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雪降る夜の恋人たち

 冬は嫌いだ。


 理由は至って単純。寒い。それに、それが原因で、お腹が痛くなったり、熱を出したりしやすい。


 だから、冬のデートはあまり好きではない。特に、野外に出るものは御免だ。乗り換えに少しだけ外を歩く程度なら良いが、野外がメインとなると辛い。したがって、冬の代名詞、イルミネーションを見るデートもしたいと思ったことがない。


 ただし、そうであっても、そんな私の気持ちだけでデートの行き先を決めていては、ただのわがままだ。


「来週はどこか行かない?」


 通話中の彼からだ。こんなに寒い冬に、どこかに行きたいらしい。


「いいよ。ショッピングとかは?」


 屋内がいいので、先に提案してみた。だが。


「イルミネーション行きたいんだよね。駅前のところ、今年はすごいらしくてさ」

「え、そうなの? 知らなかった」

「友達が行ったみたいで、インスタに投稿してたの見たんだ」


 駅前のイルミネーションといえば、お世辞にも綺麗とはいえない程度のイルミネーションが毎年飾られていた。それが、今年はすごいのだと言う。


「あ、エリ、寒いの嫌いだったよね。やだ?」


 そのとおりだ。だが、断ってばかりいては、ただの可愛くない女だ。


「ううん、行ってみようよ。服いっぱい着ていくからさ」


 本当は行きたくない気持ちでいっぱいだったが、たまにはがんばろう。




    ◇◆◇




 そうして迎えたイルミネーションデートの日。雪が少しだけ降っており、空気が頬に刺さるようだ。


 ダッフルコートに80デニールのタイツを履いたが、やっぱり寒い。頬が真っ赤になる感覚がある。私が寒さに弱すぎておかしいのだろうかと思うほどに。家を出た瞬間から、帰りたいという気持ちでいっぱいになった。


 駅舎内の待ち合わせ場所に到着したところ、すでに彼が待っていた。


「寒いよね? 大丈夫?」


 最初にかけてくれた言葉はそれだった。よほど私が寒そうにしていたのだろうか。もしかして、身体が震えていただろうか。


「あ、うん。大丈夫だよ。ほら、行こ?」


 早く帰りたい気持ちでいっぱいだった私は、早速彼の手を引いて駅舎から出た。


 駅を出た瞬間から、去年までとは景色が違った。まず、イルミネーションの電球の数が全然違う。これまでは本当に小規模だったが、今回は何倍、いや、何十倍にも大きくなっている。それだけで夜の駅前は賑やかになっていた。


 さらに大きく異なる点は、ロータリーに沿って3つの屋台が並んでいるところである。小さな小さなクリスマスマーケットになっているのだ。海外本場のものや大都市のものに比べたら本当に小さいものだが、それでも、子どもを連れた家族や高校生たちが楽しんでいる。


「ほら、すごいでしょ?」


 そう言いながら、彼がこちらを向いた。声には出していないものの、顔が「来てよかったでしょ?」と尋ねてきている。


「本当にすごいね。来てよかった。でも、どうしたんだろう、急にこんなに立派になって」

「よくわからないけど、新しい町長がイベントで社会のつながりを大事にしたいとからしいよ。父親が言ってた」

「そうなんだね。とっても楽しそう」


 私たちは、早速目の前の小さな屋台に並んでいるものを見て回った。ひとつはドリンク、そしてフード、最後のひとつはお土産、つまり置き物を売っている。


 早速、ホットドッグを買ってみた。普通のホットドッグなのだが、こんな場所で食べればなぜかいつもより美味しく感じる。




 楽しさはいっぱいだが、寒さには身体が勝てないのが現実だった。笑って彼と話していたが、次第にお腹が痛くなってきてしまった。


 それが表に出ていたのか、彼は私の顔を覗き込んできた。


「顔色悪い? 大丈夫?」

「うーん、大丈夫……かな」

「寒すぎた? 無理しないで、教えて」


 正直言うと、寒い。さっきから身体がガクガク震えていて、心も落ち着かない。


「うん、……寒い……」

「わかった」


 彼はスッと立ち上がると、ホットドッグの包み紙のゴミを私の手から取り、屋台に返してきた。


 どうしたんだろうとその様子を眺めていると、今度は私に向かって手を伸ばしてきた。「握って」という意味らしい。


「どうしたの?」


 その手を握った瞬間、ぐいと引っ張られた。思わず勢いで立ち上がるが、彼にうまく支えてもらえずに転びそうになった。


「ああ、ごめん」


 すぐさま謝ってくる彼。


 思い出せば、これまで冬のデートは心から楽しめたことがなかったかもしれない。いつも私が寒さにやられ、彼に気を遣ってもらうばかりだ。だから今回は、彼から切り上げるのを申し出てきたのだろうか。


 嫌な言い方だが、先に切り上げた方勝ちのようなところはある。


 要するに、彼は面倒になってきたのだろう。毎度毎度私が迷惑をかけるから、今回は迷惑をかけられる前に切り上げることにしたということだ。ある意味賢い。


 だが、それは全く嬉しくない。私だって、本当は嫌なのに、なぜかお腹が痛くなってしまう。だから冬は嫌いなのだ。人に迷惑をかけてばっかりだ。


「ごめんね、本当に、いつもいつも……」

「ううん、大丈夫だよ」


 私の手を引いて前を歩く彼は、どことなくぶっきらぼうだ。


「ごめんね、本当に。今日はもう帰る?」

「え?」


 前を歩く彼が駅舎に入ったところで、こちらを向いて立ち止まった。


「ごめん、なんて言った?」

「……もう、帰りたいかなって……」

「なんで?」


 どうも険しい顔をしている。そんな顔、見せないで。


「だって、いっつも私が寒さに弱すぎて、迷惑かけてるでしょ? そろそろ愛想尽かされそう、かなって……」

「え、ごめん、なんで?」


 彼は困ったような顔をし始めた。先ほどまでの険しい顔は瞬間的にどこかに消え去った。


「この駅舎、確か、待合室があった気がするんだ。そこだったら、あったかいだろうなと思って来たんだけど……」

「ついさっきまで不満そうな顔していたのに?」

「不満そうな顔? ……ああ、もしかして、寒すぎて顔引き攣ってた? ごめん」


 彼はそう言って笑った。私の考えすぎだったのだろうか。


「いつも私が寒いって言って迷惑かけてたから、とうとう嫌われたのかなって思って」

「そんなことないよ。ってか、それはひどいよ」


 彼は声を上げて笑った。そんなに笑わないでよ。


「そうだ。待合室はあっちね。ごめんだけど、先行ってて」


 私を放って、彼は来た道を戻っていった。示された方向に少し歩くと、確かに「待合室」の文字が私を待っている。


 扉を開けるとほんのりと暖かい空気が流れ出てくる。急に心が暖かくなった。




    ◇◆◇




 少し時間を空けて、彼が私以外誰もいない待合室にやってきた。


「ほら、飲みな。ココアだって」


 手渡されたココアは、クリスマスマーケットから買って来たものだとすぐにわかった。


「雪、さっきよりも降ってきたね」


 待合室の中に置かれていたベンチに腰を下ろすと同時に彼は呟いた。


「本当だ。寒そう」

「ごめんね、寒いのに連れ出して。これからは、やっぱり屋内にしようか」

「ううん、そんなことないよ」


 ココアのコップの暖かさが、手を伝って心にまでじわりと届いてくる。


「イルミネーション、また誘ってよ。それで、またココアちょうだい」


 こんなことを言っている私の頬は、きっと真っ赤だっただろう。


 ほんの少しだけ、冬が好きになったかもしれない。


 「恋人たち」シリーズの2つ目は、「雪降る夜の恋人たち」でした!

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