第2話 下層へ
「これは違うんです!俺は、俺は、はめられたんです〜!!」
色々と考えた結果、俺は情けなくそう叫んでいた。
最悪だな。俺。
「ぷふっ」
ライトに照らされてよくわからなかったけれど、どうやら相手は吹き出したようだった。
光を遮りながらも、必死に相手の様子を観察する。
「ヒャハハ!ウヒッ。アハハ八八。はっ、はめられたんです!だって。クヒヒヒッ」
「(受けた。これで見逃してくれないかな。)」
「ヒャハハハハ!ヤバッ。お腹痛い!死ぬ〜。クハハハ。」
「(んっ?なんかこの引き笑い、聞き覚えがあるな。)」
「……もしかして、ニコか?」
「ありゃりゃ。張れちゃった。プフッ。」
ライトを消して、よく知った顔が近づいてくる。
「こらっ!そこで何をしている!…な〜んちゃって。どう?雰囲気出てた。」
「ニコ。」
彼女はニコ。俺と同い年で、幼なじみ。 さっきのはどうやら コイツの悪戯で、俺は一杯食わされたようである。
「こんなにつまらない見学を、イチヤだけ抜け出すなんて、ずるいでしょ?だからお仕置きよ。オ・シ・オ・キ。それにしても。はめられたんですっ!だって。ヤバッ。また可笑しくなってきた。ヒャヒヒヒヒヒヒ。」
ムギュ!
「ふえっ?」
ムギュ!
あんまりしつこく笑うので頭にきた俺は、ニコの両頬をつねりあげる事にした。
「うにに〜っ!いひゃい!いひゃいです!」
「このバカ女が〜」
更に力を込めて外側に引っ張るニコの目尻には涙が光る。
「ほめん!あひゃまる!あひゃまるから〜」
パッと手を放すとニコはしゃがんで頬をさすり始めた。
「う〜。女の子になんてことすんのよ。せっかくの美人が台無しだわ。」
「俺らに顔の違いは無いだろ?」
「そうだけどさぁ〜」
俺達クロノの顔には、個性というものは存在しない。
簡単に言うと男と女、2種類の顔しかない。ということだ。
男性は浅黒い肌で、やや低目の鼻と細い目を持つ、女性はその逆で、白い肌に高い鼻、そしてぱっちりとした大きな目をしている。男は男で同じ顔。女は女で同じ顔なのだ。
昔、人という生き物は皆違う顔をし、違う声で話をし、身長もそれぞれ違い。肌の色も様々だったらしい。
神も始めはそれで良いと思っていたのだが、やがて人は、神に無断で美しい者と醜い者とを勝手に区別するようになってしまった。そして美しい者を敬い、醜い者を蔑む事を覚えてしまった。
この事を悲しんだ 神はクロノには同じ身長、同じ声、そして男と女、二種類の顔しか与えなかった。
これによりクロノは平等な種族となったのである。
という話を歴史の授業で習ったことがある。
この為に俺達は相手が誰かを顔や声で判断出来ない。分かるのは男女の違いだけだ。
多くの場合、俺達は、個人を口調や髪型で判断する事になっている。
ニコはクラスで一番短く切り揃えている髪型が特徴で、口調は活発な感じ。俺、イチヤは、男にしては長めの髪の毛を後ろで止めていて、口調はダルそう…と皆によく言われる。
ちなみに成人は耳にピアスをしたり、髪の毛の色を染める事などで、個性を主張する事ができるが、子供の内は許されない決まりになっている。
「なんだ。行き止まりだったんだねココ。」
ニコが残念そうに俺に言った。
ニコも俺と同じで退屈を嫌う性格だ。
俺と吊るんで悪さをしては、二人揃って罰を受けることも多かった。
俺にとっては気の会う友達だった。
「つまんないね〜。やっぱり五回も来るところじゃないよ。ここはさ〜」
「同感だな。」
「帰りますかニイサン。」
「そうしましょう。」
ガラガラッ!
「えっ?」
不意にニコの足場が崩れ、ニコの姿がゆっくりと落ちていく。
「きゃああああ〜!」
「ニコッ!!」
咄嗟に飛び付いた俺と共に、崩れた足場は俺が望んだ下層へと墜ちていくのだった。