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たかが誰がための世界  作者: 二階幸樹
『生と自らを取り巻く世界について、どれだけ理解していないか気づいたとき我々一人一人に英知が宿る』
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『生と自らを取り巻く世界について、どれだけ理解していないか気づいたとき我々一人一人に英知が宿る。』と、ある偉人は言った

 「宗定、朝よ。起きなさい」


 「うん、今起きる」


 朝早くから一階のおばあちゃんの声が聞こえる。何のことはない日常。


 「あら、すっと起きたのね、珍しい。早起きは良い事があるのよ」


 別に無理をして起きた訳ではなかったが、おばあちゃんは何故か驚いた。


 「おはよう。今日も早いね」


 「おはよう。朝ごはん作るから顔洗ってきなさい」


 まだ頭がぼーっとする中、守家は洗面台に行った。校則に引っかかりそうな長い髪は寝癖でボサボサになっている。冷たい水を被り、守家は鏡で自分の顔を見る。


 「ふぅー、」


 台所を通り過ぎ、居間に行くと既に朝食が出来ていた。おばあちゃんは食べ始めている。


 「おばあちゃん、今日何時くらいに帰ってくる?」


 「実宇(みう)が学校から帰ってくるまでには帰ってくるけど」


 「いや、それなら良いんだけど。今日少し学校終わるの遅くなるかもだから」


 おばあちゃんの箸が止まる。


 「宗定、学校に行くのかい」


 何も不思議なことじゃない。けれどおばあちゃんは驚いた。


 「うん。今日テストあるみたいだし」


 おばあちゃんは、にこやかに箸を進める。


 「早起きは良い事があるねえ」


 それから、朝食を食べ終え登校の準備を終える。おばあちゃんは二つ下の妹、実宇を起こすと玄関で守家を見送る。


 「気を付けて行ってらっしゃい」


 「行ってきます」


 家を出ると、初夏の涼しい風が体に(まと)う。少し早いのか、登校途中で高校生に会わない。


 家から歩いてニ十分ほどのところにある高校は公立の進学校で、守家は皆より早く、学校に着いた。


 北校舎三階の教室に行くが誰もおらず、教室の鍵も開いていない。職員室に取りに行こうか誰かが鍵を持ってきてくれるまで待とうか迷っていた時だった。


 「栄さん?」


 薄暗い朝の北校舎の廊下に階段を上り終えたばかりの華奢な見た目の女子が歩いてくる。間違いなく栄沙絵だった。


 「…………」


 栄はまるで守家に気付いていないかのように無反応で近づいてくる。廊下に響き渡る足音が、二人以外誰もいないというこの場の緊張感を高める。


 「栄さん、」


 先ほどより自信を無くして守家は声を掛けた。二人の距離は互いに手を伸ばせば届きそうなほど近い。しかし栄は無反応だった。


 「うわあっ!」


 驚いたのか驚かしたのか区別のつかない声を出し、栄は守家を認識する。栄が守家に気付くまで少し俯いていたように、今度は守家が俯いた。途端に気まずくなる。


 「も、守家くん、どうしたの?こんな時間に」


 「え?」


 栄の質問の意味がいまいち理解できない。


 「どうしてって、学校に来たんだよ。少し早いけど」


 二人は目も合わせず、廊下は静かに。栄はこの気まずい空気を脱するように話す。


 「そ、そうだよねー。なんか変なこと聞いちゃった。ごめんね。あ、鍵待ちだった?ごめん今開けるよ」


 明るく話そうとする栄に対し、守家は戸惑った。家でのおばあちゃんとの会話、まるで学校に行くのが不思議であるかのように話しかけられる。


 栄が教室の鍵を開け、先に中に入る。守家はおもむろに足を動かし、教室へと遅れて入った。


 「栄さん、俺って学校に来るの珍しいの?」


 事実はそうだった。栄はただ「はい」と答えればよかった。それなのに彼女は濁した。


 「別に、珍しいってそんな事無いと思うよ」


 栄は学校指定の鞄を教室の一番後ろ、廊下側の自分の机に置き中から教科書を取り出しながら守家と目を合わせず答える。


 守家は不安そうに栄を見るが、不安は的中せず、それ以上の詮索もせず自分の席に座る。


 「あ、守家くん」


 栄がちょっと待ったと止める。


 「ん、どうしたの」


 「実は、席替えしてて、席そこじゃないんだ」


 栄は守家の答えを濁したことを後悔した。


 「守家くんの席は、私の前の席、この前席替えしたんだよ。ごめん先に行っておけば良かったね」


 守家は教室中央の席から栄の席の前に移動する。そして、一つの結論を導き出した。


 「栄さん、俺って多分学校来て無かった。そうだよね」


 確認より断定の意味合いが強いその発言に、栄は事実を話すことを決めた。


 「なんかごめんね。隠すわけじゃなくて、なんかあるじゃん?言い出しづらくて。でも話すよ」


 守家は机に鞄を多く事もせず、重要そうに栄の話を聞く、しかしその体は栄に背を向けていた。


 「守家くん、今年に入って一回しか登校してないんだよ。その一回も三者面談の時に放課後来てただけで、授業に来たわけじゃない。だから今日こんなにも早い時間に学校にいたから、びっくりして」


 守家は栄の声の振動を背中で感じる。背中で感じて心で理解するまでの身体の中を巡る異様な異質な波。栄の声に震撼した。


 「びっくりしたから、廊下でまさか名前を呼ばれるなんて思っても見なくて、だから、ごめん。嘘

付いたの」


 両者の表情を互いに見ている訳じゃない。けれど守家には栄なりの配慮があったこと、栄には守家に自分の心境が伝わっていることは理解できた。机に鞄を置き、空っぽの中身に手を突っ込む。思えば今日テストがあることも、何の授業があるかも知らない。咄嗟にテストがあると思っただけ、ただそう感じただけだった。


 「守家くん、もう一つ」


 栄はもう一つ話さなければならないことがあった。


 「なに」


 守家は無機質に返事をする。栄はその反応に怒られるかもしれないと覚悟した。


 「実は、私守家くんに届けるはずだったプリントを届けてなかったの、机の中にあるプリントは全部、本来渡すべきプリントなの。学級委員長の私がしますって先生に言ったのに、結局しなかった。本当にごめんなさい」


 守家は栄の告白を聞くと空の中身から手を出し、机の中に手を入れあまたのプリントを取り出す。


 「いいよ、来てなかった俺が悪いんだし」


 背中越しに栄が座る音が聞こえる。守家は机にある無数のプリントをただただ眺める。一度踏まれたような跡のあるプリント。ボールペンでモリヤと書かれたプリント。今更貰っても何の価値もないプリント。それらを眺めて。


 「ほんとにごめん」


 栄の謝る声は守家の耳に届いたのか分からない。しかしこの状況で、栄が一方的に謝るのだけは違うと思った守家はゆっくりと振り返る。


 「守家くん、」


 例え高校生になろうと、悲しいときは悲しみ、うれしいときは笑顔になる。


 「俺も、悪いんだ。栄さんみたいにちゃんと行ってれば、栄さんに悪いことしたと思ってる。ごめん」


 互いが互いに悪いと思っているこの状況ではただ謝るだけの大会と化してしまう。栄は守家の言葉に首を横に振り、私は何もしてないよと無理やり笑顔を作った。


 それからというもの、徐々に教室に人が増えていく。守家はこの教室で異質だった。今年始まって一度もクラスの人たちと会ってない中、何の日でもない今日突然登校してきたのである。皆の意識が自然と守家に集まるのは当然だった。


 気を使って守家に自然体で話しかける人もいれば、あからさまに距離を取る人、守家との会話が避けられない人など様々だった。会話が避けられないのは守家の横に座る長身のイケメンだった。


 「守家くんだっけ?おはよ。俺のこと覚えてないでしょ」


 守家にとってはハードな絡み方の隣の席に栄が取り返すかのように話に入る。


 「ちょ、春っ!やめなって、いきなりそんなこと言わないよ普通」


 春、守家の隣の席のイケメンは栄と話し始める。


 「今更かよ、俺が普通じゃないことぐらい小学校から分かっててくれ」


 栄は上目遣いで睨んだ後やり直しと言わんばかりに顎で春に指示を出す。


 「えーと、守家君?ごめんねー俺無神経だからさきつかったよねー。あーと、えー名前は、綴木春(つづきはる)で、今は夏だから春の続きってことで覚えてもらうと助かります。とか?」


 綴木は急に心配になったように栄に助けを求める。


 「え?うそでしょ?それで終わり?私だったらこの時点で絶対に友達にならないって決めるわ」


 栄にダメ出しが入り、少しずつではあるが朝の守家と栄の空気は改善されていき、守家の学校生活が始まる。

最後までお読みいただきありがとうございます。

第二章の始まりになります。これからも読んでいただけると嬉しいです!


※サブタイトルはソクラテスの言葉です。

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