいよ。たまに寝る時にお話を聞かせてくれたんだ。いつか売れっ子ダンサーになって私に豪邸を買ってあげるって言ってくれたんだ」
ロザンナ――俺が殺した。売春婦のたわ言、だが、二人の姿が脳裏に思い浮かんだ。無邪気なエリィと現実に 疲れ果てたロザンナ、たわむれの一言、エリィを想ってのことではなく、自分を慰めるための言葉。
それが偽りでもエリィは喜ぶ。騙されても、傷つけられても、自分がどんなにみじめでも誰も呪わないエリィ。聖なる 存在だった。護りたかった。護り続けたかった。目の前の小さな少女をこの世の全てから護ってやりたかった。
はるかと対決しなければならなかった。愛している女と対決しなければならなかった。足がすくんだ。ガクガクと震えた。冷気が 胸の中に渦巻いていた。胸が痛かった。空洞ができていた。きしんでいた。
何もかも失ってしまう恐怖――傍らにいるエリィの手を軽く握った。ドラックには頼るわけにはいかなかった。俺は俺自身 と戦わなければならなかった。俺自身が神と定めた者と戦わなければらなかった。
インターホォンを押した。ファニーの声がした。門のロックが解除された。パタパタとファニーが走り寄ってきた。驚いた 顔になった。
「おかえりなさいませ旦那様。あら、その娘は?」
「エリィというんだ。可愛い娘だろ」
「あら、ほんとに可愛い娘ですね。私はファニー=ライエント。よろしくね」
「エリィ……ただのエリィだよ。よろしく……」
「エリィ=アズマだろ。エリィ」
「……」
ファニーの顔が凍った。それが何を意味しているかわからないほど無能ではなかった。だが、ファニーを自らの務めを思い出した かのように口を開いた。
「それはどのような意味でしょうか」
「俺の養子にするよ」
「旦那様、そのような話は私は聞き及んでおりませんが」
はるかから聞いていない。イコール、俺の勝手なこと。俺の勝手なことでも今までとはレベルが違った。ファニーはこの世の 終わりのような顔を浮かべた。
「私の妹ということにしましょう旦那様。奥様の気性はご理解されてらっしゃると思います。そんなに子供が欲しいので あれば奥様とご相談いたしましょう。今は受け入れられないかもしれませんがきっと」
気が利きすぎるメイド、何もかもが手遅れだった。俺は首を横に振った。