表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

画面でつながる恋人たち

「ンンン……、ンンン……」


 スマホのバイブが鳴る。最近はよく鳴る。みんな暇なのだ。


 突然広まった感染症。世界はこれの対応に追われている。外出は容易にできない。


 だが、本当は外に出たい。


 なんで?


 あの人に会えるから。こうしている間も、本当ならあの人に会えているはずなのに。


 私の家は、あの人の家からそう遠くはない。その気になればいつでも会える距離だ。


 私は声が聞きたくなった。




  ねえ、電話しない?




 あの人にラインを送ってみた。すぐに既読が付いた。




  いいよ


  ただ、20分だけ待って




 わかった。私は心の中でそう言って、既読を付けたままトークルームを出た。


 思い返せば、ラインは手軽で時間も気にせず送れるから、ほとんどテキストに頼っていた。電話をするのはいつぶりだろう。




 17分後、私はラインを開いてみた。何もメッセージは来ていない。


 でも、私はトークルームを開いていた。だって、駆け引きは飢えに勝てないでしょ?




  よし、今なら大丈夫




 送った瞬間から既読が付いて、あの人は少々驚いたかもしれない。嬉しさもあったかもしれない。


 私はすぐに無料通話を始めた。数秒の発信音の後、画面中央部に時間が表示され、心が高揚した。


「久しぶり、元気?」


 先に話し始めたのはあの人の方だった。


「元気だよ。なんか、疲れちゃったけど」

「わかる、疲れるよね」


 会話が途切れた。実際、話したい内容なんてなかった。声が聞きたかっただけだ。


「……大丈夫?」


 あまりに沈黙するので、あの人が聞いてきた。


「あ、うん、大丈夫。何話そうかなと思って」

「そうだよね。ほぼ毎日ラインしてたら、話す内容なくなっちゃうよね」


 そのとおりである。だが、ここで電話起きるわけにはいかなかった。つながっているだけ、それが大事ってこと。


「あ、そうそう、落ち着いてきたら、どっか行かない? 以前友達に自由が丘のカフェのこと聞いてさ、行ってみたいんだよね」

「いいよ。自由が丘の方あんまり行かないし、行ってみたい」

「だよね。じゃあ、落ち着いた頃に行こうね」

「うん」


 再び沈黙が始まった。


 自由が丘のカフェの話は本当だが、表参道の方が都合のいい私たちは、まず行くことはなかった。


「……もう切る?」


 沈黙に耐えられなくなったのか、あの人が告げてきた。


 違う、そうじゃない。話したいことがあるから電話するんじゃない。私は、ただつながっているという事実に溺れたいだけなんだ。


 しかし、このまま何も思い浮かばなかったら、切る以外の選択肢がなくなってしまう。


「そうそう、テレビ電話しない?」


 苦肉の策だ。


「ああ、いいよ」


 あの人の方からカメラをオンにした。私も続いてしようとしたが、待て。


「あ、ちょっと待って、先にお手洗いだけ行かせて」


 私はスマホをベッドの上に置き、急いで洗面所に向かった。


 危ない、勢いで顔のチェックをしないでカメラをオンにするところだった。


 髪型良し、服の襟は折れていない、目の調子も良し。


 ベッドに戻りスマホを取り上げた。


「ごめん、お待たせ」


 すぐにカメラをオンにした。


 これでお互い、相手はそこにはいないのにそこにいる体験をすることができる。


「……カクカクするね」


 私がそう言うのは、相手の顔が止まったり動いたりするからだ。見にくいことこの上ない。


「うーん、まあ仕方がないでしょ」

「そうだよね」


 また沈黙だ。これが1番怖くなってくる。


 会いたい、けど会えない。だから会っている感を作っている。




    ◇◆◇




 このまま会わなかったら、私たちのこの関係も自然消滅するんじゃないか、なんて思えてくる。


 そんなこと、あってたまるか。


 でも現実はわからない。いつあの人が切り出すかは、私には予想できない。


「……あのさ」


 背筋がぞくっとした。


 相手のスマホが傾いたようで、天井だけが映し出された。普通の明るさの照明のはずだが、妙に煌びやかに見える。


「しばらく会えなくて、ちょっと考えたんだけどさ」


 ああ、もうダメだ、と思った。嫌だよ、私は好きだよ、の言葉を口に出す余裕はなかった。


「いろいろ思い返したんだよね……」


 私はスマホをベッドに下ろした。相槌を打つこともできなかった。


「それでさ、思ったんだけど……」


 世間では、あらゆる行事がなくなっている。人の出会いの場が失われていく。


 それに伴って、人の縁も失われていくのか。


 理不尽。


「ンンン……、ンンン……」


 誰かからのラインの通知だ。空気を読めない誰かからの。


「楽しかったよね」

「……うん」


 早く言えよ。言っちゃえよ。


 小さなイラつきが脳裏に現れた。


「……それで、しばらく会えなくなって思ったんだけど……」


 さっさと言っちゃえよ。その方がスッキリするよ、お互い。


「俺、エリいないとダメっぽい」

「は?」


 考えるより先に言葉が出た。


「どういうこと?」

「いや、前はこんなことなかったんだけど、しばらく会えなくなって、妙に愛おしくなっちゃって。今は仕方がないけど、本当はもっと会いたいんだよね」

「え、何それ。それを言いたかったの?」

「……なんで怒ってんの」


 あの人の声が遠ざかった。


「……え? ううん、怒ってないよ。ちょっと身構えちゃっただけ」

「身構えた? ……何に?」


 私は途中からよく見ていなかった画面を見た。


「……映ってないよ。天井が見える」

「ああ、ほんとだ。ごめん、気付かなかった」


 画面が少し震え、あの人の顔が再び映し出された。


 かすかだが、頬を赤くしているのがわかる。


「かわいい」

「は? さっきから意味わかんないよ」


 あの人は本当に戸惑っているようだった。無理もない。


「そうそう。さっき、自由が丘の辺り知らないから調べてみたんだけど、ラ・ヴィータって行ってみようよ」


 声が近付いた。


「え、何それ、知らない。何のお店?」

「店じゃないよ、場所だよ。ヴェネチア風の。詳しく書いてるサイトのリンク送ったから、後で見てみて」

「そんなのあるんだ。知らなかった」


 ベッドのスマホを取り上げた。私の顔が中央に収まった。


 きっと、幸いにも、イラついていた私の顔はほとんど見られなかっただろう。


「あ、親が呼んでる。じゃあ、また」


 あの人はそう言い残すと、すぐに通話を切った。


 あの人とのトーク画面に戻ってきた。リンクが貼られている。開いてみると、なるほど、おしゃれだ。


 ホッとしたからか、急にお手洗いに行きたくなった。


 私は立ち上がった。


「ンンン……、ンンン……」


 通知だ。だが、もう何も気にすることはない。


 「恋人たち」シリーズの最後までお読みいただき、誠にありがとうございます!

 評価、感想をお待ちしております。ぜひぜひ、よろしくお願いします!m(_ _)m

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ